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妖物
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私は法務担当大臣サラさんの専用執務室の扉の前に立っていた。
キリウスから衝撃的な別れの手紙をもらって、一時は錯乱状態になったけど、一晩寝て落ち着いてみたら、やっぱりアノ手紙は変だと思った。
まず、手紙っていうのがおかしい。
キリウスだったら、もし本当に別れを告げるつもりなら、直接私に言う。まっすぐに私を見て、誠心誠意詫びるだろう。バツが悪いから手紙で済まそうなんて、姑息なマネは絶対しない。
キリウスは傍若無人だけど、責任感は人一倍ある。ローマリウスという自分の国を放っておいて、よその国の王女といちゃつく・・・なんてあり得ない。
キリウスに何かあったに違いない。
ヨークトリア国まで自分で確かめに行こう、と決意をしたのはいいけど、いかんせん妊娠中では揺れの激しい馬車で長時間の移動は無理だ。
私はキリウスの今の様子が分かる手段は何かないかと色々考えて、結局、一つしか思いつかなかった。
できるかどうかわからないけど、聞いてみようと、サラさんの執務室の前に立ってるわけだ。
意を決してノックをすると、入室の許可をするサラさんの声が聞こえた。
「どうされたのですか、女王陛下」
サラさんが手にしていた書類を置いて、片眉をあげて私を見た。
「サラ・・・キリウスは・・・」
「女王陛下、こちらに」サラさんは私に長椅子に座るように勧めると「国王陛下のことは我々大臣にお任せください。昨日、ヨークトリア国へ使者を派遣しております」
私は首を振った。
「それではダメなの・・・いえ、ダメな気がするの」
女王陛下、とサラさんが言葉を遮って、私に労わるような眼差しを向けた。
「女王陛下は身重なのですよ。どうか、ご自分のお体のことを大切になさってください・・・国王・・・キリウス様のことを案じているのは分かりますが、今は辛抱していただけませんか」
「サラ、ダメなの・・・キリウスのことを思うと気も休まらなくて・・・だから、今すぐにキリウスの様子が知りたいの」
「今すぐ・・・?」
「魔法国に依頼できないかしら。キリウスのことが分かるような魔法をお願いしたいの」
私は以前、魔法使いの少年リュシエールがして見せた「鏡の魔法」を思い出し、見たい人の今が見えるあの魔法ならキリウスのことも分かるんじゃないかって思ったのだった。
「魔法の報酬金なら・・・私がなんとかします」
そう、魔法を依頼するには多額の報酬金を魔法国マグノリアに支払わなければならない。だからよほどのことがなければ、依頼はしないのが常識だ。
だけど、私にとってはキリウスのことは「よほどのこと」なのだ。
それを慮ってか、サラさんはあきらめたような溜息を吐くと
「わかりました。まず、依頼をしてみましょう。魔法国で承認されれば契約成立となります」
サラさんは執務机の引き出しを開け、中から古い羊皮紙のような紙を取り出して、羽ペンと共に私に渡した。
「女王陛下がお書きください。依頼の内容と、ご自分のサインを」
これが正式な魔法の依頼なのだと、私は羊皮紙を前に緊張した。今まで魔法というとリュシエールとの口頭契約しかしたことがなくて、気軽に頼めるものだと誤解していた。
しかも・・・私、値切った。魔法の報酬金を。だって、現代では契約時には一応値下げ交渉するものだったし。リュシエールは「報酬金を値切った人間はレーナが初めてだ」とか面白がってたけど。それって、契約的にはヤバかったのかもしれない、と、なんだか今さらながら妙な汗が出てきた。
震える手で何とか依頼の内容を書いて、サインをすると。
羊皮紙に書かれた文字が上からするすると消えていった。
「え?」思わず声を上げた私に
「今魔法国にこの依頼の内容が届いています。文字がすべて消えてしまったらしばらくお待ちください。依頼が受理され契約が成立しましたら、この契約書が」
と、そこまでサラさんが言うと、目の前の羊皮紙が突然火を噴いて燃えだした。
「え?え?え?」
あっけにとられた私に、羊皮紙が燃え尽きるのを見ていたサラさんが落ち着いた声で
「契約が成立しました。追って魔法使いが派遣されてきます」
「派遣・・・って、いつ」
「そうでございますね。通常は1日ほどかかりますが、場合によっては2,3日ということも」
「そんなにかかるの⁉」
と、焦りの言葉を口にした私とサラさんの間に突然風が巻きあがった。
「レーナ!」
風の中から現れたのは魔法国マグノリアを統べる魔教皇の一人息子、リュシエール・カルロだった。
魔法使いの正式な純白の衣装を纏った美しい少年はパッと見は天使のようだ。リュシエールの性格を知らなかったら私もその美しさに見惚れてしまっただろう。
相変わらず人を魅了する美少年に私は尋ねた。
「リュシエールが来てくれたの?」
「うん・・・というか、レーナの依頼はすぐに僕に回すように魔教皇に言ってるから・・いや、そんなことはどうでもいいんだよ。それよりも大変なんだよ。キリウスが」
「そうなの、キリウスが大変だから、魔法を依頼したの」
言いかけた私の言葉を断ち切るようにリュシエールが首を振って、彼にしては珍しく険しい表情をした。
「違うよ、レーナ。君の魔法の依頼じゃない。大変なのは、ヨークトリア国が依頼してきた魔法のことなんだ」
「ヨークトリア国が?」
キリウスが今いる国だ。ヨークトリアがいったい・・・
「ヨークトリア国の宰相から魔法の依頼があったんだ。ヨークトリアに『妖物』が出たから退治して欲しいって」
「ヨークトリアに!?」
妖物・・・またあの化け物が出た?
私は真っ黒い触手だらけの巨大な禍々しいスライムの姿を思い出した。人間を取り込んで、その命を吸い尽くす化け物。人間の弱い心に憑りついた妖しが人を妖物にする。
妖物になった人間はもう自分の心も意思も無くして、ただ人間の命を糧に成長していく。
キリウスは無事なんだろうか、と、私は真っ先にそう思った。私の顔を見ていたリュシエールが綺麗な眉にシワを寄せて私に気を遣うように言った。
「いったい、何があったのかわからないけど。宰相の話では妖物になった人間はローマリウスの国王・・・つまりキリウスだって言うんだよ」
キリウスが・・・・妖物に・・・
・・・なった?
私の頭の中が、真っ白になった。
キリウスから衝撃的な別れの手紙をもらって、一時は錯乱状態になったけど、一晩寝て落ち着いてみたら、やっぱりアノ手紙は変だと思った。
まず、手紙っていうのがおかしい。
キリウスだったら、もし本当に別れを告げるつもりなら、直接私に言う。まっすぐに私を見て、誠心誠意詫びるだろう。バツが悪いから手紙で済まそうなんて、姑息なマネは絶対しない。
キリウスは傍若無人だけど、責任感は人一倍ある。ローマリウスという自分の国を放っておいて、よその国の王女といちゃつく・・・なんてあり得ない。
キリウスに何かあったに違いない。
ヨークトリア国まで自分で確かめに行こう、と決意をしたのはいいけど、いかんせん妊娠中では揺れの激しい馬車で長時間の移動は無理だ。
私はキリウスの今の様子が分かる手段は何かないかと色々考えて、結局、一つしか思いつかなかった。
できるかどうかわからないけど、聞いてみようと、サラさんの執務室の前に立ってるわけだ。
意を決してノックをすると、入室の許可をするサラさんの声が聞こえた。
「どうされたのですか、女王陛下」
サラさんが手にしていた書類を置いて、片眉をあげて私を見た。
「サラ・・・キリウスは・・・」
「女王陛下、こちらに」サラさんは私に長椅子に座るように勧めると「国王陛下のことは我々大臣にお任せください。昨日、ヨークトリア国へ使者を派遣しております」
私は首を振った。
「それではダメなの・・・いえ、ダメな気がするの」
女王陛下、とサラさんが言葉を遮って、私に労わるような眼差しを向けた。
「女王陛下は身重なのですよ。どうか、ご自分のお体のことを大切になさってください・・・国王・・・キリウス様のことを案じているのは分かりますが、今は辛抱していただけませんか」
「サラ、ダメなの・・・キリウスのことを思うと気も休まらなくて・・・だから、今すぐにキリウスの様子が知りたいの」
「今すぐ・・・?」
「魔法国に依頼できないかしら。キリウスのことが分かるような魔法をお願いしたいの」
私は以前、魔法使いの少年リュシエールがして見せた「鏡の魔法」を思い出し、見たい人の今が見えるあの魔法ならキリウスのことも分かるんじゃないかって思ったのだった。
「魔法の報酬金なら・・・私がなんとかします」
そう、魔法を依頼するには多額の報酬金を魔法国マグノリアに支払わなければならない。だからよほどのことがなければ、依頼はしないのが常識だ。
だけど、私にとってはキリウスのことは「よほどのこと」なのだ。
それを慮ってか、サラさんはあきらめたような溜息を吐くと
「わかりました。まず、依頼をしてみましょう。魔法国で承認されれば契約成立となります」
サラさんは執務机の引き出しを開け、中から古い羊皮紙のような紙を取り出して、羽ペンと共に私に渡した。
「女王陛下がお書きください。依頼の内容と、ご自分のサインを」
これが正式な魔法の依頼なのだと、私は羊皮紙を前に緊張した。今まで魔法というとリュシエールとの口頭契約しかしたことがなくて、気軽に頼めるものだと誤解していた。
しかも・・・私、値切った。魔法の報酬金を。だって、現代では契約時には一応値下げ交渉するものだったし。リュシエールは「報酬金を値切った人間はレーナが初めてだ」とか面白がってたけど。それって、契約的にはヤバかったのかもしれない、と、なんだか今さらながら妙な汗が出てきた。
震える手で何とか依頼の内容を書いて、サインをすると。
羊皮紙に書かれた文字が上からするすると消えていった。
「え?」思わず声を上げた私に
「今魔法国にこの依頼の内容が届いています。文字がすべて消えてしまったらしばらくお待ちください。依頼が受理され契約が成立しましたら、この契約書が」
と、そこまでサラさんが言うと、目の前の羊皮紙が突然火を噴いて燃えだした。
「え?え?え?」
あっけにとられた私に、羊皮紙が燃え尽きるのを見ていたサラさんが落ち着いた声で
「契約が成立しました。追って魔法使いが派遣されてきます」
「派遣・・・って、いつ」
「そうでございますね。通常は1日ほどかかりますが、場合によっては2,3日ということも」
「そんなにかかるの⁉」
と、焦りの言葉を口にした私とサラさんの間に突然風が巻きあがった。
「レーナ!」
風の中から現れたのは魔法国マグノリアを統べる魔教皇の一人息子、リュシエール・カルロだった。
魔法使いの正式な純白の衣装を纏った美しい少年はパッと見は天使のようだ。リュシエールの性格を知らなかったら私もその美しさに見惚れてしまっただろう。
相変わらず人を魅了する美少年に私は尋ねた。
「リュシエールが来てくれたの?」
「うん・・・というか、レーナの依頼はすぐに僕に回すように魔教皇に言ってるから・・いや、そんなことはどうでもいいんだよ。それよりも大変なんだよ。キリウスが」
「そうなの、キリウスが大変だから、魔法を依頼したの」
言いかけた私の言葉を断ち切るようにリュシエールが首を振って、彼にしては珍しく険しい表情をした。
「違うよ、レーナ。君の魔法の依頼じゃない。大変なのは、ヨークトリア国が依頼してきた魔法のことなんだ」
「ヨークトリア国が?」
キリウスが今いる国だ。ヨークトリアがいったい・・・
「ヨークトリア国の宰相から魔法の依頼があったんだ。ヨークトリアに『妖物』が出たから退治して欲しいって」
「ヨークトリアに!?」
妖物・・・またあの化け物が出た?
私は真っ黒い触手だらけの巨大な禍々しいスライムの姿を思い出した。人間を取り込んで、その命を吸い尽くす化け物。人間の弱い心に憑りついた妖しが人を妖物にする。
妖物になった人間はもう自分の心も意思も無くして、ただ人間の命を糧に成長していく。
キリウスは無事なんだろうか、と、私は真っ先にそう思った。私の顔を見ていたリュシエールが綺麗な眉にシワを寄せて私に気を遣うように言った。
「いったい、何があったのかわからないけど。宰相の話では妖物になった人間はローマリウスの国王・・・つまりキリウスだって言うんだよ」
キリウスが・・・・妖物に・・・
・・・なった?
私の頭の中が、真っ白になった。
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