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マザー・グース殺人事件

願望

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「しかし、被害者に共通点は見つからないな」と西園寺警部。


 ホワイトボードには今までの被害者の写真と名前や職業などの情報が書き込まれている。氷室先輩も首をひねって、考えこんでいた。


 最初の犠牲者は一人暮らしの考古学者。二人目はだらしのないフリーター。そして、三件目は老女。四、五人目は子どもに独身の紳士的な老人。被害者の身元に共通点はない。


 年齢も老若男女さまざまでありバラバラだ。では、名前には? やはり、共通点は見当たらない。名前の共通点か。そう言えば、圭たちの名前を決めたのは、父の剛だ。母の智子の話では、とんでとない理由で名付けたとのことだった。


 それはこうだ。刹那の「刹」は「さつ」という読み方もあるらしい。そして、「寛」という字には、「かん」という読み方もある。作家の菊池寛と一緒だ。そして、長男、次男、三男と名前を並べるとこうなる。「警察官」と。


 つまり、父の剛は息子たちに警察官になって欲しかったのだ。自身と同じく市民を守る、正義の味方に。残念ながら、刹那は探偵、寛は弁護士と別の道を歩んでいるけれど。でも、悪をこの世から無くしたい、その想いは変わらないと思う。そうだ、そんなことを思い出している場合ではない。頭をぶるっと振ると、改めてホワイトボードを見つめる。


「警部、事件はすべて都内で起こっています。マッドグリーンは都内に住んでいるのでは?」と氷室先輩が推測する。


「一理あるな。しかし、関東のどこかに住んでいて、通勤もしくは通学して、都内で犯行を重ねている可能性も否定できん」と西園寺警部。


「あの、都内に住んでいる可能性の方が高いと思います」圭は持論を述べる。


「どうしてだ? 何か根拠はあるのか?」西園寺警部が尋ねる。


「マッドグリーンは明け方にも犯行を重ねています。もちろん、夜中も。昼夜を問わず事件を起こすには、都内在住でないと難しいと考えます」と圭。


「鋭いな。圭、お前は事件を通して成長している、確実に。デカとしての才能が開花し始めたな。まあ、殺人狂が暴れているのは問題だがな」氷室先輩が温かい眼差しで見てくる。


「あとは、事件が起きた場所を地図に落としこめ。マッドグリーンの生活範囲が分かるかもしれん」西園寺警部が指示を飛ばす。


 地図に落としこんでみたものの、いまいちピンとこない。しかし、圭の直感が告げていた。事件現場には共通点があるぞ、と。


 そんな時だった。氷室先輩が何かに気づいたらしく、手のひらをポンと叩く。


「警部、事件現場ですがすべて山手線の内側では? こう、路線の内側に被害が集中してきるように見えます」氷室先輩が地図にぐるっと円を書く。


 その通りだった。山手線の路線図と犯行現場がほぼ重なっている。


「氷室、よくやった! 一歩前進だ。さあ、いよいよマッドグリーンの尻尾が掴めそうだぞ!」西園寺警部がガラッと音をたてて、イスから立ち上がる。


「おそらく、まだ何か見落としがあるはずだ。完璧な人間は存在しない。マッドグリーンも人の子だ。いける、いけるぞ!」と西園寺警部は続けた。


「西園寺警部、僕の気のせいかもしれませんが……」圭は口がごもる。


「圭、気付きが、あれば遠慮なく言え。間違いでも構わない。知恵を出し合えば、奴を捕まえられる!」と西園寺警部。


「では、遠慮なく。マッドグリーンですが、現場に指紋一つ残さない慎重さを持っています。しかし、矛盾点があります。それはこのマザー・グースが書かれている紙です」圭は現場で見つけた文章のコピーを二人に差し出す。


「どこがおかしいんだ?」氷室先輩は首を捻っている。


「これらの紙は、レポート用紙のようですが、かなり乱暴に破られています。ほら、これなんか、分かりやすいです」圭は一枚の犯行声明を指す。


「マッドグリーンは指紋一つ残さない慎重さがありながらも、大胆と言うか、大雑把な面も持ち合わせているようです」と圭。


「なるほど、いい着眼点だ。氷室、お前はどう考える?」西園寺警部が氷室先輩に話を振る。


「圭と同意見です。もしかしたら、マッドグリーンは二重人格かもしれません。普段は一般市民として暮らし、夜から朝にかけて、殺しを行う。つまり、日中は大胆で豪快な奴かもしれません。そして、犯行時には慎重さが加わる。これなら、一応筋が通ります」氷室先輩の推理に、西園寺警部は拍手をもって賞賛をする。


「素晴らしい推理だ、氷室! 普段は無害に見える奴だ。そして、山手線を中心に殺しを重ねている。ここまでくれば、次の事件は防げるかもしれん」と西園寺警部。


 圭は氷室先輩の推理が引っかかった。確かに論理的だ。だが、その説を採用すると、マザー・グースになぞらえていることが解決しない。普段は豪快で大胆だとしたら、どのタイミングで犯行に使う童謡を選んでいるのか。計画性がなくてはならない。マザー・グース通りに殺害するならば。この問題だとを解決しなくては、マッドグリーンを捕まえることは出来ない。


「よし、一区切りついたことだし、ランチにするか」西園寺警部は鼻歌を歌いながら、部屋を後にした。


「俺の推理が当たっていれば、いいんだが」氷室先輩のつぶやきがこだました。


 その日、事件は起きなかった。まるで、嵐の前の静かさのように。
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