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 昼頃LINEが入っていた。

 ゼミ長の発表をして講義が終わると、伸は腕時計を見た。約束の時間までまだだいぶある。どこかのカフェで軽食でも取るか。

 街路樹のハナミズキが赤く染まり、否が応でもボストンの紅葉を思い出させた。ノーラとの思い出よりも、菜穂を連れて歩く未来を想像してしまう。期待で心が躍る。
 伸は前に大きく足を踏みだしたのを実感した。

 (今日はどう?)
 (いいね。じゃ、いつもの店に20時頃)

 LINEの相手はミチル。帰国後、久しぶりに倉田と立ち寄ったバーの常連客。バーは高校時代の友人がバーテンダーをしている。大学を中退し、そのまま水商売に入った寡黙な男だ。

 ミチルは小顔でキリッとした顔立ち。服装のセンスも落ち着いており、会話も上品で知的。年齢は30代前半くらいか。勤務先は知らない。相手もプライベートには立ち入ってこない。空港のトランジットで交わす会話のような、お互いのパーソナルスペースを乱さず、時間はエレガントに過ぎていく。

 そうして何か月が過ぎた頃、二人はセフレの関係になった。待ち合わせはいつものバー。一杯飲んでホテルに向かう。コトが終わればチェックアウト。朝まで一緒にいたことはない。激しい時もあればまったりすることもある。つかず離れず、身体のつきあいもエレガント。

 部屋に入り、濃厚なキスをかわした後、背中を向いたミチルのワンピースのファスナーを下げてやる。ブラのホックもはずし、その背中に唇をあてた。ブラのカップの下に手をのばし、乳房の感触を味わう。
 ストッキングとパンティを同時におろし、抱えるようにベッドに押し倒した。瞳孔が広がった瞳を見つめながら伸は服を脱いでいく。彼女はねっとりした眼差しで見つめてくる。 
  
 ボトムと一緒にボクサーパンツをおろし、剝き出しになった性器を顔の前に突き出すと、ニッコリ笑って手に取った。
 亀頭から焦らすように舐め、咥え込んでいく。前髪をかきあげ、チラチラ見上げてくる表情はとてもエロい。喉元で締めつけながら、上下に顎を動かす。

 伸は絨毯に立膝をつき、ミチルの腰を引き寄せた。そのままアンダーヘアに顔を近づける。すでにたっぷりと濡れたヴァギナを周辺から芯に向かって舐めあげていく。

「ああ、伸。いいわ。指も入れて、お願い」

 せがまれるままに指を割り入れ、小刻みな振動を中に与えると、愛液がまたあふれてきた。出会った時から、ミチルはどこをどうしてほしいか要求する。リクエストに応え、伸の動きに感じるミチルはとても艶やかで官能的だった。恥じらうのも可愛いが、無防備にイク姿はとてもキレイで、何度でもイカせたくなる。器具の知識も豊富で、それを使って非日常を楽しめる最高のセフレだった。

「伸、もう挿れたい。今日はわたしが上になるわ」

 言われた通りベッドに横たわると、ミチルが静かに腰をおろしてきた。髪を振り乱し、白い喉を時おり見せながら甘く喘ぐ姿は淫乱で、伸の性欲をどんどん高めていく。胸をもみしだくと、好色そうに唇を舐めた。
 たまらなくなりミチルの腰を両手で支え、激しく突き上げた。体中がしびれ、射精をしたくてたまらなくなった。

「もういい?」
「いいわ。ああん、わたしもイク」

 咆哮のように叫んだあと、ミチルがぐったりと突っ伏してきた。髪を優しくなでながら、伸は額にキスをする。応えるようにミチルもキスを返してきた。

「今日も良かったわ」
「俺もだ。俺たち、性欲周期が一緒かな」
「かもね」
「彼女は元気?」

 ミチルはバイセクシャルである。時々男性の肌が恋しくなるらしく、そういう時に連絡をしてくる。

「元気よ。伸はどう?彼女できた?」
「いや、相変わらずフリーだ。好きな娘はいるがね」
「あら、気になるって言ってた娘?それともべつな娘?」
「同じ娘だ」
「『気になるから好きに』アップグレードしたのね。さっさと口説いちゃいなさいよ」

 伸は菜穂の顔を思い浮かべる。自分の愛し方で納得できるだろうか。傷つかないだろうか。もっと成熟するのを待った方がいいのだろうか。

「どうだろうね。口説きたいような、口説きたくないような。まあ、いずれ、なるようになるさ。それまではミチルが相手してくれるんだろう」

 性器全体を手のひらでまさぐると、ミチルが身体をよじった。

「わたしに彼女がいるのって、妬けることある?」
「それはない」キッパリという。「3Pもワンちゃんあるかもだし」
「相変わらずクズ発言ね。それは、ダメ。彼女は渡さない」こちらもキッパリ。
「じゃあさ、わたしが同性愛者でバイセクシャルじゃなかったら、独占したくなる?」

 伸は考える。
「それでもやっぱりセフレかな。ミチルは?」
「うん、わたしもそう」

 二人で声をたてて笑った。

 身体が求めるのがセフレ。心が求めるのが愛。世間ではそういうことになっている。伸とて、性欲処理のみでミチルを抱いてるわけではない。友達だけど、セックスするというのが正解だろうか。ではなぜステディとして選ばないのだろうか。

 何かがしっくりこない。多くの時間を過ごすことがイメージできない。当然だ、どんなに仲が良い友人でも四六時中一緒にいられるわけがない。また、友人にも温度差があるように、『愛』にも階層がある。
 セフレ=遊びという図式ではないと思うのだが、世間ではそういうことになっている。

「セフレでもこんなに楽しいのに、人前では言えないわよねぇ。自分の性的嗜好を自覚したから、セックスに対して突き抜けちゃったんだけど、日本人て、どうして性を愉しまないのかしら」

「それはいえるね。セックスレス大国で、性産業世界NO.1なのは、どういうことかと考えたことがあるよ」
「おもしろそう。聞かせて」

「まず、日本人にとってセックス好きはアブノーマル扱いなんだな。そして、女性がセックスを好きという事実を認めたくないんだ。男女ともにね。セックスに対して罪悪感というか、セックス好きな自分はおかしいんじゃないかとか。

 それでいて性欲は普通にあるから自慰用に産業が発達したのかもしれない。しかも隠す方向、秘めたる欲望のはけ口として、より淫靡な方向へとね。
 女性の性を封じ込めて発言を却下しているから、本当の意味でのセックスの良さはわからないんじゃないか。過激な、マスターベーション用につくられたAVが教科書で、女性の反応を無視していれば、独りよがりのセックスだよね。2.5次元というのか、生身の身体を使って幻想の相手とセックスしている。せっかく3次元なのになぁ。

 そもそもセックスに積極的な女性を、現時点では男性が御しきれない。だから女性も消極的にならざるを得ない。
 最初は情熱で抱いていても、二人でつくりあげていくべき努力を怠っているんだから結果は推して知るべしだ」

「わたし、話したっけ、バツイチなんだけど、前の結婚はレスだったの。仲は良かったんだけど。わたしは愛情を確認したいのもあって、ムード作りに励んだり、下着を凝ってみたり」
 サバサバした口調でミチルがいった。

「そうしたらひどいのよ。キミがそんなに淫乱だったなんて、ますます萎えるよって」
「ほう、」

「頭にきて、家を飛び出して飲みに行ったわ。そこで誘われてふらふらついていったの。悔しくて。自暴自棄だとは思ったけど。
 その時に感じたのは、ああ、人肌っていいなと思ったこと。体中を愛撫されてどんどん身体が満ち足りていくのを感じたわ。会ったばかりの人なのに、女だって、愛してなくてもヤレルじゃん。そう思った。って、その相手は女性だったんだけど。自分の性的嗜好を意識したきっかけになったんだけど。

 セックスなんて、巷で騒ぐほど特別なもんでも、愛がないのは不純だのという問題じゃないんだと思った。男性だけじゃなくて、女性も自らの性を縛っている。自分の素直な気持ちより世間の偶像に合わせてるだけ。社会が要求する女性の貞操観念なんかクソくらえよ。セフレだろうが、ヤリモクだろうが、自分が寝たいと思ったら、それだけでいいんじゃないの。

 だってさぁ、結婚前は『身体が目当てなの』とか言いながら、レスになったら涙ぐましく努力するわけでしょ。愛とセックスが形骸化してない?」

「俺は性処理だけでは抱けないかなぁ。ミチルだから抱いている。誰でもいいというわけではない。その、なんというのか。会話を楽しめる女性とセックスしたいな」

「あら、わたしもそうよ。ちゃんと相手を選んでるわ。伸だから抱かれているし。気に入った相手と気が合えば、シテもいいということ

 相手と楽しい時間を過ごせるなら、それだけでいいし、イヤなら別れればいいだけの話。言葉だけの『愛』に頼りすぎ、そんな曖昧な言葉をセックスする口実に持ち出さなくてもいいんじゃない」

「セックスは習慣化することでレスが防げるって聞いたことがあるな。顔を洗うみたいなもんだと。ということは、レスになってしまうのは、性行為そのものを神格化し過ぎている弊害というのもあるわけかな。愛に裏打ちされた神々しいセックスだけを追い求めているから現実とのギャップに辟易する。

 ワイン好きの人に聞いたんだが、ある時天にも昇るようなワインを飲んだんだって。それからその幻の1本を求めて、次から次へと飲むって言ってたな。

 つまり、最高のセックスというのは、そうそう味わえるもんじゃないと。セックスは非日常ではなく日常。はずれもあるけど、そんなこと気にせずせっせと励むことが大事というわけなんだろう」

 ミチルは肩にかかった髪を払いのけながら、何か思案している。
「確かにね。いったいなぜレスになったのか結局理由はわからないんだけど、元夫にとってセックスは非日常。結婚は日常。だから、組み込めなかったのかな」

 ミチルが疲れたようにため息をついた。その時の状況を思い出したのかもしれない。

「そのまま友達婚でも良かったんだけど、なあんか、この問題を放置されるのっておかしくない?話し合いに逃げ回って、気持ちに向き合おうとしない。この先信頼関係なんか作れっこないなって思ったから離婚したわ。あいつは性の不一致と思ってるけど、性格の不一致よ」

 髪にキスをするとミチルがニッコリと微笑んだ。
「伸は優しいわね」
「そうかな」
「セックスも上手いし」
「嬉しいね」
「わたしを大事にしてくれるし」
「もちろん」
「わたし思うの。わたし達の関係って、セフレじゃないと思うの」
「恋人でもないがね」
「やっぱり、セックスもしている友達だと思うのよ」
「友達だけどセックスしてる?」
「セフレとか言われると、関係を貶められたような気分になるの。だから考えてみた!」
 顔をほころばせる。
「Append sex to friendship」よ。セックスを追加した友情。略してアセフレ。まっ、汗フレでもいいんだけどさ」お互い汗かくしと言い添える。

 伸はミチルを抱きかかえながら素肌の感触を楽しむ。セックスできる男女の友情。そういうのもアリだと思う。

「今度から人にそう言おうかな。言えるかどうか自信ないけど」

「そうよねぇ。あーあ、早く日本でも女が性についてオープンに語り合える時代がくるといいのに。女性にすら偏見があるんだから、LGBTの理解も進まないわよねぇ。って、わたしも職場ではカミングアウトしてないけど」

 ミチルがそこでペロッと舌をだした。
 伸はミチルの知的な横顔を眺めながら、同業者かもしれないとふと思った。
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