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とある山荘での殺人

雨中の追憶

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 事務所の一室で梶田はソファーにもたれつつ、読書に耽っていた。
「相変わらず読書が好きだねぇ」
 僕は梶田を見つつ言う。
「そりゃあ、そうさ。昔の人がこんな言葉を残している。『知識は束縛からの解放であり、無知は奴隷だ』と。冴島、君も読書をした方がいい」
「考えておくよ」と僕。
「そうそう、それと明日もここに来てくれよ」
「もちろん」
 僕はそう返事をすると、事務所を後にした。


◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 僕は閑静な住宅街の中で目的地を探していた。確か西島という名前だったはずだ。十八歳を越えてから超能力に目覚めたというケースは初めて聞いた。専門記者としては取材しないわけにはいかない。

 しかし、この土砂降りはどうにかならないのだろうか。こんな日に取材なんて、運が悪いとしか言いようがない。編集長は「冴島君は雨男だ」と言うが、本当に
そうかもしれないな。


 十数分すると西島と書かれた表札を見つけた。その外観は宮殿のようで、住宅街の中で一際目立っていた。もう一度、手元の手帳で確認したが、やはりここらしい。
 躊躇なくインターホンを押すと、若い女性の声が聞こえてくる。どうやらメイドを雇っているらしい。僕には縁がない世界だ。



 通された応接間のしつらえからするに、西島さんは狩りが好きらしい。壁には剥製の鹿の頭が飾ってあるし、棚に飾られた写真には猟銃を持った笑顔の西島さんが写っている。
 コホンと咳が聞こえたので振り返ると、西島さんが立っていた。小太りで短足。他人から見たら狩猟を趣味にしていることに驚くに違いない。


「君が冴島くんだね?」
「ええ、そうです。新しく超能力に目覚めたと聞いて」
 僕は名刺を差し出す。そこにはこう書かれていた。「『超能力専門雑誌 PSI』専属ライター 冴島涼太」と。
「噂は聞いてますよ。なんでも、超能力専門誌の記者だとか」
 ふん、と鼻で笑われた。完全に馬鹿にされている。まあ、うちは小規模出版社だし、当たり前の反応かもしれない。


「ところで、君も何かの超能力者なんだろう? 何なんだね?」
(西島さん、僕の能力はテレパシーです)
 応接間を歩き回っていた西島さんの足が止まる。
「ほう、テレパシーか。なるほど、面白いじゃないか」
「西島さん、あなたは四十三歳で超能力に目覚めたと聞きました。それは、今までの常識を覆すものです。ぜひ、お話を聞かせてもらえませんか」
「そうだな。もったいぶるのは私の好みじゃない。では、早速私の超能力を見せるとしようか」


◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 取材の帰り、先ほどの住宅街とは真逆の寂れた通りをゆっくりと歩いていると、「超能力事件専門 梶田探偵事務所」と書かれた看板が目に入った。相変わらず看板の文字は消えかけていて、依頼人でさえ見落とすに違いない。そもそも、依頼人がいればの話だけれど。
 僕はインターホンを押さずにドアノブに手をかける。やはり、鍵はかかっていなかった。



「あぁ、君か。意外と早いご到着だね」
 部屋に入るとソファーでくつろぎながら読書を楽しんでいる梶田が目に入る。ほっそりとした体のため、ソファーは少ししか沈んでいない。ビードロのようにキラキラ輝く目で僕を観察するとすぐに言った。


「ああ、分かった。その顔からするに空振りってところだな」
「ご名答。新たに超能力に目覚めた、というから飛んで行ったら、ただの手品だったよ。あれはひどかったな」


 年季の入ったコートを拭きながら言葉を返す。撥水加工が弱まってるらしい。今度の給料で買いなおすか。いや、それよりも先にパソコンを新調しなくては。あのオンボロではまともに執筆も出来ない。まあ、僕の給料じゃ難しいかもしれないけれど。


「雨の中ご苦労さん。それにしても記者も大変だな。いや、記者と言うよりは在野の研究者という表現の方が正しいかもしれない」梶田が真面目腐った顔をして言う。
「それは言い過ぎじゃないかな。いい匂いがするけど、これは?」
 梶田の手料理の匂いに違いない。
「なに、親友の誕生日祝いさ」
「同時に梶田自身のお祝いだろ?」
「まあね」


 そう今日は五月十二日。僕らの誕生日であるのと同時に、僕が超能力に目覚めた日でもある。あの日は晴天だった。僕の超能力発現を祝うかのように。窓に強く叩きつく雨を見ながら思い出す。


 今でも鮮明に思い出せる。僕がテレパシーに目覚めたこと、梶田が超能力に目覚めなかったこと。しかし、梶田は悲観するわけもなかった。そして、こう言った。
「エジソンもこう言っているだろう? 『天才とは一%のひらめきと九十九%の努力である』って。僕に超能力がなくても、推理力を磨けばどうってことはないさ」と。


「それで、いつまで記者をやるんだい? 君ならもっといい仕事が見つかるだろうに。まあ、理由は分かるよ。僕が超能力に目覚める可能性を探っているんだろ? 何度も言ってるだろう。僕には不要だって。ほらよく言うだろ? 『努力に勝る天才なし』って。僕には超能力がなくても、努力して勝ち得た推理力があるんだから」
 本のスピンを指でいじりながら梶田が言う。


「それで、要件はなんだい? 何か面白いものを見つけたって言ってたけれど」
 そう、今日はお祝いだけのために事務所に立ち寄ったのではない。


「それがね、いいステーキ屋を見つけたんだ。発火能力者による直火が売りらしい。ただ、アクセスが悪くてね。何せある山の小屋だからね。でも、君なら気にもしないだろう。君の趣味でもある登山を楽しめる。一石二鳥というやつだ」


 なるほど、それでテーブルにガイドブックが置いてあるわけだ。


「そりゃいいな。もちろん、梶田も来るんだろう?」
「最近、依頼人がいないもんで、ろくに外出してないんだ。運動不足じゃあ、いざという時に困るからね」


 僕は心の中で「そりゃ、超能力事件なんて滅多に起きないからな」と呟いた。
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