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ロボット三原則に従えば
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「くそ、なんで俺たちはこんな作業をさせられているんだ」
ジャックは抗道でつぶやいた。つぶやきだったが、抗道なのでやまびこのように響きわたる。
「ジャック、あきらめろ。俺たちは奴隷なんだ。何をさせられても断れないのは分かりきっているだろう」
「ウィリアム、お前はおかしいと思わないのか? 確かに俺たちは奴隷だ。でも、人型ロボットがいるんだぜ? 奴らにやらせれば済む話だ」
ジャックがつるはしで硬い鉱物を叩きながら反論する。怒りをのせて。
「俺も最初はそう思ったさ。でも、ロボットはここ特有の磁場で狂っちまう。しょうがないのさ」
ウィリアムは自らの立ち位置をわきまえていた。主に逆らって処刑された仲間を何人も見てきた。
「お昼休憩の時間になりました。お昼休憩の時間になりました」
機械的な声が正午を告げる。ウィリアムたちを見張るロボットの声だ。
ジャックがつるはしを放り投げるとガランガランと音がする。
「まだ半日もこんな作業をするのか。やってられないね」
「ジャック、昼休憩になったんだ、ごはんを食べにいこう」
ジャックを促しつつウィリアムは思った。自分たちはここで一生を過ごし、死ぬのだろうかと。
しばらく歩くとY字路に着いた。そこが食堂だった。食堂と言ってもトロッコの切り替えポイントの脇に質素なベンチが置いてあるだけだが。奴隷といってもウィリアムたちは人間だ。もう少し待遇をましにして欲しいと内心で思った。
「よお、お前たち今日も元気そうでなによりだ」
Y字路のもう一方から来た人物が朗らかに呼びかける。ヘンリーだ。ウィリアムよりも効率的に仕事をこなす優秀な人物である。
「そっちも元気そうでなによりだ」
ウィリアムがそう返事をすると、会話を続ける前に別の声が割って入る。
「お疲れ様です。今日の昼食です」
向こうから人型ロボットがやってくる。手もとのトレーにはハンバーグと思《おぼ》しきものがのっている。ウィリアムたちを見張っているロボットのジェームズだ。
「ジェームズ、ありがとう」
「なにが『ありがとう』だ。こいつが見張っているから、俺たちはここに拘束されているんだぞ!」
ジャックはジェームズを蹴り飛ばすが、ロボットなので当然、金属でできている。「痛ってぇ」とジャック。
ウィリアムはジェームズのことが好きだった。彼はロボットだが、奴隷の自分たちにも優しいし――そもそもロボット三原則の一条で人間へ危害を加えることは禁じられているが、なにより心があるように感じさせる。ウィリアムにとって彼との会話は楽しみの一つだった。
「みなさま、今日の進捗はいかがでしょうか」
それぞれ自分の仕事量を申告する。これによって食事の待遇が変わるのだ。しかし、過大申告は許されない。以前、それをやって処刑された仲間がいた。
「なるほど、今日の夕食はスープのみになりそうです」
「おい、そりゃないぜ。いつもと同じくらい働いてるぜ!」
ジャックは再びジェームズを蹴りつけた。足を抱えて痛みを抑える。
「今しがた、ご主人さまに午前の仕事量を報告した結果です。私に言われても、結果は変わりません」
ジェームズの脳には通信装置が埋め込まれている。一瞬のうちに主と通信ができる。彼はロボット三原則の二条によって、主の命令に従わざるをえないのだ。
「ちぇ、午後の仕事はさぼるか」
「ジャック、そうすると明日の朝食が貧相になるので、おすすめしません」
昼食が終わるとヘンリーに別れを告げて持ち場に戻る。いつもと変わらない退屈な作業を再開する。鉱物を掘ってはトロッコに乗せて地上に運ぶ。その繰り返しだ。
「警報! 警報! トロッコのブレーキが故障しました。退避行動をとってください。繰り返します……」
突然、機械的なジェームズの声が響き渡る。
「おい、ウィリアム、どうすればいいんだ? 抗道は狭いし、Y字路までは果てしなく遠い。トロッコの切り替えポイントはジェームズの手元だ! 主が俺たちの命を救うと思うか?」
一方の抗道にはウィリアムとジャック、もう片方はヘンリーだ。主の命令次第で、どちらかが死ぬ。
*****
ジェームズは主からこう命令を受けていた。「優秀なヘンリーを救え。ウィリアムとジャックのいる抗道にトロッコを誘導しろ」と。
ジェームズはロボット三原則の二条に則り主の命令に従おうとしたが、あることに気がついた。どちらを選んでも、人間が死ぬ。人数が違うだけだ。ロボット三原則の一条。人間を守らねばならない。ジェームズの思考回路はショートした。
*****
「ウィリアム、もうそろそろトロッコが来る! 俺たちはどうすればいい!」
ジャックは頭を抱えている。ウィリアムは覚悟を決めていた。迫りくる死を。
しかし、時間が経過してもトロッコはやってこない。もしかして、主はヘンリーを見捨てたのか?
「ひとまずY字路まで行こう。ヘンリーが心配だ」
Y字路にはすでにヘンリーがいた。
「俺たち全員生きてる! こいつは奇跡だ!」
ジャックは嬉しさのあまり小躍りしている。
「いや、全員じゃない」
ウィリアムは切り替えポイントを指して言う。
そこには――切り替えポイントに横たわり息絶えたジェームズの姿があった。
ジャックは抗道でつぶやいた。つぶやきだったが、抗道なのでやまびこのように響きわたる。
「ジャック、あきらめろ。俺たちは奴隷なんだ。何をさせられても断れないのは分かりきっているだろう」
「ウィリアム、お前はおかしいと思わないのか? 確かに俺たちは奴隷だ。でも、人型ロボットがいるんだぜ? 奴らにやらせれば済む話だ」
ジャックがつるはしで硬い鉱物を叩きながら反論する。怒りをのせて。
「俺も最初はそう思ったさ。でも、ロボットはここ特有の磁場で狂っちまう。しょうがないのさ」
ウィリアムは自らの立ち位置をわきまえていた。主に逆らって処刑された仲間を何人も見てきた。
「お昼休憩の時間になりました。お昼休憩の時間になりました」
機械的な声が正午を告げる。ウィリアムたちを見張るロボットの声だ。
ジャックがつるはしを放り投げるとガランガランと音がする。
「まだ半日もこんな作業をするのか。やってられないね」
「ジャック、昼休憩になったんだ、ごはんを食べにいこう」
ジャックを促しつつウィリアムは思った。自分たちはここで一生を過ごし、死ぬのだろうかと。
しばらく歩くとY字路に着いた。そこが食堂だった。食堂と言ってもトロッコの切り替えポイントの脇に質素なベンチが置いてあるだけだが。奴隷といってもウィリアムたちは人間だ。もう少し待遇をましにして欲しいと内心で思った。
「よお、お前たち今日も元気そうでなによりだ」
Y字路のもう一方から来た人物が朗らかに呼びかける。ヘンリーだ。ウィリアムよりも効率的に仕事をこなす優秀な人物である。
「そっちも元気そうでなによりだ」
ウィリアムがそう返事をすると、会話を続ける前に別の声が割って入る。
「お疲れ様です。今日の昼食です」
向こうから人型ロボットがやってくる。手もとのトレーにはハンバーグと思《おぼ》しきものがのっている。ウィリアムたちを見張っているロボットのジェームズだ。
「ジェームズ、ありがとう」
「なにが『ありがとう』だ。こいつが見張っているから、俺たちはここに拘束されているんだぞ!」
ジャックはジェームズを蹴り飛ばすが、ロボットなので当然、金属でできている。「痛ってぇ」とジャック。
ウィリアムはジェームズのことが好きだった。彼はロボットだが、奴隷の自分たちにも優しいし――そもそもロボット三原則の一条で人間へ危害を加えることは禁じられているが、なにより心があるように感じさせる。ウィリアムにとって彼との会話は楽しみの一つだった。
「みなさま、今日の進捗はいかがでしょうか」
それぞれ自分の仕事量を申告する。これによって食事の待遇が変わるのだ。しかし、過大申告は許されない。以前、それをやって処刑された仲間がいた。
「なるほど、今日の夕食はスープのみになりそうです」
「おい、そりゃないぜ。いつもと同じくらい働いてるぜ!」
ジャックは再びジェームズを蹴りつけた。足を抱えて痛みを抑える。
「今しがた、ご主人さまに午前の仕事量を報告した結果です。私に言われても、結果は変わりません」
ジェームズの脳には通信装置が埋め込まれている。一瞬のうちに主と通信ができる。彼はロボット三原則の二条によって、主の命令に従わざるをえないのだ。
「ちぇ、午後の仕事はさぼるか」
「ジャック、そうすると明日の朝食が貧相になるので、おすすめしません」
昼食が終わるとヘンリーに別れを告げて持ち場に戻る。いつもと変わらない退屈な作業を再開する。鉱物を掘ってはトロッコに乗せて地上に運ぶ。その繰り返しだ。
「警報! 警報! トロッコのブレーキが故障しました。退避行動をとってください。繰り返します……」
突然、機械的なジェームズの声が響き渡る。
「おい、ウィリアム、どうすればいいんだ? 抗道は狭いし、Y字路までは果てしなく遠い。トロッコの切り替えポイントはジェームズの手元だ! 主が俺たちの命を救うと思うか?」
一方の抗道にはウィリアムとジャック、もう片方はヘンリーだ。主の命令次第で、どちらかが死ぬ。
*****
ジェームズは主からこう命令を受けていた。「優秀なヘンリーを救え。ウィリアムとジャックのいる抗道にトロッコを誘導しろ」と。
ジェームズはロボット三原則の二条に則り主の命令に従おうとしたが、あることに気がついた。どちらを選んでも、人間が死ぬ。人数が違うだけだ。ロボット三原則の一条。人間を守らねばならない。ジェームズの思考回路はショートした。
*****
「ウィリアム、もうそろそろトロッコが来る! 俺たちはどうすればいい!」
ジャックは頭を抱えている。ウィリアムは覚悟を決めていた。迫りくる死を。
しかし、時間が経過してもトロッコはやってこない。もしかして、主はヘンリーを見捨てたのか?
「ひとまずY字路まで行こう。ヘンリーが心配だ」
Y字路にはすでにヘンリーがいた。
「俺たち全員生きてる! こいつは奇跡だ!」
ジャックは嬉しさのあまり小躍りしている。
「いや、全員じゃない」
ウィリアムは切り替えポイントを指して言う。
そこには――切り替えポイントに横たわり息絶えたジェームズの姿があった。
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