愛しの My Buddy --イケメン准教授に知らぬ間に溺愛されてました--

せせらぎバッタ

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 先生との卒論の面談の日がやってきた。今のところ、だいたい月に1回。卒論は4年から本格化するが、初動が大事ということで、わりとこまめに面倒を見てくれている。文献や本のアドバイス。

「広く浅く、ゆっくり読めるのも3年のうちだからな」

 その膨大な量に目が回りそうだ。
 いつものように進捗具合を報告し、文献の感想を述べたり、データの取り方の相談にのってもらったりした。

「だいたい以上かな。まっ、順調といえば順調。他に何かあるか」
 菜穂は首をかしげる。他に何かあっただろうか。

「つまんないことでも、なんでもいいぞ。案外、ささいなことが重大だったりする。ペニシリンもコーラも偶発的に出現したものだ。刑事事件でもちっぽけなことが事件解決の糸口となる。そうだろう」

 いや、自分の話はそんな大それたものじゃないんですけど。
 だが、穏やかな顔で言われ、菜穂は嬉しくなった。パッと笑みがこぼれる。

「あの、先生。これは友達のことなんですけど」
 うん、それでと伸は先を促す。内心、これは菜穂のことなんだろうなと思いながら。

「カップルの話なんですが、お互いの関係性を見直したい時、それはどういう手順でやるのが理想的なんでしょうか。本音を隠してきれいごとを並べた方がいいのか、相手が傷つくとわかっても、正直な気持ちを伝えるのがいいか。破局したとしても将来に禍根を残さないためにはどうしたらいいのか、とか。本音と建て前、嘘も方便」

 ほう、現在、彼とそういう状況なのか。内心ほくそえむ自分に、ゲスだなとつっこむ。
「まず、前提が必要だな。絶対にこの人と乗り越えたい。どちらかというと乗り越えたい。流れに任せる。どうでもいい。別れたい。それによって対応もちがってこよう。さて、どれなのかな、その友達は」

 どうなのだろう。自分でも決めかねてる。「流れに任せる、だと思います」

「よかろう。だが、流れに任せるが一番やっかいだ。不特定要素がダブルになるからな。主導権がどちらに渡るかわからない。それ以外は自分が主導だからある程度想定問答集がつくれる。ただ言えるのは、自分がいい子にならないことだ。相手を傷つけたくないといってるのは、自分の言葉で相手が傷つき、そのリアクションで自分が傷つきたくないだけのことが往々にしてよくある。

 病気の告知、報道の基本、結果的にシンプルな事実が一番響く。
 火事になりました。血管がつまってます。事実のみ。色をつけたり、印象操作をするものではない。

 とはいえ、恋愛がらみは、女性の場合、相手がストーカー化することも、痴情のもつれで暴力を奮われることもあるから、話し合いをつけるタイミングで、安全面の配慮は怠らないことだ。第三者をつけるとか、二人きりで話すのがベストだが、何かあった場合のために、助けを呼べるところを選ぶとか。そうだな、カップルカウンセラーの門を叩くのもひとつの選択肢だ。ああ、心理学の倉田先生に頼るのもいいかもな。学割きくかわからないが」

 倉田先生にカップルカウンセラーを依頼するのはちょっと。他で受けるとしても、それは修復前提だ。雄太が一緒に受けてくれるとも限らない。そこまでしたいとは思わない、かな。

「『別れ』一択の場合は?」

 伸はこれまでを振り返る。「俺の場合は、『他に好きな人ができた』かな。一番シンプルじゃないか。今の自分じゃ相手を満足させられない、変えようのない事実。
 こういうところがイヤだったと言われたら、直すよと言いたくなるし。今のあなたが嫌いと言われたって、じゃあ未来は好きになるかも、とか思うし。気がついた時点で言ってくれよ、とか。いろいろある」

「あの、先生、そんなに何度も失恋してるんですか?」
「あのな、それなりに失恋も経験してるけど、その時のシチュエーションを思い出してるだけだ。だいたい相談に乗ってあげてるのに、その言いぐさはなんだ。そういう君島さんはどうなんだ。失恋のひとつやふたつ人間の勲章だぞ」

 先生のちょっとふてくされたような顔に、思わず笑ってしまった。はるか頭上を飛んでいたスターが地上に舞い降りてきた瞬間だった。

「すみません!先生も人間でした!」
「俺を人外扱いするな」
「で、どうよ。別れたいの?」

 見透かされたように見つめられ、ドギマギした。バレてるのか。
「えっと、友達に聞いてみないと」目をそらす。

「では、その友達に伝えといてくれ、振った、振られたに善悪はない。振る弱みも振られる弱みもない。ああ、結婚しているならいざ知らず、別れに相手の同意は不要だ。必要なのは決意」

 伸はそこでハタと考える。どう見ても、破局へと煽っているとしか思えない。
「まあ、愛という物差しだけで見るな。世間の愛の概念に振り回されるなと言いたい。相手を傷つけたくないなら、自分が悪者になるのもひとつの方法だぞ。検討を祈る」
 煽りは鎮まるどころでなかった。

 週末の金曜は用があると断り、土曜日に会うことにした。代々木公園を指定する。
 出会った時から何かを察した雄太と公園内を歩くのは気づまりだった。手を握られたが振り払ってしまった。ムッとした彼にかける言葉もない。適当なベンチをみつけ二人で腰かける。しばらく炭酸のペットボトルを手で弄んでいたが、勇気をだして言ってみた。

「雄太、あの」声が震える。
「何?別れ話?」
「えっ、うん、そう」気づいていたのだろうか。
「理由、聞いてもいい?」生唾を飲み込む音が聞こえた。

 なんと答えよう。他に好きな人がいるわけでもない。「えっと、雄太との将来が考えられなくなったの。わたしまだ学生だし、」
「そんなの、卒業なんてあっという間さ。俺、せかしてないよね」
 食い気味に返された。

「そうなんだけど、」なんて答えよう。結局「他に好きな人ができた」と言ってしまった。
 あらかじめ予想していたのか、雄太は大きく息を吐いて、「そうなんじゃないかな、と思ってた。最近デートしてても前みたいな感じじゃなかったし」

 ヒヤッとする。柏木との関係が態度にでていたのか。自分はつくづく不器用だ。

「で、もうつきあってるの?」
「ううん、つきあってない」もうすでに別れたし。
「告白されてるの?」
「ううん、完全な片思い」
「なんだ、俺はつきあってもいない男に敗けたのか。情けなくて、笑うしかないな」

 両手を膝につき、下を向いてた雄太が顔をあげた。
「そいつとどうなるかわからないなら、それまで俺とつきあわない?」

 予想もしてなかった答え。先生、なんて答えればいい?終わんないよぉ。
 返す言葉がみつからず黙っていると、「黙っているのはOKと思っていいのかな」強い力で抱きしめられた。
 何度も抱かれた胸板は、やはり安心感がある。流されそうになる。でも、きっと同じことの繰り返し。雄太に物足りなくなれば、また誰かを求める。そうやって誰かを悲しませ、自分自身も傷ついていく。

 何かを言おうと向き直って口を開こうとしたら、雄太に唇をふさがれた。まるで言葉を拒否するかのように、激しく舌をからませてくる。
 でも、流されたくない。菜穂の意思は固かった。
 されるがままの菜穂の反応に、ようやく雄太も顔を離してくれた。両腕は背中にかたく回され、身動きができない。

「菜穂、ダメなの。もう俺じゃダメなの。セカンドでもダメなの。離れたくないよ。友達でもいいから」

 あー、情にほだされそうになる。柏木とつきあい続けていたら、雄太が愛人になるところだ。
 目を伏せ、小さくつぶやいた。
「ごめんね」

 胸に顔をうずめ、ひたすら、ごめんね、を繰り返していた。嗚咽が喉をついてくる。涙は雄太のカットソーにたちまち染みを広げていった。そうして何時間も抱き合ったままでいた。

 公園で遊ぶ人も少なくなり、風が少しでてきた。雄太はようやく力をゆるめ、
「もうダメなんだね。その、最後に抱きたいな」

 雄太を傷つけたという思いに、最後に願いを叶えてあげたい衝動にかられる。

『振った、振られたに善悪はない』

 先生の言葉を思い出す。悪いのはわたしで彼は悪くない。そう思いこむのはどうしてなのだ。自責の念から抱かれて、その後どうなるのだろう。別れを長引かせるだけ。

 必要なのは決意。

「ごめんなさい」
 やれやれと頭を振り、雄太が抱擁をほどいた。「手をつなぐのはいい?」
 これは振りほどけない。そうして公園の出口まで歩いた。

「ここでお別れだね。何か困ったことがあったら、いつでもいいから連絡して。その、また会いたくなったら、いつでも」

 ははは、未練だなと雄太は自嘲的に笑った。眼が赤くなっていた。
 菜穂はどんな顔をしていいかわからなかった。きっと困った顔をしていたのだろう。

「ごめん、そんな困った顔しないでよ。好きだった。今も本当に好きだ。でもここでお別れなんだ。一緒に電車に乗らない方がいいだろう。俺は右に、菜穂は左に」

 最後にもう一度抱きしめさせてくれといって、腕が回された。菜穂も背中に手を回した。唇は自然に重なり、どちらが流したかわからない涙の味がした。

「今まで楽しかった。ありがとう」
 涙でスッキリしたのか、二人でそう微笑みあった。
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