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60話 お父さんの狂気
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「お父さん、ダメだよ・・・やっぱり私、できない」
私は手のひらの白い羽根のアザを見つめて言った。
私はもう少しで間違いを犯すところだった。リュシエール様の契りの印がなければ・・・リュシエール様を思い出さなかったら、生き返りの魔法をかけるところだった。
「できない?そんなに難しい呪文じゃないだろう?」
お父さんの苛立った声が聞こえた。
「違うの。できないのは呪文を唱えることじゃなくて、生き返りの魔法をかけることだよ。お母さんを生き返らせるのは、ダメだよ。私はできない」
「イリア?」
「きっと、お母さんだって、望んでないよ。お父さんが他人を悲しませて完成させた魔法で生き返っても、お母さんは喜ばないよ」
優しいお母さんだったから。
自分のことより他人のことを心配する人だったから。
「ごめんなさい。私、マグノリアに帰るね」
そう、もう後はリュシエール様にお任せしよう。魔法国の法律で裁いてもらおう。お父さんはたくさんの人を苦しめたから、その罪は償わなきゃいけないんだ。
「どうやって帰るつもりだ?この『秘密の部屋』からは出られないぞ」
お父さんは侮蔑のような薄い笑いを顔に浮かべた。
そうだ。『秘密の部屋』は瞬間移動の魔法でも出られないんだ。『秘密の部屋』を作った、その部屋の主・・・お父さんの許しがないと。
出てもいい、入ってもいい、そういう許しがないと・・・
まさか、お父さんは私をここに閉じ込めるつもりなの?
「私はここにいても、生き返りの魔法の手伝いはしないよ」
そう言った私をお父さんは苛立たし気に見ていたけれど、急に口元をほころばせた。
「そうだな。お前には無理かもしれないな。すまない、イリア」
お父さんが分かってくれたことに私は安心した。
「じゃあ、帰っていい?」
お父さんはそれには答えずに、笑みを浮かべながら、すっと手を差し出すと私の額に当てた。
「?」
「すまないな。自分の意思でできないなら、私の傀儡になってもらう」
「え?」
かいらい?
それって、どういうイミ?
お父さんの口から呪文が流れるのを、私は固まって聞いていた。
突然のことに身動きができなかったから。
でも、お父さんの唱える呪文ははっきりと聞こえた。
『服従』の呪文だ。普通は動物とか、言葉のわからない生き物に自分のいうことをきかせるためにかける呪文だ。
人間にかけると、魔法をかけられた人は自分の意思に関係なく、術者のいうことをきかないといけない。
お父さんは私の意思を奪って、生き返りの呪文を唱えさせるつもりだ。
信じられない気持ちで、呪文を唱えるお父さんの酷薄な顔を見た。
お父さんの手のひらに黒い色の魔法円が浮かび上がって私の額に当てられた。
それで『服従』の魔法は完成だ。
でも。
「お父さん、無駄だよ」
私の口から、自分でも思ってみなかったほどの冷静な声が出た。
お父さんの顔が歪んだ。
「な・・・」
なぜ、魔法にかからない?と言いたいんだろうけど、お父さんは絶句したまま私を見つめた。
「私には魔法はかからないよ・・・コレがあるもん」
私は手のひらをお父さんの前に突き出して、『契りの印』の白い羽根のアザを見せた。
「それは・・・まさか・・・お前、誰かと・・・」
「うん、婚約してる」
お父さんの身体から力が抜けたようによろめいた。契りの印がある限り、どんな魔法も効果がない、って知ってるんだ。
「だから、私がここにいても、どうしようもないよ。私を帰して」
私に魔法がきかないなら、どんなことをしても私の意思を動かすことはできない。
「帰っていいよ、って言って。お父さん」
「ああ・・・」
お父さんの口から呻き声が漏れた。まるで、地獄から聞こえてくる亡者のような声だった。
「そうだな・・・そうするしかない・・・」
独り言のようにブツブツと呟くお父さんに、狂気がにじみ出ているみたいに思えて私は後ろに下がった。
「イリア・・・私の娘。可哀そうだが・・・お父さんのいうことをきけないなら・・・やるしかない」
「えっ?」
いつの間にか、お父さんの手には儀式用の鋭い光を放つナイフが握られていた。
「お父さん?」
いったい、何をするつもり?
恐怖で私の足が動かなくなった。
じりじりと私に迫ってくるお父さんの顔は、もう穏やかな男性の顔じゃなかった。
「契りの印のあるその手を切り落とせばいい。印の力の魔法無効は持つものにしか効果はない。その印さえ体から切り離してしまえば・・・」
そんなっ
どうしよう。
お父さんは本気だ。狂ってる。本気で私の手首を切り落とすつもりだ。
どうしよう。
魔法で防ぐしかないけど・・・でも・・・防いでも、私がここに閉じ込められている限り、先がない。
お父さんは私を出すつもりはないから。
お父さんを殺してしまったら、この部屋は私を閉じ込めたまま消えてしまう。
私にはお父さんの秘密の部屋の魔法を解く力はない。
リュシエール様なら・・・リュシエール様なら、解読の魔法で解けるのに。
私には、できない。
私は絶望のあまり、涙が溢れてきた。
リュシエール様・・・白い羽根のアザに祈った。祈ったら、私の声が届くかもしれないって思った。この印がリュシエール様ともし繋がってるなら、私の声が届くかもしれない。
リュシエール様に届いていることを信じて・・・
信じて
やるしかない。
「お父さん、待って!」
怖さに震えていたけれど、しっかり声は出た。
足を止めて不審そうに私を見たお父さんに、私は言った。
「お父さん、私、やる。生き返りの魔法、手伝う」
私は手のひらの白い羽根のアザを見つめて言った。
私はもう少しで間違いを犯すところだった。リュシエール様の契りの印がなければ・・・リュシエール様を思い出さなかったら、生き返りの魔法をかけるところだった。
「できない?そんなに難しい呪文じゃないだろう?」
お父さんの苛立った声が聞こえた。
「違うの。できないのは呪文を唱えることじゃなくて、生き返りの魔法をかけることだよ。お母さんを生き返らせるのは、ダメだよ。私はできない」
「イリア?」
「きっと、お母さんだって、望んでないよ。お父さんが他人を悲しませて完成させた魔法で生き返っても、お母さんは喜ばないよ」
優しいお母さんだったから。
自分のことより他人のことを心配する人だったから。
「ごめんなさい。私、マグノリアに帰るね」
そう、もう後はリュシエール様にお任せしよう。魔法国の法律で裁いてもらおう。お父さんはたくさんの人を苦しめたから、その罪は償わなきゃいけないんだ。
「どうやって帰るつもりだ?この『秘密の部屋』からは出られないぞ」
お父さんは侮蔑のような薄い笑いを顔に浮かべた。
そうだ。『秘密の部屋』は瞬間移動の魔法でも出られないんだ。『秘密の部屋』を作った、その部屋の主・・・お父さんの許しがないと。
出てもいい、入ってもいい、そういう許しがないと・・・
まさか、お父さんは私をここに閉じ込めるつもりなの?
「私はここにいても、生き返りの魔法の手伝いはしないよ」
そう言った私をお父さんは苛立たし気に見ていたけれど、急に口元をほころばせた。
「そうだな。お前には無理かもしれないな。すまない、イリア」
お父さんが分かってくれたことに私は安心した。
「じゃあ、帰っていい?」
お父さんはそれには答えずに、笑みを浮かべながら、すっと手を差し出すと私の額に当てた。
「?」
「すまないな。自分の意思でできないなら、私の傀儡になってもらう」
「え?」
かいらい?
それって、どういうイミ?
お父さんの口から呪文が流れるのを、私は固まって聞いていた。
突然のことに身動きができなかったから。
でも、お父さんの唱える呪文ははっきりと聞こえた。
『服従』の呪文だ。普通は動物とか、言葉のわからない生き物に自分のいうことをきかせるためにかける呪文だ。
人間にかけると、魔法をかけられた人は自分の意思に関係なく、術者のいうことをきかないといけない。
お父さんは私の意思を奪って、生き返りの呪文を唱えさせるつもりだ。
信じられない気持ちで、呪文を唱えるお父さんの酷薄な顔を見た。
お父さんの手のひらに黒い色の魔法円が浮かび上がって私の額に当てられた。
それで『服従』の魔法は完成だ。
でも。
「お父さん、無駄だよ」
私の口から、自分でも思ってみなかったほどの冷静な声が出た。
お父さんの顔が歪んだ。
「な・・・」
なぜ、魔法にかからない?と言いたいんだろうけど、お父さんは絶句したまま私を見つめた。
「私には魔法はかからないよ・・・コレがあるもん」
私は手のひらをお父さんの前に突き出して、『契りの印』の白い羽根のアザを見せた。
「それは・・・まさか・・・お前、誰かと・・・」
「うん、婚約してる」
お父さんの身体から力が抜けたようによろめいた。契りの印がある限り、どんな魔法も効果がない、って知ってるんだ。
「だから、私がここにいても、どうしようもないよ。私を帰して」
私に魔法がきかないなら、どんなことをしても私の意思を動かすことはできない。
「帰っていいよ、って言って。お父さん」
「ああ・・・」
お父さんの口から呻き声が漏れた。まるで、地獄から聞こえてくる亡者のような声だった。
「そうだな・・・そうするしかない・・・」
独り言のようにブツブツと呟くお父さんに、狂気がにじみ出ているみたいに思えて私は後ろに下がった。
「イリア・・・私の娘。可哀そうだが・・・お父さんのいうことをきけないなら・・・やるしかない」
「えっ?」
いつの間にか、お父さんの手には儀式用の鋭い光を放つナイフが握られていた。
「お父さん?」
いったい、何をするつもり?
恐怖で私の足が動かなくなった。
じりじりと私に迫ってくるお父さんの顔は、もう穏やかな男性の顔じゃなかった。
「契りの印のあるその手を切り落とせばいい。印の力の魔法無効は持つものにしか効果はない。その印さえ体から切り離してしまえば・・・」
そんなっ
どうしよう。
お父さんは本気だ。狂ってる。本気で私の手首を切り落とすつもりだ。
どうしよう。
魔法で防ぐしかないけど・・・でも・・・防いでも、私がここに閉じ込められている限り、先がない。
お父さんは私を出すつもりはないから。
お父さんを殺してしまったら、この部屋は私を閉じ込めたまま消えてしまう。
私にはお父さんの秘密の部屋の魔法を解く力はない。
リュシエール様なら・・・リュシエール様なら、解読の魔法で解けるのに。
私には、できない。
私は絶望のあまり、涙が溢れてきた。
リュシエール様・・・白い羽根のアザに祈った。祈ったら、私の声が届くかもしれないって思った。この印がリュシエール様ともし繋がってるなら、私の声が届くかもしれない。
リュシエール様に届いていることを信じて・・・
信じて
やるしかない。
「お父さん、待って!」
怖さに震えていたけれど、しっかり声は出た。
足を止めて不審そうに私を見たお父さんに、私は言った。
「お父さん、私、やる。生き返りの魔法、手伝う」
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