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侍従の心得

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 「明後日から3日間、私は城を離れますので、その間の国王陛下と女王陛下のことをあなたにお任せするわけですが・・・フランさん」
 レオナードは侍従の仕事が片付いてから、自室にフランを招いた。
「あなたはまず、朝、一人で起きることから始めなければなりませんね」
 レオナードは目の前に神妙な顔で座っているフランを見て言った。
「はい・・・」
 自信のなさそうなフランの返答にレオナードは溜息をつくように聞いた。「できますか?」
「でき・・・る・・・はい、頑張ります」
「では、明日からやってみましょう」
 言ってからレオナードは情けなくなってきた。大の大人を相手に話すような内容ではない、と。
「それから、服装は乱れないように。髪は必ず梳かすこと」
 何気なくレオナードはフランの金色の髪に触れた。
「このくらいの長さなら、結んだほうがいいかもしれませんね」
 言いながら、女王の髪もこんなに柔らかかった、と以前手に触れた女王の黄金の巻き毛の感触を思い出した。
 フランの髪はまるで女のように繊細だとレオナードは思う。それに、口びるも・・・
 うっかり唇を合わせてしまって、抵抗できなかったことを思い出す。
 甘くて、柔らかくて、淫らで。
 我を忘れた。一生の不覚だった、とレオナードは緊張で体を硬くしているフランを見て顔を顰めた。
 自分の心根をフランに悟られないように、レオナードはわざとらしいほど冷たい口調になった。
「それから、両陛下を起こすときには、必ず部屋の中の様子を確認すること・・・ああ・・・これは、ちょっとあなたには難しいですね。でしたら、ぜったいノックをすること。返答がなかったら、決してドアを開けてはいけません」
 フランは思いっきり首を縦に振った。朝の睦み事を邪魔されたときの国王の恐ろしさは肝に命じてある。
「万が一、国王の機嫌を損ねたときには、諦めて逃げてください。後は女王陛下が何とかしてくださいます」
 侍従にはあるまじき行為だが、国王の機嫌を治せるのは女王だけなのだから。
「夜も同じことです。お2人が部屋に入ったら、極力、近寄ってはいけません。就寝前の灯りを落とすときには必ずノックをしてから確認すること」
「・・・・え・・・っと。つまり、注意しなきゃいけないのって、国王と女王の睦み事を邪魔しちゃイケナイってことですよね?」
「そうですね・・・後は、通常の侍従の仕事をこなせればいいので・・・あなたには特に問題はないかと思います」
「よかった」
 フランが嬉しそうには顔を緩ませたので、レオナードは首を傾げた。
「つまり、僕はレオナードさんから侍従としては認められているって思っていいんですよね?朝、起きる以外は」
「非の打ち所がないとは言いませんが、まあ、合格ではないでしょうか」
 レオナードの言葉を聞いて、緊張を解いたようにフランは室内を見回した。
「レオナードさんの部屋って初めて入ったけど、すごくキレイにしてますね。隙も無いくらいに整理されてて、やっぱり性格かな・・・本も巻数通りに並んでますね」
 書架の中を珍しそうに覗き込むフランにレオナードが尋ねた。「あなたの部屋は違うのですか?」
「え・・・あっ・・・いえ、その、なんていうか。僕は混沌と雑然が落ち着くので」
 フランの焦ったような言い澱む回答になんとなく部屋の様相が見えたレオナードは冷めた目をしただけで、それ以上は何も言わなかった。
「あ、でも、もしレオナードさんが僕の部屋に遊びにいらしてくれるなら、片付けます!」
「私があなたの部屋に?」
 フランの少し上気した頬と潤んだ瞳を見て、レオナードの心に警報が鳴った。フランの部屋に行ったら前と同じことになる。もし、あの時のようなことをされたら、困る。好きでもない人とすべきでははい。いや、男とすべき行為じゃない。あれは本当に魔が差しただけだった。
 私はフランを好きではない。嫌いではないが、好きではない。
 ただの仕事仲間、それだけだ。
 レオナードは、自分の気持ちを自分に言い聞かすように確認してから、穏やかな口調で告げた。
「申し訳ありませんが、私はあなたの部屋に伺う用はないと思います」
 それは本当のことだ、自分がフランを訪ねることなどないだろうとレオナードは思った。しかし
「そう・・・ですね、ごめんなさい」
 寂し気な微笑みを浮かべたフランの澄んだ青い瞳を見て、レオナードの心が針で刺したように痛んだ。
 少し、自分はキツ過ぎる言い方をしたのではないだろうか、と。けれど、どう言い直せばいいのか分からずに
「では、明日は私は起こしにいきませんので、一人で起きてください」
 そっけなさの上乗せをしてフランを部屋から追い出すように帰してしまった。
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