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夏の間での推理
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現場はかなり悲惨な状況だった。壁の油絵含め、部屋全体が焼き焦げている。まるで、戦場だった。
「こりゃ、スプリンクラーの初期消火がなければ、館全体が焼けていたな」秋吉さんは身震いする。
「犯人はスプリンクラーまで計算していたに違ないぜ。全体が焼けたら、犯人も同じ運命をたどることになる。つまり、今回は計算しつくされた事件ってことだ」草次さんは静かに言う。
「でも、暁さんの一件も無計画とは限らないわよ。なにせ犯人は睡眠薬を持ち歩いていたのだもの」冬美さんの言うとおりだ。
「『春の間』での一件は一回忘れるのじゃ。先入観は推理を捻じ曲げる」
喜八郎さんはコツコツと杖をつきながら、遺体に近寄る。
「ふむ、後頭部に打撲痕が見られる」
「ってことは、犯人はまたしても不意をついたわけだ」草次さんがつぶやく。
「どういうこと?」
「由美子、前から殴られたのなら頭の前方に傷がなくちゃならない。でも違う。後方に傷がある。つまり、かなり油断していたことになる。なんで油断していたかは分からないが……」草次さんが補足する。
「簡単な話さ。その小僧たちのどちらかが犯人だということだ!」磯部さんが僕らを指す。
「待てよ、俺たちが友人を殺したと言いたいのか? 殴られたいらしいな」暁が拳を振り上げる。
「相棒、冷静になれ。さっきの爺さんの言葉を思い出せ。『冷静でなければ、判断を誤りかねん』。夏央の仇をうつなら、重要なことだ」
草次さんが暁の肩に手を置く。暁はぷいと横を向く。
「……続けるかの。鈍器の一撃が死因かもしれん。ただ、事実として間違いないのは燃やされたということじゃ」
「でも、仮に殴打が死因だとしたら燃やす意図が分からないわ」冬美さんは肩をすくめる。
「冬美さんの言うとおりじゃ。何かしらの意図があるのか、念を入れたのか。わしは前者だと思う。念を入れるのなら、何回も殴れば済むのじゃから。つまり、犯人は燃やすことに執着していたわけじゃ」
遺体の横には燃え切った木の棒が転がっている。触ったら今にも折れそうだ。
「そして、犯人は今回も凶器を現場に残していった。そこの焼き焦げた棒が鈍器と考えるのが妥当じゃろう」
「待て、それなら返り血をあびるはずだ。服を調べれば早い話だ」
磯部さんが指摘する。今回ばかりは僕も同意見だった。
「磯部殿、それは無理じゃろう。そこにコートの燃えカスが落ちておる。これで返り血を防いだに違いなかろう。犯人は用意周到じゃな」喜八郎さんは続ける。
「そして、ライターも落ちておる。見たところ、着火装置の類は見当たらんの。犯人が直接、火をつけたわけじゃ」
「じゃあ、犯人はアリバイのない連中のわけだ」草次さんがつぶやく。
「なら、俺達にはアリバイがある。俺と周平は一緒にいたし、相棒は由美子さんと一緒にいた。違うか?」と暁。
「だが、小僧さっきはお前が一人で乗り込んだと聞いたぞ」
磯部さんが暁をにらみつける。
「確かにそうです。でも、僕たちは火災報知器の音を一緒に聞きました。着火装置がないのなら、立派なアリバイになると思います」僕は反撃する。
「ふん、身内の証言はあてにならん! そっちの二人も同じだ」草次さんたちを指す。
「おいおい、勘弁してくれよ。個室にこもっていたあんた達の方が犯行をしやすいし、アリバイもないだろ!」二人ともヒートアップする。
「草次殿、落ち着くのじゃ。磯部殿もそこまでじゃ。言い争いからは何も生まれん。わしも冬美さんと一緒じゃったが、それもアリバイとは言い難いじゃろう。口裏をあわせられるのじゃから」
「つまり、全員に確固たるアリバイはないわけですね?」天馬さんが確認する。
「それは少し違うの。諫早殿は暁殿と別れた後、すぐに君に会っておる。そして、諫早殿は君と一緒に現場に踏み込んだわけじゃ。犯行は不可能と言って差し支えないじゃろう」
「はい」僕は肯定する。
「待て、分かりやすく言ってくれ。頭痛がしてきた」秋吉さんはこめかみをおさえる。
「こう言えば分かりやすいかの。まずは暁殿が着いた。そのあとに諫早殿は天馬殿と一緒に部屋へ踏み込んだ。三人が口裏を合わせたとは考えにくい。ゆえに諫早殿は白じゃ」
「なんとなく分かった。じゃあ、そいつは除外でいいだろう」磯部さんが言う。
まだ、頭がこんがらがっているように見える。なんにせよ、僕は白判定をもらった。自分が犯人ではないことは僕自身が一番知っている。
「そして、火災報知器の音を聞くまで一緒にいた暁殿も白じゃな。諫早殿が白で、嘘をついていないからじゃ」暁が当然とばかりにうなずく。
「あとの者は確固たるアリバイはない。アリバイから絞るのは骨が折れそうじゃ」
「じゃあ、アリバイからは難しくても、凶器から絞り込むのはどうかしら? 私たちは手荷物検査をしたでしょ? 私たちの誰もライターは持っていなかったわ。つまり、その場に居合わせなかった人の中に犯人がいるに違いないわ。個室にこもっていた人たちよ」冬美さんは続ける。
「あとは動機から犯人を割り出せないかしら?」
「凶器については同意見じゃ。しかし、動機から絞り込むのは不可能じゃな。これといったものが見つからん。そもそも、この島で会うのが初めてじゃからな」
「それなら、諫早さんと暁さん以外は全員犯人候補ってこと?」由美子さんの質問に喜八郎さんが答える。
「そうなるの」
あたりに重い空気がたちこめる。捜査は難航しそうだ。
「こりゃ、スプリンクラーの初期消火がなければ、館全体が焼けていたな」秋吉さんは身震いする。
「犯人はスプリンクラーまで計算していたに違ないぜ。全体が焼けたら、犯人も同じ運命をたどることになる。つまり、今回は計算しつくされた事件ってことだ」草次さんは静かに言う。
「でも、暁さんの一件も無計画とは限らないわよ。なにせ犯人は睡眠薬を持ち歩いていたのだもの」冬美さんの言うとおりだ。
「『春の間』での一件は一回忘れるのじゃ。先入観は推理を捻じ曲げる」
喜八郎さんはコツコツと杖をつきながら、遺体に近寄る。
「ふむ、後頭部に打撲痕が見られる」
「ってことは、犯人はまたしても不意をついたわけだ」草次さんがつぶやく。
「どういうこと?」
「由美子、前から殴られたのなら頭の前方に傷がなくちゃならない。でも違う。後方に傷がある。つまり、かなり油断していたことになる。なんで油断していたかは分からないが……」草次さんが補足する。
「簡単な話さ。その小僧たちのどちらかが犯人だということだ!」磯部さんが僕らを指す。
「待てよ、俺たちが友人を殺したと言いたいのか? 殴られたいらしいな」暁が拳を振り上げる。
「相棒、冷静になれ。さっきの爺さんの言葉を思い出せ。『冷静でなければ、判断を誤りかねん』。夏央の仇をうつなら、重要なことだ」
草次さんが暁の肩に手を置く。暁はぷいと横を向く。
「……続けるかの。鈍器の一撃が死因かもしれん。ただ、事実として間違いないのは燃やされたということじゃ」
「でも、仮に殴打が死因だとしたら燃やす意図が分からないわ」冬美さんは肩をすくめる。
「冬美さんの言うとおりじゃ。何かしらの意図があるのか、念を入れたのか。わしは前者だと思う。念を入れるのなら、何回も殴れば済むのじゃから。つまり、犯人は燃やすことに執着していたわけじゃ」
遺体の横には燃え切った木の棒が転がっている。触ったら今にも折れそうだ。
「そして、犯人は今回も凶器を現場に残していった。そこの焼き焦げた棒が鈍器と考えるのが妥当じゃろう」
「待て、それなら返り血をあびるはずだ。服を調べれば早い話だ」
磯部さんが指摘する。今回ばかりは僕も同意見だった。
「磯部殿、それは無理じゃろう。そこにコートの燃えカスが落ちておる。これで返り血を防いだに違いなかろう。犯人は用意周到じゃな」喜八郎さんは続ける。
「そして、ライターも落ちておる。見たところ、着火装置の類は見当たらんの。犯人が直接、火をつけたわけじゃ」
「じゃあ、犯人はアリバイのない連中のわけだ」草次さんがつぶやく。
「なら、俺達にはアリバイがある。俺と周平は一緒にいたし、相棒は由美子さんと一緒にいた。違うか?」と暁。
「だが、小僧さっきはお前が一人で乗り込んだと聞いたぞ」
磯部さんが暁をにらみつける。
「確かにそうです。でも、僕たちは火災報知器の音を一緒に聞きました。着火装置がないのなら、立派なアリバイになると思います」僕は反撃する。
「ふん、身内の証言はあてにならん! そっちの二人も同じだ」草次さんたちを指す。
「おいおい、勘弁してくれよ。個室にこもっていたあんた達の方が犯行をしやすいし、アリバイもないだろ!」二人ともヒートアップする。
「草次殿、落ち着くのじゃ。磯部殿もそこまでじゃ。言い争いからは何も生まれん。わしも冬美さんと一緒じゃったが、それもアリバイとは言い難いじゃろう。口裏をあわせられるのじゃから」
「つまり、全員に確固たるアリバイはないわけですね?」天馬さんが確認する。
「それは少し違うの。諫早殿は暁殿と別れた後、すぐに君に会っておる。そして、諫早殿は君と一緒に現場に踏み込んだわけじゃ。犯行は不可能と言って差し支えないじゃろう」
「はい」僕は肯定する。
「待て、分かりやすく言ってくれ。頭痛がしてきた」秋吉さんはこめかみをおさえる。
「こう言えば分かりやすいかの。まずは暁殿が着いた。そのあとに諫早殿は天馬殿と一緒に部屋へ踏み込んだ。三人が口裏を合わせたとは考えにくい。ゆえに諫早殿は白じゃ」
「なんとなく分かった。じゃあ、そいつは除外でいいだろう」磯部さんが言う。
まだ、頭がこんがらがっているように見える。なんにせよ、僕は白判定をもらった。自分が犯人ではないことは僕自身が一番知っている。
「そして、火災報知器の音を聞くまで一緒にいた暁殿も白じゃな。諫早殿が白で、嘘をついていないからじゃ」暁が当然とばかりにうなずく。
「あとの者は確固たるアリバイはない。アリバイから絞るのは骨が折れそうじゃ」
「じゃあ、アリバイからは難しくても、凶器から絞り込むのはどうかしら? 私たちは手荷物検査をしたでしょ? 私たちの誰もライターは持っていなかったわ。つまり、その場に居合わせなかった人の中に犯人がいるに違いないわ。個室にこもっていた人たちよ」冬美さんは続ける。
「あとは動機から犯人を割り出せないかしら?」
「凶器については同意見じゃ。しかし、動機から絞り込むのは不可能じゃな。これといったものが見つからん。そもそも、この島で会うのが初めてじゃからな」
「それなら、諫早さんと暁さん以外は全員犯人候補ってこと?」由美子さんの質問に喜八郎さんが答える。
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