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マザー・グース殺人事件
凶刃
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「寛、今なんて言った?」
「だから、刹那兄さんがやられたんだよ! 奴に。急いで病院に来て! 場所は――」
それからの記憶はぼんやりとしている。ひどく焦っていたのは覚えている。病院に着くと、集中治療室に案内された。そこにはもちろん寛がいたが、意外な人物がいた。氷室先輩だ。
「先輩、どうしてここに?」
「それはな、第一発見者だからだよ。龍崎って名字は珍しいし、お前と同じ顔だ。まあ、一卵性三つ子だとは聞いていたけれどな」と氷室先輩。
それからの時間はとても長く感じた。目の前の扉を開くと、執刀医が出てくる。その顔に見覚えがあった。それは――明おじさんだった。
「おじさん! いえ、先生。弟は、刹那は?」
「圭に寛か。こんなところで会いたくはなかったな。刹那は大丈夫だ。なんとかなった。それに五体満足だ。まあ、今の時代、義手も進歩しているが、使わなくて済んだのは奇跡的だ。そこの人にお礼を言うんだな」おじさんは氷室先輩を指す。
確かに、氷室先輩がいなければ、刹那の命はなかったかもしれない。
「ああ、圭か。なんとかなって良かったな」と氷室先輩。
「先輩のおかげです。なんと言っていいのやら……」
「気にするな。そうだ、現場にあったマザー・グースの一節はこれだった」スマホに画像が表示される。
「背中を棒で打たれるようで、背中がうずき始めたら、心臓にナイフを刺されたみたい。心臓が血を流し始めたら、それでお陀仏お陀仏お陀仏さ」
「今度はマザー・グース通りじゃないですか! この前は見立てが成立してなかったのに!」圭は叫んだ。
「それこそが今回の事件の鍵だ。マッドグリーンは人格が壊れたわけじゃない。前回の時はなんらかの事情があって、見立てが上手くいかなかったんだ。そこが注目点だ」一呼吸おいて、氷室先輩が続ける。
「今まで心配かけたな。明日からは署に行く。圭の兄弟に手を出した奴は必ず捕まえる!」氷室先輩の目にはいつもの輝きが戻っていた。
翌日、署に出向くと、西園寺警部が妙にソワソワしていた。
「警部、ご迷惑をおかけしました」氷室先輩が珍しく敬語を使う。
「問題ない。そういうことは誰にでもある。それよりも、あー、非常に言いづらいんだが。氷室、君は自宅謹慎だ」西園寺警部の声は震えていた。その場が凍りつく。
「ちょっと待ってください! 先輩は確かに無断欠勤をしました。だからといって――」
圭の主張は途中で遮られた。西園寺警部によって。
「違う、違う。それとは関係ない。上層部から指示があったんだ。第一発見者である氷室を疑え、と。まあ、指示というより、圧力の方が正しいかもしれん。私の抗議も受け入れてもらえなかった」額の汗を拭いながら西園寺警部が告げた。
圭は絶句した。父さんの時も、氷室先輩も、正義感から行動をした結果、上層部から目をつけられてしまった。こんな不条理なことが許されるのだろうか。
「特に今回は身内にマッドグリーンがいる可能性もある。緑の字で書いてあるのを知っているのは、警察関係者だけだ。上の言うことも一理ある。しかし、今回は納得できん」再度上に掛け合う、と言葉を残して西園寺まで警部は部屋を去った。
「まさか、こんなことになるとはな……」
氷室先輩を慰める言葉が見つからなかった。
その夜、寛から電話がかかってきた。
「圭兄さん、まずいことになりましたよ。これは推測ですが、私たちが調べていることを悟られたかもしれません。そして、刹那兄さんを殺そうとした。つまり、マッドグリーンは私たちが一卵性の三つ子だと気づいた可能性が高いです。なにせ、2億分の1の確率ですから」寛は持論を展開する。
「僕たちはみんな同じ顔だから、マッドグリーンにはバレているわけか。しかし、どうやってだろう……」圭は困惑した。
「あるSF小説にこんな言葉があります。『科学という力は相続財産に似ている』と。警察の捜査方法も同じです。積み重ねで進歩しています。しかし、これは犯罪者も同じです。彼らも過去の事件から学びを得ているでしょうから」寛はため息をつく。
「当面の問題は刹那の体調と氷室先輩の処遇か。寛、刹那を頼めるか? 僕は氷室先輩の方をどうにかするよ。戦力が不足しているからね」
「圭兄さん、お気をつけて」
電話が終わると思考を整理する。刹那はケガで入院中、氷室先輩は動けない。これほどマッドグリーンにとって都合がいい状況はないだろう。いや、これは奴が仕込んだ可能性もある。そして、寛の言う通りなら、圭の顔もバレている。三人は外見上、多少の違いしかない。寛が眼鏡をかけているくらいで、他人からは一緒に間違われる。自分が襲われるのも時間の問題だな、圭は心の中でつぶやいた。
「だから、刹那兄さんがやられたんだよ! 奴に。急いで病院に来て! 場所は――」
それからの記憶はぼんやりとしている。ひどく焦っていたのは覚えている。病院に着くと、集中治療室に案内された。そこにはもちろん寛がいたが、意外な人物がいた。氷室先輩だ。
「先輩、どうしてここに?」
「それはな、第一発見者だからだよ。龍崎って名字は珍しいし、お前と同じ顔だ。まあ、一卵性三つ子だとは聞いていたけれどな」と氷室先輩。
それからの時間はとても長く感じた。目の前の扉を開くと、執刀医が出てくる。その顔に見覚えがあった。それは――明おじさんだった。
「おじさん! いえ、先生。弟は、刹那は?」
「圭に寛か。こんなところで会いたくはなかったな。刹那は大丈夫だ。なんとかなった。それに五体満足だ。まあ、今の時代、義手も進歩しているが、使わなくて済んだのは奇跡的だ。そこの人にお礼を言うんだな」おじさんは氷室先輩を指す。
確かに、氷室先輩がいなければ、刹那の命はなかったかもしれない。
「ああ、圭か。なんとかなって良かったな」と氷室先輩。
「先輩のおかげです。なんと言っていいのやら……」
「気にするな。そうだ、現場にあったマザー・グースの一節はこれだった」スマホに画像が表示される。
「背中を棒で打たれるようで、背中がうずき始めたら、心臓にナイフを刺されたみたい。心臓が血を流し始めたら、それでお陀仏お陀仏お陀仏さ」
「今度はマザー・グース通りじゃないですか! この前は見立てが成立してなかったのに!」圭は叫んだ。
「それこそが今回の事件の鍵だ。マッドグリーンは人格が壊れたわけじゃない。前回の時はなんらかの事情があって、見立てが上手くいかなかったんだ。そこが注目点だ」一呼吸おいて、氷室先輩が続ける。
「今まで心配かけたな。明日からは署に行く。圭の兄弟に手を出した奴は必ず捕まえる!」氷室先輩の目にはいつもの輝きが戻っていた。
翌日、署に出向くと、西園寺警部が妙にソワソワしていた。
「警部、ご迷惑をおかけしました」氷室先輩が珍しく敬語を使う。
「問題ない。そういうことは誰にでもある。それよりも、あー、非常に言いづらいんだが。氷室、君は自宅謹慎だ」西園寺警部の声は震えていた。その場が凍りつく。
「ちょっと待ってください! 先輩は確かに無断欠勤をしました。だからといって――」
圭の主張は途中で遮られた。西園寺警部によって。
「違う、違う。それとは関係ない。上層部から指示があったんだ。第一発見者である氷室を疑え、と。まあ、指示というより、圧力の方が正しいかもしれん。私の抗議も受け入れてもらえなかった」額の汗を拭いながら西園寺警部が告げた。
圭は絶句した。父さんの時も、氷室先輩も、正義感から行動をした結果、上層部から目をつけられてしまった。こんな不条理なことが許されるのだろうか。
「特に今回は身内にマッドグリーンがいる可能性もある。緑の字で書いてあるのを知っているのは、警察関係者だけだ。上の言うことも一理ある。しかし、今回は納得できん」再度上に掛け合う、と言葉を残して西園寺まで警部は部屋を去った。
「まさか、こんなことになるとはな……」
氷室先輩を慰める言葉が見つからなかった。
その夜、寛から電話がかかってきた。
「圭兄さん、まずいことになりましたよ。これは推測ですが、私たちが調べていることを悟られたかもしれません。そして、刹那兄さんを殺そうとした。つまり、マッドグリーンは私たちが一卵性の三つ子だと気づいた可能性が高いです。なにせ、2億分の1の確率ですから」寛は持論を展開する。
「僕たちはみんな同じ顔だから、マッドグリーンにはバレているわけか。しかし、どうやってだろう……」圭は困惑した。
「あるSF小説にこんな言葉があります。『科学という力は相続財産に似ている』と。警察の捜査方法も同じです。積み重ねで進歩しています。しかし、これは犯罪者も同じです。彼らも過去の事件から学びを得ているでしょうから」寛はため息をつく。
「当面の問題は刹那の体調と氷室先輩の処遇か。寛、刹那を頼めるか? 僕は氷室先輩の方をどうにかするよ。戦力が不足しているからね」
「圭兄さん、お気をつけて」
電話が終わると思考を整理する。刹那はケガで入院中、氷室先輩は動けない。これほどマッドグリーンにとって都合がいい状況はないだろう。いや、これは奴が仕込んだ可能性もある。そして、寛の言う通りなら、圭の顔もバレている。三人は外見上、多少の違いしかない。寛が眼鏡をかけているくらいで、他人からは一緒に間違われる。自分が襲われるのも時間の問題だな、圭は心の中でつぶやいた。
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