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始まりは初夜

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 結婚の儀の後の祝宴が終わって、一人部屋に戻った私はベッドに腰かけて、迷っていた。
 時刻は間もなく明日になろうかというのに、結婚式を挙げたばかりの新婦がなぜ一人、部屋で眉間にシワを刻んでいるのか・・・
 本来なら夫とイチャイチャラブラブしててもおかしくないのに。
 
 現代で平凡なOLをしていた私、小島美里(25)がこの異世界の国、ローマリウスの王女に転移して、紆余曲折あった末に愛する人と出会い、本日結婚してめでたく夫婦となった。
 夫のキリウスと私はこの国「ローマリウス」の国王と王妃だ。
 だから、普通の人間にはない『王家のしきたり』とかで、気ままにならないこともある。
 そう、王家のしきたりが今私を戸惑いの渦の中に巻き込んでいるのだ。
 王家では例え夫婦であっても部屋は別々になっている。でも、問題は新婚早々でイキナリの家庭内別居のことじゃない。
 
 問題は・・・

 これからの初夜。

 王家のしきたりでは初夜は花嫁となった私が夫の部屋の忍んでいくという、逆夜這いをかけなければならない。
 なぜ、そんなことを?と周りの人間に聞いてみたけど、「しきたりだから」と、役にも立たない回答しか得られなかった。
 先ほど、少女召使いたちが私の湯あみを手伝ってくれた。いつもなら、きゃっきゃと賑やかな少女たちが、今夜は神妙な顔をして無言で私の体を洗っていたのが、実に不気味だった。
 年端もいかない少女たちにも、私の初夜が意識されているようで、恥ずかしさに見も細る思いだ。
 体もきれいにし、薄い夜着にガウンをまとって、すっかり準備はできているというのに、私は夫の部屋へ足を踏み出せずにいる。
 なんだか・・・

 そんなんじゃ、ないんだよな・・・

 って気がする。
 そりゃあ、キリウスは大好きだし、抱きしめられたらキュンとなるし、キスだって、それ以上の行為だってしたいと思う。
 
 でも
 
 お膳立てが整って、「さあ、ヤリましょう」とか、そういうのって違うような気がする。
 メイクラブはもっと・・・こう・・・気持ちが昂るというか、自然な流れというか・・・そういう・・・
 と、つまり準備はできているけど、煮え切らない気持ちが、夫の部屋に向かうのを躊躇させているのだ。

 ベッドに腰かけて、かれこれ30分はモヤモヤしている。
 キリウスは祝宴の席でけっこうお酒を勧められて飲んでいたから、もしかして、酔って寝ちゃってるかもしれない。
 私は異世界にきた原因がお酒にあったから、どんなに勧められても固辞したのだけど。
 でも。
 
 少しくらい飲んだほうが、お酒の勢いでヤッちゃえたかもしれない。

 いやいや、初夜を酒の勢いでヤッちゃダメでしょ。

 とりとめのない堂々巡りに深い溜息が出た。
 もうこのまま頭から布団かぶって寝ちゃおうか、とか、新婚の夫に対して「ソレはないだろう」的なことを考えていたら、廊下の騒がしさが耳に入った。
 ギクリッと体が反応した。
 このパターンは、いつもの・・・
「国王陛下、なりません。どうか部屋にお戻りを・・・」廊下から聞こえる召使いの悲鳴にも似た叫びに、私は慌てた。
 
 キリウスが来る!

 私は反射的に隠れる場所を探そうとして、はっとした。
 
 なんで隠れる必要があるの。

 それでも、勢いよく扉が開いてキリウスの姿が現れたときには私は壁に張り付いていた。
 召使いが「王を止められなくて申し訳ありません」というオドオドとした目線をよこしたので、私は「いいのよ、しかたないわ」という慈悲の目線を返して、召使いに下がるように命じた。
 今まで、キリウスの猛進を止められた召使いなど存在しない。
「姫・・・いや、レーナ」夫、キリウスは私の目の前まできて、鋭い眼光で「ひとつ、聞いてもいいか?」
「はい」私は長身のキリウスを見上げて神妙に頷いた。
「なぜ、壁に張り付いている?」
「・・・キリウスこそ、なぜ、来たの?」
 まさか、貴方が来たせいで張り付いた、とも言えずに、私は質問に質問で答えた。彼は整った顔に悩まし気な表情を浮かべると、
「レーナが俺の部屋に来ないような気がした」
 ほんと、勘だけは鋭い、キリウス様は。
「・・・今、出ようと思ってました」
 蕎麦屋の出前のような白々しい返答をして
「でも、貴方がきたのだから、もう部屋に行かなくてもいいのじゃないの?」
 わざわざ、また移動することもない、と私は匂わせてみた。
「え?いや・・・それは・・・その・・・」
 彼が返答に困ってる。ということは何かあるのだと察した私は少し語気を強めて
「私が部屋に行かないとダメなことがあるの?私に何か隠してる?」
「隠してない。・・・ただ・・・レーナは説明を受けてないんじゃないかと・・・。これは本来ならお付きの侍女が説明することだし」
「侍女が説明?」
 わけあって、今、私には侍女がいない。あの有能な侍女なら、私が何か問う前に説明してくれたのだろうけど。
「つまり・・・」
 キリウスの歯切れが悪い。
 私は先を促すように、彼を見つめた。
「つまり、だな。俺の部屋には『見届け人』がいる」

 ・・・・・・・・・・・・

 ミトドケニン?

 思いもしない単語に私の思考は一瞬停止した。

 つまり、えっと。キリウスの部屋には第三者がいるってこと?

 ・・・え?どういうこと? 

 「王家のしきたりで・・・つまり・・・俺たちがちゃんと・・・世継ぎを作る行為が・・・できるか・・・を、見届ける・・・人間がいる」
 途切れ途切れに苦しそうに説明するキリウスの言葉を、頭の中で整理してみたら、とんでもないことだと気がついた。
「世継ぎ・・・って、赤ちゃん、よね?え?じゃあ・・・エッチ・・・いや、あの行為を誰かに見られながらヤルってこと?」
「あの行為って・・・レーナはどんな行為だかわかってるのか?」
 キリウスが怪訝そうな顔で聞いた。
 
 やばい、レーナは処女で、そういう行為のなんたるかも知らないはずだった。

 私は焦って「あ、いえ、その、事前に書物で読んで・・・多少なりとも勉強しておこうかと・・・だって・・・」私は恥ずかしそうにうつむいてモジモジしながら
「すべて、貴方任せだと申し訳なくて」
 少しは本音も入っている。現代でもエッチな行為をするとき、冷凍マグロ状態な女は嫌われると、本で読んたことがある。
「レーナ・・・!」
 感極まったかのようなキリウスに抱きしめられた。私も彼の背中に腕を回して
「だから、誰かに見られるなんて、そんなの恥ずかしくてできない」
 これは100%本音。
 ただでさえ、現代では貧しい恋愛経験しかないのに、『視姦プレイ』だとか、難易度高すぎだ。
「わかった、レーナの嫌がることはしない。しきたりよりレーナが大切だ」
「でも、見届け人はどうするの?」
「部屋で待たせとけばいい」
 もう何も言うなとばかりに、キリウスは私の唇をふさいだ。
 軽く唇を合わせるキスからすぐに貪るような熱いキスに変わる。初めてのキスのときに邪魔が入り、不完全燃焼だった分を取り戻すかのような熱さでキリウスが私の舌を求める。
 少しお酒の香りのする彼の吐息に頭の芯が溶けそうになりながらも、自分が壁に押し付けられたままだと気がついた。
 絡まった舌をほどいて
「お願い・・・ベッドに」
 連れていって、まで言わせずにキリウスは私を抱き上げて、ベッドまで運ぶと優しく横たえた。
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