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40話 陛下、おおいに困る

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 リュシエール様が、「僕は色々とやることがあるから、イリアはゆっくりしておいで」と言って消えてしまったので、私はローマリウスのお城をウロウロすることにした。
 厨房に行ってみようか。
 レーナ様とこっそりお菓子を盗み食いしに行った厨房が懐かしくなった。
 お部屋より下の階にあるから、階段を下って行く。
 瞬間移動で行ってもいいんだけど、ゆっくりと歩いてお城の中を見て回りたかった。
 あの時は・・・とてもそんな余裕なんかなかったから。
 自分の国では処刑される罪人で、しかも、魔力は勝手に放出されて、人に危害をくわえちゃうし。
 本当に、自分でも厄介な人間だったと思う。
 そんな私をレーナ様は守ってくださった。
 みんなに反対されても、私を守るって言ってくださった。
 だから、今度は私がレーナ様のお役に立つ番。
 お父さんを見つけて、この邪魔な印を消してもらって、下級魔法使い・・・ううん、せめて中級魔法使いくらいになって、レーナ様の魔法の依頼を受けるんだ。
 リュシエール様がお父さんを見つけてくれるって言ったんだから、きっと見つかる。
 リュシエール様はできないことは口にされない方だもん。
 でも。
 なんで、お父さんは私に魔法を使えなくするような印をつけたんだろう・・・
 それも会って聞けたらいいんだけど。
 考えていたら、もう目の前に厨房の扉があった。すき間を少し開けただけでも食欲をそそる、いい匂いがする。
「・・・それでね、さっき上級魔法使い様がいらして、お菓子をたんまり抱えて帰っていかれたのよ。ローマリウスの料理人の作るお菓子は最高だって言ってね。これから魔法国に帰るって言ってらしたわね」
 え?
 リュシエール様、マグノリアに帰る前にここのお菓子をもらいにきたの?
 なんだかリュシエール様らしいけど。
 私は扉を開けそこなって、隙間から料理人たちの話しを立ち聞きするハメになった。
「それにしても、あんなに近くで魔法使い様を見たのって初めてだわ。しかも魂を抜かれちゃうかと思うくらいにキレイなお顔だし。国王陛下も女王陛下もお美しいけど、アレは別格だわね」
 うんうんと私は頷いた。
「それに、婚約者のイリア様も愛らしいわよね」
 えっ?私!?
「そうそう、お似合いのお二人よね。でも・・・ちょっとイリア様は痩せてい過ぎかしら」
「もっと、胸にお肉があったら、ね。男の人って揉みがいのある胸が好きだから」
 え?胸?もみ?
 私は自分の胸を隠すように腕を交差した。
「やだ、もお、下品よ。あんなキレイな上級魔法使い様とイリア様がそんな俗物なことするわけないでしょ」
 調理人の女性たちがどっと笑った。
「どんなに美しくても子作りはするでしょ。交合まぐわいしなきゃ赤ちゃんはできないんだからね」
 マグワ・・・?
 赤ちゃん、できない?
 赤ちゃんて、夫婦が神様にお祈りしたら、奥さんのお腹に下さるんじゃないの?
 違うの?
 マグワイ・・・って、なに?
 私は恐慌に襲われて、扉の前から後ずさって、階段を駆け上がった。 
 駆け上がって、廊下を走って、それから陛下用の執務室の扉を、無作法にもノックもせずに開けた。
 はあはあ、と、息が切れてる私を、レーナ様とキリウス様が呆気にとられて見ている。
「ど・・・どうしたの、イリア・・・何かあったの?」
 心配気なレーナ様とキリウス様に私は息が乱れたまま尋ねた。

 「赤ちゃんって、どうすればできるんですか?」

 レーナ様とキリウス様はまるで彫刻のように動きを止めた。
「イリア・・・なんで、そんなことを聞く?」
 息を吹き返したキリウス様が、困惑した顔で私に尋ねた。
「なんで・・・って。あの、私・・・赤ちゃんって、夫婦になったら、神様にお祈りして、女の人の身体の中に、もらうのだと・・・だけど・・・あの、ホントは違ってるみたいで・・・だから、知りたくて」
 そう、本当のことを知りたいだけなのに、なんで、キリウス様は困ったような顔をしているんだろう。
「そりゃ・・・子供の頃に聞かされた話だ・・・お前、今もそれを信じていたのか?」
 キリウス様が「信じられない」という顔で私を見た。
「キリウス、イリアは誰からも教えてもらえなかったんだわ・・・本当はお母さまがイリアに教えてあげるはずだったのに・・・」
 息を吹き返したレーナ様が美しい眉をひそめてそう言った。
 お母さんが・・・
 教えてくれる前に、処刑されてしまったから。
 レーナ様は痛ましそうに私を見てから、「じゃ、キリウス、よろしく」
 あ、キリウス様にふった。
「待て、俺か?」
 キリウス様が途方にくれた顔で私を見て、考え込むように腕を組んだ。
 そんなに説明が難しいことなのかな。
「子作りなど本能があれば、できるんじゃないか?やり方なんか知らなくても、なんとかなる・・・はずだ」
 キリウス様の説明にレーナ様が大きな息を吐いた。
「それじゃ、イリアには分からないわ。困ったわね・・・この世界には漫画もネットもないから情報が得にくいのよね」
 レーナ様は小声で私の知らない大陸の言葉を口にした。
「じゃあ、実践してみせるって、どうだ?俺はレーナとなら今すぐにでもできるぞ」
 キリウス様がやけくそのように言うと、レーナ様が怖い目で睨んで、冷たい声で言った。「キリウス。品がないわ」
 キリウス様は呻き声を上げて撃沈した。
 「くくくっ」
 部屋に、聞き覚えのある笑いをかみ殺した声が響いた。
 まさか?
 私とレーナ様とキリウス様は部屋の中を見渡して、3人で「あっ」と叫んだ。
 窓際にリュシエール様が立っていて、笑いを我慢するようにお腹を押さえていた。
「すごい、面白いよ。3人とも」
 3人って、え?私も入ってるの?
「リュシエール、あなた、いったいいつからソコに・・・」
 レーナ様が絶句して、目を丸くしている。リュシエール様は「うーんと、『なんで、そんなことを聞く?』ってところからかな」と答えて、
「面白そうだったから、つい声をかけそこなったんだよね」
「性格悪いぞ、お前」
 キリウス様は青い瞳に殺意まで浮かべて睨んだけど、リュシエール様は、ケロッとした顔で「お褒めにあずかって光栄だよ」と返した。
 それから軽い足取りで私の前まで来ると「イリア、赤ちゃんの作り方は、いつか僕が教えてあげるから。いい子で待っていて?」
 不思議な光をたたえた青緑の瞳でそう言われて、私はまるで魂が抜かれた人形のようにコクリと頷いた。
 そして、この件はおしまいになって、レーナ様とキリウス様は安堵の溜息をついたのだった。
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