鍵束の魔術師

塩ノ海

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第十六話 「未発達」

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 夜が明け、日が昇った。
 枝葉の隙間からまばゆい光が差し込む森の中を、私達二人は歩いていた。

 黒いマントを羽織った大男と、これまた黒い革鎧を着た剣士。
 傍から見るとかなり怪しい二人組に思われてしまいそうだ。
 そんなことを考えながら横から飛び出た草をかき分ける。

 私たちはイダリッカルから北に位置する森の中を、さらに北上していた。
 アンセスはまだ本調子ではないらしいが、ある程度は動けるようになったらしい。

 もう半日ほど歩きっぱなしだが、どれだけ進んでも景色が変わらないので少し不安になってくる。

「その、ミルメコでしたっけ? こっちの方角で合っているんですか?」
「合ってるはずだ」

 彼がぶっきらぼうに答えたその時。

「グギャアアア!!」

 どこからか、地を揺らすような轟音が鳴り響いた。

 私達は動きを止め、雑草の生い茂る地面にしゃがみ込んだ。

「……何でしょう?」

 声を潜めてアンセスに話しかける。

「魔物だ。 それもかなり大型の」
「もしかして、例のワイバーンですか」
「可能性はあるな」

 再び絶叫のような音が響く。
 気のせいか、先ほどよりも位置が近いような気がする。

「ここから離れましょう」

 私は咆哮のした方から離れるようにアンセスを促す。

「いや、待ってくれ」

 彼は右手を挙げて私を制止した。
 目を細め、魔物がいると思われる方向を眺めている。

「どうかしましたか?」
「いま、人の声も一緒に聞こえなかったか?」

 アンセスは耳元に手を当てながら言った。

 人の声?
 そのようなものは聞こえなかった。
 もし本当に人が居るとしても、魔物の鳴き声にかき消されてしまうだろう。

 だが、アンセスは感覚が鋭いようだし、彼が聞こえたというのなら本当に人がいるのかもしれない。

「ギャアア!! ギャアア!!」

 三度目の咆哮。
 今度は鳴き声だけでなく、木が倒れるようなバキバキという音も聞こえた。

「間違いない、誰か襲われている……!」

 アンセスが腰に下げた剣を抜く。

「助けに行きましょう!」
「ああ!」

 走り出した彼の後を追いかけ、声がした方へ向かう。

 一瞬、自分が行ったところで戦力になるのか? という疑問が脳裏をよぎる。
 だが襲われている人を無視する理由にはならないだろう。
 魔物の注意を引くぐらいなら出来るかもしれない。

 私は一抹の不安を振り払い、木々の隙間を駆け抜けた。

 生い茂る植物を薙ぎ払いながら進むと、咆哮の主があらわになる。

 緑の鱗を持つ細長い体。
 翼と一体化したような前足。
 後ろ脚には鋭い鉤爪を備えている。
 尾が鞭のようにしなり、地面を叩いた。

 直感で理解する。おそらくこれがワイバーンだ。
 8メートルはあるだろうか? 大ガエルよりもずっと大きい。

 ワイバーンは四本の脚でがっしりと地面を掴み、威嚇する狼のような体勢で一人の女性を睨みつけている。

 黒い長髪に白い肌、灰色のローブに身を包んだ女性は、透き通るような青い瞳をしている。

 彼女は目の前の魔物から視線を離さずにゆっくりと身を屈め、地面に触れる。
 すると、ワイバーンの足元の地面がうごめき、鋭い棘状の土塊が飛び出した。

 なんだ今のは? 地面が変形してワイバーンを攻撃した?

 ワイバーンは空中に飛んでそれを避けると、女性に向かって火の息を吐き出した。

 危ない!

 そう思った時にはもう遅く、間に割り込む間もなく女性は炎に包まれてしまった。

 くっ……助けられなかった。
 罪悪感に苛まれながら女性の方を見ると、彼女は無傷で立っていた。

 え? なぜだ? 確かに炎が当たったはずなのに。

 周囲の地面は焦げているが、彼女の周りだけは青々とした雑草が伸びていた。
 何らかの方法で火の息を防いだらしい。

 自身の炎をくらってなお生きている女性に、ワイバーンが翼をひるがえして急降下する。

 私はとっさに女性とワイバーンの間に割り込み、彼女を攻撃の当たらない方へ突きとばす。

 振り下ろされる鋭い鉤爪。

 それに対して私は、イダリッカルで雷撃を防いだ技を使う。
 皮膚の下で温かい何かが流れる。
 それはゆっくりと全身を覆いつくしてゆく。

 次の瞬間、温かい感覚は糸がほどけるように霧散した。

 え……

 鉤爪が胸に突き刺さり、そのまま腹部まで切り裂かれる。
 目の前が噴き出た自分の血で真っ赤に染まった。

 失敗した。 不発だ。
 これまで何とかなっていたので、今回も大丈夫だと過信してしまった。

 そのまま後ろ脚で地面に押さえつけられる。
 ワイバーンの体重がかかり、肋骨が軋むのを感じる。

「ぐ……う」

 剣のような牙を持った口が近づく。
 ワイバーンの黄色い瞳には、満身創痍の私が映っていた。

 まずい。 死ぬ。

 呼吸が出来ず、視界が暗くなっていく。

「ギャアアア!!!」

 唐突にワイバーンが悲鳴を上げて私から飛び退いた。
 地面を見ると、尾が地面をのたうち回っている。

 どうやらアンセスが尻尾を切り落としたらしい。

 アンセスは間髪入れず、暴れる魔物にとどめを刺すため剣を振り下ろす。
 ワイバーンはそれを避けると翼をはためかせ、空へ逃げていった。

 何とか撃退できたようだ。

 アンセスと女性が倒れている私に駆け寄ってくるのが見えた。
 何か喋っているようだがうまく聞き取れない。

 その景色を最後に、私はゆっくりと意識を手放した。

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