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悲劇の幕開け
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悲鳴が館に響きわたる。何があったのか気になり、勢いよく自室の扉を開ける。薫さんも同じだったのか、扉からひょっこりと顔をのぞかせている。
「何かあったのかしら?」
「分からないですけど、ただ事じゃあなさそうですね。ちょっと僕が見てきますよ」
僕は勢いよく階段をおりる。急ぐあまり、階段を踏み外しようになる。広間に着くと、喜八郎さんに出くわした。
「おお、諫早殿、いいタイミングじゃ。すまんが、悲鳴のした方へ行ってくれんかの。『春の間』の方じゃと思う。脚が不自由なのが憎いわい」
喜八郎さんはそう言うと、手で脚を叩く。
「任せてください!」
喜八郎さんにああは言ったものの、普段運動していない僕にとっては一苦労だった。春の間に着くと、天馬さんが腰を抜かしていた。どうやら、悲鳴を聞いたらしい草次さんが先にいた。
「おい、どうした。何があった?」
草次さんは天馬さんを揺さぶる。天馬さんは驚きのあまり声が出ないらしい。「春の間」でうつ伏せになっている人を指す。それは――倒れこんだ暁だった。
「おい、相棒しっかりしろ! どうした!?」
草次さんが問いかけても、暁の反応はない。どういうことだ?
暁の傍らに何かの瓶が転がっていた。瓶からは液体がこぼれており、異様な臭いがする。興味本位で瓶に手を伸ばそうとした時だった。
「待って、触らないで! 何かわからないから危険よ!」後からやって来たのだろう、由美子さんが叫ぶ。
「草次、むやみに揺さぶらないで! 何かの発作かもしれないわ!」
「お、おう」
由美子さんの動きには躊躇がなかった。部屋に入るなり素早く暁に駆け寄ると、脈を測りだした。
「大丈夫よ、安心して。でも……」
「でも?」
「この臭いは……睡眠薬ね」
暁の口元の空気をあおって臭いを嗅ぎながら言った。
「ひとまず、その瓶には触らないで。きっと中身は睡眠薬よ。吸い過ぎると、暁さんの二の舞よ!」
僕は慌てて瓶から距離を取る。
「この体勢はよくないわ……。草次、諫早さん、手を貸して。力仕事よ。ほら、早く!」
僕たちは目の前に広がる光景に呆然としていたが、由美子さんの声で我に返った。
「こっちに来て。体の左側を下にして。左腕は前向きにまっすぐ伸ばして……いい調子よ。頭をほんの少し後ろに反らせて……。最後に左膝を軽く曲げて」
僕たちは由美子さんの指示のとおりに動く。
「気道確保、よし、と。今できることは、ここまでかしら」由美子さんは指差し確認をすると、深呼吸した。
「二人とも、ありがとう。助かったよわ。私一人じゃ無理だったわ」
その後のことはあまり記憶にない。僕らの後からみんなが部屋に駆け寄ってきたのは覚えている。
「さて、ひとまず暁さんは一命を取り留めたわけだけど……」由美子さんがみんなをにらめつけている。
「これはいたずらですまないことよ! 下手したら暁さんは死んでいたわ」
「おい、さっきから黙って話を聞いていれば、まるでオレたちの中に犯人がいるみたいじゃないか。それに素人のお前が仕切るのも、気に食わん!」
秋吉さんがつばを飛ばしながらわめく。
「ちょっと待ってください。由美子は看護師です! 緊急時はプロの言うとおりにしてもらいたい!」草次が割って入る。
僕は由美子さんのテキパキとした指示に納得した。おっとりしていたので、意外だった。
「だがね」磯部さんが続ける。
「犯人が我々の中にいるとは限らん。その小僧の自殺未遂の可能性もある!」
「ええ、そのとおりよ。こればかりは暁さんが目を覚ますのを待つしかないわ」
「じゃが、本職である由美子嬢がいたことは幸いじゃった。一般人では回復退位をとらせることは、思いつかん。ざっくりで構わない、いつくらいに目を覚ましそうかの?」
「そうね……あまり自信はないけれど、一時間後くらいかしら」由美子さんは喜八郎さんの問いに答える。
「では、それまでに今できることをするべきじゃ」喜八郎さんは静かに言った。
「荒木殿、固定電話はどこにあるのかの? まずは、救急と警察に通報じゃ」
「そんな必要ないぜ! スマホを使えばいい」夏央が提案する。
「そうじゃった、便利なものがあるのを失念しておった……。これじゃから、時代に置いていかれるわけじゃ」喜八郎さんは額に手をやりつつ言った。
「救急は百十九だな。任せとけ! ……って、おい。ここ圏外になってるぞ!」
夏央をの叫びに僕は異をとなえる。
「待って、そんなはずないよ。だって、この館にくる途中で暁が使っていたじゃん。ほら、なんだっけ……そう、和洋折衷建築の話のとき!」
館への道中で磯部さんと荒木さんが言い争っていたときのことを思い出す。暁がネットで調べて一件落着したあの時だ。
「でも、つながらないのが現実だぜ」夏央が口をとがらせて不満げに言う。
「荒木殿、この島はかなり陸から離れておるが、どのように通信手段を確保しているのじゃ?」
「この島に専用のパラボラアンテナがございます」荒木さんは淡々と答える。
「携帯電話も固定電話も同じです」
「つまり、我々は外部との通信手段を絶たれたわけじゃ」
あたりを沈黙が包み込んだ。
「何かあったのかしら?」
「分からないですけど、ただ事じゃあなさそうですね。ちょっと僕が見てきますよ」
僕は勢いよく階段をおりる。急ぐあまり、階段を踏み外しようになる。広間に着くと、喜八郎さんに出くわした。
「おお、諫早殿、いいタイミングじゃ。すまんが、悲鳴のした方へ行ってくれんかの。『春の間』の方じゃと思う。脚が不自由なのが憎いわい」
喜八郎さんはそう言うと、手で脚を叩く。
「任せてください!」
喜八郎さんにああは言ったものの、普段運動していない僕にとっては一苦労だった。春の間に着くと、天馬さんが腰を抜かしていた。どうやら、悲鳴を聞いたらしい草次さんが先にいた。
「おい、どうした。何があった?」
草次さんは天馬さんを揺さぶる。天馬さんは驚きのあまり声が出ないらしい。「春の間」でうつ伏せになっている人を指す。それは――倒れこんだ暁だった。
「おい、相棒しっかりしろ! どうした!?」
草次さんが問いかけても、暁の反応はない。どういうことだ?
暁の傍らに何かの瓶が転がっていた。瓶からは液体がこぼれており、異様な臭いがする。興味本位で瓶に手を伸ばそうとした時だった。
「待って、触らないで! 何かわからないから危険よ!」後からやって来たのだろう、由美子さんが叫ぶ。
「草次、むやみに揺さぶらないで! 何かの発作かもしれないわ!」
「お、おう」
由美子さんの動きには躊躇がなかった。部屋に入るなり素早く暁に駆け寄ると、脈を測りだした。
「大丈夫よ、安心して。でも……」
「でも?」
「この臭いは……睡眠薬ね」
暁の口元の空気をあおって臭いを嗅ぎながら言った。
「ひとまず、その瓶には触らないで。きっと中身は睡眠薬よ。吸い過ぎると、暁さんの二の舞よ!」
僕は慌てて瓶から距離を取る。
「この体勢はよくないわ……。草次、諫早さん、手を貸して。力仕事よ。ほら、早く!」
僕たちは目の前に広がる光景に呆然としていたが、由美子さんの声で我に返った。
「こっちに来て。体の左側を下にして。左腕は前向きにまっすぐ伸ばして……いい調子よ。頭をほんの少し後ろに反らせて……。最後に左膝を軽く曲げて」
僕たちは由美子さんの指示のとおりに動く。
「気道確保、よし、と。今できることは、ここまでかしら」由美子さんは指差し確認をすると、深呼吸した。
「二人とも、ありがとう。助かったよわ。私一人じゃ無理だったわ」
その後のことはあまり記憶にない。僕らの後からみんなが部屋に駆け寄ってきたのは覚えている。
「さて、ひとまず暁さんは一命を取り留めたわけだけど……」由美子さんがみんなをにらめつけている。
「これはいたずらですまないことよ! 下手したら暁さんは死んでいたわ」
「おい、さっきから黙って話を聞いていれば、まるでオレたちの中に犯人がいるみたいじゃないか。それに素人のお前が仕切るのも、気に食わん!」
秋吉さんがつばを飛ばしながらわめく。
「ちょっと待ってください。由美子は看護師です! 緊急時はプロの言うとおりにしてもらいたい!」草次が割って入る。
僕は由美子さんのテキパキとした指示に納得した。おっとりしていたので、意外だった。
「だがね」磯部さんが続ける。
「犯人が我々の中にいるとは限らん。その小僧の自殺未遂の可能性もある!」
「ええ、そのとおりよ。こればかりは暁さんが目を覚ますのを待つしかないわ」
「じゃが、本職である由美子嬢がいたことは幸いじゃった。一般人では回復退位をとらせることは、思いつかん。ざっくりで構わない、いつくらいに目を覚ましそうかの?」
「そうね……あまり自信はないけれど、一時間後くらいかしら」由美子さんは喜八郎さんの問いに答える。
「では、それまでに今できることをするべきじゃ」喜八郎さんは静かに言った。
「荒木殿、固定電話はどこにあるのかの? まずは、救急と警察に通報じゃ」
「そんな必要ないぜ! スマホを使えばいい」夏央が提案する。
「そうじゃった、便利なものがあるのを失念しておった……。これじゃから、時代に置いていかれるわけじゃ」喜八郎さんは額に手をやりつつ言った。
「救急は百十九だな。任せとけ! ……って、おい。ここ圏外になってるぞ!」
夏央をの叫びに僕は異をとなえる。
「待って、そんなはずないよ。だって、この館にくる途中で暁が使っていたじゃん。ほら、なんだっけ……そう、和洋折衷建築の話のとき!」
館への道中で磯部さんと荒木さんが言い争っていたときのことを思い出す。暁がネットで調べて一件落着したあの時だ。
「でも、つながらないのが現実だぜ」夏央が口をとがらせて不満げに言う。
「荒木殿、この島はかなり陸から離れておるが、どのように通信手段を確保しているのじゃ?」
「この島に専用のパラボラアンテナがございます」荒木さんは淡々と答える。
「携帯電話も固定電話も同じです」
「つまり、我々は外部との通信手段を絶たれたわけじゃ」
あたりを沈黙が包み込んだ。
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