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29話 地下部屋の死者
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美しい庭園を無残な残骸に変えてしまったことを、私は食事をする前にレーナ様に謝った。
「あら、そんなこと、イリアが気にしなくていいのよ。それより、魔法は上達したの?」
そんなこと、と軽く言われても、庭師のおじさんに申し訳なくて。
そして、破壊度に比べて上達度が比例しなかったのが、物凄く情けなくて、私は
「ごめんなさい」と謝るしかなかった。
「イリアは悪くないよ。僕の教え方が悪かっただけだから。明日は方法を変えてみよう」
リュシエール様はそう言ってくれたけど、内心は出来の悪い私に呆れてるんじゃないかって思うと心は晴れなかった。
「イリア、いっぱい食べて、力をつけよう。明日はうんと特訓するからね」
そう言いながらも、いっぱい食べているのはリュシエール様だった。女性みたいに細くて華奢な身体のどこにそんなに食べ物が詰まるんだろうって思うくらい、口に食べ物を運んでいる。
私がノロノロとお豆とお野菜を煮たのをフォークでつついていたら、リュシエール様がじっと私を見て
「やせっぽちのイリアも好きだけど、もう少し肉がついたほうが僕好みなんだけどな」とか言って、私の胸をドキリとさせた。
がんばって食べて、身体にお肉がついたら・・・好きになってくれるのかな。
「リュシエール。イリアは十分可愛いわ。あなたは今のままのイリアが好きなんじゃないの?」
ちょっと怖い目でレーナ様に睨まれて、リュシエール様がタジタジとなった。
「そりゃ・・・。そうだけど・・・いや、うん。僕が悪かった。イリア、君が枯れ木みたいに痩せてても、手毬みたいに太っても、僕は君を愛し続けるよ」
あ。なんか、ヤケクソになってるっぽい。
私はどう答えていいのか分からずにとりあえず「ありがとうございます」と儀礼的に言った。
私たちの食卓での会話を耳に入れて、レーナ様の横に控えていた侍女のフランさんが忍び笑いを洩らした。
うっ、きっと呆れてるよね、フランさん。
レオナードさんは冷静で知的な男性だから、きっと、フランさんとも大人っぽいお付き合いしてるんだろうな、って私は想像したみたけど、大人っぽい付き合いがどんなものなのか、よく分からなくて、想像するのをあきらめた。
会話の弾む楽しい晩餐も終わりに近づいたとき、衛兵が一人、開け放ってあった扉から入ってきてレーナ様に礼をして言った。
「お食事中申し訳ありません、女王陛下。今しがた裏門の門番がこのような文筒を預かりまして。届けた者はカチラノスの宿屋の主人と申していました。レオナード様からフラン様に宛てた手紙のようなのです。王家の刻印もありましたし、受け取ったのですが、いかがいたしましょう」
「レオナードが、私に?」
うわずった声を上げたフランさんを見てからレーナ様は「手紙は預かりましょう。その宿屋の主人とやらは?」
「は。裏門で待たせてありますが」
「では、十分な褒美を取らせて。今夜はもう遅いから貴賓室に泊まっていただいて、明日朝、帰るように伝えてちょうだい」
衛兵が一礼して退室すると、フランさんはレーナ様から文筒を受け取って、中をあらためてみた。
「本当に、レオナードの文字だわ」
声が弾んでるのは私の気のせいじゃないみたい。
「あら、いいわね。旅先から手紙なんて、レオナードも案外ロマンチックなところがあるのね」
からかうように言ったレーナ様だったけど、そのお顔は優しさに満ちていた。
だけど。
手紙を読み進めていったフランさんの桃色に染まった頬はだんだんと白くなり、読み終えた頃には青ざめていた。
いったい何が書かれていたのだろうか。
レーナ様もリュシエール様も、私も、フランさんが口を開くのを固唾を飲んで待った。
カチラノス王家の墓所を後にして、召使い長が案内したのは、地下部屋に続く薄暗い階段だった。城の外壁にその暗闇への入り口は開いていた。
壁に反射して音を引く3人の足音だけが闇の中に飲みこまれる。このまま降りたところは地獄ではないか。
前を行く召使い長の身体が小刻みに震えているのが分かりキリウスは訝しく思った。
怯えているのか?
いったい何に。
「国王陛下」
戻りましょうと、レオナードは声をかけそうになった。嫌な予感がする。しかし、例え言ったところでキリウスが素直に侍従の言葉をきいて戻るはずはない。
「お気をつけください」
そう言うしかなかった。
キリウスは侍従の言葉には何も返さず、前を行く召使い長に尋ねた。
「カチラノス王は本当にこんなところにいるのか?いったい何のために」
「わかりません。ですが、1日のほとんどを地下の部屋で過ごされています。本当なら誰も通すなとのご命令なのですが・・・」
ローマリウス国の王が案内しろというのなら仕方がないと、召使い長は言葉の端に匂わせた。
しばらく歩いて後に部屋の扉の前で止まり、キリウスに無言で礼をして、召使い長は降りてきた階段を戻っていった。
後のことは関したくない、ということか、とキリウスは召使い長を見送り、扉の前に立った。
「陛下、やはり、おやめになったほうが・・・。王が他国のことに深入りするのは感心しません」
レオナードの静止など耳に入らないかのように、キリウスは扉の取っ手に手をかけて、引いてみた。
思いがけず、扉は呆気ないほど簡単に開いた。
「やはり、いらっしゃったのですね」
部屋の中で幽鬼のように佇んでいたカチラノス王は、青白い顔をキリウスに向けると溜息のような声で言った。
「やはり?なぜ俺が来ると思った?」
キリウスは油断なく部屋を見回しながら、尋ねた。
地下の部屋は明り取りの窓もなく、揺れるロウソクの火が幽玄のような薄暗闇を作っていた。
「王妃が昨夜、貴方様に会ったと、そう申しておりましたので」
カチラノス王の感情のこもらない声はまるで死者のようだった。
「あら、そんなこと、イリアが気にしなくていいのよ。それより、魔法は上達したの?」
そんなこと、と軽く言われても、庭師のおじさんに申し訳なくて。
そして、破壊度に比べて上達度が比例しなかったのが、物凄く情けなくて、私は
「ごめんなさい」と謝るしかなかった。
「イリアは悪くないよ。僕の教え方が悪かっただけだから。明日は方法を変えてみよう」
リュシエール様はそう言ってくれたけど、内心は出来の悪い私に呆れてるんじゃないかって思うと心は晴れなかった。
「イリア、いっぱい食べて、力をつけよう。明日はうんと特訓するからね」
そう言いながらも、いっぱい食べているのはリュシエール様だった。女性みたいに細くて華奢な身体のどこにそんなに食べ物が詰まるんだろうって思うくらい、口に食べ物を運んでいる。
私がノロノロとお豆とお野菜を煮たのをフォークでつついていたら、リュシエール様がじっと私を見て
「やせっぽちのイリアも好きだけど、もう少し肉がついたほうが僕好みなんだけどな」とか言って、私の胸をドキリとさせた。
がんばって食べて、身体にお肉がついたら・・・好きになってくれるのかな。
「リュシエール。イリアは十分可愛いわ。あなたは今のままのイリアが好きなんじゃないの?」
ちょっと怖い目でレーナ様に睨まれて、リュシエール様がタジタジとなった。
「そりゃ・・・。そうだけど・・・いや、うん。僕が悪かった。イリア、君が枯れ木みたいに痩せてても、手毬みたいに太っても、僕は君を愛し続けるよ」
あ。なんか、ヤケクソになってるっぽい。
私はどう答えていいのか分からずにとりあえず「ありがとうございます」と儀礼的に言った。
私たちの食卓での会話を耳に入れて、レーナ様の横に控えていた侍女のフランさんが忍び笑いを洩らした。
うっ、きっと呆れてるよね、フランさん。
レオナードさんは冷静で知的な男性だから、きっと、フランさんとも大人っぽいお付き合いしてるんだろうな、って私は想像したみたけど、大人っぽい付き合いがどんなものなのか、よく分からなくて、想像するのをあきらめた。
会話の弾む楽しい晩餐も終わりに近づいたとき、衛兵が一人、開け放ってあった扉から入ってきてレーナ様に礼をして言った。
「お食事中申し訳ありません、女王陛下。今しがた裏門の門番がこのような文筒を預かりまして。届けた者はカチラノスの宿屋の主人と申していました。レオナード様からフラン様に宛てた手紙のようなのです。王家の刻印もありましたし、受け取ったのですが、いかがいたしましょう」
「レオナードが、私に?」
うわずった声を上げたフランさんを見てからレーナ様は「手紙は預かりましょう。その宿屋の主人とやらは?」
「は。裏門で待たせてありますが」
「では、十分な褒美を取らせて。今夜はもう遅いから貴賓室に泊まっていただいて、明日朝、帰るように伝えてちょうだい」
衛兵が一礼して退室すると、フランさんはレーナ様から文筒を受け取って、中をあらためてみた。
「本当に、レオナードの文字だわ」
声が弾んでるのは私の気のせいじゃないみたい。
「あら、いいわね。旅先から手紙なんて、レオナードも案外ロマンチックなところがあるのね」
からかうように言ったレーナ様だったけど、そのお顔は優しさに満ちていた。
だけど。
手紙を読み進めていったフランさんの桃色に染まった頬はだんだんと白くなり、読み終えた頃には青ざめていた。
いったい何が書かれていたのだろうか。
レーナ様もリュシエール様も、私も、フランさんが口を開くのを固唾を飲んで待った。
カチラノス王家の墓所を後にして、召使い長が案内したのは、地下部屋に続く薄暗い階段だった。城の外壁にその暗闇への入り口は開いていた。
壁に反射して音を引く3人の足音だけが闇の中に飲みこまれる。このまま降りたところは地獄ではないか。
前を行く召使い長の身体が小刻みに震えているのが分かりキリウスは訝しく思った。
怯えているのか?
いったい何に。
「国王陛下」
戻りましょうと、レオナードは声をかけそうになった。嫌な予感がする。しかし、例え言ったところでキリウスが素直に侍従の言葉をきいて戻るはずはない。
「お気をつけください」
そう言うしかなかった。
キリウスは侍従の言葉には何も返さず、前を行く召使い長に尋ねた。
「カチラノス王は本当にこんなところにいるのか?いったい何のために」
「わかりません。ですが、1日のほとんどを地下の部屋で過ごされています。本当なら誰も通すなとのご命令なのですが・・・」
ローマリウス国の王が案内しろというのなら仕方がないと、召使い長は言葉の端に匂わせた。
しばらく歩いて後に部屋の扉の前で止まり、キリウスに無言で礼をして、召使い長は降りてきた階段を戻っていった。
後のことは関したくない、ということか、とキリウスは召使い長を見送り、扉の前に立った。
「陛下、やはり、おやめになったほうが・・・。王が他国のことに深入りするのは感心しません」
レオナードの静止など耳に入らないかのように、キリウスは扉の取っ手に手をかけて、引いてみた。
思いがけず、扉は呆気ないほど簡単に開いた。
「やはり、いらっしゃったのですね」
部屋の中で幽鬼のように佇んでいたカチラノス王は、青白い顔をキリウスに向けると溜息のような声で言った。
「やはり?なぜ俺が来ると思った?」
キリウスは油断なく部屋を見回しながら、尋ねた。
地下の部屋は明り取りの窓もなく、揺れるロウソクの火が幽玄のような薄暗闇を作っていた。
「王妃が昨夜、貴方様に会ったと、そう申しておりましたので」
カチラノス王の感情のこもらない声はまるで死者のようだった。
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