季節は巡りて【読者への挑戦状】

雨宮 徹

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「ところで船長さん、バカンスに招待されたのは私たち二グループだけ?」酒井さんが尋ねる。
「聞こえねぇ! もう一度、大声で言ってくれ! 風の音であんたの声がよく聞こえない!」
 酒井さんは困った顔をした。何が酒井さんを困らせている?
 次の瞬間、僕は気づいた。酒井さんは上品な性格だ。そんな人は大声を出すのをためらって当然だ。代わりに僕が叫ぶ。
「バカンスに招待されたのって、僕たち二グループだけー?」
「おう、ようやく聞こえたぜ。いや、違うな。お前たちの前に二グループ、離島に運んでやった! 全部で四グループって聞いてるから、あんたらが最後だ!」
 船長は風に負けじと叫ぶ。
「分かったー」僕は船長に手を振りながらお礼を言う。

「それにしても、助かったわ。なんで代わりに聞いてくれたの?」
「だって、酒井さんの性格的に、叫ぶの好きじゃないかなと思って」僕は答える。
「あなた、気が利くじゃない。それだけじゃなくて、相手の気持ちを察してとっさに行動するなんて、そう出来ることじゃないわ」
 酒井さんにべた褒めされて、照れくさくなる。
「それは、少し違うような気がします。うーん、僕は空気を読むのがうまいというか、周りに流されやすいんです」
「あなたは、それを短所だと思っているのね? でも、短所も見方を変えれば立派な長所よ。自信を持ちなさいな」
 酒井さんの言葉は説得力があった。これが、人生経験の差というやつか。
「おーい、周平、もうすぐ島に着くぞー」暁が僕を呼んだ。
「今行くよー」
 そう言うと、僕は暁のいる舳先に向かって歩き出す。

 確かに遠くに今回の目的地の離島が見え始めていた。
「夏央も来いよ! いよいよだぜ」
「人がこの絶景に浸っているのに、邪魔するなよ」夏央が暁に言い返す。
「へえ、夏央も感傷的になることもあるんだな。意外だぜ」
「はしゃいでいるだけの誰かさんとは違うんだよ!」
 暁と夏央のやりとりは日常茶飯事だ。放っておけばいい。
 それに夏央がこの景色に見入っているのも分かる。水面は太陽の光を受けて、燦々と煌めいている。それが間近で見られるのだから、無理もない。

「お前さんら、もうすぐ着くぞー! 身支度を始めておきな!」船長が大声で言う。
 島は目の前に迫っており、桟橋と思しきものが見える。島は思っていたより大きかった。そこらへの野球場の何倍も広そうだ。こう言っては失礼だが船が古ぼけていたので、正直離島もしょぼいものを想像していた。これなら館も立派に違いない。期待で胸が膨らむ。
 桟橋には、黒いタキシードを着た男性が立っている。きっと、案内人だろう。

 船が桟橋に横づけられると、僕らは順番に降りる。
 僕の後は、大島喜八郎さんだった。
「荷物を運ぶの、手伝いましょうか?」
 大島さんは杖をついている。もう片方の手で荷物を持つのはしんどいし、危険だ。桟橋と船との間には、少し狭間がある。
「おお、助かるわい。そう言えば、お主の名を聞いておらんかったな」大島さんがおそるおそる桟橋に移りながら言う。
「僕は諫早周平っていいます」
「ほう、いい名じゃ。それに気が利くときている。諫早殿の御両親はさぞかし、素晴らしい人なのじゃろう」
 これで二度目だ。酒井さんにも同じことを言われた。酒井さんの言うとおり、空気が読めるのも案外長所にもなりえるのかもしれない。

 そんなことをぼーっと考えていると、桟橋の淵に躓き、つんのめる。まずい、両手が荷物でふさがっている。このままでは海に落ちる!
 覚悟を決めた次の瞬間、僕は海に落ちる寸前で止まった。海面が目と鼻の先だ。
「おいおい。人助けはいいけどさ、その当人が助けられるんじゃ世話ないぜ」
 夏央が僕の服を掴みながら言った。どうやら夏央のおかげで間一髪、危機を脱したようだ。
「た、助かったよ」
「まったく、こっちの身にもなってみろって」
 夏央が僕をぐいっと桟橋に引き寄せる。
「俺も手伝うぜ。夏央一人じゃ大変だろ?」
 暁はそう言って、夏央に手を貸して僕を引き上げるのを手伝う。
「よっと。まったく世話が焼けるぜ。着いて早々、ずぶ濡れにならなくて良かったな!」暁は僕の肩を叩く。
「いやー、ごめん、ごめん」
「さ、早く行こうぜ。向こうのグループはもう桟橋を渡り切ってるぜ」暁が顎で指す。

 桟橋を渡りきると先ほどのタキシードの男性が待っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。執事の荒木敬二あらきけいじと申します。お見知りおきを」
 荒木さんは大島さんや酒井さんと、そう年齢は違わないだろう。初老のように見える。黒いタキシードもあいまって、シュッとしてみえる。
「おい、荒木さんよー。俺が迎えに来るのはしあさっての夕方で間違いないよな?」船長が船室から顔だけ出して尋ねる。
「さようでございます」
「了解だ。お前ら、バカンスを満喫しろよー」
「ありがとう!」手を振りながら僕は叫んだ。
 しばらくすると、漁船は見えなくなった。
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