愛しの My Buddy --イケメン准教授に知らぬ間に溺愛されてました--

せせらぎバッタ

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 4年生になりゼミ長としての生活が始まった。サークル勧誘の立看が乱立し、風に吹かれて散った桜の花びらがうっすらと溝をピンクに染めている。

 ああ、新入生が初々しいなぁ。自分もあんなんだったろうか。それとも新入生にまちがわれちゃう?
 どこのサークルの勧誘も受けず、がっかりしながら藤枝ゼミのドアを叩いた。

 去年は勧誘されたような気がするのに。花の1年、焦りの2年、あきらめの3年、悟りの4年とはこのことか。自分で言ってクスリと笑ってしまう。

「ああ、君島さんか。そこにある用紙を人数分コピーしといてくれるかな。それと新歓コンパの場所は決まったか?」
 菜穂はデスクに歩み寄り、書類を手に取った。風がかすかにそよいでいる。窓が開いていた。

「キミも見てみるといいよ。歴代ゼミ長はここで人を見る目を養うんだ」
 軽い雑談の後、伸が窓際にいざなった。

「何するんですか」
「うん、毎年、『どの子が気になるかランキング』をやるんだ」
「はあ?それって問題ないんですか?」
「やだなぁ、女子の可愛い子ランキングじゃないよ。男女問わず、将来伸びそうな子を探すんだ」
「その後トラッキングされてるんですか」
「いや、な~んもしていない」

 伸は嘘をつく。女性に甘い点は否定しないが、菜穂が歴代1位だった。当人にはけして言えないが。
 菜穂は自分のランキングが気になる。訊いて圏外だったらどうしよう。いや、目に留まったどうかも定かではない。

 二人でむっつり黙る。どちらもあえて触れない。
 菜穂は伸の隣りで下を覗き込んだ。肩が触れそうな距離にドキドキしてくる。

 こうしてみると、確かに目立つ子は目立つ。地味そうでも瞳に力のある子や、キャラ変したつもりか、チャラそうに振舞ってるが、がり勉の過去が透けて見える子。2年生も3年生も学年の検討がつく。これじゃ、勧誘されないのも無理ないかぁ。

「ホントだ。そういう目で見ると面白いですね」
「だろ。この中に未来の有名人がいるかもしれないんだ。今からコネをつくっておくのも悪くないだろう」
「先生の口からは、どうしてロマンのないことばかりでてくるんだろう。黙ってりゃあいいのに」
「黙っていれば君島さんのランキングNO.1になれるか?」
「はあ、どうでしょうね。18才の先生ならそう思ったかもですが、どうせ歩くチャラ男でしょうから、きっとないです!」

 今だってランキングNO.1たとえ18才だろうが、そう思うに決まっている。
 そうしてしばらく二人で眺めていた。このまま時が止まればいいのに。先生が抱き寄せてくれたらいいのに。妄想の翼が広がってきたところで、

「そういえば例の友達は彼氏できたの?」
「はあ、またそれですか。まだみたいですよ」
「そうか、早く彼ができるといいね」
「ええ、でもその娘、藤枝先生に絶賛片思い中だから」
「ほう、そうなのか。それは嬉しいね」
「そういう先生は、彼女いないんですか?」
「いないねぇ。今は迷える子羊たちに倫理を教えるので精いっぱいだ」
 二人ともなぜかホッとした顔で会話を続ける。

「おっ、今年も恒例のが始まったか。どう、未来の日本を背負う逸材は見つかったか。えっなに、なんで二人ともうざそうにこっち見るの?ねっ、俺、何かした?」
 倉田が美声を響かせ、室内に入ってきた。


 10月になると卒論も佳境に入ってきた。内定先の企業には月に1回出勤している。これはこれで肩がこる。まだ学生で何の貢献もしていないのに、同期を含めたお食事会なるものがあるのだ。同期はいいとして、会社の人との適切な距離感がわからない。ギリ母に対する息子の嫁あたりが相場のポジションだろうか。って、よくわからないけど。

 菜穂は息抜きに榛名とホテルのスイーツバイキングにやってきた。

「どうしよう、目移りしちゃう。今日は緩めのスカートはいてきたんだ。食べるぞぉ」
「ほどほどにしなよ」と言いながら、すでに菜穂のお皿もてんこ盛りだ。

 平日の人の少ない時間帯。学生の特権だ。来年からは土日休みの勤務先のためこういうまったりした時間はなかなか味わえないだろう。

 すでにケーキを2個食べた榛名がお腹をさすりながら、
「来年、いよいよ卒業だねぇ。あっという間だったよねぇ」
「食べるのもあっという間だねぇ」
「高校を卒業する時も思ったけど、来年どうなっているんだろう」
「見当もつかないなぁ」

 就職して、誰かいい人見つけて結婚するのかな。子供をこさえて老いていく。最近はお一人様も増えたし、ずっと独身も悪くない。でもやがて、誰でも老いていく。その時に何が残るのだろう。生き残った充足感をちゃんと味わえてるのだろうか。

 漠然と不安がよぎった。就活までまっしぐらに走ってきたけど、これから何をめざしていくのだろう。長い会社員生活を夢中で走り出すのだろうか。
 個人にとって膨大なエネルギーを注いでいくわけだが、会社にとっては駒でしかない。個体差のある一個人の能力に依っていては、生産性のない、利益のあがる体質はつくれまい。
 何か、自分だけの何かをつくりたい。

 もう知っている。考えることがわたしのアイディンティティ。
 この世にいくつもある疑問を端から考えていく。先生みたいな職業につくことができなくとも、在野の倫理学者として論文を書いてもいいし、海外の文献の翻訳でもいい。
 海外の文献を乱読して気づいたのだが、日本に紹介されてないものがたくさんあった。各国比較なんて、よほどの人気記事でないかぎり日本をベースに検索していてもヒットしない。google先生は偉大である。って、その前に、

「あー、論文が進まない」
「菜穂~、楽しい気持ちに水差さないでよね。今はスイーツに全集中!」
 紅茶をグビっと飲む。
「ところで、菜穂は先生以外に気になる男性いないの?」
「残念ながらいません!彼氏いない歴更新中」
「相変わらず、架空の『友達』話、してるの?」
「してる、してる。バレてないと思うと気持ちを伝えやすくて」

『友達』の話は月に1回くらい話題にでる。菜穂が言うこともあれば、先生からふってくることもある。

「先生、例の友達が、どうしたら先生とつきあえるか、真剣に訊いてきました」
「そうか、うちの大学の娘なんだろう。その娘が卒業してからだな。そん時、会わせてくれよ。そうだ、どんなタイプか教えてくれ」

 えっ、キャラクター設定?うっ、決めてなかった。

「先生はどんな女性が好みなんですか。彼女、きっと合わせるんじゃないかと」
「いや、それは、合わせる必要はないよ。相手の好みに合わせるなんて、それで恋が始まったってしょうがないだろう。自分を殺すんだから」
「はあい、よくいっておきます。でっ、どういうタイプですかぁ」
「う~ん、自分の世界観をちゃんと持ってる娘かなぁ。その世界に入って、跪きたいね」

 そして脚を舐めたい。言わないが。
 菜穂を抱きしめたい衝動を何とかこらえる。好きな娘にこう言われたら誰だって同じ反応をするだろう。

 誰かにとってのかけがえのない存在。たったひとつの自分の世界を構築することが、結局は近道なのだ。借り物でもない己れの創造物。

 ドクンドクンと息づくダンジョン。迷宮の中はいろんな顔を見せる。怪我を負いながらも迷宮の小部屋を次々と開け、最後にラスボスと雌雄を決する。エンドルフィンやドーパミンをシャワーのように浴び、エクスタシーの極みへと上り詰めていく。
 人はそれを性愛とか愛欲という。屍と化すか、宝箱を引っ提げて足早に去っていくか。そして、再び戻りたいと思うのはどんな時だろう。

「君島さんにはまだわかんない世界かもね」
「何それ、意味わかんない」
 ふくれた顔を伸が愛しそうに眺めていることに、菜穂は気づいていない。


「峰岸くんとはラブラブ?」
 榛名の顔がパアッと華やぐ。「はい、わたしの努力のおかげで」
「いや、それをいうなら、峰岸くんのおかげでしょう」

 二人を見てると、どうしてもSMがよぎる。女王と下僕の関係。ディスられようが、パシリ扱いされようが、嬉々として尽くす。これが相性というものなのだろうか。

「うん、でもね、ベッドでは彼のいいなりなのよ。お互いギャップ萌えしてるの」
 榛名がウインクする。
「さいでっか~」

 知らなかった。ベッドで立場逆転って、そっちもSMなの?そういう話は具体的に聞いてなかったのでビックリだ。榛名的に照れもあったのだろう。今回初めて聞く。菜穂は喰いつく。

「それで、それで、どんなん?」
「う~ん、年上の彼と別れた後、あいつはまったく芸がなくて、バカのひとつ覚えで『好きです』の一点張りなわけ」
「根負けしたの?」
「いや、そういうんじゃなくって。バカにされたような気分になって、わたし、ディスリはじめたのよ。最初は手加減してたんだけど。ある時しみじみ聞いたの。


『あんた、わたしに悪態つかれてイヤじゃないの』
『そうですねぇ。不思議なことに、俺にとっては、全部愛の言葉に聞こえちゃうんですよ』
『はあ?』
『だって、ディスってる時の先輩の頭ん中、俺でいっぱいですから』

「そういうことならと、サンドバッグがわりにガンガン打ち出して、恥ずかしながらだんだんエスカレートしちゃいました。自分でもやっちゃったなと思ったことがあったの」

 彼の外見を貶してしまったとのことだ。自分ではどうすることもできない外見の問題。
「しまった!と思った時には、時すでに遅し。真っ青な顔で何もいわずに離れていっちゃった。後ろ姿がかわいそうで、見ていられなかった。原因はわたしなんだけど」

 榛名は3個目のケーキを嬉しそうに大口あけて食べる。わりと真面目な話のような気がするのだが。

「それからずっと避けられるようになって、気がついたら彼をいつも探している自分に気がついたわけ。サークルの部室でたまたま二人っきりになった時、勇気をだしてさ、
ディスったの!」

 ドヤ顔しているが、いやいや、そこは謝るとこだろう。
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