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計略
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広間に着くと、僕たち二人以外はみんな集まっていた。
「遅いぞ、周平。あまりにも遅いから、何かあったんじゃないかと心配してたんだ」と暁。
「ごめん、ごめん。ちょっと朝の支度に時間が掛かっちゃって。今朝もみんな集まってるんだね」
「当たり前だろ。昨日、婆さんへの犯行声明の一件があったんだ。一人行動が危ないのはみんな痛いほど分かってるからな」
暁は冬美さんを顎でしゃくった。
「だよね。みんなピリピリしているところに申し訳ないんだけど、悪い知らせがあって……」
僕は喜八郎さんの隣に立つ。まるで大学の教授とそのアシスタントのようだ。僕と喜八郎さんがそれぞれ部屋の前にあった脅迫文を順番に見せた。「早く咲かば早く散る」、「喜んで尻餅をつく」。みんな一様に恐怖の表情を浮かべる。当然、犯人がこんなことでしっぽを出すはずがない。
「おい、それって二人に対する犯行声明じゃないか。それに二人には春夏秋冬のどの文字も入ってないぜ?」と草次さんが指摘する。
「そうなんだ。どうやら犯人は僕と喜八郎さんをマークしているみたい。季節の文字が入っているかにかかわらず、邪魔者は消すってことだと思う」
僕は素直に白状する。僕は嘘が苦手だ。ここは変に隠そうとすると失敗する、そう感じた。
「でも、今日は四日目、最終日よ? 漁船が迎えに来るのだから、これ以上の犯行は無理じゃないかしら」薫さんが異を唱える。
「そうよ、もう犯人には時間がないはずよ。ねえ、喜八郎さん、そうでしょう?」
冬美さんが半分願望を込めて喜八郎さんを見る。彼女は昨夜、犯行声明で名指しされている。当たり前の反応だった。
「そう簡単にいくか、わしにも分からん。こればかりは犯人次第じゃ。それに犯行声明を受け取ったのはわしら二人だけではない。無用な混乱を避けるためにも、みなには隠しておきたかったのじゃが状況が状況じゃ。やむを得ない。諫早殿、例のものをみなに渡すのじゃ」
僕は喜八郎さんの横から一歩進み出ると、テーブルを一周しつつみんなの机上に白いカードを置いていく。
「これはなに?」天馬さんが質問する。
「みんなに配り終わったら説明するよ」
僕が再び喜八郎さんの隣に立つと、喜八郎さんが説明する。
「さて、暁殿と冬美さんを除くみなの前にカードがあるのう。そのカードを一斉に裏返して欲しい」
みんなが一斉にカードをひっくり返す。
「きゃああああ」
「おい、マジかよ」
僕がみんなに渡したのは、白いカードの脅迫状だった。
「ちょっと、これどういうこと!?」
薫さんが目の前にあるカードを指す。そこには「薫は香を以て自ら焼く」と書かれていた。この言葉の意味は「優れた才能を持つ人が、その才能によって身を滅ぼす」だ。
他のみんなの前にも、ことわざや慣用句が書かれたカードが置かれている。白羽由美子さんは「朝には紅顔ありて夕べには白骨となる」、秋原天馬さんは「天狗の飛び損ない」、夏目草次さんは「闇夜に目あり」、磯部勘次郎さんは「磯際で船を破る」、三日月京子さんは「猿猴が月を取る」。どれも「失敗」や「破滅」などの意味があり、悪い言葉の数々だった。そして、それぞれにみんなの名前の一文字が入っている。もちろん、丸で囲われている。
「みなの手元にあるのは、犯人が置いていった脅迫状じゃ。わしと諫早殿が今朝早く起きてみなの部屋の前から回収しておいたのじゃ。無用な心配をかけたくなかったのじゃ」
「こ、これは、つまり、あれか、俺への脅迫状じゃないか!」
磯部さんは気も狂わんばかりだった。頭を抱えている。当たり前だ。
磯部さんだけじゃない、みんなの間に混乱と不安、動揺と恐怖が広がる。
「なんで相棒と婆さんの前にはカードがないんだ?」草次さんが疑問を呈する。
「推測じゃが、すでにことわざで犯行あるいは犯行声明をしておるからじゃろう。さて、わしと諫早殿以外のみなにもカードがあったということは、警告ではなく混乱を招くのが目的とみて問題なかろう。恐らく別々にカードを見ておれば恐怖のあまり混乱したじゃろうが、こうして同時に見たことで自分だけじゃないと分かって、少しは衝撃が緩和されたと思う」喜八郎さんは続ける。
「犯人の思惑は再び疑心暗鬼にするのが目的じゃった。すでに冬美さんが指摘したように、犯人には時間がない。わしらは制限時間まで逃げ切れば勝ちじゃ」
喜八郎さんの言葉でみんなの間に安堵が広がる。そのときだった。
「ちょいと待った」草次さんが勢いよく挙手する。
「俺は神経が高ぶっていて朝早くから――午前三時を朝と言えるか分からないが――廊下を歩いていたんだ。言いたいことはわかるよな? 俺が起きたときにはカードがなかった。つまり、そのカードは出所が不明だってことだ!」
草次さんの発言に広間が凍りついた。
「それってどういうこと、草次?」由美子さんが説明を求める。
「つまり、このカードは恐らく周平とそこの爺さんが犯人をあぶりだそうと仕掛けた罠ってことだ。きっと犯人が脅迫状を置いたのは二人の部屋だけだ。それをみんなの部屋の前にもあったとすることで、犯人の動揺を誘おうとしたんだろう」
草次さんが僕たちを見つつ言う。
「で、お二人さん、結果はどうだった? カードが配られた時に言わなかったのは、二人の作戦を理解したからだ。すぐに否定しちゃあ、水の泡だからな」
まさか、こうも早く見破られるとは思ってなかった。僕たちの考えが浅はかだった。一連の流れの中で怪しい行動をした人はいなかった。喜八郎さんを見ると首を横に振っている。
「なるほど、収穫はゼロか。犯人の方が一枚上手だったってことだ」草次さんが冷静に言う。
「おい、相棒。二人のしたことは俺たちの信頼関係を崩しかねないものだぜ。そんなあっさり許していいのかよ」暁が憤慨する。
「ええ、その通りよ。いくら喜八郎さんの作戦でも、今回ばかりは看過できないわ」冬美さんは続く。
「俺は二人を許しちゃあいない。事が事だからな。でも、俺の方がみんなに引け目があったからだ。これを見て欲しい」
草次さんが懐から取り出したの紙片をテーブルに置く。それは――犯人からのメッセージカードだった。
「遅いぞ、周平。あまりにも遅いから、何かあったんじゃないかと心配してたんだ」と暁。
「ごめん、ごめん。ちょっと朝の支度に時間が掛かっちゃって。今朝もみんな集まってるんだね」
「当たり前だろ。昨日、婆さんへの犯行声明の一件があったんだ。一人行動が危ないのはみんな痛いほど分かってるからな」
暁は冬美さんを顎でしゃくった。
「だよね。みんなピリピリしているところに申し訳ないんだけど、悪い知らせがあって……」
僕は喜八郎さんの隣に立つ。まるで大学の教授とそのアシスタントのようだ。僕と喜八郎さんがそれぞれ部屋の前にあった脅迫文を順番に見せた。「早く咲かば早く散る」、「喜んで尻餅をつく」。みんな一様に恐怖の表情を浮かべる。当然、犯人がこんなことでしっぽを出すはずがない。
「おい、それって二人に対する犯行声明じゃないか。それに二人には春夏秋冬のどの文字も入ってないぜ?」と草次さんが指摘する。
「そうなんだ。どうやら犯人は僕と喜八郎さんをマークしているみたい。季節の文字が入っているかにかかわらず、邪魔者は消すってことだと思う」
僕は素直に白状する。僕は嘘が苦手だ。ここは変に隠そうとすると失敗する、そう感じた。
「でも、今日は四日目、最終日よ? 漁船が迎えに来るのだから、これ以上の犯行は無理じゃないかしら」薫さんが異を唱える。
「そうよ、もう犯人には時間がないはずよ。ねえ、喜八郎さん、そうでしょう?」
冬美さんが半分願望を込めて喜八郎さんを見る。彼女は昨夜、犯行声明で名指しされている。当たり前の反応だった。
「そう簡単にいくか、わしにも分からん。こればかりは犯人次第じゃ。それに犯行声明を受け取ったのはわしら二人だけではない。無用な混乱を避けるためにも、みなには隠しておきたかったのじゃが状況が状況じゃ。やむを得ない。諫早殿、例のものをみなに渡すのじゃ」
僕は喜八郎さんの横から一歩進み出ると、テーブルを一周しつつみんなの机上に白いカードを置いていく。
「これはなに?」天馬さんが質問する。
「みんなに配り終わったら説明するよ」
僕が再び喜八郎さんの隣に立つと、喜八郎さんが説明する。
「さて、暁殿と冬美さんを除くみなの前にカードがあるのう。そのカードを一斉に裏返して欲しい」
みんなが一斉にカードをひっくり返す。
「きゃああああ」
「おい、マジかよ」
僕がみんなに渡したのは、白いカードの脅迫状だった。
「ちょっと、これどういうこと!?」
薫さんが目の前にあるカードを指す。そこには「薫は香を以て自ら焼く」と書かれていた。この言葉の意味は「優れた才能を持つ人が、その才能によって身を滅ぼす」だ。
他のみんなの前にも、ことわざや慣用句が書かれたカードが置かれている。白羽由美子さんは「朝には紅顔ありて夕べには白骨となる」、秋原天馬さんは「天狗の飛び損ない」、夏目草次さんは「闇夜に目あり」、磯部勘次郎さんは「磯際で船を破る」、三日月京子さんは「猿猴が月を取る」。どれも「失敗」や「破滅」などの意味があり、悪い言葉の数々だった。そして、それぞれにみんなの名前の一文字が入っている。もちろん、丸で囲われている。
「みなの手元にあるのは、犯人が置いていった脅迫状じゃ。わしと諫早殿が今朝早く起きてみなの部屋の前から回収しておいたのじゃ。無用な心配をかけたくなかったのじゃ」
「こ、これは、つまり、あれか、俺への脅迫状じゃないか!」
磯部さんは気も狂わんばかりだった。頭を抱えている。当たり前だ。
磯部さんだけじゃない、みんなの間に混乱と不安、動揺と恐怖が広がる。
「なんで相棒と婆さんの前にはカードがないんだ?」草次さんが疑問を呈する。
「推測じゃが、すでにことわざで犯行あるいは犯行声明をしておるからじゃろう。さて、わしと諫早殿以外のみなにもカードがあったということは、警告ではなく混乱を招くのが目的とみて問題なかろう。恐らく別々にカードを見ておれば恐怖のあまり混乱したじゃろうが、こうして同時に見たことで自分だけじゃないと分かって、少しは衝撃が緩和されたと思う」喜八郎さんは続ける。
「犯人の思惑は再び疑心暗鬼にするのが目的じゃった。すでに冬美さんが指摘したように、犯人には時間がない。わしらは制限時間まで逃げ切れば勝ちじゃ」
喜八郎さんの言葉でみんなの間に安堵が広がる。そのときだった。
「ちょいと待った」草次さんが勢いよく挙手する。
「俺は神経が高ぶっていて朝早くから――午前三時を朝と言えるか分からないが――廊下を歩いていたんだ。言いたいことはわかるよな? 俺が起きたときにはカードがなかった。つまり、そのカードは出所が不明だってことだ!」
草次さんの発言に広間が凍りついた。
「それってどういうこと、草次?」由美子さんが説明を求める。
「つまり、このカードは恐らく周平とそこの爺さんが犯人をあぶりだそうと仕掛けた罠ってことだ。きっと犯人が脅迫状を置いたのは二人の部屋だけだ。それをみんなの部屋の前にもあったとすることで、犯人の動揺を誘おうとしたんだろう」
草次さんが僕たちを見つつ言う。
「で、お二人さん、結果はどうだった? カードが配られた時に言わなかったのは、二人の作戦を理解したからだ。すぐに否定しちゃあ、水の泡だからな」
まさか、こうも早く見破られるとは思ってなかった。僕たちの考えが浅はかだった。一連の流れの中で怪しい行動をした人はいなかった。喜八郎さんを見ると首を横に振っている。
「なるほど、収穫はゼロか。犯人の方が一枚上手だったってことだ」草次さんが冷静に言う。
「おい、相棒。二人のしたことは俺たちの信頼関係を崩しかねないものだぜ。そんなあっさり許していいのかよ」暁が憤慨する。
「ええ、その通りよ。いくら喜八郎さんの作戦でも、今回ばかりは看過できないわ」冬美さんは続く。
「俺は二人を許しちゃあいない。事が事だからな。でも、俺の方がみんなに引け目があったからだ。これを見て欲しい」
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