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二人でよく散歩した、東横線沿いの公園で会うことにした。カフェで修羅場にはなりたくないし、密室も怖い。ここなら適度に人の目もあるから、お互い冷静でいられるだろう。
「な・ほ・」
駅で待ち合わせだ。改札を出ると雄太が手を振って呼びかけてきた。紺と白のボーダーのサマーセーターにベージュのチノパン。トレッキング用の帽子にサングラス。足元はナイキのスニーカー。
やっぱり、かっこいいなぁ。夏の陽射しを受けてピッカピカに輝いていた。
適当な木陰を選び、ピクニックシートをしいた。スーパーで買ったのは総菜と飲み物。
家族連れやカップルが笑いながら通り過ぎていく。遠くの入道雲はもったりとして、夏の到来を高らかに告げていた。
ぽつりぽつりと会話し、食べ終わると雄太がシートに寝ころんだ。帽子を顔にかけたので、表情が見えなくなる。
「菜穂、ここで土下座して謝りたいけど、菜穂が恥ずかしいかな」
はっ、恥ずかしすぎる!
「それは、ちょっと。それに土下座しなくてもいいし」
腕をとられ、菜穂も横になった。手をつながれたまま、
「菜穂、愛している。本当にごめん!許してくれないか」
すがるような視線を向けられ、菜穂は困ってしまう。頼もしいお兄さんは影をひそめ、ひたすら許しを請う。濡れた子犬のような、ミルクを欲しがる仔猫のような様子に、菜穂の手が動いた。
起き上がり、優しく頭をなでながら、ああ、より戻っちゃうのかなぁ。これでいいのかなぁ。わんこ系の顔はずるいよ。
雄太の気持ちは決まっている。菜穂はまだ決めかねている。決めるまでが大変なのだ。でも、この手を振りほどけそうにない。
「好きよ。もう私を泣かさないで」
雄太はぱっと顔を輝かせ、起き上がると人目も気にせず抱きしめてきた。
こ、これはこれで恥ずかしい!
「今すぐ抱きたい。菜穂んち行っていい?」
玄関からお姫様だっこをされながら、ソファに運ばれた。いつになくじっくりと時間をかけ、丁寧に裸にされていく。唇はずっと菜穂をとらえたままだ。ブラをはずしプルンとむき出しになった乳房をまさぐられる。雄太は手早く服を脱ぐと、覆いかぶさってきた。
「ああ、ずっと抱きたかった。菜穂が欲しくてたまらなかった」
舌が首筋から鎖骨を這っていく。触れるそばから皮膚が敏感になっていく。乳首は立ち、吸われるのを待っている。まだエアコンが効き始めてない室内に二人の欲望の匂いが充満し、淫らな動物になったような気分だ。
時々歯をあてながら乳首を舌で転がし、正中線を指がなぞっていく。やがてアンダーヘアをかきわけ、ヴァギナにたどりついた。
「ああ、ん、」
「トロトロに濡れてるね。ああ、嬉しいよ」
ちょっと心配してたんだとつぶやき、指を差し入れてきた。
性器をかきまわされ、菜穂は身体をよじる。腰が勝手に動いてしまう。
「ああ、だめだ。舐めたい」
上ずった声をあげたかと思うと性器がベロンと舐められた。膣口やクリトリスに巧みに舌を使われ、脚がつっぱるように伸びる。
猛ったペニスで貫かれると、それだけでいってしまった。激しい動きに何度もいかされる。雄太の瞳はどこまでも甘く、指の動きは優しい。大切に愛されてると、感じれば感じるほどジワっととめどなく愛液があふれてきた。
仲直りセックスは燃えると聞いていたけど、想像以上だわ。
ベッドで脱力していると雄太が冷蔵庫からミネラルウオーターを持ってきた。口移しで飲ませてくれる。
だらりと顎にこぼれた液体は、丁寧に舐め取られた。
「雄太、えっちぃ」
「そんなことないさ。菜穂のことは食べちゃいたいくらい可愛いんだ」
くったくなく笑う雄太。聞かなければ、このままの甘い時間が過ぎていく。聞きづらい。でも、聞かなかったら、前に進めない。
「でも、浮気したんだよね。淋しいって、わたしじゃダメだったんでしょ」
「ごめん」
雄太はベッドで正座をすると頭をシーツにこすりつけた。
「雄太が後悔してるのはわかってる。わたしが知りたいのは、なぜ他の女性を抱いたのか、ということ」
とはいっても、まともな回答が得られるわけないか。スキがあったとか、魔が差したとか、人肌が恋しかったとか、誘惑されたとか。
「それは、やっぱり、俺が弱かったんだろうな」
「弱かった?」
「俺は社会人で菜穂はまだ学生。甘えていられない。自分を保とうと思えば思うほど空回り。会社に染まっていく自分にいら立っていたのかもしれない」
両腕を頭の後ろで組みため息を吐く。「まあ、何をいっても言い訳だな。言えば言うほど、情けない自分をさらけ出すことになる。少しカッコつけさせてくれないか」
これ以上の追及は追い詰めるだけかもしれない。そうしたところで、いい結果を迎えるとは思えない。大事なのは、この先だから。
「うん、わかった。もう聞かない。でも、他の女の人を抱きたくなる前に、ちゃんとわたしに甘えて」
雄太の顔がクシャッとなった。「俺、ホントバカだよな。菜穂みたいないい子が恋人なのに」
抱き寄せられ、また押し倒された。「愛してる。許してくれてありがとう」
第二ラウンドの鐘が鳴った。
「なんだ、結局、より戻したんだ」
「まあ、そうなんだよね。気持ち的にはまだ喉に小骨がささったみたいなんだけど、それよりも好きっていう気持ちが強くて。プロポーズもされたし。大事にしてくれそうだし」カッコいいし。
「えっプロポーズぅ。はやっ!」
「まあ、このまま順調に行ったらの話で、具体的に決まったわけじゃないの。結婚前提でつきあうってとこかな」
「ウエディングドレス何着る?」
「いやいや、だから先の話」
榛名の瞳がピンクになってきた。
高校を卒業して1年半。生まれてから19年。入学式に感じた、未来への不安。どんな未来が待っているのか。自分は何をしたいのか。
漠然とした、霧の彼方から顔をだしてきたのは、雄太との未来。卒業して、ちょっと働いて、結婚して、共稼ぎで子供を育てて、家族でいろんなとこ行って、定年。
うっすら見えてきた未来だが、どうしてだろう。ワクワクしない。
何でだろう。結婚したくないのかな。当たり前のライフサイクルにトキメキを感じないのは平凡な感じだから?
夏休みが明け、後期授業が始まった。今日のディスカッションのテーマはヒトとの距離感だ。
倫理学は道徳や価値観を追求し、人としての在り方を問い、どのように生きるかを考える学問だ。
「さて、今回は距離感だ」
伸はざっと教室の面々を眺める。眠そうな者、まだ夏休み気分の者。どの顔もひと夏の経験をしたわけだ。中身は問わないが。
菜穂の姿が目に入った。ちょっと大人びたかな。艶のあるストレートヘアを今日はお団子にラフにまとめている。うなじに唇を這わせてみたいものだ。
サラッと視線をはずし、発言者に頷く。
「距離感って目に見えないから、空気が読めない人にとっては、致命的ですよね。数値化できる人がいたらノーベル賞ものじゃないでしょうか」
まじめにやれ!
ヤジがとぶ。
「まあ、それはさておき、AとBが友人で、その二人の心地よい距離感がCとDにはドライと感じるとか、人によってちがうと思います。また、距離が近づくタイミングも同じでないとうまくいきませんよね。なので、例えば恋愛ゲームのように同一タイミングでイベントを発生させるとか」
「おまえの夏休みはゲーム三昧か」
またヤジがとぶ。
「距離感を数値化してAIに指示を出させるのは将来的には有りだと思います。そうすればお互い不愉快な思いをしないで済むんじゃないでしょうか」
「人間止める時がきたな」
「それって、やまいだれの病める?」
「対人関係のトラブルは距離感の違いが大きいと思います。また距離の詰め方がちがっていたりとか。会社で上司が飲みに誘って、部下が断るとか。すでに信頼関係が成り立っているのに、上司はどういう距離感を望んでいるんでしょう。部下としては、なんとなく重く感じるのはなぜか、先生、ここはひとつ、社会人からご説明いただければ」
夏休みが明けた途端に、学生もだいぶフランクになってきた。時間の経過とともに距離が縮まってきたともいえる。
「社会人とはいえ、アカデミックの世界は少し事情がちがうから参考にならないだろうが。おおかた、上司は仲良くなったと再確認したいんじゃないか。下心もあるだろうし。いろいろ相談してもらえる距離感だったら、多少きついこと言っても、パワハラとか騒がれない、無理して働いてくれるだろうし、いきなり退職することもないだろう。
下心が見え隠れする距離の詰め方だから、部下は気が乗らないんだろうな。下手なことして心証を悪くしたら、その後もめんどうだし」
それからしばらく活発なディスカッションが続いた。さて、そろそろまとめるか。
「距離の置き方は人それぞれだが、これから社会に巣立っていくキミたちに一言。べったり一緒にいる時間が長いから親密とはかぎらない。心と身体の共有度が100%に近ければ近いほど親密というのも幻想だ。双方に認識のずれがあった時の感情の揺れは周知のとおり。
ひとつ振り返ってみて欲しいのは、自分の親密さの距離感のデフォルトはどこか、ということだ。その基準を何の疑問もなく相手に押し付けてないか。だいたいにおいて家族がロールモデルとなる。たいていの親は子供が何を言っても‥‥、叱られることはあっても、愛情をもって包んでくれる。特に男女間では、相手に家族としての濃密さを期待してしまう。一致していればいいが、いやいや、誰もそんな距離感、他人には無理だって。
どういう距離感かよりも、大切なのは友人でも恋人でも、相手の時間を尊重し、雑に扱わないこと。身内ならそれで済むが、他人だと絶縁のきっかけになる。
距離感をはかることに汲汲とするよりもリスペクトが大切だ。リスペクトがあれば、どんな距離感でもお互いに気分がいい。リスペクトは信頼を生む。信頼は人間を結びつける強力なファクターだからな。
相手にリスペクトをもたずにただ一緒にいるだけというのは、仲がいいと勘違いしているだけだ。雑に扱っていることになる。それはいつか自分に跳ね返ってくるぞ」
そう、距離感が違えば、いわゆる『重たい奴』『めんどくさい奴』になる。
「先生。でも迷える子羊は知りたいんですがぁ。距離をつめたり、あけたり、それはどうしたらいいんですか」
「ふ~む、そうだな。何事も経験としかいえないが。さっきのイベントじゃないが、同じ時間を共有すると親密さは増すな。同士というのか、同じ仮想敵に向かったり、同じ目的に向かって切磋琢磨したり。『吊り橋効果』」もそのひとつかな。
男女がケンカして仲が深まる場合は、障害物を協力して排除するからだ。ケンカしてそれっきりも多いがね。せっかく距離が詰まったのに、離れることもある。同士ではなくなったってことかな。
受験、就活、婚活、ミッションコンプリートすればプロジェクト解散だ。また別なプロジェクトが待っている。それは善でも悪でもない。生きることに善も悪もないのと一緒だ。楽しかったね、ありがとうで十分だろう」
そう、楽しかった!ありがとう!
俺たちのプロジェクトは終わっただけだよ。善も悪も裏切りもなかった。そうだよね。ノーラ。
伸は無意識に机をトントンと叩いた。
「な・ほ・」
駅で待ち合わせだ。改札を出ると雄太が手を振って呼びかけてきた。紺と白のボーダーのサマーセーターにベージュのチノパン。トレッキング用の帽子にサングラス。足元はナイキのスニーカー。
やっぱり、かっこいいなぁ。夏の陽射しを受けてピッカピカに輝いていた。
適当な木陰を選び、ピクニックシートをしいた。スーパーで買ったのは総菜と飲み物。
家族連れやカップルが笑いながら通り過ぎていく。遠くの入道雲はもったりとして、夏の到来を高らかに告げていた。
ぽつりぽつりと会話し、食べ終わると雄太がシートに寝ころんだ。帽子を顔にかけたので、表情が見えなくなる。
「菜穂、ここで土下座して謝りたいけど、菜穂が恥ずかしいかな」
はっ、恥ずかしすぎる!
「それは、ちょっと。それに土下座しなくてもいいし」
腕をとられ、菜穂も横になった。手をつながれたまま、
「菜穂、愛している。本当にごめん!許してくれないか」
すがるような視線を向けられ、菜穂は困ってしまう。頼もしいお兄さんは影をひそめ、ひたすら許しを請う。濡れた子犬のような、ミルクを欲しがる仔猫のような様子に、菜穂の手が動いた。
起き上がり、優しく頭をなでながら、ああ、より戻っちゃうのかなぁ。これでいいのかなぁ。わんこ系の顔はずるいよ。
雄太の気持ちは決まっている。菜穂はまだ決めかねている。決めるまでが大変なのだ。でも、この手を振りほどけそうにない。
「好きよ。もう私を泣かさないで」
雄太はぱっと顔を輝かせ、起き上がると人目も気にせず抱きしめてきた。
こ、これはこれで恥ずかしい!
「今すぐ抱きたい。菜穂んち行っていい?」
玄関からお姫様だっこをされながら、ソファに運ばれた。いつになくじっくりと時間をかけ、丁寧に裸にされていく。唇はずっと菜穂をとらえたままだ。ブラをはずしプルンとむき出しになった乳房をまさぐられる。雄太は手早く服を脱ぐと、覆いかぶさってきた。
「ああ、ずっと抱きたかった。菜穂が欲しくてたまらなかった」
舌が首筋から鎖骨を這っていく。触れるそばから皮膚が敏感になっていく。乳首は立ち、吸われるのを待っている。まだエアコンが効き始めてない室内に二人の欲望の匂いが充満し、淫らな動物になったような気分だ。
時々歯をあてながら乳首を舌で転がし、正中線を指がなぞっていく。やがてアンダーヘアをかきわけ、ヴァギナにたどりついた。
「ああ、ん、」
「トロトロに濡れてるね。ああ、嬉しいよ」
ちょっと心配してたんだとつぶやき、指を差し入れてきた。
性器をかきまわされ、菜穂は身体をよじる。腰が勝手に動いてしまう。
「ああ、だめだ。舐めたい」
上ずった声をあげたかと思うと性器がベロンと舐められた。膣口やクリトリスに巧みに舌を使われ、脚がつっぱるように伸びる。
猛ったペニスで貫かれると、それだけでいってしまった。激しい動きに何度もいかされる。雄太の瞳はどこまでも甘く、指の動きは優しい。大切に愛されてると、感じれば感じるほどジワっととめどなく愛液があふれてきた。
仲直りセックスは燃えると聞いていたけど、想像以上だわ。
ベッドで脱力していると雄太が冷蔵庫からミネラルウオーターを持ってきた。口移しで飲ませてくれる。
だらりと顎にこぼれた液体は、丁寧に舐め取られた。
「雄太、えっちぃ」
「そんなことないさ。菜穂のことは食べちゃいたいくらい可愛いんだ」
くったくなく笑う雄太。聞かなければ、このままの甘い時間が過ぎていく。聞きづらい。でも、聞かなかったら、前に進めない。
「でも、浮気したんだよね。淋しいって、わたしじゃダメだったんでしょ」
「ごめん」
雄太はベッドで正座をすると頭をシーツにこすりつけた。
「雄太が後悔してるのはわかってる。わたしが知りたいのは、なぜ他の女性を抱いたのか、ということ」
とはいっても、まともな回答が得られるわけないか。スキがあったとか、魔が差したとか、人肌が恋しかったとか、誘惑されたとか。
「それは、やっぱり、俺が弱かったんだろうな」
「弱かった?」
「俺は社会人で菜穂はまだ学生。甘えていられない。自分を保とうと思えば思うほど空回り。会社に染まっていく自分にいら立っていたのかもしれない」
両腕を頭の後ろで組みため息を吐く。「まあ、何をいっても言い訳だな。言えば言うほど、情けない自分をさらけ出すことになる。少しカッコつけさせてくれないか」
これ以上の追及は追い詰めるだけかもしれない。そうしたところで、いい結果を迎えるとは思えない。大事なのは、この先だから。
「うん、わかった。もう聞かない。でも、他の女の人を抱きたくなる前に、ちゃんとわたしに甘えて」
雄太の顔がクシャッとなった。「俺、ホントバカだよな。菜穂みたいないい子が恋人なのに」
抱き寄せられ、また押し倒された。「愛してる。許してくれてありがとう」
第二ラウンドの鐘が鳴った。
「なんだ、結局、より戻したんだ」
「まあ、そうなんだよね。気持ち的にはまだ喉に小骨がささったみたいなんだけど、それよりも好きっていう気持ちが強くて。プロポーズもされたし。大事にしてくれそうだし」カッコいいし。
「えっプロポーズぅ。はやっ!」
「まあ、このまま順調に行ったらの話で、具体的に決まったわけじゃないの。結婚前提でつきあうってとこかな」
「ウエディングドレス何着る?」
「いやいや、だから先の話」
榛名の瞳がピンクになってきた。
高校を卒業して1年半。生まれてから19年。入学式に感じた、未来への不安。どんな未来が待っているのか。自分は何をしたいのか。
漠然とした、霧の彼方から顔をだしてきたのは、雄太との未来。卒業して、ちょっと働いて、結婚して、共稼ぎで子供を育てて、家族でいろんなとこ行って、定年。
うっすら見えてきた未来だが、どうしてだろう。ワクワクしない。
何でだろう。結婚したくないのかな。当たり前のライフサイクルにトキメキを感じないのは平凡な感じだから?
夏休みが明け、後期授業が始まった。今日のディスカッションのテーマはヒトとの距離感だ。
倫理学は道徳や価値観を追求し、人としての在り方を問い、どのように生きるかを考える学問だ。
「さて、今回は距離感だ」
伸はざっと教室の面々を眺める。眠そうな者、まだ夏休み気分の者。どの顔もひと夏の経験をしたわけだ。中身は問わないが。
菜穂の姿が目に入った。ちょっと大人びたかな。艶のあるストレートヘアを今日はお団子にラフにまとめている。うなじに唇を這わせてみたいものだ。
サラッと視線をはずし、発言者に頷く。
「距離感って目に見えないから、空気が読めない人にとっては、致命的ですよね。数値化できる人がいたらノーベル賞ものじゃないでしょうか」
まじめにやれ!
ヤジがとぶ。
「まあ、それはさておき、AとBが友人で、その二人の心地よい距離感がCとDにはドライと感じるとか、人によってちがうと思います。また、距離が近づくタイミングも同じでないとうまくいきませんよね。なので、例えば恋愛ゲームのように同一タイミングでイベントを発生させるとか」
「おまえの夏休みはゲーム三昧か」
またヤジがとぶ。
「距離感を数値化してAIに指示を出させるのは将来的には有りだと思います。そうすればお互い不愉快な思いをしないで済むんじゃないでしょうか」
「人間止める時がきたな」
「それって、やまいだれの病める?」
「対人関係のトラブルは距離感の違いが大きいと思います。また距離の詰め方がちがっていたりとか。会社で上司が飲みに誘って、部下が断るとか。すでに信頼関係が成り立っているのに、上司はどういう距離感を望んでいるんでしょう。部下としては、なんとなく重く感じるのはなぜか、先生、ここはひとつ、社会人からご説明いただければ」
夏休みが明けた途端に、学生もだいぶフランクになってきた。時間の経過とともに距離が縮まってきたともいえる。
「社会人とはいえ、アカデミックの世界は少し事情がちがうから参考にならないだろうが。おおかた、上司は仲良くなったと再確認したいんじゃないか。下心もあるだろうし。いろいろ相談してもらえる距離感だったら、多少きついこと言っても、パワハラとか騒がれない、無理して働いてくれるだろうし、いきなり退職することもないだろう。
下心が見え隠れする距離の詰め方だから、部下は気が乗らないんだろうな。下手なことして心証を悪くしたら、その後もめんどうだし」
それからしばらく活発なディスカッションが続いた。さて、そろそろまとめるか。
「距離の置き方は人それぞれだが、これから社会に巣立っていくキミたちに一言。べったり一緒にいる時間が長いから親密とはかぎらない。心と身体の共有度が100%に近ければ近いほど親密というのも幻想だ。双方に認識のずれがあった時の感情の揺れは周知のとおり。
ひとつ振り返ってみて欲しいのは、自分の親密さの距離感のデフォルトはどこか、ということだ。その基準を何の疑問もなく相手に押し付けてないか。だいたいにおいて家族がロールモデルとなる。たいていの親は子供が何を言っても‥‥、叱られることはあっても、愛情をもって包んでくれる。特に男女間では、相手に家族としての濃密さを期待してしまう。一致していればいいが、いやいや、誰もそんな距離感、他人には無理だって。
どういう距離感かよりも、大切なのは友人でも恋人でも、相手の時間を尊重し、雑に扱わないこと。身内ならそれで済むが、他人だと絶縁のきっかけになる。
距離感をはかることに汲汲とするよりもリスペクトが大切だ。リスペクトがあれば、どんな距離感でもお互いに気分がいい。リスペクトは信頼を生む。信頼は人間を結びつける強力なファクターだからな。
相手にリスペクトをもたずにただ一緒にいるだけというのは、仲がいいと勘違いしているだけだ。雑に扱っていることになる。それはいつか自分に跳ね返ってくるぞ」
そう、距離感が違えば、いわゆる『重たい奴』『めんどくさい奴』になる。
「先生。でも迷える子羊は知りたいんですがぁ。距離をつめたり、あけたり、それはどうしたらいいんですか」
「ふ~む、そうだな。何事も経験としかいえないが。さっきのイベントじゃないが、同じ時間を共有すると親密さは増すな。同士というのか、同じ仮想敵に向かったり、同じ目的に向かって切磋琢磨したり。『吊り橋効果』」もそのひとつかな。
男女がケンカして仲が深まる場合は、障害物を協力して排除するからだ。ケンカしてそれっきりも多いがね。せっかく距離が詰まったのに、離れることもある。同士ではなくなったってことかな。
受験、就活、婚活、ミッションコンプリートすればプロジェクト解散だ。また別なプロジェクトが待っている。それは善でも悪でもない。生きることに善も悪もないのと一緒だ。楽しかったね、ありがとうで十分だろう」
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