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家庭教師求む!
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「家庭教師求む!」
俺はもう一度スマホに表示されたアルバイト募集の広告に目をやった。相手は中学生らしい。中学生の家庭教師ならできそうだ、そう思い面接に向かっているわけだが、気になる点が一個ある。それは時給だ。普通の家庭教師なら時給1800円くらいが相場だが、このバイトの時給は7500円。飛び抜けて高い。それに釣られて面接へ向かっているわけだが、採用されるかは分からない。なにせ、このバイトで採用された家庭教師はいないのだ。ただの一人も。
「さて、この辺が目的地のはずだけど」
あたりを見渡すと立派な戸建てがずらっと並んでいる。俺には縁もなさそうな世界だ。その中でも一際目立つ家があった。気になって表札を見ると「柏原」と書いてある。ビンゴ。今回の目的地だ。深呼吸をするとインターフォンを鳴らす。
「すみません、家庭教師の面接を受けにきたのですが」しばらくしてから応答があった。
「あら、あなたが今回の応募者ね。鍵はかかってないから中へどうぞ」
ドアの前に立つと再び深呼吸をする。何事も第一印象が大切だ。そして礼儀。俺はドアをノックすると大きな声で「失礼します」と断りをしてから中に入る。
ドアの向こうには一人の女性が立っていた。見た目からするに30代前半、おそらくバイトの依頼者、つまり母親だ。
「いつまでそこに突っ立っているのかしら」
言われて気づいた。あまりの美貌に見惚れてしまっていたのだ。
「こっちよ」
言われるがままについていくと、広いリビングに通された。さすがお金持ちなだけあって絵画が一つ飾られていた。それは風景画だった。美術に疎い俺でも分かる。この絵の作者はプロかレベルの高いアマチュアだ。
「お茶でもどうぞ」
俺は出されたお茶を一気に飲み干す。春とはいえ、ここまでの道のりで喉はうるおいを求めていた。しかし、すぐにしまった、と思った。俺はバイトの応募者だ。こういう場合は話が進んでから徐々に飲むべきだった。
「あら、いい飲みっぷりね。嫌いじゃないわ。今までの人はかしこまりすぎてつまらなかったから」
俺はもう一度依頼者である母親に目をやった。一言で表すならクールビューティー、この表現がしっくりくる。歳は30代前半、漆黒の髪を後ろでお団子にしている。一つ一つの動作からは気品を感じる。
「あなた、家庭教師の面接を受けに来たのよね? 人をジロジロ見るなんて失礼じゃないかしら」
やらかした。せっかくお茶の件で好印象を与えたはずが、マイナスだ。
「あなたの応募書類には一通り目を通したわ。いたって平凡。そんなあなたにうちの娘の家庭教師が務まるかしら」
俺は過去の応募者たちの話を思い出した。そして、高額な時給。そこから導き出される結論は一つ。学生が賢すぎてみんなお手上げだったのではないだろうか。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。茜、いらっしゃい」
「はーい」
返事とともにリビングに女の子が入ってくる。パッと見の印象は活発そうな女の子、そんな感じだった。それはショートカットが原因に違いない。髪形だけで決めつけるのもどうかと思うが。
「お母さん、この人が次の人?」茜と呼ばれた女の子が言う。
「ええ、そうよ。いたって平凡だけど、もしかしたらあなたのお眼鏡にかなうかもしれないわ」
「へー。お母さんがそんな風に言うなんて珍しいね。ハードルがあがっちゃった」
おいおい、ハードルがあがっちゃあ困る。せっかく母親にいい印象を与えたのに、これじゃあ台無しだ。
「お兄ちゃんに質問するね。答え次第で採用するか決まるから、覚悟してね?」茜が言った。
質問に答えるだけで決めるのか? 学力の問題ではないのか? そんなふうに考えているとさっそく質問が飛んできた。
「お兄ちゃんの好きな色は何色?」
好きな色? 俺は無難に紺色と答える。
「へえー、紺色かー。私はピンクね。可愛い私にピッタリだもの」
自分で言うか。でも、単なる自惚れではないと思う。成長したら美人になるのは見たら分かる。
「それで、兄ちゃんは何色が好きなの?」
好きな色? さっき答えたはずだ。紺色、と再び答える。
「ふーん、紺色かー。いたって平凡な答えね。無難とも言えるかも。私が好きな色はピンクよ」
ますます訳が分からなくなってきた。この問答になんの意味があるのだろうか。
そんなことをボケーっと考えると、茜と呼ばれた少女は目を潤ませて、見つめてくる。
「お兄ちゃんが好きな色は紺色なのね? そっかー」
そうか少女の求める答えが分かった。でも、確信はない。この問答に俺が家庭教師になれるかがかかっている。もし、面接で不合格でもその時はその時だ。別の募集に応募すればいい。
「俺の好きな色は……ピンクかな。今は春だし、桜が見る人々の心を惹きつけるから」
次の瞬間、母親と茜が目を合わせる。
「お兄ちゃん……合格!」
合格。いまだに信じられないが、歴代の応募者が全滅だった理由が分かった。茜は自分の好みに合わせてくれる、いや言うことを聞いてくれる人を求めていたのだ。
次の瞬間、ドアが再び開いて別の女性が入ってきた。
「茜のお眼鏡にかなうなんて、面白いじゃない。君、名前はなんて言うの? 歳はお母さんから聞いてるけれど」
俺は名前を答えると女性は手を伸ばしてきた。
「私は舞。大学二年生よ。私の方が年上ね。年下の男の子を見るとお世話したくなっちゃうわ」
握手に応じつつ思った。彼女、舞さんはお姉さん気質らしい。栗色の髪が背中にかかるほどのロングヘアーだ。
「お姉ちゃん、ずるーい。私も私も」
茜が手を伸ばしてくる。さっきの問答でどうすべきか分かっていた。彼女の言う通りにすればいい。
「これで茜の家庭教師は決定ね。ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前は美里。二人の母親だけど舞とは血が繋がってないわ。旦那の連れ子よ。まあ、その旦那も数年前に亡くなったけれど」
なるほど、そういうことか。美里さんの年齢と舞さんの年齢が近いのはそういうことか。
「さて、あなたは茜の家庭教師なのだから、今日からこの家で暮らすことになるわ」
この家で暮らす? いや、話が見えない。
「あら、募集要項をよく見てないみたいね。書いてあるじゃない。『家庭教師は住み込みで行うこと』って」
言われるがままにスマホに目をやる。確かに下の方に小さな文字で書いてあった。いや、こんな小さかったら見落としても俺に非はないだろう。
「さて、今日からよろしく頼むわよ」
こうして俺の家庭教師人生が始まった。驚きと不安を胸に抱きながら。
俺はもう一度スマホに表示されたアルバイト募集の広告に目をやった。相手は中学生らしい。中学生の家庭教師ならできそうだ、そう思い面接に向かっているわけだが、気になる点が一個ある。それは時給だ。普通の家庭教師なら時給1800円くらいが相場だが、このバイトの時給は7500円。飛び抜けて高い。それに釣られて面接へ向かっているわけだが、採用されるかは分からない。なにせ、このバイトで採用された家庭教師はいないのだ。ただの一人も。
「さて、この辺が目的地のはずだけど」
あたりを見渡すと立派な戸建てがずらっと並んでいる。俺には縁もなさそうな世界だ。その中でも一際目立つ家があった。気になって表札を見ると「柏原」と書いてある。ビンゴ。今回の目的地だ。深呼吸をするとインターフォンを鳴らす。
「すみません、家庭教師の面接を受けにきたのですが」しばらくしてから応答があった。
「あら、あなたが今回の応募者ね。鍵はかかってないから中へどうぞ」
ドアの前に立つと再び深呼吸をする。何事も第一印象が大切だ。そして礼儀。俺はドアをノックすると大きな声で「失礼します」と断りをしてから中に入る。
ドアの向こうには一人の女性が立っていた。見た目からするに30代前半、おそらくバイトの依頼者、つまり母親だ。
「いつまでそこに突っ立っているのかしら」
言われて気づいた。あまりの美貌に見惚れてしまっていたのだ。
「こっちよ」
言われるがままについていくと、広いリビングに通された。さすがお金持ちなだけあって絵画が一つ飾られていた。それは風景画だった。美術に疎い俺でも分かる。この絵の作者はプロかレベルの高いアマチュアだ。
「お茶でもどうぞ」
俺は出されたお茶を一気に飲み干す。春とはいえ、ここまでの道のりで喉はうるおいを求めていた。しかし、すぐにしまった、と思った。俺はバイトの応募者だ。こういう場合は話が進んでから徐々に飲むべきだった。
「あら、いい飲みっぷりね。嫌いじゃないわ。今までの人はかしこまりすぎてつまらなかったから」
俺はもう一度依頼者である母親に目をやった。一言で表すならクールビューティー、この表現がしっくりくる。歳は30代前半、漆黒の髪を後ろでお団子にしている。一つ一つの動作からは気品を感じる。
「あなた、家庭教師の面接を受けに来たのよね? 人をジロジロ見るなんて失礼じゃないかしら」
やらかした。せっかくお茶の件で好印象を与えたはずが、マイナスだ。
「あなたの応募書類には一通り目を通したわ。いたって平凡。そんなあなたにうちの娘の家庭教師が務まるかしら」
俺は過去の応募者たちの話を思い出した。そして、高額な時給。そこから導き出される結論は一つ。学生が賢すぎてみんなお手上げだったのではないだろうか。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。茜、いらっしゃい」
「はーい」
返事とともにリビングに女の子が入ってくる。パッと見の印象は活発そうな女の子、そんな感じだった。それはショートカットが原因に違いない。髪形だけで決めつけるのもどうかと思うが。
「お母さん、この人が次の人?」茜と呼ばれた女の子が言う。
「ええ、そうよ。いたって平凡だけど、もしかしたらあなたのお眼鏡にかなうかもしれないわ」
「へー。お母さんがそんな風に言うなんて珍しいね。ハードルがあがっちゃった」
おいおい、ハードルがあがっちゃあ困る。せっかく母親にいい印象を与えたのに、これじゃあ台無しだ。
「お兄ちゃんに質問するね。答え次第で採用するか決まるから、覚悟してね?」茜が言った。
質問に答えるだけで決めるのか? 学力の問題ではないのか? そんなふうに考えているとさっそく質問が飛んできた。
「お兄ちゃんの好きな色は何色?」
好きな色? 俺は無難に紺色と答える。
「へえー、紺色かー。私はピンクね。可愛い私にピッタリだもの」
自分で言うか。でも、単なる自惚れではないと思う。成長したら美人になるのは見たら分かる。
「それで、兄ちゃんは何色が好きなの?」
好きな色? さっき答えたはずだ。紺色、と再び答える。
「ふーん、紺色かー。いたって平凡な答えね。無難とも言えるかも。私が好きな色はピンクよ」
ますます訳が分からなくなってきた。この問答になんの意味があるのだろうか。
そんなことをボケーっと考えると、茜と呼ばれた少女は目を潤ませて、見つめてくる。
「お兄ちゃんが好きな色は紺色なのね? そっかー」
そうか少女の求める答えが分かった。でも、確信はない。この問答に俺が家庭教師になれるかがかかっている。もし、面接で不合格でもその時はその時だ。別の募集に応募すればいい。
「俺の好きな色は……ピンクかな。今は春だし、桜が見る人々の心を惹きつけるから」
次の瞬間、母親と茜が目を合わせる。
「お兄ちゃん……合格!」
合格。いまだに信じられないが、歴代の応募者が全滅だった理由が分かった。茜は自分の好みに合わせてくれる、いや言うことを聞いてくれる人を求めていたのだ。
次の瞬間、ドアが再び開いて別の女性が入ってきた。
「茜のお眼鏡にかなうなんて、面白いじゃない。君、名前はなんて言うの? 歳はお母さんから聞いてるけれど」
俺は名前を答えると女性は手を伸ばしてきた。
「私は舞。大学二年生よ。私の方が年上ね。年下の男の子を見るとお世話したくなっちゃうわ」
握手に応じつつ思った。彼女、舞さんはお姉さん気質らしい。栗色の髪が背中にかかるほどのロングヘアーだ。
「お姉ちゃん、ずるーい。私も私も」
茜が手を伸ばしてくる。さっきの問答でどうすべきか分かっていた。彼女の言う通りにすればいい。
「これで茜の家庭教師は決定ね。ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前は美里。二人の母親だけど舞とは血が繋がってないわ。旦那の連れ子よ。まあ、その旦那も数年前に亡くなったけれど」
なるほど、そういうことか。美里さんの年齢と舞さんの年齢が近いのはそういうことか。
「さて、あなたは茜の家庭教師なのだから、今日からこの家で暮らすことになるわ」
この家で暮らす? いや、話が見えない。
「あら、募集要項をよく見てないみたいね。書いてあるじゃない。『家庭教師は住み込みで行うこと』って」
言われるがままにスマホに目をやる。確かに下の方に小さな文字で書いてあった。いや、こんな小さかったら見落としても俺に非はないだろう。
「さて、今日からよろしく頼むわよ」
こうして俺の家庭教師人生が始まった。驚きと不安を胸に抱きながら。
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