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第十九話 「精霊」
しおりを挟むファルシネリが私の肩を触る。
すると傷口がほんのりと光を放ち、ゆっくりふさがっていく。
なんだか少しあったかいように感じる。
そんなことを思っている内に、ワイバーンの牙によって切り裂かれた傷はきれいさっぱりと治ってしまった。
「これで大丈夫」
彼女は仕上げとばかりに、私の肩をぺしりと軽く叩いた。
「ありがとうございます」
軽く礼をする。
たしかファルシネリは回復術と呼んでいたが、これも魔術の一種なのだろうか。
「疲れたでしょ? なんか違和感とかない?」
「ありませんよ」
「めまいとか、倦怠感とかは?」
「めまい? いえ、感じませんが」
そう言うと彼女は驚いたような顔をした。
「え! ほんとに?」
「普通は疲れるものなのですか?」
「うん。 回復術は治癒力を高めてるだけなんだよ。 体力を消費して怪我を早く治してるようなものだから、回復される側に結構な負担がかかるはずなんだけど……」
つまり傷を治しているというよりも、傷が自然に治る速度を早めているという解釈が正しいのだろうか?
それならかなり体力を消耗しそうだが、特に身体がつらいということはない。
「たくましいね……」
彼女は不思議なものでも見るかのように、私の事をじろじろと眺めた。
「それよりも、これはどうします?」
首がちぎれ、地面に横たわっているワイバーンを指さす。
「食べられますかね?」
「うーん、どうだろ? 毒とか持ってないよね」
そのようなことを話していると、アンセスが口を開いた。
「俺は昔食べたことがあるぞ。 子供の頃だったから味はあまり覚えていないが」
「そうなんだ。 じゃあ暗くなる前に処理しちゃおっか?」
その言葉を聞いて空を見る。
空はいつの間にか夕焼け色に染まっていた。
「わたしの荷物、ちょっと離れたところに置いてるから拾ってくるね」
「一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫! すぐ近くだから」
彼女はそう言うと、森の奥の方へ小走りで行ってしまった。
「ファルシネリのおかげでなんとかなりましたね」
「……ああ、そうだな」
そう言うと、アンセスは地面に倒れているワイバーンの死骸を眺めた。
「ワイバーンにやられた傷はもう大丈夫なのか?」
「はい。 治してもらいました」
「そうか…… 生かすも殺すも自由自在とはな。 魔術ってのは随分使い勝手が良い」
彼は私の肩をちらりと見て、再びワイバーンに視線を戻す。
何というか、いつもと少し雰囲気が違う気がする。
「……魔術は嫌いですか?」
「好きではないな。 本来、傷というのはすぐには塞がらないものだ。 自然のルールを捻じ曲げているように感じる」
たしかに、彼の言っていることは理解できる。
私もファルシネリがワイバーンを撃ち落とした際には正直驚いてしまった。
……というか、ちょっと怖ろしいとすら感じた。
魔術というのは私が思っているよりもずっと危険な力なのかもしれない。
「ファルシネリは悪い奴ではないと思うが、あまり深入りするなよ」
「えっ?」
「俺も人のことは言えないが、社会や組織から外れて一人で動く奴というのは大抵の場合、なにかしら事情があるものだ。 用心するに越したことはない」
そう静かに言うと彼はベルトに挟んでいたナイフを取り出し、ワイバーンの解体を始めた。
私が口を開こうとしたとき、
「おまたせー」
木々の立ち並ぶ林をかきわけ、荷物を背負ったファルシネリが出てきた。
若干息を切らしている。
かなり急いで取りに行ったようだ。
「結構な荷物ですね。 何が入っているんですか?」
「寝袋と着替え、防寒具に携帯食料。 その他もろもろ」
彼女は背負っていた袋や布を地面に置いて、辺りを見渡す。
「二人の荷物は?」
「これだ」
アンセスが腰に下げた鞄を手でポンポンと叩いた。
「え? それで全部!?」
「それで全部です」
ファルシネリは目を見開き、口を手で覆った。
「えー!? 信じられない! 旅をなめてるでしょ!?」
「いや、そんなつもりは……」
「旅で一番重要なのは衛生管理と栄養だよ? 魔物なんかよりずっと怖いから!」
彼女は血で汚れた私の服を見ながら続ける。
「これとか洗ったり着替えたりしないとダメじゃん! 病気になるよ?」
「すみません」
普通に怒られてしまった。
彼女は旅の魔術師というだけあって、そういうところはきちんとしておきたいらしい。
「イダリッカルの地下牢から逃げ出してきたんだから、物が無いのは仕方がないだろう。 ミルメコで調達するつもりだったんだよ」
「あ、そういえばそうだった。 二人とも大変だね……」
「それよりも、さっさとコイツを捌いてしまおう。 日が暮れてきた」
彼の言う通り、森は少しづつ暗くなり始めていた。
アンセスが魔物を解体している間、私とファルシネリは食事の準備をすることにした。
ワイバーンが折った木の枝や破片を集め、適当に積み上げる。
それらの木片に火を起こすため火打ち金を叩いていると、ファルシネリに後ろから肩を叩かれた。
「わたしに任せて」
ファルシネリはそう言うと、小枝を拾って木片に向ける。
すると小枝の先から火花が飛び、小さな火球がはじき出される。
火はすぐに広がり、十分な勢いの焚き火ができた。
「火まで操れるのですか?」
「少しだけね」
焚き火の上に、袋から取り出した小さめの鍋がちょんと置かれる。
「用意周到ですね」
「お鍋は一つあると役に立つよ。 でもこれ、ひとり用だから三人分作るにはちょっと小さいかな……?」
彼女が空中に手を掲げると、どこからともなく水が集まり、一つの水球を形作る。
水球は吸い込まれるように鍋の中に入り、湯気を立てた。
「水まで……」
「便利でしょ?」
ファルシネリは微笑みながら、調味料を加え鍋をかき混ぜた。
魔術って便利だなあ。 私のやることが無くなってしまった。
アンセスの手伝いをした方が良かったかもしれない。
そう思いワイバーンの方をみると、解体もほとんど終わっているようだった。
「ねえ。せっかくだしこれも入れていいかな」
ファルシネリはしわしわの木の皮のようなものを鞄から取り出す。
「それは?」
「乾燥キノコ。 舌ざわりはちょっと微妙だけど、まあまあ美味しいよ」
「いいですね。 食べてみたいです」
私がそう言うと、いくつかのキノコが鍋に投入された。
いい匂いがする。
「準備はできたか?」
そこへ解体を終えたアンセスが合流した。
「とりあえず胸ともも、あと尻尾の肉だけ取ってきた」
彼は湯気の立つ鍋を覗き込む。
「水はどこから持ってきたんだ?」
「わたしの魔術でつくったよ」
「……水を生み出すこともできるのか」
「だ、大丈夫だって。 変なものは入ってないから」
「わかってるさ」
アンセスはそう言って細かく切った肉を鍋に入れた。
やはり、魔術をあまり信用していないようだ。
彼の気持ちも分かるが、そこまで危険視するものなのだろうか?
魔術の恐ろしさは私も実感しているが、私を助けてくれたのも魔術だ。
記憶喪失の私はそこらへんの価値観とかが少しズレているのかもしれない。
そんなことを考えている内に鍋が完成した。
もう辺りはすっかり暗くなっている。
鍋の中には黄金色のスープにふっくらとしたキノコと肉が並んでいた。
ファルシネリから食器を借り、三人で鍋を囲む。
胸肉。 食べられないほどではないが、硬い。
もも肉。 胸肉よりは食べやすいが、やっぱり硬い。
尻尾。 いちばん硬い。
「……大味ですね」
「少し臭みがあるな」
「なんかざらざらしてない?」
「なにより……」
「「「硬い。」」」
「肉を叩いて繊維をつぶしておくべきだったか?」
「血抜きが十分じゃなかったのかも」
「胸肉は結構イケますね」
「……あ、ちょっと! 胸肉ばっか食べ過ぎでしょ!」
「おい、ずるいぞ!」
「お二人には尻尾あげますよ尻尾」
「いらんわ!」
ワイバーンの肉は正直あまり美味しくなかったが、三人で争うように食べた結果、あっという間に無くなってしまった。
「キノコがいちばん美味いな」
「ねえ、もう5分くらいずっと尻尾噛んでるのに飲み込めないんだけど」
「出すなよ」
「あご疲れてきた……」
二人の楽し気な会話を聞きながら残った具を食べていると、遠くの暗闇が一瞬光ったような気がした。
勘違いだろうか。
私達の焚き火以外に光源があるとは思えない。 だが確かに光ったような。
しばらく暗闇を眺めていると、浮かび上がるように白い点が見えた。
私は体温が下がるような感覚がした。
あれは夢の中で見た煙ではないだろうか?
まさか。 そんなはずはない。
あのとき煙から聞こえた声は、上手く聞き取ることが出来なかった。
その言葉は、私にとって重要な物のように感じるのだが……
それと同時に、なぜか、知りたくないという気持ちもあった。
私はあのとき、「ああ、聞き取れなくて良かった」と思ったのだ。
それが、夢と現実の狭間を飛び越えてきている……?
いやだ、聞きたくない。
自分の呼吸が荒くなるのを感じる。
私の様子に気が付いたのか、ファルシネリが話しかけてくる。
「メリーガムさん? どうかしたの?」
「あ、あれ……は」
私は震える手で白いなにかを指さす。
ゆっくりとこちらに近づいてきている。
「え? ……あー、あれは精霊だよ」
「精霊……?」
精霊と呼ばれたそれは、ふわふわと浮かぶ光の玉だった。
良かった。煙ではない。
私はほっと胸を撫で下ろした。
光の玉は私に近づき頭の上あたりで弧を描いて回りだした。
「わっ。 こんなに近くで見られるのは珍しいね」
「メリーガムに寄って行ってるな。 懐かれたんじゃないか?」
「あははっ! 精霊が懐くわけないじゃん。 ただの魔力なんだから」
私は頭上の光の玉を眺めながら尋ねる。
「これは…… 魔力なのですか?」
「うん。 魔力の塊だよ。 生物じゃなくて、ただのエネルギーの塊みたいな感じ」「こういった森の中とか、魔力の多い場所ではよく見るな」
精霊はその場で分裂したり、また一つになったりして、ふよふよと漂っていた。
確かに生き物というよりは埃が舞っているのに似ている気がする。
「怖がらなくていいよ。 ほんとにただの魔力だから。 ある地域では信仰対象にされてたりもするけどね」
「まだ小さかった頃に追いかけて遊んだ記憶があるな」
「えっ、私も! やっぱり子供の時は追いかけるよね」
精霊は私の手に触れるとぽっ、と静かに霧散してしまった。
「精霊に触れられると良いことあるっておばあちゃんが言ってたなあ。 よかったねメリーガムさん」
ファルシネリはニコリと笑った。
二人の和やかな雰囲気とは裏腹に、私の心臓はいまだに早鐘を打っていた。
本当によかった。
もし、煙が私に何かを伝えるために近づいてきたのだとしたら、逃げ出してしまっていたかもしれない。
私は何となく不安な気持ちを紛らわせるように、手元の皿に残ったスープを飲み干した。
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