季節は巡りて【読者への挑戦状】

雨宮 徹

文字の大きさ
上 下
17 / 49

春の間にて

しおりを挟む
「こうなった以上は、我々だけでどうにかするしかあるまい。漁船が来るのは明後日じゃ。まずは、状況整理じゃ。天馬殿、話せるかの? 無理はせんで良いぞ」
 天馬さんはうなずく。
「最初の悲鳴は天馬殿のものじゃな?」
「はい……」
「まずは部屋に入った時、暁殿はどういう状態じゃったかの」喜八郎さんが優しく尋ねる。
「僕は気分転換に色々な間を歩いて周っていたんです。そして『春の間』に入った時……」一呼吸おくと続けた。
「暁さんが寝転がっていたんです。どうしたのか気になって近寄ってゆすったんですが、反応がなくて。てっきり死んでいるのだと思いました……」身震いしながら話した。

「なるほど。思い出したくないことを聞いてすまんかった。じゃが、必要なことじゃ」
「待てよ、それじゃあ一番怪しいのはその小僧になるぞ! 今言ったことを鵜呑みにするのか?」磯部さんが天馬さんを指す。
「確かにそうなるな……オレに恥をかかせやがって!」
 次の瞬間、秋吉さんが天馬さんの頬を叩いた。
「暴力は何も解決しないわ! そこまでにして。それに、この子が部屋に入る前に別人が暁さんを襲った可能性もあるのよ」薫さんは腰に手を当てて怒っている。
「薫さんに同意だな。何があっても暴力はよくない……ただし」指をポキポキと鳴らしながら草次さんが言う。
「相棒に手を出した奴は、何があっても許せねえ」その言葉には凄みがあった。
 さすがに、秋吉さんも磯部さんも黙った。その沈黙を破るように、うめき声があがった。

「暁さんが目を覚ましたようよ。でも、まだ無理はできないわね……しばらく安静にしておかないと」
 由美子さんの言うとおりだった。暁の目はとろんとしていて、まだ視線が定まっていない。だが、これで一安心だ。
「ふむ、意識がはっきりすれば犯人も分かるじゃろう。今のうちに白状したほうが身のためじゃぞ」
 喜八郎さんの問いに対する答えは、沈黙が示していた。

「なるほど。さて、話を戻そうかの。天馬殿の後は、草次殿や諫早殿が到着したわけじゃな?」
「ええ、そうです。それと、さっきから気になっているのですが……」僕はおずおずと言う。
「そこにある辞書、なんでしょうか?」
 みんなの視線がポツンと床に落ちた辞書に注がれる。辞書は開かれており、不自然さを感じた。春の間の中でひと際目を引いた。
「そんなもん、気にする必要はねえ。問題はこの中に犯人がいることだ。いつ何時、そいつが俺たちを襲うか分からねえ。自分の身は自分で守るしかねえってことだ」
「オレは磯部に賛成だ。早く部屋に帰らせてくれ。その方が安全だ」釣部さんが賛同した。
 
 その時だった。暁がゆっくり起き上がった。
「暁さん、起き上がる必要はないわ。一番楽な姿勢をして。無理しちゃダメよ。」暁を支えながら由美子さんが優しく言う。
「お、俺に……何があったんだ? 頭痛がひどいんだが……」
「暁は誰かに睡眠薬を嗅がされたんだ。由美子さんのおかげで、なんとかなったがな」夏央は心配そうな目で暁を見る。
「さあ、被害者が起きたんだ、さっさと犯人を言え」
「釣部さん、あんまり感心できる発言ではないわね」冬美さんが異をとなえる。
「でも、気にならないと言えば嘘になるわ。どう、話せそう?」冬美さんは暁の顔を覗き込みながら聞く。
「なんとか。で、何を話せばいいんでしょうか……?」暁の声にはいつもの覇気がない。
「『春の間』で暁殿の身に何があったのか、じゃ」
「俺は……この部屋の水墨画が気になって、ふと入ったんだ。それからのことは、はっきり覚えていない。でも、後ろから誰かに羽交い絞めにされたような気がする」
 暁の回答はかなりぼんやりとしたものだった。

「それみたことか! 結局、肝心な犯人を知らないときた。悪いがオレは自分の部屋に帰らせてもらう」秋吉さんは足早に去っていった。
「でも、こういう時って、団体行動のほうが安全じゃなくて? 単独行動は犯人に襲われるリスクが高いわ。ほら、映画とかでよくあるじゃない。単独行動した人から被害にあうって」
 僕も冬美さんと同意見だった。
「冬美さんの言うとおりじゃ。今後は固まって行動すべきじゃろう。異議はあるかの?」
「待ってくれ。団体行動するなら、知り合いと一緒の方が安全だ。俺は由美子と一緒に行動する」
 さすがにこの緊張した状況に疲弊したのか、由美子さんは草次さんの腕を掴んで震えている。
「草次の意見に賛成だな。だろ?」
「うん、そうだと思う」
 夏央の問いかけに僕は答える。
「その方が安心じゃろうて。しかし、身内に犯人がいないとも限らぬ。くれぐれも、そのことを肝に銘じておくのじゃ」喜八郎さんが釘をさす。

 その後、みんなが部屋から出て行き、春の間に残ったのは、僕に夏央、暁に喜八郎さん、そして執事の荒木さんのみになった。
「さて、何から始めるべきかの。荒木殿、館には救護室のようなものはあるかの? 暁殿をゆっくり休養させねばならん」
「ございます。ただ、最低限の設備ですので、もし仮に今回みたいな事件が起きれば――起こらないことを願いますが――白羽様が治療をするのに使えるのかは、自信がございません」荒木さんは額の汗をハンカチで拭う。

「ありがとう。では、暁殿が回復次第、そちらへ運ぼう」
「なあ、爺さん。これって立派な刑事事件だろ? 警察が来るまで、可能な限り現場を保存すべきじゃないか?」夏央が提案する。
「なるほど。そのとおりじゃ。さすが法学部生じゃ。部屋の鍵を閉める前に、念のため重要な証拠は写真でも保存すべきじゃ。諫早殿、頼めるかの?」
「ええ、もちろん。でも、重要な証拠ってそこに転がっている瓶だけですが……」
 僕は睡眠薬の入った瓶を指す。
「そうとも言えまい。例えば、そこに落ちておる辞書じゃ。これが事件に関係があるのか、まださっぱり分らんが、念には念をじゃ」
 僕は喜八郎さんの指示のもと、瓶や辞書の他にも窓際、扉の内側等をスマホで撮影した。
「ここまですれば、十分じゃろうて。後は暁殿が回復次第、救護室へ運び、この部屋を閉鎖して終わりじゃな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり
ミステリー
 刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。  それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。  ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。  警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。  事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

天使の顔して悪魔は嗤う

ねこ沢ふたよ
ミステリー
表紙の子は赤野周作君。 一つ一つで、お話は別ですので、一つずつお楽しいただけます。 【都市伝説】 「田舎町の神社の片隅に打ち捨てられた人形が夜中に動く」 そんな都市伝説を調べに行こうと幼馴染の木根元子に誘われて調べに行きます。 【雪の日の魔物】 周作と優作の兄弟で、誘拐されてしまいますが、・・・どちらかと言えば、周作君が犯人ですね。 【歌う悪魔】 聖歌隊に参加した周作君が、ちょっとした事件に巻き込まれます。 【天国からの復讐】 死んだ友達の復讐 <折り紙から、中学生。友達今井目線> 【折り紙】 いじめられっ子が、周作君に相談してしまいます。復讐してしまいます。 【修学旅行1~3・4~10】 周作が、修学旅行に参加します。バスの車内から目撃したのは・・・。 3までで、小休止、4からまた新しい事件が。 ※高一<松尾目線> 【授業参観1~9】 授業参観で見かけた保護者が殺害されます 【弁当】 松尾君のプライベートを赤野君が促されて推理するだけ。 【タイムカプセル1~7】 暗号を色々+事件。和歌、モールス、オペラ、絵画、様々な要素を取り入れた暗号 【クリスマスの暗号1~7】 赤野君がプレゼント交換用の暗号を作ります。クリスマスにちなんだ暗号です。 【神隠し】 同級生が行方不明に。 SNSや伝統的な手品のトリック ※高三<夏目目線> 【猫は暗号を運ぶ1~7】 猫の首輪の暗号から、事件解決 【猫を殺さば呪われると思え1~7】 暗号にCICADAとフリーメーソンを添えて♪ ※都市伝説→天使の顔して悪魔は嗤う、タイトル変更

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

女子高生探偵悦子の事件簿

キタさん
ミステリー
女子高生探偵と呼ばれる悦子が様々な事件を解決していきます。

処理中です...