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14話 人違いだから。
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キリウスが行ってしまうと、私の好奇心は爆発した。
なに、さっきの。
キリウスの言う「余計なこと」ってなに?知りたい、なんだろう。
なんて言ってリュシエールに聞き出そう。
私が脳内で画策を巡らせてると
「で、さっきの続きなんだけどさ」あっさりとリュシエールが言った。
少年の青緑色の瞳が話したくてたまらないみたいにキラキラと輝いてる。
あらら、このぼっちゃん、キリウスの口止めは完全にスルーなのね。
私は苦笑の思いだったけど、少年が自分から話してくれるのはありがたかった。
「うん、うん」とうなずいて、少年に先を話すように促した。
「じつは、僕は君の警護のために雇われたわけじゃないんだ。それは、追加依頼」
リュシエールは部屋の隅に置いてあった木製の椅子に腰かけると、私にも座るように促した。椅子の埃を払って、腰を下ろすと自分がまだ帽子をかぶっていることに気づいた。帽子をとると黄金色に輝く巻き毛が肩におちた。
リュシエールは私の頭を一瞥すると「君、落馬して頭を強く打ったでしょ」
私に馬に乗った記憶はないけど、こくんと頷いた。
「そのときね、君は死にかけてて。というか半分は死んでたんだけどね」
え?そうなの?てか、私じゃなくて、そのときはレーナなんだよね。ややこしいけど。
「そのまましばらく放っておけば完全に死んじゃってたんだ。でも、キリウスがね、マグノリア国の魔法使いに君を助けるようにって、要請したんだよ。僕はその依頼を受けて、マグノリアから派遣されて来たってわけ」
キリウスが・・・私を、いや、レーナを助けるために、魔法国に依頼・・・したの?
リュシエールは黒髪をかき上げながら、自慢げな口調で言った。
「人間の魂を捕まえて体に戻すなんて高等魔法、上級魔法使いの僕じゃなきゃ無理だからね」
人間の・・・タマシイ?
なにかが心にひっかかった。
「でもさ。キリウスが、魔法で王女を助けるのは秘密にしたいって言うから。離れた場所で魔術を施さなきゃいけなくて。本当は魔法をかける相手が目の前にいたほうが確実なんだけど」
秘密に、ってなんで・・・そんなこと。
え?ちょ、ちょっと待って。じゃあ、確実じゃない魔法をかけたって、こと?
なんとなく、私にはこの先の展開が見えるような気がした。
「生と死の境にある混沌の空間から君の魂を見つけ出して、体に戻して、少しばかり治癒をほどこしたんだ。けっこう、難しくてメンドクサイ魔術式なんだよ。成功したからよかったけどね」
呆然としながらも、自分がこの世界に来ちゃった理由がなんとなく分かった。
私も、レーナも死にかかってて、二人のタマシイが『混沌の空間』とかにいたとしたら。
確実じゃない魔法は、私のタマシイとレーナのタマシイを取り違えちゃったのかもしれない。
もとは、キリウスがマグノリア国の魔法使いに魔法を依頼して私、じゃなくて、レーナを助けようとしたから、こんなややこしいことになって・・・
ん?魔法を依頼?・・・魔法を依頼・・・アレ?なんか、重要なことがあったよね。魔法の依頼って・・・たしか
ガタンッ、と私は椅子を倒して飛び上がった。
目の前でキョトンとしてる魔法使いの少年に、震える声で聞いた。
「人の魂を戻す魔法って、いくら!?」
「う~んと。領土半分と城ひとつ分くらい・・・かな」パン1個の値段を言うくらいの軽さで答えられて、私はその場に崩れ落ちた。
日本円にしたら、億。億はきっと軽く超える。
「なんで、なんで、キリウスはなんでそんなバカなことを・・・いくら自国の姫だからって、そこまでして救う必要ないじゃない」
忠義にもほどがある。
くすっ、っとリュシエールがなぜが楽しそうに口の端を上げた。
「姫さまは鈍感なんだね~」
なによ、と言いかけた私の耳に少年の息がかかった。ないしょ話をするように少年は私の耳元で低く甘い声でささやいた。
「男が自分の財産を投げ打ってでも女を救いたいっていう理由は、一つしかないでしょ」
思考回路のどっかが壊れたみたいに私の頭の中は真っ白になった。
一つしかない、理由?
理由は、理由は、理由は、・・・って、え?もしかして、アレ!?
キリウスは私のことが・・・・・・・・いや、違う。それは違う。それは、ない。
自我を再構築しなきゃ、思い出せ。私は誰。
私は小島美里、25歳。彼氏いない歴約4年。小説や漫画での豊富な恋愛知識も現実のことになると、からきしダメ人間。今まで生きてきた時間、彼氏とのデートより減価償却の計算をしているほうが長かった。
私には莫大な財産を投げ打つだけの価値はない。自分のことだから、わかる。キリウスが救いたかったのは、可憐で上品なお姫様のレーナであって、平凡なOLの小島美里ではない。
つまり、アイされてるのはレーナ姫で、私じゃない。
そう、私じゃないんだ。
よし、大丈夫。
冷静になった。
「レーナ。城から迎えが来たみたい。メンドクサイ説明はしたくないから僕は消えるよ」そう言って立ち上がったリュシエールの腕を私は慌ててガシと掴んだ。
「リュシエール、夜、私の部屋に来て」
「エッ、夜這い!?」
ちがうわ!
ツッコミを我慢して、唸りそう声で「魔法を頼みたいの」
私が言い終わらないうちに、扉が開いて城からの迎えの衛兵や兵士がどやどやと入ってきた。
気づくと、私が腕を掴んでいたはずの少年の姿は消えていた。ただ、「りょーかい」と応えた少年の軽い声だけは耳に残っていた。
城に戻ると、入口に近い広間で待っていたサラさんが駆け寄ってきた。
「レーナ様、ご無事で」サラさんの顔に安堵の表情が浮かんでるのを見て、ちょっと驚いた。彼女にそんな顔をさせるなんて、私はかなり心配をかけたのだ。
「ごめんなさい」と消え入りそうな声で詫びた。
「一部始終は警護団長から報告いただきました」サラさんは深く傷ついたような暗い目を伏せて「申し訳ありません。このようなことになるとは。私の配慮が足りませんでした」
ううん、サラさんのせいじゃないし。1番悪いのはナビスなんだけど、その原因になったのは私かもしれないんだ。
私が国王代理に相応しくないと、ナビスは思ったから。
でも、人を殺めてまで国王になりたいという気持ちが私にはどうしても理解できない。
「国王って大変なだけなのにな」
小さくつぶやいた私の言葉をサラさんは耳ざとく聞き取り「自分の思うようにできると、心得違いをなさるかたもおりますので。王位についたからといって、誰しもが王になれるわけではありません。王には器というものがあります」
うつわ・・・器ね。
「私だって、そんな器ではないと思いますけど」
「そんなことはございません」サラさんが真顔できっぱり言った「レーナ様は土器くらいの器はお持ちです」
え・・っと。土器って、うつわ認定が微妙だよね?
私は喜んでいいんだか、情けなく思っていいんだか、どっちつかずな気分のまま、力なく曖昧に笑った。
「ところでレーナ様。叔父上、いえ、ローマリウス公の刑はいかがなされるおつもりですか」サラさんはいつもの硬質な顔に戻って、私に尋ねた。
「え?刑・・・刑って?」
「今までの事例でいきますと」サラさんの声の硬さが増した。
「国王、ならびに国王代理に弓引く者は即刻、火あぶりの刑に処されております」
ひ・・・火あぶりぃ!?火あぶりって、公開処刑だよね?死刑だよね。てか、私が決めるの!?どうするかを。
「無理。火あぶりとか、そんなひどいことできない・・・です」
私はただの事務員なんだよ。裁判官でも、処刑執行人でもないんだよ。
たとえ、直接手を下さなくても、自分の指図で誰かが死ぬなんて、いやだ。
「レーナ様。罪人の刑を決めるのは国王の務めでございます」
それでも、無理なものは無理。私はだだをこねる子供のように首をふった。サラさんが眉間にしわを寄せて「レーナ様」
「レーナ姫」サラさんの言葉にかぶるように、キリウスの声が広間に響いた。
いつもの自信たっぷりのドカドカで歩いてくると、キリウスは私とサラさんの前に立った。
髭を剃って、町人の姿をしているキリウスに眉をひそめたサラさんだったけど、すぐに表情を消した。
なんだ、キリウスが髭がないときの姿はイケメンだって知らなかったのは私だけか。サラさんが一言教えてくれていれば、熊男なんて認識持たなくてもよかったのに・・・あ、でも、この侍女の評価基準に容姿は含まれてないんだろうな。
「キリウス様」とサラさん。
「レーナ様は今私と大切なお話の最中でございます」だから邪魔するな、とサラさんが匂わせる。
「サラ、俺はレーナ姫と大切な話がある」だからサラは外せ、とキリウスが匂わせる。
は~、この二人ってほんと天敵同士だよね。
肉食獣同士が獲物を真ん中に、威嚇し合ってるみたいな状況になすすべもなく。
食物連鎖底辺の私は今のうちにこっそり逃げ出してしまおうかと迷ったが。
「あの・・・」逃走しない勇気を振り絞って、肉食獣の真ん中で声を上げた。
「キリウス様のお話ってなんでしょう。緊急でなければ、サラとの話が終わるまでお待ちいただきたいのですが」
キリウスは同意したというように頷くと「ナビスの処刑の件です」
やっぱり逃走すればよかった!と、激しい後悔が大波で押し寄せた。サラさん一人でも私には分が悪かったのだ。
「レーナ様は処刑を決断できないとおっしゃっています」私の代わりにサラさんが答えた。
キリウスは一瞬片眉を上げたが、私に射るような眼差しを向けると
「レーナ姫は昔からお優しいおかただ。叔父上と慕った男を処刑できないというお気持ちは理解できる」
違う。叔父だからっていうんじゃない。私は首をふった。
「しかし、国王代理となられた今は、厳しく人を罰することも必要だ」
「キリウス様のおっしゃる通りです」
肉食獣同士がタッグを組んだことが分かって、私はめまいで倒れそうになった。
でも、こればかりはいくら従順な私でも「はい、そうですか」って言えない。
たとえ、罪を犯した人だしても、簡単に命を奪っていいってことにはならない。それが私の常識なんだから。
私はこの世界の法律とかよく分からないけど、感覚的には中世を感じるから、拷問や処刑は日常茶飯事に行われているんだろう。
この世界が『疑わしきは罰せよ』『邪魔者は排除せよ』が常識だったとしても、現代人で平凡なOLには無理だ。
私の人生の座右の銘は・・・銘は
そう、アレよ!
「『罪を憎んで人を憎まず』よ!」私は思いついた言葉を叫んでしまった。
サラさんとキリウスが同時に声を上げた。
「はぁ!?」
なに、さっきの。
キリウスの言う「余計なこと」ってなに?知りたい、なんだろう。
なんて言ってリュシエールに聞き出そう。
私が脳内で画策を巡らせてると
「で、さっきの続きなんだけどさ」あっさりとリュシエールが言った。
少年の青緑色の瞳が話したくてたまらないみたいにキラキラと輝いてる。
あらら、このぼっちゃん、キリウスの口止めは完全にスルーなのね。
私は苦笑の思いだったけど、少年が自分から話してくれるのはありがたかった。
「うん、うん」とうなずいて、少年に先を話すように促した。
「じつは、僕は君の警護のために雇われたわけじゃないんだ。それは、追加依頼」
リュシエールは部屋の隅に置いてあった木製の椅子に腰かけると、私にも座るように促した。椅子の埃を払って、腰を下ろすと自分がまだ帽子をかぶっていることに気づいた。帽子をとると黄金色に輝く巻き毛が肩におちた。
リュシエールは私の頭を一瞥すると「君、落馬して頭を強く打ったでしょ」
私に馬に乗った記憶はないけど、こくんと頷いた。
「そのときね、君は死にかけてて。というか半分は死んでたんだけどね」
え?そうなの?てか、私じゃなくて、そのときはレーナなんだよね。ややこしいけど。
「そのまましばらく放っておけば完全に死んじゃってたんだ。でも、キリウスがね、マグノリア国の魔法使いに君を助けるようにって、要請したんだよ。僕はその依頼を受けて、マグノリアから派遣されて来たってわけ」
キリウスが・・・私を、いや、レーナを助けるために、魔法国に依頼・・・したの?
リュシエールは黒髪をかき上げながら、自慢げな口調で言った。
「人間の魂を捕まえて体に戻すなんて高等魔法、上級魔法使いの僕じゃなきゃ無理だからね」
人間の・・・タマシイ?
なにかが心にひっかかった。
「でもさ。キリウスが、魔法で王女を助けるのは秘密にしたいって言うから。離れた場所で魔術を施さなきゃいけなくて。本当は魔法をかける相手が目の前にいたほうが確実なんだけど」
秘密に、ってなんで・・・そんなこと。
え?ちょ、ちょっと待って。じゃあ、確実じゃない魔法をかけたって、こと?
なんとなく、私にはこの先の展開が見えるような気がした。
「生と死の境にある混沌の空間から君の魂を見つけ出して、体に戻して、少しばかり治癒をほどこしたんだ。けっこう、難しくてメンドクサイ魔術式なんだよ。成功したからよかったけどね」
呆然としながらも、自分がこの世界に来ちゃった理由がなんとなく分かった。
私も、レーナも死にかかってて、二人のタマシイが『混沌の空間』とかにいたとしたら。
確実じゃない魔法は、私のタマシイとレーナのタマシイを取り違えちゃったのかもしれない。
もとは、キリウスがマグノリア国の魔法使いに魔法を依頼して私、じゃなくて、レーナを助けようとしたから、こんなややこしいことになって・・・
ん?魔法を依頼?・・・魔法を依頼・・・アレ?なんか、重要なことがあったよね。魔法の依頼って・・・たしか
ガタンッ、と私は椅子を倒して飛び上がった。
目の前でキョトンとしてる魔法使いの少年に、震える声で聞いた。
「人の魂を戻す魔法って、いくら!?」
「う~んと。領土半分と城ひとつ分くらい・・・かな」パン1個の値段を言うくらいの軽さで答えられて、私はその場に崩れ落ちた。
日本円にしたら、億。億はきっと軽く超える。
「なんで、なんで、キリウスはなんでそんなバカなことを・・・いくら自国の姫だからって、そこまでして救う必要ないじゃない」
忠義にもほどがある。
くすっ、っとリュシエールがなぜが楽しそうに口の端を上げた。
「姫さまは鈍感なんだね~」
なによ、と言いかけた私の耳に少年の息がかかった。ないしょ話をするように少年は私の耳元で低く甘い声でささやいた。
「男が自分の財産を投げ打ってでも女を救いたいっていう理由は、一つしかないでしょ」
思考回路のどっかが壊れたみたいに私の頭の中は真っ白になった。
一つしかない、理由?
理由は、理由は、理由は、・・・って、え?もしかして、アレ!?
キリウスは私のことが・・・・・・・・いや、違う。それは違う。それは、ない。
自我を再構築しなきゃ、思い出せ。私は誰。
私は小島美里、25歳。彼氏いない歴約4年。小説や漫画での豊富な恋愛知識も現実のことになると、からきしダメ人間。今まで生きてきた時間、彼氏とのデートより減価償却の計算をしているほうが長かった。
私には莫大な財産を投げ打つだけの価値はない。自分のことだから、わかる。キリウスが救いたかったのは、可憐で上品なお姫様のレーナであって、平凡なOLの小島美里ではない。
つまり、アイされてるのはレーナ姫で、私じゃない。
そう、私じゃないんだ。
よし、大丈夫。
冷静になった。
「レーナ。城から迎えが来たみたい。メンドクサイ説明はしたくないから僕は消えるよ」そう言って立ち上がったリュシエールの腕を私は慌ててガシと掴んだ。
「リュシエール、夜、私の部屋に来て」
「エッ、夜這い!?」
ちがうわ!
ツッコミを我慢して、唸りそう声で「魔法を頼みたいの」
私が言い終わらないうちに、扉が開いて城からの迎えの衛兵や兵士がどやどやと入ってきた。
気づくと、私が腕を掴んでいたはずの少年の姿は消えていた。ただ、「りょーかい」と応えた少年の軽い声だけは耳に残っていた。
城に戻ると、入口に近い広間で待っていたサラさんが駆け寄ってきた。
「レーナ様、ご無事で」サラさんの顔に安堵の表情が浮かんでるのを見て、ちょっと驚いた。彼女にそんな顔をさせるなんて、私はかなり心配をかけたのだ。
「ごめんなさい」と消え入りそうな声で詫びた。
「一部始終は警護団長から報告いただきました」サラさんは深く傷ついたような暗い目を伏せて「申し訳ありません。このようなことになるとは。私の配慮が足りませんでした」
ううん、サラさんのせいじゃないし。1番悪いのはナビスなんだけど、その原因になったのは私かもしれないんだ。
私が国王代理に相応しくないと、ナビスは思ったから。
でも、人を殺めてまで国王になりたいという気持ちが私にはどうしても理解できない。
「国王って大変なだけなのにな」
小さくつぶやいた私の言葉をサラさんは耳ざとく聞き取り「自分の思うようにできると、心得違いをなさるかたもおりますので。王位についたからといって、誰しもが王になれるわけではありません。王には器というものがあります」
うつわ・・・器ね。
「私だって、そんな器ではないと思いますけど」
「そんなことはございません」サラさんが真顔できっぱり言った「レーナ様は土器くらいの器はお持ちです」
え・・っと。土器って、うつわ認定が微妙だよね?
私は喜んでいいんだか、情けなく思っていいんだか、どっちつかずな気分のまま、力なく曖昧に笑った。
「ところでレーナ様。叔父上、いえ、ローマリウス公の刑はいかがなされるおつもりですか」サラさんはいつもの硬質な顔に戻って、私に尋ねた。
「え?刑・・・刑って?」
「今までの事例でいきますと」サラさんの声の硬さが増した。
「国王、ならびに国王代理に弓引く者は即刻、火あぶりの刑に処されております」
ひ・・・火あぶりぃ!?火あぶりって、公開処刑だよね?死刑だよね。てか、私が決めるの!?どうするかを。
「無理。火あぶりとか、そんなひどいことできない・・・です」
私はただの事務員なんだよ。裁判官でも、処刑執行人でもないんだよ。
たとえ、直接手を下さなくても、自分の指図で誰かが死ぬなんて、いやだ。
「レーナ様。罪人の刑を決めるのは国王の務めでございます」
それでも、無理なものは無理。私はだだをこねる子供のように首をふった。サラさんが眉間にしわを寄せて「レーナ様」
「レーナ姫」サラさんの言葉にかぶるように、キリウスの声が広間に響いた。
いつもの自信たっぷりのドカドカで歩いてくると、キリウスは私とサラさんの前に立った。
髭を剃って、町人の姿をしているキリウスに眉をひそめたサラさんだったけど、すぐに表情を消した。
なんだ、キリウスが髭がないときの姿はイケメンだって知らなかったのは私だけか。サラさんが一言教えてくれていれば、熊男なんて認識持たなくてもよかったのに・・・あ、でも、この侍女の評価基準に容姿は含まれてないんだろうな。
「キリウス様」とサラさん。
「レーナ様は今私と大切なお話の最中でございます」だから邪魔するな、とサラさんが匂わせる。
「サラ、俺はレーナ姫と大切な話がある」だからサラは外せ、とキリウスが匂わせる。
は~、この二人ってほんと天敵同士だよね。
肉食獣同士が獲物を真ん中に、威嚇し合ってるみたいな状況になすすべもなく。
食物連鎖底辺の私は今のうちにこっそり逃げ出してしまおうかと迷ったが。
「あの・・・」逃走しない勇気を振り絞って、肉食獣の真ん中で声を上げた。
「キリウス様のお話ってなんでしょう。緊急でなければ、サラとの話が終わるまでお待ちいただきたいのですが」
キリウスは同意したというように頷くと「ナビスの処刑の件です」
やっぱり逃走すればよかった!と、激しい後悔が大波で押し寄せた。サラさん一人でも私には分が悪かったのだ。
「レーナ様は処刑を決断できないとおっしゃっています」私の代わりにサラさんが答えた。
キリウスは一瞬片眉を上げたが、私に射るような眼差しを向けると
「レーナ姫は昔からお優しいおかただ。叔父上と慕った男を処刑できないというお気持ちは理解できる」
違う。叔父だからっていうんじゃない。私は首をふった。
「しかし、国王代理となられた今は、厳しく人を罰することも必要だ」
「キリウス様のおっしゃる通りです」
肉食獣同士がタッグを組んだことが分かって、私はめまいで倒れそうになった。
でも、こればかりはいくら従順な私でも「はい、そうですか」って言えない。
たとえ、罪を犯した人だしても、簡単に命を奪っていいってことにはならない。それが私の常識なんだから。
私はこの世界の法律とかよく分からないけど、感覚的には中世を感じるから、拷問や処刑は日常茶飯事に行われているんだろう。
この世界が『疑わしきは罰せよ』『邪魔者は排除せよ』が常識だったとしても、現代人で平凡なOLには無理だ。
私の人生の座右の銘は・・・銘は
そう、アレよ!
「『罪を憎んで人を憎まず』よ!」私は思いついた言葉を叫んでしまった。
サラさんとキリウスが同時に声を上げた。
「はぁ!?」
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