季節は巡りて【読者への挑戦状】

雨宮 徹

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季節は巡りて

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「おい、小僧、それはなんだ。お前まで隠し事をしていたのか!」磯部さんが唾を飛ばしながらわめく。広間全体が揺れそうなくらいの大声だ。

「すまない、お二人さんの件があったからタイミングを見失ったんだ。さっき言ったように俺は朝早く起きたから、当然広間にも一番乗りだったわけだ。いざ広間に入るとテーブルの上にこれがあったんだ。俺はすでに中身を見たんだが、みんなの想像どおり犯人からのメッセージだった。じゃ、中身を読むぞ。『春夏秋冬、季節は巡った。私の計画は終わった。ここに犯行の終結を宣言する』だそうだ」草次さんが読み上げた。
 季節は巡った? どういう意味だろう。みんなも頭をひねっている。少なくとも犯人が犯行を重ねるつもりはないらしい。僕たちへの脅迫状は別として。

「あの、それってもう事件は起きないってことですよね?」と天馬さんはキョロキョロ見回しながら確認する。かなり戸惑っているようだった。
「そのメッセージを素直に受け取るならな。でも、犯人の言うことを真に受けていいのか? 油断させて襲撃する可能性もあるだろ」暁は冷静に分析する。

「そもそも『春夏秋冬、季節は巡った』ってどういうことかしら。パッと思いつくのは季節の間での事件――正確には『冬の間』では起きてないけど――のことかしら」薫さんが第一印象を口にする。
「まあ、普通に読み取るとそうなるの。ただし、『冬の間』は封鎖済みでそこでは事件が起こせない。冬美さんへの犯行声明について、他の場所で実行する可能性も残っておる。暁殿の指摘通り、警戒を続けるのが無難じゃろう」
 喜八郎さんが静かに言う。その言葉には憂いがあった。冬美さんは半狂乱だった。まだ、自身への襲撃の可能性が消えたわけではないのだ。

「で、俺たちはこのあとも広間で集まったまま、漁船を待つって方針で変わりないよな?」草次さんが確認する。
「それでいいと思うぜ、相棒。爺さんの言ったとおり犯人に残された時間は少ない。変にこっちから捕まえようと動いちゃリスクが高すぎる。あとは状況を説明して警察に引きつけばいい。素人の出る幕じゃないな」暁が草次さんの意見を支持する。
「今回ばかりは小僧たちの言うとおりだな。たまには、まともな提案もするじゃないか」一番反対しそうだった磯部さんの言葉を受けて僕は安堵した。僕たちはこのまま漁船を待つことにした。

 
 漁船を待っている間、広間に流れる空気は少しぎこちなかった。僕たちが犯人へ仕掛けた偽の脅迫状のせいかもしれないし、犯人の終結宣言を素直に受け入れられないからか理由は分からない。

 僕は「春の間」、「夏の間」、「秋の間」、そしてワインセラーでの事件に思いをはせる。季節の間には辞書が置いてあるという共通点がある。秋の間には二冊あったことを除けば。だが、ワインセラーの現場にはなかった。これは荒木さんの名前に春夏秋冬の文字が入っていないからなのか、それとも季節の間での事件でないからなのか。あるいはその両方か。

 四つの事件を通すと犯人が計画性を持って犯行を重ねているのが分かる。各事件では返り血を浴びないように事前準備を怠らないし、荒木さんの事件に至っては彼の行動を把握している。これらをみるに、犯人はこのバカンスの主催者の可能性が高まる。
 一方で腑に落ちないのは最後の事件、「秋の間」での事件だ。この事件では犯人はかなり運に頼っている。なにせ暁、天馬さん、秋吉さんが三人一組で行動していた。天馬さんと秋吉さんが二人きりで「秋の間」にこもった時は別だが。その時のことがどうも引っかかる。なぜ、秋吉さんが天馬さんと二人きりになることを望んだのか。そこに事件の鍵があるような気がする。素人の直感だけど。

「ねえ、天馬さん、『秋の間』でのこと、詳しく聞かせて」
 天馬さんは部屋の隅っこにポツンと座っていた。わざわざ椅子をテーブルから話しているところを考えると、広間に潜んでいるかもしれない犯人を恐れているように見える。

「なぁに」言葉には抑揚がなく、心ここにあらずといった感じだ。
「嫌なことを思い出させて申し訳ないんだけど、『秋の間』で起こったことを詳しく知りたくて。秋吉さん――お父さん――と二人きりになった時のことなんだけど」
 うつろな目がこちらを見る。
「僕が分かることなら。それで何が知りたいの」
「二人きりになった時、お父さんとどんな話をしたの?」
 ストレートに聞いてみる。天馬さんは目を伏せて首を横に振る。
「僕はすぐに気を失ったんだ。話をする間もなかった。でも一つ言えることは、お父さんがこっちに駆け寄って来てからの意識がないんだ。ただ、なんでなのかは分からない。病気で倒れそうだったからなのか、別の理由があったのか。もう聞くこともできないけれど……。これが僕が答えられることのすべてさ」

 相変わらず天馬さんの答えはぼんやりとしていた。でも一歩前進した。秋吉さんが駆け寄って来てからの記憶がないのだ。すぐに気を失ったわけではない。そこには微妙な差しかないが。

 ふと横を見るといつの間にか喜八郎さんが立っていた。きっと天馬さんとの会話を聞いていたに違いない。

「さて、諫早殿。いくつか質問じゃ。『夏の間』での事件の前後のことじゃ。みなで季節の間を巡っている間に、誰か途中で抜け出したりしなかったかの」
 僕は夏央が忘れ物をとりに戻ったこと、暁がトイレに行ったことなどを手短に伝える。
「ほほう。とても興味深い話じゃった。礼を言わせてもらうかのう」
 喜八郎さんは満足げな表情をしていた。
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