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33話 幸せと悔恨
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「侍女の身で僭越ながら、申し上げます」
フランさんはキリウス様にも視線を流してから、きれいな形の眉を上げて
「なぜ、自分たちの想いばかりを語るんですか。王妃様にもなぜ聞かないんですか。王妃様にとって何が幸せなのか。妖しとして生きて王様のそばにいたいのか、人として真っ当に死を迎えたいのか、聞けばいいことでしょう。自分の幸せは何か、じゃなくて。本当に心から愛してるなら王妃様の幸せを考えてみたらどうです。たぶんレーナさ・・・女王陛下も同じことを申されると思います」
それだけ言うとフランさんは丁寧にお辞儀をして、またレオナードさんの胸に頭をすり寄せた。
レオナードさんは優しい目をして、何も言わずにフランさんの金色の髪を撫でてあげていた。
そして、私は、侍女にきつく言われて、なんか頭が真っ白になっちゃったようなキリウス様とカチラノスの王様を見た。
「クリステルの幸せ・・・」
カチラノスの王様がポツリとつぶやいた。
王様はどうするつもりだろう。私たちはその声の続きを静かに待った。
「クリステル、聞こえるか?私の声が聞こえるか?」
王様は妖しの王妃様に向かって問いかけた。
私が与えてしまった傷は、予想以上に深いみたいで、王妃様は苦しそうな呻き声をあげた。
その呻きがかすかに「あなた」と聞こえたのは私だけじゃなかった。
「クリステル。私がわかるのか?」
「ごめん・・・なさ、い。あなた・・・あなたを・・・キリウス様を・・・たくさんの人を襲ってしまった・・・私には・・・妖しの力が、止められなくて」
王妃様の潤んだ赤い目が部屋の中をさまよって、私を捕らえた。
「ありがとう・・・貴女のおかげで、妖しは弱っています・・・やっと私の心が出てこれました」
私のおかげ・・・って言ったの?
「そんな・・・私の魔法は」
失敗だったと、言おうとしたら、リュシエール様が私の唇に人差し指を当てた。
言わなくていいってことかな、と、私は口をつぐんだ。
「まさか。妖しになっているときの記憶があったのか?今まで、黙っていたのか?なぜ・・・そんな・・・」
カチラノスの王様は硬い棒で殴られたような衝撃を受けたみたいで、愕然とした顔で王妃様を見つめていた。
「それ・・・は・・・」
話すのも苦しそうな王妃様の代わりに、私はおずおずと、手をあげた。
「それは、たぶん。自分が妖しになってるってことを知ってるって王様には気づかれたくなかったんだと思います。自分が苦しんでいることを王様に知られたら、王様が悲しむから・・・そう思って・・・言えなかったんだと思います。王妃様は、王様の気持ちを考えて、自分が我慢してるんだと思います」
これで答えは合ってるのかな?って不安になって、王妃様を見たら王妃様は小さく頷いてくれた。
よかった。
「そんな・・・じゃあ・・・私は・・・今まで貴女を苦しめていただけなのか」
王様の目から悔恨の涙が流れて、王妃様の胸に落ちた。
「いいえ・・・苦しくても、私は幸せでした・・・あなたが、私を想う気持ちがうれしくて・・・だから、言いだせなかったんです。もう・・・だれも傷つけたくない、ただ、安らかに眠りたい・・・と」
「クリステル・・・すまなかった」
王様の声が涙に掠れていて、私はこの場に満ちた悲しみにいたたまれなくなった。
薄暗い部屋の中は時が止まったような死者の寝所のような気がして、私は身震いした。
「で?亡くなったはずの王妃が妖しになったのは、なんで?」
悲しみを突き崩すようなリュシエール様の澄んだ声に、私も、みんなもハッとした。
キリウス様が苦いものを噛んだような顔で答えた。
「逸れ魔導士の仕業だ。蘇生の魔法をかけたらしい」
逸れ魔導士・・・って、聞いたことがある。たしか、魔法国マグノリアを何らかの理由で追放されたり、自分から出ちゃった魔法使いのことだ。魔法国では逸れって忌み嫌われてるんだよね。
「蘇生の?・・・また、逸れ魔導士なの?この前もそうだったけど・・・」
この前というのは私にはわからなかったけど、似たようなことがあったんだと、思った。
「同じ逸れかもしれんな・・・魔法で人を生き返らせてどうするつもりだ」
「さあね。逸れの考えてることなんか正統な魔法使いの僕にはわからないよ。でも、生き返りの魔術式は複雑だからね。他人がかけた魔法を解くのは難しいんだよね。ま、上級魔法使いの僕なら解けるけどさ」
偉そうに言ったリュシエール様にキリウス様が射殺しそうな視線を送ったのを私は見なかったことにした。
でも、確かにそうなんだ。
変化形の魔法はかけた本人じゃないと容易に解けない。解くには魔術式を解読しなきゃいけないから。
私のこの『契りの魔法』がリュシエール様にしか解けないように・・・
私は自分の手のひらに刻印された白い羽根のアザを見て、人に気づかれないように小さな溜息をついた。
この印を解かれるときは私がもうカリソメの許嫁として必要なくなったときだ。
私は愛しいものを撫でるようにアザにそっと触れた。
私の横にいたリュシエール様が私をチラッと見たような気がしたけど、何も言わずにリュシエール様は王妃様の横に移動して、カチラノス王に尋ねた。
「王妃を人間に戻したい?戻しちゃったら生きてはいられないけど、それでもいい?」
王様は王妃様のお顔を見つめて、そして、震える声で言った。
「頼む・・・人間として安らかな眠りを与えてほしい」
「それは正式な魔法の依頼?」
「・・・・・依頼する」
憑き物が落ちたような王様の意思のある力強い声だった。
フランさんはキリウス様にも視線を流してから、きれいな形の眉を上げて
「なぜ、自分たちの想いばかりを語るんですか。王妃様にもなぜ聞かないんですか。王妃様にとって何が幸せなのか。妖しとして生きて王様のそばにいたいのか、人として真っ当に死を迎えたいのか、聞けばいいことでしょう。自分の幸せは何か、じゃなくて。本当に心から愛してるなら王妃様の幸せを考えてみたらどうです。たぶんレーナさ・・・女王陛下も同じことを申されると思います」
それだけ言うとフランさんは丁寧にお辞儀をして、またレオナードさんの胸に頭をすり寄せた。
レオナードさんは優しい目をして、何も言わずにフランさんの金色の髪を撫でてあげていた。
そして、私は、侍女にきつく言われて、なんか頭が真っ白になっちゃったようなキリウス様とカチラノスの王様を見た。
「クリステルの幸せ・・・」
カチラノスの王様がポツリとつぶやいた。
王様はどうするつもりだろう。私たちはその声の続きを静かに待った。
「クリステル、聞こえるか?私の声が聞こえるか?」
王様は妖しの王妃様に向かって問いかけた。
私が与えてしまった傷は、予想以上に深いみたいで、王妃様は苦しそうな呻き声をあげた。
その呻きがかすかに「あなた」と聞こえたのは私だけじゃなかった。
「クリステル。私がわかるのか?」
「ごめん・・・なさ、い。あなた・・・あなたを・・・キリウス様を・・・たくさんの人を襲ってしまった・・・私には・・・妖しの力が、止められなくて」
王妃様の潤んだ赤い目が部屋の中をさまよって、私を捕らえた。
「ありがとう・・・貴女のおかげで、妖しは弱っています・・・やっと私の心が出てこれました」
私のおかげ・・・って言ったの?
「そんな・・・私の魔法は」
失敗だったと、言おうとしたら、リュシエール様が私の唇に人差し指を当てた。
言わなくていいってことかな、と、私は口をつぐんだ。
「まさか。妖しになっているときの記憶があったのか?今まで、黙っていたのか?なぜ・・・そんな・・・」
カチラノスの王様は硬い棒で殴られたような衝撃を受けたみたいで、愕然とした顔で王妃様を見つめていた。
「それ・・・は・・・」
話すのも苦しそうな王妃様の代わりに、私はおずおずと、手をあげた。
「それは、たぶん。自分が妖しになってるってことを知ってるって王様には気づかれたくなかったんだと思います。自分が苦しんでいることを王様に知られたら、王様が悲しむから・・・そう思って・・・言えなかったんだと思います。王妃様は、王様の気持ちを考えて、自分が我慢してるんだと思います」
これで答えは合ってるのかな?って不安になって、王妃様を見たら王妃様は小さく頷いてくれた。
よかった。
「そんな・・・じゃあ・・・私は・・・今まで貴女を苦しめていただけなのか」
王様の目から悔恨の涙が流れて、王妃様の胸に落ちた。
「いいえ・・・苦しくても、私は幸せでした・・・あなたが、私を想う気持ちがうれしくて・・・だから、言いだせなかったんです。もう・・・だれも傷つけたくない、ただ、安らかに眠りたい・・・と」
「クリステル・・・すまなかった」
王様の声が涙に掠れていて、私はこの場に満ちた悲しみにいたたまれなくなった。
薄暗い部屋の中は時が止まったような死者の寝所のような気がして、私は身震いした。
「で?亡くなったはずの王妃が妖しになったのは、なんで?」
悲しみを突き崩すようなリュシエール様の澄んだ声に、私も、みんなもハッとした。
キリウス様が苦いものを噛んだような顔で答えた。
「逸れ魔導士の仕業だ。蘇生の魔法をかけたらしい」
逸れ魔導士・・・って、聞いたことがある。たしか、魔法国マグノリアを何らかの理由で追放されたり、自分から出ちゃった魔法使いのことだ。魔法国では逸れって忌み嫌われてるんだよね。
「蘇生の?・・・また、逸れ魔導士なの?この前もそうだったけど・・・」
この前というのは私にはわからなかったけど、似たようなことがあったんだと、思った。
「同じ逸れかもしれんな・・・魔法で人を生き返らせてどうするつもりだ」
「さあね。逸れの考えてることなんか正統な魔法使いの僕にはわからないよ。でも、生き返りの魔術式は複雑だからね。他人がかけた魔法を解くのは難しいんだよね。ま、上級魔法使いの僕なら解けるけどさ」
偉そうに言ったリュシエール様にキリウス様が射殺しそうな視線を送ったのを私は見なかったことにした。
でも、確かにそうなんだ。
変化形の魔法はかけた本人じゃないと容易に解けない。解くには魔術式を解読しなきゃいけないから。
私のこの『契りの魔法』がリュシエール様にしか解けないように・・・
私は自分の手のひらに刻印された白い羽根のアザを見て、人に気づかれないように小さな溜息をついた。
この印を解かれるときは私がもうカリソメの許嫁として必要なくなったときだ。
私は愛しいものを撫でるようにアザにそっと触れた。
私の横にいたリュシエール様が私をチラッと見たような気がしたけど、何も言わずにリュシエール様は王妃様の横に移動して、カチラノス王に尋ねた。
「王妃を人間に戻したい?戻しちゃったら生きてはいられないけど、それでもいい?」
王様は王妃様のお顔を見つめて、そして、震える声で言った。
「頼む・・・人間として安らかな眠りを与えてほしい」
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「・・・・・依頼する」
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