異之国奇譚番外編~侍従の求愛~

月乃 影

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侍従は求愛する

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 彼は私を好きだって言った。
 確かに、言った。
 そして、恋人だと思っていいって、ちゃんと言った。

 ローマリウス国の女王の侍女のフランはそわそわと落ち着かなかった。
 自分の部屋をウロウロと歩きまわり、時々テーブルやソファに足をとられて転びそうになる。
 侍女の仕事が終わって、お風呂に入って、髪も体もきれいにした。
 下着も自分では精一杯色気があると思うものを選んだ。ドレスも夜に相応しい濃い藍色の肩の開いたものにした。
 濃い藍色は恋人のレオナードの瞳の色だ。
 昼間、フランはレオナードに抱きしめられて、好きだと言われた。
 その後「今夜、貴女の部屋に伺ってもいいですか」って聞かれたのだ。
 もちろん、フランは二つ返事でOKした。断る理由などない。
 きっと、今夜は大人な男女の夜になるに違いない。
 今まで男性として生きてきたフランは、男性との経験はなかった。けれど、身体は大人の女性だ。愛する男性ひととなら、愛の営みをしたいという欲がある。
 レオナードとの睦み合いを想像して、フランは期待と不安を胸にレオナードの訪れを待っているのだ。
 ただ。
 ふと、鏡の前でフランは自分の姿を映し出して、小さな溜息をついた。
 自分の貧相な体つきにレオナードさんはガッカリするかもしれない、と思った。
 レオナードさんの好きだったレーナ様はすごく美しくて・・・
 体も美の化身のようだったと聞く。今は妊娠中で体系はアレだけど、妊娠前も胸がふくよかだったのは想像できる。
 それに、レーナ様の黄金の巻き毛は豪華な絹糸のようなのに、私のはくせっ毛でくしゃくしゃでおよそ上品とはいえない。
 自分の髪を見るたびに溜息をつくレオナードに申し訳ないと思う。
 私がもっとレーナ様のように女性らしく愛らしく可憐で美しかったら、レオナードさんも嬉しいはず。
 比べる対象が高すぎて、フランには嫉妬もできない。
 ただ自分に自信が無くなるだけだ。
 もしかしたら、レオナードさんが私を好きだって言ったのは気の迷いだったのかもしれない・・・
 今頃はやっぱりレーナ様のほうが・・・とかって思っているのじゃないか。
 レオナードを待っているうちにどんどん暗い考えに陥ってしまうフランだった。



 「貴女が好きです」と、言葉にしたら、自分の心がはっきり分かった。

 私はフランを愛している。
 フランの柔らかい身体を抱きしめたときに
 この女性とずっといっしょにいたいと思った。
 ローマリウス国の国王の侍従のレオナードは職務が終わり、使用人用の浴場で髪と体を洗うと、自分の普段着に着替えた。白い前開きのシャツに黒いズボンは質素だが長身で細身のレオナードにはよく似合う。
 今夜はフランの部屋を訪ねると約束した。
 昼間に好きだと告白したのだ。抱きしめて口づけくらいはしてもいいだろう。
 1度だけフランと交わした口づけを思い出す。
 甘い唇だった・・・
 口づけをして、その後の自分が抑えられるか自信はない。けれど、それ以上を求めるのは早急すぎる。フランもきっと嫌がるだろう。ゆっくりと時間をかけて関係を深めていけばいい。
 レオナードは鏡の前で自分の抑制力を確かめるように深く息をした。

 ロウソクの灯りが廊下に薄い影を落とす。
 フランの部屋の扉の前で、レオナードはこれから舞台に上がる俳優のように、部屋に入ってからのことを諳んじた。
 まずは夜の挨拶だ。それから今日あったことを説明しなければ。決してフランをないがしろにしたから作戦を話さなかった訳ではないこと。
 フランさんはずいぶん憤慨されていたから。
 きちんと噛んで含めるように説明しなければ、フランは勝手に解釈して暴走する厄介な思考の持ち主だ。
 レオナードには理解不能で、そこがまた興味深いと思う。
 一通り部屋に入ってからの予定を組むと、レオナードは扉をノックした。
「は、はい。どうぞ」と、すぐに緊張したフランの声が答えた。
 扉を開け、目の前にいるフランのはにかむ笑顔を見たら、組んだ予定などレオナードの頭から消えてしまった。
 フランを引き寄せ、唇を重ねた。
 礼儀と礼節の塊のようなレオナードの、らしくない行為はレオナード自身が驚いていた。考える間もなく身体が動いてしまったのだ。
 初めてフランと口づけをしたあの日から、自分はずっとこの甘い唇に捕われていたのかもしれない。
 唇を割って滑り込ませたレオナードの舌をフランが吸った。
 フランの口の中に自身を含ませ、放ったときの感覚がレオナードの脳裏に蘇る。
 あの時はむごいことをした。自分の抑えきれない欲望のためにフランを汚してしまったのだ。
 それなのに、フランは自分を好きだと言ってくれた。
 唾液で濡れ光るフランの唇から自分の唇を離すと、レオナードはやっと己を取り戻したかのように穏やかに微笑んだ。 
「驚かせてしまいましたか?」
 フランは上気した頬で首を振った。
「いいえ・・・嬉しい・・・すごく、不安だったから」
 なぜ?とレオナードが問うとフランは青い目を伏せて
「だって・・・レオナードさんが私のことを好きだとか・・・まだ、信じられなくて・・・」
「じゃあ、どうしたら私を信じてくれますか?」
 真顔でレオナードに聞かれて、フランは返事に困ってしまった。
 レオナードさんは真摯な男性だ。彼は戯れに人の気持ちを弄ぶ人じゃない。
 それが分かっていて、好きだと言ってくれるレオナードを試すようなことは言えない。
「ごめんなさい。私が不安になっただけです。レオナードさんのことは信じています」
 フランの言葉にレオナードは安堵の息を吐いた。
「いいんですか?・・・無理はしなくていいんですよ、フランさん」
「はい・・・でも、一つだけ、聞いてもいいですか?」
 なんでしょう?と目で尋ねたレオナードに
「この前の夜・・・いっしょに寝た時の・・・え、と・・・私の下着姿のこと、まだレオナードさんの返事を聞いてません」
 あ、と、レオナードは思い出した。
 まだ、フランはアレを引きずっていたのか。
 確かに「その話は後で」と、言った記憶があるが、すっかり忘れていたレオナードはあの時自分がなんと言おうとしていたのかを思い出そうと焦った。
 あの時は・・・
「貴女の・・・下着姿は・・・目のやり場に困りました。手を出さずにいるのは結構辛かったですよ。私だって、一応は男ですから」
 かなりな精神力で自分を抑えたのだ。なのに当のフランからは「何もしなかった」ことでなじられたような気がした。
「じゃあ・・・私がして欲しいって言ったら、してくれますか?」
 何を、と、問うまでもないことは、フランの媚びを含んで潤んだ瞳と煽情的に開いた唇から分かった。
 不思議な女性ひとだとレオナードは思う。
 おどおどと頼りなく自信のなさを見せるかと思えば、逆らえないほど魅惑的に誘惑する。 
「今夜はそのような予定ではなかったのですが・・・貴女が望むなら、して差し上げることはやぶさかではありません」
 自分でもまどろっこしい、とレオナードは感じた。素直に言えばいいのに。
 貴女と睦み合えるなら、そうしたいと。
「・・・私が望むなら・・・?レオナードさんの意思じゃなくて・・・」
 やはりフランはそう解釈する。
 言葉を尽くすのを諦めたレオナードは少し乱暴なくらいの力でフランをベッドに押し倒した。
「私の意思かどうかは、貴女が確かめてください」
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