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マザー・グース殺人事件
マッドグリーン、現る
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龍崎圭は闇夜の中、あるマンションの入り口で張り込みをしていた。マンションの一室にとある事件の犯人がいるのだ。逃すわけにはいかない。
そんな張りつめた空気の中、隣に座る先輩刑事は余裕なのか、それとも間抜けなのか、大欠伸をしている。こんなんで犯人を捕まえられるのだろうか、と圭は疑問に思った。
次の瞬間、マンションの入り口が開くと、犯人が出てくる。警察を警戒しているのか、周りをキョロキョロと見回していた。
今だ! そう思い、圭は飛び出す。しかし、足がもつれて、転んでしまう。やらかした。
「警察か!」
犯人は大声を出すと、圭とは真逆の方へ駆け出した。
まずい、せっかく追い詰めたのに逃してしまう。そう思ったときだった。隣の先輩刑事が風のような速さで距離を縮めると、あっという間に両手を拘束する。そして、そのまま手錠をかける。
「21時47分、確保!」
「龍崎、もう少し緩急をつけろ。いつも張りつめていたら、神経が参っちまう。それでダメになった奴をたくさん見てきた。お前はそうなるなよ」
署に戻った氷室先輩の第一声だった。その通りだ。圭は犯人を確保したいがあまりに、張り切りすぎていたのだ。空回りして失敗しては、目も当てられない。
「まあ、お前はまだ先が長い。焦らずとも、経験を積めば立派なデカになれるさ」
氷室先輩が圭の背中を思い切り叩く。つんのめって、デスクに頭をぶつけそうになる。先輩はいつもならクールで冷静なのに、手柄を立てたからか、いつもより顔がほころんでいた。まあ、そういう日があってもいいかもしれない。
「それにしても、2人とも良くやった! 今日は私が奢るから一杯どうだい?」西園寺警部がお酒を飲む仕草をする。
「また、警部の過去の話を延々と聞かされるに違いないぞ」圭の耳元で氷室先輩がつぶやく。
たまには悪くないな、と圭は思った。警部は圭の父と同期だ。父は刑事だったが、今は訳あって退職し、気ままな生活を送っている。父は何か理由があるのか、刑事時代のことは一切話してくれない。過去の話を聞く絶好のチャンスだ。
「警部、一緒に飲みましょう」と圭は返事を返した。
隣で氷室先輩は「俺はごめんだね」と小声で言うが、気にしてられない。
「そして、私はえいや、と犯人を捕まえて、大手柄をあげ、警部になったのさ!」
やはり、警部はお酒が入ると自慢話をすぐにする。まあ、普段の疲れが溜まっているに違いない。なにせ、新米同然の圭の面倒を見ているのだから。いや、正確には氷室先輩が、か。
「そういえば、西園寺警部は父と同期でしたよね。父が刑事を辞めた理由とか知りませんか?」
今しかない、と思いストレートに質問する。さて、話てくれるだろうか。
「そうだな、たまにはいいだろう。場所を変えよう。流石にここではまずい」
いや、さっきまでの話も十分まずいのでは? と思ったが、突っ込むのは野暮だろう。今は過去の話を優先しなければ。
「そう、あれは数年前の夏だった。圭、お前は五十嵐警視の話は聞いてるな?」と西園寺警部。
その話は署内でも有名だった。なにせ、警視という立場の人間が、麻薬の密売をしていたのだから。
「ええ、もちろん。新米の僕も知っています」圭は返事をしつつ思った。いまさら、そんな過去の話をする必要があるのだろうか、と。
「圭、お前は顔に出やすいからな。思うことは分かるぞ。素直なのはいいことだが、仕事中は気を引き締めろよ。ああ、そうだった、五十嵐警視の話だったな。奴の悪事を暴いたのは、誰あろう圭お前の親父、剛《つよし》だ」
初耳だった。まさか、あの大きなヤマに父が関わっていたとは。もしかすると……。
「お、察したらしいな。そう、親父さんは五十嵐警視を告発した。しかし、上部からの圧力がかかってな。親父さんは刑事を辞めざるをえなかったんだ」
そんな馬鹿な。正義をまっとうした人間が追い出されるなんて。
「五十嵐の手口はこうだった。まず、デリバリーロボットを呼び出す。出前を注文してな。そして、そのロボットの胴体に麻薬を入れて、密売していたんだ」そう言って西園寺警部は深呼吸する。
「巧妙な手口だった。なにせ、ロボット自身には罪の意識がない。なぜなら、ロボット3原則のどれにも抵触してないからな」
「確か、第1条は人間に危害を加えてはならない。第2条は人間の命令を聞かなければならない。そして第3条。2つに抵触しない場合はロボットは自身の命を守る。これが3原則でしたね?」圭は確認する。
「その通り。つまり、デリバリーロボットは人間に危害を加えるわけではないから、人間の言うことに従う。奴はそれを利用したんだ」西園寺警部は一呼吸おいて話を続ける。
「親父さんは、それに気づいた。そこで一計を案じた。デリバリーロボットの胴体にビデオカメラを仕込んだんだ。作戦は大成功。五十嵐がブツを取り出そうとした決定的な瞬間を捉えた。私も『うまくいった!』、そう思ったさ。しかし、マスコミの批判は凄まじかった。そこで、圭、お前が刑事を続けられるように、自ら退職したんだ」
西園寺警部は話を終えると、宙を見つめる。そうか、そんな理由があったのか。なるほど、話をしない理由が分かった。圭のキャリアを考えて退職した、なんて言えるはずがない。
「まあ、そんなところだ。明日も朝早いから、そろそろ切り上げるか」西園寺警部はイスから立ち上がりつつ、こう付け足した。「氷室の奴には絶対に言うな。あいつは、五十嵐警視を尊敬していたからな」
翌朝、圭は父親を見つつ思った。人間としてだけではなく、刑事としても尊敬するべき人物だ、と。
「おい、圭。何をボケっとしてるんだ。もうそろそろ出かけないと、遅れるぞ!」
「剛さん、いいじゃない。圭だって昨日は一日中張り込んで疲れてるんだから」と智子がフォローする。
「母さん、そりゃあ、分からんでもないがな。しかし、圭には刑事として、市民を守る義務がある。事件が起きたら、すぐに駆けつける必要がある」
その通りだ。刑事になった日に誓った。桜の代紋に恥じない刑事でいることを。
「いやぁ、昨日は飲みすぎたかもしれん」
署に着くなり、西園寺警部がぼやいていた。その顔はまだ赤みを帯びている。間違いなく二日酔いだ。
「やっぱり、昨日はついて行かなくて、正解だったらしいな」と氷室先輩。
「そうそう、圭。私は昨日、変な話をしたかな。なんだか、うろ覚えだが、過去の話をしたような……」
「そんなことないですよ!」圭は素早く返事をする。氷室先輩の前で、五十嵐警視の話が出たらまずい。そう判断した。
「それなら、いいんだが。それにしても、今日は暇だな」と西園寺警部。
「いいんじゃないですか? 刑事が暇ってことは、市民が平穏に暮らしていることを意味しますから」氷室先輩が応じる。
「その通りだな。さて、せっかく暇なんだ。圭、過去の事件に目を通して勉強しておけよ」西園寺警部から指導が入る。
そうきたか。まあ、それも悪くはない。圭がそう思った時だった。捜査一課の代表メールに一通のメールが届く。
「内容は、っと。警部、なんだか犯行予告みたいですよ!」氷室先輩の声から緊張感が伝わってくる。
「イタズラではないのかね?」と西園寺警部。
「まだ、分かりません。でも、警戒して損はないでしょう。読み上げますよ」一呼吸おくと、氷室先輩が内容を読み上げる。
「『愚かな警察諸君よ。私の手は血に飢えている。今からゲームを始めよう。私は明朝、都内某所で人を殺す。果たして、君たちに止められるかな? もし失敗した場合、さらに被害者は増える。検討を祈る』。これが全文です」と氷室先輩。
圭がメールを覗き込むと、その文章は緑で書かれていた。黒ではなく緑。その理由は分からないが、直感的にこいつは本物だ、そう感じた。
「うーむ、明朝か。まだ時間はある。他の者たちと情報共有しようじゃないか」西園寺警部はそう言うとイスから立ち上がる。体重が重いからか、ミシっと嫌な音がする。
結局、有効な対策は立てられなかった。なにせ、犯行場所が都内某所と言われても、全部をカバーすることは出来ない。ひとまず、学校や文化ホールなどの人が大勢集まる場所に人員を配置することになった。圭は、自身の勘が外れることを祈る。しかし、それは無駄だった。
「氷室、圭! 殺人があった。どうやら、普通のものではないらしい! 現場に急行してくれ」そう西園寺警部が告げたのは、朝の8時過ぎだった。
「了解です。しかし、なぜメールの送り主の仕業だと? 言い方は悪いですが、殺人なんて、毎日のように起きますからね」氷室先輩の言う通りだ。決めつけは間違った方向へ推理を捻じ曲げかねない。
「犯行現場にこんな紙が落ちていたらしい」西園寺警部はそう言うなり、スマホを見せてくる。そこには緑の文字でこう書かれていた。
「さあ、ゲームの始まりだ。まずは一人。さて、次の犯行を止められるかな?」その続きにはこう書いてある。
「一人の男が死んだのさ。とてもだらしのない男。お墓に入れようとしたんだが、どこにも指が見つからぬ」と。
圭たちが現場に着くと、すでに野次馬たちが群がっていた。自分が殺されたかもしれないのに。
「誰かに起こりうることは、誰にでも起こりうる」
「え。氷室先輩、どういう意味ですか?」圭は尋ねる。
「今のは昔の哲学者の言葉だ。圭、お前の心を代弁したのさ。俺もこいつらは神経がどうかしてると思うぜ。おっと、市民をそんな風にいっちゃまずいか。ともかく、現場を見ないとな」バリケードテープをくぐりながら、氷室先輩が言う。
「先輩、これって!」現場を見た圭は思わず叫んでしまう。
「ああ、この仏さんには指がない。つまり、さっき見た犯行文通りの状態だってことだ」
署に戻ると、すぐに捜査本部が設置された。当たり前だ。犯人は殺人狂に違いない。人殺しをゲームと呼んでいるのだから。
「えー、被害者は原田司、67才。考古学者で、エジプト文明が専門です。きっちりと性格だったようで、現場の書庫は本がきれいに整頓されていました。そして……」若手刑事が説明する。
様々な説明がなされた後、犯人はまだ殺人を続けるに違いない、という判断がされた。圭も同感だった。
「まだ、事件が続くと思われるなら、名前がないと、いちいちめんどくさい。こう名付けようではないか『マッドグリーン』と」西園寺警部が提案した。
なるほど、殺人狂だからマッド、犯行予告が緑色だったからグリーン。圭は思った。二度とこの名前を聞かないように、次こそ事件を防がねば、と。
そんな張りつめた空気の中、隣に座る先輩刑事は余裕なのか、それとも間抜けなのか、大欠伸をしている。こんなんで犯人を捕まえられるのだろうか、と圭は疑問に思った。
次の瞬間、マンションの入り口が開くと、犯人が出てくる。警察を警戒しているのか、周りをキョロキョロと見回していた。
今だ! そう思い、圭は飛び出す。しかし、足がもつれて、転んでしまう。やらかした。
「警察か!」
犯人は大声を出すと、圭とは真逆の方へ駆け出した。
まずい、せっかく追い詰めたのに逃してしまう。そう思ったときだった。隣の先輩刑事が風のような速さで距離を縮めると、あっという間に両手を拘束する。そして、そのまま手錠をかける。
「21時47分、確保!」
「龍崎、もう少し緩急をつけろ。いつも張りつめていたら、神経が参っちまう。それでダメになった奴をたくさん見てきた。お前はそうなるなよ」
署に戻った氷室先輩の第一声だった。その通りだ。圭は犯人を確保したいがあまりに、張り切りすぎていたのだ。空回りして失敗しては、目も当てられない。
「まあ、お前はまだ先が長い。焦らずとも、経験を積めば立派なデカになれるさ」
氷室先輩が圭の背中を思い切り叩く。つんのめって、デスクに頭をぶつけそうになる。先輩はいつもならクールで冷静なのに、手柄を立てたからか、いつもより顔がほころんでいた。まあ、そういう日があってもいいかもしれない。
「それにしても、2人とも良くやった! 今日は私が奢るから一杯どうだい?」西園寺警部がお酒を飲む仕草をする。
「また、警部の過去の話を延々と聞かされるに違いないぞ」圭の耳元で氷室先輩がつぶやく。
たまには悪くないな、と圭は思った。警部は圭の父と同期だ。父は刑事だったが、今は訳あって退職し、気ままな生活を送っている。父は何か理由があるのか、刑事時代のことは一切話してくれない。過去の話を聞く絶好のチャンスだ。
「警部、一緒に飲みましょう」と圭は返事を返した。
隣で氷室先輩は「俺はごめんだね」と小声で言うが、気にしてられない。
「そして、私はえいや、と犯人を捕まえて、大手柄をあげ、警部になったのさ!」
やはり、警部はお酒が入ると自慢話をすぐにする。まあ、普段の疲れが溜まっているに違いない。なにせ、新米同然の圭の面倒を見ているのだから。いや、正確には氷室先輩が、か。
「そういえば、西園寺警部は父と同期でしたよね。父が刑事を辞めた理由とか知りませんか?」
今しかない、と思いストレートに質問する。さて、話てくれるだろうか。
「そうだな、たまにはいいだろう。場所を変えよう。流石にここではまずい」
いや、さっきまでの話も十分まずいのでは? と思ったが、突っ込むのは野暮だろう。今は過去の話を優先しなければ。
「そう、あれは数年前の夏だった。圭、お前は五十嵐警視の話は聞いてるな?」と西園寺警部。
その話は署内でも有名だった。なにせ、警視という立場の人間が、麻薬の密売をしていたのだから。
「ええ、もちろん。新米の僕も知っています」圭は返事をしつつ思った。いまさら、そんな過去の話をする必要があるのだろうか、と。
「圭、お前は顔に出やすいからな。思うことは分かるぞ。素直なのはいいことだが、仕事中は気を引き締めろよ。ああ、そうだった、五十嵐警視の話だったな。奴の悪事を暴いたのは、誰あろう圭お前の親父、剛《つよし》だ」
初耳だった。まさか、あの大きなヤマに父が関わっていたとは。もしかすると……。
「お、察したらしいな。そう、親父さんは五十嵐警視を告発した。しかし、上部からの圧力がかかってな。親父さんは刑事を辞めざるをえなかったんだ」
そんな馬鹿な。正義をまっとうした人間が追い出されるなんて。
「五十嵐の手口はこうだった。まず、デリバリーロボットを呼び出す。出前を注文してな。そして、そのロボットの胴体に麻薬を入れて、密売していたんだ」そう言って西園寺警部は深呼吸する。
「巧妙な手口だった。なにせ、ロボット自身には罪の意識がない。なぜなら、ロボット3原則のどれにも抵触してないからな」
「確か、第1条は人間に危害を加えてはならない。第2条は人間の命令を聞かなければならない。そして第3条。2つに抵触しない場合はロボットは自身の命を守る。これが3原則でしたね?」圭は確認する。
「その通り。つまり、デリバリーロボットは人間に危害を加えるわけではないから、人間の言うことに従う。奴はそれを利用したんだ」西園寺警部は一呼吸おいて話を続ける。
「親父さんは、それに気づいた。そこで一計を案じた。デリバリーロボットの胴体にビデオカメラを仕込んだんだ。作戦は大成功。五十嵐がブツを取り出そうとした決定的な瞬間を捉えた。私も『うまくいった!』、そう思ったさ。しかし、マスコミの批判は凄まじかった。そこで、圭、お前が刑事を続けられるように、自ら退職したんだ」
西園寺警部は話を終えると、宙を見つめる。そうか、そんな理由があったのか。なるほど、話をしない理由が分かった。圭のキャリアを考えて退職した、なんて言えるはずがない。
「まあ、そんなところだ。明日も朝早いから、そろそろ切り上げるか」西園寺警部はイスから立ち上がりつつ、こう付け足した。「氷室の奴には絶対に言うな。あいつは、五十嵐警視を尊敬していたからな」
翌朝、圭は父親を見つつ思った。人間としてだけではなく、刑事としても尊敬するべき人物だ、と。
「おい、圭。何をボケっとしてるんだ。もうそろそろ出かけないと、遅れるぞ!」
「剛さん、いいじゃない。圭だって昨日は一日中張り込んで疲れてるんだから」と智子がフォローする。
「母さん、そりゃあ、分からんでもないがな。しかし、圭には刑事として、市民を守る義務がある。事件が起きたら、すぐに駆けつける必要がある」
その通りだ。刑事になった日に誓った。桜の代紋に恥じない刑事でいることを。
「いやぁ、昨日は飲みすぎたかもしれん」
署に着くなり、西園寺警部がぼやいていた。その顔はまだ赤みを帯びている。間違いなく二日酔いだ。
「やっぱり、昨日はついて行かなくて、正解だったらしいな」と氷室先輩。
「そうそう、圭。私は昨日、変な話をしたかな。なんだか、うろ覚えだが、過去の話をしたような……」
「そんなことないですよ!」圭は素早く返事をする。氷室先輩の前で、五十嵐警視の話が出たらまずい。そう判断した。
「それなら、いいんだが。それにしても、今日は暇だな」と西園寺警部。
「いいんじゃないですか? 刑事が暇ってことは、市民が平穏に暮らしていることを意味しますから」氷室先輩が応じる。
「その通りだな。さて、せっかく暇なんだ。圭、過去の事件に目を通して勉強しておけよ」西園寺警部から指導が入る。
そうきたか。まあ、それも悪くはない。圭がそう思った時だった。捜査一課の代表メールに一通のメールが届く。
「内容は、っと。警部、なんだか犯行予告みたいですよ!」氷室先輩の声から緊張感が伝わってくる。
「イタズラではないのかね?」と西園寺警部。
「まだ、分かりません。でも、警戒して損はないでしょう。読み上げますよ」一呼吸おくと、氷室先輩が内容を読み上げる。
「『愚かな警察諸君よ。私の手は血に飢えている。今からゲームを始めよう。私は明朝、都内某所で人を殺す。果たして、君たちに止められるかな? もし失敗した場合、さらに被害者は増える。検討を祈る』。これが全文です」と氷室先輩。
圭がメールを覗き込むと、その文章は緑で書かれていた。黒ではなく緑。その理由は分からないが、直感的にこいつは本物だ、そう感じた。
「うーむ、明朝か。まだ時間はある。他の者たちと情報共有しようじゃないか」西園寺警部はそう言うとイスから立ち上がる。体重が重いからか、ミシっと嫌な音がする。
結局、有効な対策は立てられなかった。なにせ、犯行場所が都内某所と言われても、全部をカバーすることは出来ない。ひとまず、学校や文化ホールなどの人が大勢集まる場所に人員を配置することになった。圭は、自身の勘が外れることを祈る。しかし、それは無駄だった。
「氷室、圭! 殺人があった。どうやら、普通のものではないらしい! 現場に急行してくれ」そう西園寺警部が告げたのは、朝の8時過ぎだった。
「了解です。しかし、なぜメールの送り主の仕業だと? 言い方は悪いですが、殺人なんて、毎日のように起きますからね」氷室先輩の言う通りだ。決めつけは間違った方向へ推理を捻じ曲げかねない。
「犯行現場にこんな紙が落ちていたらしい」西園寺警部はそう言うなり、スマホを見せてくる。そこには緑の文字でこう書かれていた。
「さあ、ゲームの始まりだ。まずは一人。さて、次の犯行を止められるかな?」その続きにはこう書いてある。
「一人の男が死んだのさ。とてもだらしのない男。お墓に入れようとしたんだが、どこにも指が見つからぬ」と。
圭たちが現場に着くと、すでに野次馬たちが群がっていた。自分が殺されたかもしれないのに。
「誰かに起こりうることは、誰にでも起こりうる」
「え。氷室先輩、どういう意味ですか?」圭は尋ねる。
「今のは昔の哲学者の言葉だ。圭、お前の心を代弁したのさ。俺もこいつらは神経がどうかしてると思うぜ。おっと、市民をそんな風にいっちゃまずいか。ともかく、現場を見ないとな」バリケードテープをくぐりながら、氷室先輩が言う。
「先輩、これって!」現場を見た圭は思わず叫んでしまう。
「ああ、この仏さんには指がない。つまり、さっき見た犯行文通りの状態だってことだ」
署に戻ると、すぐに捜査本部が設置された。当たり前だ。犯人は殺人狂に違いない。人殺しをゲームと呼んでいるのだから。
「えー、被害者は原田司、67才。考古学者で、エジプト文明が専門です。きっちりと性格だったようで、現場の書庫は本がきれいに整頓されていました。そして……」若手刑事が説明する。
様々な説明がなされた後、犯人はまだ殺人を続けるに違いない、という判断がされた。圭も同感だった。
「まだ、事件が続くと思われるなら、名前がないと、いちいちめんどくさい。こう名付けようではないか『マッドグリーン』と」西園寺警部が提案した。
なるほど、殺人狂だからマッド、犯行予告が緑色だったからグリーン。圭は思った。二度とこの名前を聞かないように、次こそ事件を防がねば、と。
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