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~ある令嬢との邂逅~
プロローグ ~下~
しおりを挟む「―――団長、酷いじゃないですか。私を置いていくなんてこれは浮気にも等しい不貞行為ですよね? あとそのオールバックな髪型もカッコ良いです」
「オレ様と貴様は婚約すらした覚えがないし、そもそも貴様は表の第三騎士団遠征のお守があったろう? たまたまタイミングが重なっただけだ。ふん、そうだろう」
「仲間にここの場所を聞いて急いで駆け付けたわけですが………さすが女たらし団長、女に手を出すのも早いですね。節操がないクズっぷりもここまでくると病気ですね」
「貴様は本当、オレ様の部下とは思えないほどの生意気な女だな。メルト・ローリング副団長」
「はい、貴方だけのメルトですよ? ローランド・ラ・イクシオン団長様」
生意気にも可愛らしく小首を傾げると淡い水色のような特徴的な長い髪が揺れる。
今ではこの場に相応しくないにこやかな笑みを浮かべるメルト。王国内で比類のない圧倒的な剣術と攻撃魔法を得意とする貴族の生まれの女だったが、ある事情で家から追放され路頭に迷っていたところをオレ様が拾った。
まぁその話は今は関係ないか。
「で、真面目な話そこの女は誰ですか?」
「こいつはナザリン………と名乗っているが、かのミーティス公爵家の御令嬢、ドロシーだ」
「へぇ、この方が………」
「な、なんで………偽名を使ってたのに、派手な化粧もしていたのに………!?」
こんな幽霊でさえ逃げ出しそうなケバい厚化粧をしてもオレ様の眼は誤魔化すことは出来ない。この眼はいつだって真実を映し出す。例え相手が嘘をついていても遮蔽物の先に見せたくないモノがあった場合でも、な。
しかし、このカラコンというものは慣れないな。我が友から随分前に試験的に渡されたものだが、目が乾く。まぁ外から見ればオレ様の瞳に映る紋章が隠れるから重宝しているんだが。
それはそうとナザリン………いや、もうドロシーで良いか。他の攫われた令嬢もこの地下で囚われているし、あとはここを壊滅させて、首謀者のこいつらを捕らえて牢獄に放り込むだけだな。
「種明かしは今度教えてやる。今はこの状況を乗り切るぞ」
「で、でも………アイツもどんどん仲間を呼んでるし、どうするっていうのよ………!? 情けないけど、私はいま奴隷も………っ!」
「黙れ。王国民であるうら若き令嬢がみだりにその言葉を口に出すな鳥女。その用語は王国にとって禁句だし、己の気高さを自ら貶めたと同義だからな?」
まぁ質問の際にはオレ様も使ったが、このオレ様は元から高貴な存在だから問題は無いだろう?
「そ、それは………ってと、とり………っ!? ここに来た時からずっと思ってたけど、あんた傲慢で失礼よね! いったい何様!?」
「だからさっきアイツが口に出していただろう。………はぁ、もうこの際ミス・バードヘッドと改名したらどうだ? その髪型に似合っているし、配属される予定の騎士団でも覚えて貰いやすいだろう」
隣でキーキーと騒がしいが、これがこの鳥女の本来の性格なのだろう。ふっ、オレ様好みの揶揄いやすい女だ。喜べ、初めの頃よりも印象は僅かに上昇したぞ。
さて、もうこんな茶番は良いだろう。相手方の黒服の数も、ぞろぞろと増えてきて数が倍近くになった。片付ける頃合いだろうとメルトを見遣るが、こいつ………どこか期待した眼を向けてやがる。
いつものアレをやれというのか? ………はぁ、面倒だがメルトを本気にするには仕方がないか。
「おいメルト」
「はい、ローランド団長」
「貴様はオレ様の、なんだ?」
「偉大なるローランド様の忠実な愛の僕、メルト・ローリングです」
「………では、オレ様は?」
「イクシオン王国を統べる国王、アストレア・ラ・イクシオン王の血を継ぎし王位継承第十位の王子。そして騎士団とは対を成す裏の組織、通称『黒影の騎士団』の団長その人です! その名も―――『ローランド・ラ・イクシオン』。その瞳に宿すは『真実の眼』―――全ての真実を見通す眼を神から与えられ、時には森羅万象の変化をも予見するが故に傲慢であることを誇る御方!」
「なら偉大なオレ様が命ずる―――ここにいる全員を、致命傷を与えずに気絶させろ」
「はい、かしこまりました」
跪きながら声高々にオレ様を称えるが、こうしないと何故かメルトは本気を出さない。命令を与えると恍惚そうに表情を歪めるメルトだが、腰に差してある鞘に収まる剣に手を掛けるとその姿は消える。直後、醜い悲鳴が辺りに響き渡った。うるさい。
理解の及ばない馬鹿どもに一応補足しておくが、『クリスティア』という姓はオレ様の大切な形見だ。潜入の為に適当につけたと思ってる奴、素直に手ェ上げろ。ぶっ殺すぞ?
とまぁオレ様のカワイイ冗談はさておき、そのあとはメルトの独壇場だ。あいつが本気になった今、この場で彼女に膝をつかせることが出来るのはオレ様くらいだろう。
現に、黒服たちは半数以下までにその数を減らしている。あの首謀者の糸目の男が持つ『奴隷紋』の契約が破棄されるのは時間の問題だ。
メルトが振るうのは『破魔の剣』。あらゆる魔法の効力を断ち切る能力を持つ剣だからな。『奴隷紋』だろうが例外ではない。
ふと隣を見ると鳥女は震えていた。
「あ、あんた………いえ、貴方は王ぞ………っ」
「それ以上口にする必要はない。ここでの出来事は悪い夢だったんだ。―――安心して堕ちろ」
「あ………っ」
鳥女を見つめると瞳を閉じながら力が抜けるように倒れ込んできた。こいつの様子を確認する限り無事に力は効いているようだ。
本当に軽いな。おそらく碌に食事を摂らず眠れない日々が続いたせいもあり、目元の隈を隠すついでに自らの正体を厚化粧によって隠そうとしたのだろう。
ま、あとは知り合いの魔法師に記憶を消して貰うように頼むか………。少々高くつくが、仕方がない。必要経費だ。オレ様は、いや、オレ様たちは『黒影の騎士団』に所属しているからな。顔を覚えられてはこれからの行動に支障をきたす場合があるかもしれん。
………この鳥女に限っては障害になる事はないかもしれんが、念には念を、だ。無事公爵家に送り届ければ、任務は完了だ。
さて―――、
「こちらもそろそろ片が付くな。さすが我が『黒影の騎士団』、副団長だ」
周囲は気絶した黒服と糸目の男で山積みになっているが、殺さないだけありがたいと思え。
鞘に剣を収めながらにこやかにオレ様に微笑むメルト。たった一人で相手取っても苦ではなかったろうが、あとで褒美をやらなければな。
ま、それは王国都市に帰還してからでも良いだろう。今は、転がるこいつらを取り押さえる為に仲間に連絡して、地下に幽閉されている貴族令嬢どもを保護しなければ。
オレ様は王族だ、使えるモノは仲間だってなんだって使っていかねぇと。………一人で対処するのは面倒くさいからな。
そうして、オレ様は国王から受けた任務を無事完遂した。
◇◆◇
「ここが………騎士団本部」
時は二年が過ぎ去り、一人の女性は王国都市に存在する要塞のような場所の前にいた。王城を護るように大きく目の前に広がるのは騎士団本部である。
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「私は、貴方に救われてから一層研鑽を積み重ねました。だから―――私のこれからの活躍、側でじっくりと目に焼き付けてよね、ローランド様!」
あれから強く、美しく成長したうら若き女性―――ドロシー・ミーティスは、強い意志を持って呟いた。
この日、一人の女性の『黒影の騎士団』の組織入りが国王に正式に認められた。
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