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9話 国王とレオナード
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女王が産気つき、ローマリウスの王城は大騒ぎになった。
「早く!お湯を沸かして!!それと、すぐに早馬を出して、国王陛下にお知らせに走って!!!」
侍女のフランの叫びに召使いたちは大わらわで、清潔な布を用意したり、大鍋でお湯を沸かしたりした。
早馬も出された。
カチラノス国の王妃の葬儀に参列するために昨日、ローマリウス国を出立した国王に知らせるために。
出産は命がけの大仕事だ。母子ともに危険になることが多い。そんなときに他国の葬儀に参列している場合ではない、とフランは国王へ知らせを急いだ。
もし、万が一、女王が危篤な状態になったら、そんなときに留守にしてしまったことを、国王はどれだけ嘆き悲しむか知れない。
どうか、御子が生まれる前に帰ってきて欲しい。
フランは祈りながら、苦しみにきつく結ばれた女王の手を握りしめた。
昨夜、遅くにカチラノス国の国境を超えたローマリウス国の王家の馬車は、険しい山の道で立ち往生していた。
普通に進んでいれば、町に出て、夕刻にはカチラノスの王城に到着できるはずだった。
しかし、陽が陰ってきても、いまだに馬車は動きそうもない。
「申し訳ありません。国王陛下。車輪が外れるなど、あり得ない不備でした」
外務担当大臣のベネジクトが額に汗して、困り顔を貼りつけていた。
国王はそれに答えず、不機嫌な顔で窓の外を眺めている。山道でなければ、馬車を置いて歩くこともできただろうが、山の道は危険が多い。人間を食らう獣など、ごまんといる。
「国王陛下、なにかお召し上がりになりますか?」
侍従のレオナードが控えめに尋ねた。軽い食事程度の材料なら用意してある。
「いや、いい」
短く答える国王に、レオナードが眉を顰めた。
きっと考えているのはレーナ様のことだろう、とレオナードは思う。自分がフランのことを考えているように。
「フランのことは・・・」
国王の口からフランの名が漏れて、レオナードはハッとした。
「どうするつもりだ、レオナード」
「妻にしたいと思っています」
レオナードの即答に、一瞬目を見張ったキリウスだったが、すぐに口の端をあげると「あれは、いい女だ。フランは俺の命の恩人だ。ヨークトリア国で俺が死ななかったのはフランのおかげだ。だが、フランは他人を守るためなら無茶をするところがある」
レーナもそうだが、とキリウスは言い添えた。
「ええ、わかっています」
だからこそ、自分はフランが愛しいと思うのだ。だからこそ、そばにいて無茶をさせないようにしないと、と思うのだ。
フランの細い体を抱きしめて、愛しいと思った時に心は決まっていた。
ずっとそばにいたい、と。
「結婚するつもりなら、いつでもいいぞ。俺が許す」
キリウスの言い方は素っ気ないものだったが、その口調から温かいものを感じてレオナードは首を垂れた。
基本的に結婚は、婚姻したい男女が村長や町長、その領地の領主などに申し出て、許可をされれば夫婦となる。
城内でのことなら、男女2人が国王の前で婚姻を認められれば、それでいい。
ただ、認められるには、それが正当な婚姻かを推し量られることになり、申し出たからと言って簡単に夫婦になれるものではなかった。
国王自身が許すと言っているのだ、レオナードとフランには何の障害もない。
しかし、とレオナードは知的な顔を曇らせた。
憂いに思うことがあるとしたら、フランが『侍女』ということだ。
「フランが私と結婚したら、侍女の仕事はやめなければなりません。女王陛下はまた侍女をなくすことになり、お困りになるのではないでしょうか」
そう、真摯に答える侍従に、キリウスは苦笑いを向けて、
「レオナード、レーナのことよりフランのことを考えてやれ。レーナの心配をするのは俺一人で十分だ」
キリウスの言葉はごく軽いものだったが、レオナードはわずかな衝撃を感じた。
そして、ああ、そうか、と得心した。
レーナ様にはキリウス様がいる。それだけでいいのだ。
私はフランのことだけ考えてあげればいい。
「だけどな、レオナード」
キリウスが溜息をつきそうな表情になって「レーナとフランを残してきたのはまずかったかもしれないぞ」
「?・・・どういうことでしょうか?」
「レーナが『結婚』とかいう楽しそうなことを何もしないで放っておくと思うか?今頃は二人で妙な計略をしているかもしれん」
「あ」
たしかに、とレオナードは思う。
レオナードには理解しがたい女性が二人、どんな話をしているのか、とてつもなく不安になってきた。
「まあ、帰ったときの楽しみだな」
キリウスが諦め顔でそう言った時に、馬車の外が騒がしくなった。
レオナードが外の様子を見に行こうと、馬車の扉を開けたときに、早馬の伝令係が飛び込んできた。
「国王陛下、大変でございます。女王陛下が産気つかれました。至急、国王陛下にお戻りいただきたいとのことです」
汗だくで息を切らせた伝令係がそう伝えると、キリウスの行動は速かった。
馬車を引いていた馬の一頭を外すと、その背に跨り、レオナードとベネジクトの静止の声も無視して駆け出した。
ローマリウス国へ向かって。
「早く!お湯を沸かして!!それと、すぐに早馬を出して、国王陛下にお知らせに走って!!!」
侍女のフランの叫びに召使いたちは大わらわで、清潔な布を用意したり、大鍋でお湯を沸かしたりした。
早馬も出された。
カチラノス国の王妃の葬儀に参列するために昨日、ローマリウス国を出立した国王に知らせるために。
出産は命がけの大仕事だ。母子ともに危険になることが多い。そんなときに他国の葬儀に参列している場合ではない、とフランは国王へ知らせを急いだ。
もし、万が一、女王が危篤な状態になったら、そんなときに留守にしてしまったことを、国王はどれだけ嘆き悲しむか知れない。
どうか、御子が生まれる前に帰ってきて欲しい。
フランは祈りながら、苦しみにきつく結ばれた女王の手を握りしめた。
昨夜、遅くにカチラノス国の国境を超えたローマリウス国の王家の馬車は、険しい山の道で立ち往生していた。
普通に進んでいれば、町に出て、夕刻にはカチラノスの王城に到着できるはずだった。
しかし、陽が陰ってきても、いまだに馬車は動きそうもない。
「申し訳ありません。国王陛下。車輪が外れるなど、あり得ない不備でした」
外務担当大臣のベネジクトが額に汗して、困り顔を貼りつけていた。
国王はそれに答えず、不機嫌な顔で窓の外を眺めている。山道でなければ、馬車を置いて歩くこともできただろうが、山の道は危険が多い。人間を食らう獣など、ごまんといる。
「国王陛下、なにかお召し上がりになりますか?」
侍従のレオナードが控えめに尋ねた。軽い食事程度の材料なら用意してある。
「いや、いい」
短く答える国王に、レオナードが眉を顰めた。
きっと考えているのはレーナ様のことだろう、とレオナードは思う。自分がフランのことを考えているように。
「フランのことは・・・」
国王の口からフランの名が漏れて、レオナードはハッとした。
「どうするつもりだ、レオナード」
「妻にしたいと思っています」
レオナードの即答に、一瞬目を見張ったキリウスだったが、すぐに口の端をあげると「あれは、いい女だ。フランは俺の命の恩人だ。ヨークトリア国で俺が死ななかったのはフランのおかげだ。だが、フランは他人を守るためなら無茶をするところがある」
レーナもそうだが、とキリウスは言い添えた。
「ええ、わかっています」
だからこそ、自分はフランが愛しいと思うのだ。だからこそ、そばにいて無茶をさせないようにしないと、と思うのだ。
フランの細い体を抱きしめて、愛しいと思った時に心は決まっていた。
ずっとそばにいたい、と。
「結婚するつもりなら、いつでもいいぞ。俺が許す」
キリウスの言い方は素っ気ないものだったが、その口調から温かいものを感じてレオナードは首を垂れた。
基本的に結婚は、婚姻したい男女が村長や町長、その領地の領主などに申し出て、許可をされれば夫婦となる。
城内でのことなら、男女2人が国王の前で婚姻を認められれば、それでいい。
ただ、認められるには、それが正当な婚姻かを推し量られることになり、申し出たからと言って簡単に夫婦になれるものではなかった。
国王自身が許すと言っているのだ、レオナードとフランには何の障害もない。
しかし、とレオナードは知的な顔を曇らせた。
憂いに思うことがあるとしたら、フランが『侍女』ということだ。
「フランが私と結婚したら、侍女の仕事はやめなければなりません。女王陛下はまた侍女をなくすことになり、お困りになるのではないでしょうか」
そう、真摯に答える侍従に、キリウスは苦笑いを向けて、
「レオナード、レーナのことよりフランのことを考えてやれ。レーナの心配をするのは俺一人で十分だ」
キリウスの言葉はごく軽いものだったが、レオナードはわずかな衝撃を感じた。
そして、ああ、そうか、と得心した。
レーナ様にはキリウス様がいる。それだけでいいのだ。
私はフランのことだけ考えてあげればいい。
「だけどな、レオナード」
キリウスが溜息をつきそうな表情になって「レーナとフランを残してきたのはまずかったかもしれないぞ」
「?・・・どういうことでしょうか?」
「レーナが『結婚』とかいう楽しそうなことを何もしないで放っておくと思うか?今頃は二人で妙な計略をしているかもしれん」
「あ」
たしかに、とレオナードは思う。
レオナードには理解しがたい女性が二人、どんな話をしているのか、とてつもなく不安になってきた。
「まあ、帰ったときの楽しみだな」
キリウスが諦め顔でそう言った時に、馬車の外が騒がしくなった。
レオナードが外の様子を見に行こうと、馬車の扉を開けたときに、早馬の伝令係が飛び込んできた。
「国王陛下、大変でございます。女王陛下が産気つかれました。至急、国王陛下にお戻りいただきたいとのことです」
汗だくで息を切らせた伝令係がそう伝えると、キリウスの行動は速かった。
馬車を引いていた馬の一頭を外すと、その背に跨り、レオナードとベネジクトの静止の声も無視して駆け出した。
ローマリウス国へ向かって。
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