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思い出
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僕たちは「冬の間」の鍵を閉めると、早めの昼食をとった。荒木さんと秋吉さんの殺人事件で朝食を取り損ねていた。喜八郎さんが「まだ見落としている点がありそうじゃ」と言っていたので、昼食の間だけスマホを貸している。
「周平さん、本当に大丈夫? 鍵の束を持つなんて、かなり危険よ?」と由美子さん。
「いいや、大丈夫じゃないな。周平は帰宅部だ。力勝負だとあの爺さんと変わらないと思うぜ」暁がぶっちゃける。
「おいおい、相棒、それ本当か? 確かにリスクを集中させるのは理にかなっているけどよ、俺たちがしっかり護衛してないとアウトじゃないか」草次さんがあきれた口調で言う。
「まあ、何とかなるだろ。俺と相棒がいれば、百人力だぜ」暁は楽観的だ。
自分で提案しておきながら、不安や恐怖がないといえば嘘になる。でも、誰かが身を危険に晒さなければいけないのだ。鍵を持つのに立候補したのには、「春の間」とワインセラーでの証拠写真を撮ったのが僕だけというのもあるが、それ以外にも理由がある。それは二件目の事件でアリバイがあり、犯人候補ではない僕が持つことでみんなも安心するし、犯人の手に渡るのを防げるのだ。一挙両得だ。
「それにしても、人数が減って寂しくなったな」
草次さんの言うとおりだ。夏央、荒木さん、秋吉さんが亡くなった。特に夏央の死の影響は大きかった。僕の学友であったことはもちろん、人一倍陽気だった夏央がいなくなったことで、暗い雰囲気が立ち込めていた。
暁と草次さんがなんとか場を和ませようとしているが、みんなの表情は固いままだ。誰が犯人か分からないこの状況では無理もない。
僕は広間に集まったみんなを見ながら犯人像について考える。犯人は季節の間で事件を起こすときに必ず――荒木さんの事件は季節の間ではないから例外として――「ことわざ辞典」を現場に残している。そして、季節の間に置いた辞書にはそれぞれの間と合致することわざのページを開いて置いている。これは僕たちへのメッセージなのか別の意図があるのか分からない。なんにせよ犯人がことわざに執着、あるいはこだわりがある。
執着――その言葉で別のことを連想した。書庫のことだ。この館の持ち主は誰か分からないが、本はそれぞれジャンル分けされていた。それだけならまだ分かる。しかし、書庫の持ち主は可能な限り関連本を隣に並べるようにしていた。
執着という点で犯人とこの館の持ち主はつながっているように思った。いまだに姿を現さない謎の主催者。もしかしたら犯人は僕たちの中ではなく、どこかに潜んだ主催者が次々と犯行を重ねているのかもしれない。この考えがあっているかは別として、主催者についてはより詳しい情報があった方がいいのかもしれない。
「喜八郎さん、何か新しい発見はありましたか?」
近づきながら喜八郎さんに質問する。さっきからスマホとにらめっこしていたのだから、何かしら収穫があるといいのだけれど。
「それがのう、大きな問題にぶつかってしもうたわい。わしは機械音痴でな、この手のものは使い方が分からなくてのう」
僕は思わず膝から崩れ落ちる。そうか、さっきからスマホとにらめっこしていた理由はそれか。
「分からないなら言ってくれれば良かったのに」と僕。
「いやあ、諫早殿が何やら考え事をしているようじゃったからの。集中を切らしては悪いかと思うてな」
きっと犯人と館の持ち主の共通点について考えていたときのことだろう。年配の方に最近の機械の使い方が分からないという人がいるのは認知していたが、まさか喜八郎さんもそうだとは思わなかった。彼はここまで見事な推理で僕たちを先導してきた。すっかり仙人のような印象があったので、意外だった。
「わしも考えている最中に邪魔されるのは大嫌いじゃからのう。さて、使い方を教えてくれんかのう」
「現場の写真が見たいんですよね? ここをこうして、っと。写真一覧が出ましたよ」
そう言って写真一覧を見たとき、ふとあるものが目に入ってしまった。暁や夏央と一緒に撮った写真の数々だった。
春に桜見をしたとき、夏に祭りに行ったとき、秋に紅葉の中を登山したとき、冬に小学生のように雪合戦をしたとき。数々の写真を通して二人との思い出がよみがえる。夏央と一緒に撮った最後の写真はこの館に来た時のものだった。抽選に当たってここに来た当初は大喜びだったが、今ではここに来たことを後悔している。もちろん暁を責めるわけにはいかない。しかし、ここに来なければ、夏央との思い出が増えたかと思うと胸が苦しい。
「諫早殿は犯人が憎かろうな。学友を殺されてしまったのじゃから。ほれ、これを使うがよい」喜八郎さんがハンカチを差し出す。僕はいつの間にか泣いていた。
「……ありがとうございます。喜八郎さんの言うとおりです。僕は犯人が憎い。自分の手で犯人を殺したいくらいに。でも、それでは犯人と同じになってしまいます」
「そのとおりじゃ。貴殿にはまだ理性がある。獣のように犯行を重ねている犯人とは違うのじゃ。そして、貴殿の持つ理性は素晴らしい。ここに来てからものすごい勢いで成長しておる。適応力も高い。呑み込みが早いのが一番の長所じゃな。そして何より相手を思いやることが出来る。将来が楽しみじゃ」
喜八郎さんの言葉で少し気分が明るくなった。そうだ、僕には未来がある。夏央にもあったはずの未来が。僕はここでの一件を乗り越えて、夏央の分まで生きねばならない。それにはまずは犯人を捕まえなければならない。
「さて、問題の現場の写真じゃ。やはり、『ことわざ辞典』に何か別の共通点があるように思えてならん。諫早殿、一緒に考えてくれんかの」
「周平さん、本当に大丈夫? 鍵の束を持つなんて、かなり危険よ?」と由美子さん。
「いいや、大丈夫じゃないな。周平は帰宅部だ。力勝負だとあの爺さんと変わらないと思うぜ」暁がぶっちゃける。
「おいおい、相棒、それ本当か? 確かにリスクを集中させるのは理にかなっているけどよ、俺たちがしっかり護衛してないとアウトじゃないか」草次さんがあきれた口調で言う。
「まあ、何とかなるだろ。俺と相棒がいれば、百人力だぜ」暁は楽観的だ。
自分で提案しておきながら、不安や恐怖がないといえば嘘になる。でも、誰かが身を危険に晒さなければいけないのだ。鍵を持つのに立候補したのには、「春の間」とワインセラーでの証拠写真を撮ったのが僕だけというのもあるが、それ以外にも理由がある。それは二件目の事件でアリバイがあり、犯人候補ではない僕が持つことでみんなも安心するし、犯人の手に渡るのを防げるのだ。一挙両得だ。
「それにしても、人数が減って寂しくなったな」
草次さんの言うとおりだ。夏央、荒木さん、秋吉さんが亡くなった。特に夏央の死の影響は大きかった。僕の学友であったことはもちろん、人一倍陽気だった夏央がいなくなったことで、暗い雰囲気が立ち込めていた。
暁と草次さんがなんとか場を和ませようとしているが、みんなの表情は固いままだ。誰が犯人か分からないこの状況では無理もない。
僕は広間に集まったみんなを見ながら犯人像について考える。犯人は季節の間で事件を起こすときに必ず――荒木さんの事件は季節の間ではないから例外として――「ことわざ辞典」を現場に残している。そして、季節の間に置いた辞書にはそれぞれの間と合致することわざのページを開いて置いている。これは僕たちへのメッセージなのか別の意図があるのか分からない。なんにせよ犯人がことわざに執着、あるいはこだわりがある。
執着――その言葉で別のことを連想した。書庫のことだ。この館の持ち主は誰か分からないが、本はそれぞれジャンル分けされていた。それだけならまだ分かる。しかし、書庫の持ち主は可能な限り関連本を隣に並べるようにしていた。
執着という点で犯人とこの館の持ち主はつながっているように思った。いまだに姿を現さない謎の主催者。もしかしたら犯人は僕たちの中ではなく、どこかに潜んだ主催者が次々と犯行を重ねているのかもしれない。この考えがあっているかは別として、主催者についてはより詳しい情報があった方がいいのかもしれない。
「喜八郎さん、何か新しい発見はありましたか?」
近づきながら喜八郎さんに質問する。さっきからスマホとにらめっこしていたのだから、何かしら収穫があるといいのだけれど。
「それがのう、大きな問題にぶつかってしもうたわい。わしは機械音痴でな、この手のものは使い方が分からなくてのう」
僕は思わず膝から崩れ落ちる。そうか、さっきからスマホとにらめっこしていた理由はそれか。
「分からないなら言ってくれれば良かったのに」と僕。
「いやあ、諫早殿が何やら考え事をしているようじゃったからの。集中を切らしては悪いかと思うてな」
きっと犯人と館の持ち主の共通点について考えていたときのことだろう。年配の方に最近の機械の使い方が分からないという人がいるのは認知していたが、まさか喜八郎さんもそうだとは思わなかった。彼はここまで見事な推理で僕たちを先導してきた。すっかり仙人のような印象があったので、意外だった。
「わしも考えている最中に邪魔されるのは大嫌いじゃからのう。さて、使い方を教えてくれんかのう」
「現場の写真が見たいんですよね? ここをこうして、っと。写真一覧が出ましたよ」
そう言って写真一覧を見たとき、ふとあるものが目に入ってしまった。暁や夏央と一緒に撮った写真の数々だった。
春に桜見をしたとき、夏に祭りに行ったとき、秋に紅葉の中を登山したとき、冬に小学生のように雪合戦をしたとき。数々の写真を通して二人との思い出がよみがえる。夏央と一緒に撮った最後の写真はこの館に来た時のものだった。抽選に当たってここに来た当初は大喜びだったが、今ではここに来たことを後悔している。もちろん暁を責めるわけにはいかない。しかし、ここに来なければ、夏央との思い出が増えたかと思うと胸が苦しい。
「諫早殿は犯人が憎かろうな。学友を殺されてしまったのじゃから。ほれ、これを使うがよい」喜八郎さんがハンカチを差し出す。僕はいつの間にか泣いていた。
「……ありがとうございます。喜八郎さんの言うとおりです。僕は犯人が憎い。自分の手で犯人を殺したいくらいに。でも、それでは犯人と同じになってしまいます」
「そのとおりじゃ。貴殿にはまだ理性がある。獣のように犯行を重ねている犯人とは違うのじゃ。そして、貴殿の持つ理性は素晴らしい。ここに来てからものすごい勢いで成長しておる。適応力も高い。呑み込みが早いのが一番の長所じゃな。そして何より相手を思いやることが出来る。将来が楽しみじゃ」
喜八郎さんの言葉で少し気分が明るくなった。そうだ、僕には未来がある。夏央にもあったはずの未来が。僕はここでの一件を乗り越えて、夏央の分まで生きねばならない。それにはまずは犯人を捕まえなければならない。
「さて、問題の現場の写真じゃ。やはり、『ことわざ辞典』に何か別の共通点があるように思えてならん。諫早殿、一緒に考えてくれんかの」
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