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23(最終話!!)
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「徹くん、大丈夫?顔が真っ青だよ。何か思い出した?」
所長が気遣うようにこちらを見た。徹は目を閉じ、心を落ち着かせようとした。急いで砂時計を取り出し、落ちていく砂を無言で見つめた。
これがある種の精神安定剤になっていることは所長もよく知っている。彼は黙って見守ってくれていた。少しずつ心が凪いで行く。
『この時に淳が生まれたのか』
『もっと前かな。虐待を受けてた頃から』
『後で詳しく聞くから、』
『わかった』
他に目新しい情報はでてこなかった。心配そうな彼と駅の改札で別れ、階段を上りフォームに立った。全身に力が入らない。
電車の中ではずっと淳と会話をしていた。これ以上過去に対峙するのは危険かと思ったが、先ほどのような衝撃は二度と襲ってこなかった。
思ったことは、淳にすべてを押し付けていたということ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。とたんに彼が感じたであろう恐怖、悲しみ、やるせなさが再び意識に入ってきて、徹は涙があふれてきた。
母を探してあてどもなく歩き、あろうことか変質者に拉致され、そこで性的虐待を受けた。ネット検索で症状を調べるうちに、その可能性について考えないではなかったが、あえて避けていた。記憶になければなかったことにできる。
『徹、大丈夫か』
『淳、すまない。そして、ありがとう』
『いいってことよ。俺は徹の親友だぜ。気にするな』
『俺も淳のために何かしたい』
淳はしばらく考え、『はるか』といった。
『遥香?』
淳が照れているようで徹は笑ってしまった。
『あ、笑うなよ』
『好きなんだね』
『ああ、ずっとそばにいたい』
『俺が少しずつ強くなったように、遥香が強くなって、その、変わってしまっても愛し続けられるか』同じことを美央にも訊いてみたい。
『バカなことを聞くな。俺はそんな安っぽい男じゃねえ。おまえこそどうなんだ。美央を好きなんだろう』
徹はハハと声にだして笑ってしまった。道行く人がぎょっとしたように立ち止まった。イヤホンを装着していて助かった。
『俺たちおもしろいな』
『ああ』
『淳が遥香で、俺が美央。一人の女を奪い合うカタチじゃなくて良かったよ』
『確かにな』
淳も笑った。
『子供ができたら、父親がどっちか気になるところだ』
淳は大声で笑いながら、ちがいない、といった。
見上げると、空にはぽっかり満月が浮かんでいた。太陽は元気を、月は安らぎを与えてくれる。月の表面の陰影を見ているだけで心が鎮まってくる。闇夜を照らすほの明るさに包まれ、徹は言い知れぬ安堵を覚えた。
家に帰ると遥香が玄関まで迎えにきてくれた。ハグをしながらキスをした。遥香を抱きしめつつ、美央にもただいまと心の中でいう。
人のぬくもりは暖かく、今日感じた哀しい気分がほどけていくのがわかった。
「徹さん、所長に聞いてきたんでしょ」
部屋でくつろぐと遥香が隣りに座ってきた。思いつめたような眼差しに気圧される。
遥香も一歩踏み出そうとしているのか。
「淳さんのこと」
手を握り、ミネラルウオーターを口に含んだ。先をうながすと、
「わたしは、みんなに、守られている。とても大切に、わたしも守ってあげたいの」
言葉を押し出すように、ひとつひとつをゆっくり吐き出す。
「無理しなくてもいいんだよ」
「ううん、徹さんは過去の出来事に向き合ってきたんでしょ。顔が違って見える」
「ちがって見える?」
「なんていうのか、突き抜けるまでいかないんだけど、何か抜けたような感じ。迷いがないというのか」
「ああ、そうかもね。たぶん、もう頭痛は起きなくなるかな」
「そう。わたしにもできるかしら」
「ホントに無理しなくていいんだよ」
「そうなんだけど。記憶はないけど、このあいだの件で、わたし何があったのか、考えてみたの。この症状のこととか。美央が突然現れてきたのは、たぶん。いえ、絶対そうなんだわ」
徹は遥香を抱きしめ、背中を優しくさすった。
「思い出したい?」
「思い出せないかもしれないけど、何が起こったか知りたい。ううん、知らなきゃいけない気がする。わたしは美央と友達になりたいの」
遥香が毅然といった。
「つらくなったらいつでも止めるから、その時はいってね。俺が知ってることを話すよ」
大橋との件、前の彼との包丁事件を語って聞かせた。また淳から聞いた自分のことも話した。途中から涙を流しながら聞いていた遥香が顔をゆがめて慟哭しはじめた。
「遥香、大丈夫か」
「うん、大丈夫。ただ、美央に申し訳なくて、ごめんなさいとしか言えない。美央はわたしを守ってくれたの。美央に都合の悪いことを押し付けて、許してくれるかしら」
「大丈夫だよ。美央に聞いてごらん。美央は遥香の声が聞こえるんだから、話しかけてごらん。美央の言葉は俺が伝えてあげるし」
「徹さん、ありがとう。やってみるわ」
目を固くつむって真剣な顔をしている遥香を見つめていた。そのうち美央が現れるかもしれない。
「わたしも遥香が大好き!気にしてないっていっといて」
「美央か」
「美央だよ」
照れたように笑う美央が可愛くて、徹は抱きしめた。抱擁をとくと、遥香がいた。
「遥香のこと大好きだって。気にしてないって」
嬉しそうに微笑む遥香を抱きしめ、徹は幸せを嚙みしめていた。ややこしいが自分たちはこれでいい。親友も愛する人もいる。
片手を伸ばして砂時計をひっくり返す。サラサラと時が降り積もる。哀しみも怒りも長くは続かない。同時に喜びも楽しみもつかのかもしれない。でもまた反転する。いろんな思いを乗せて、流れる時を生きていくだけだ。
完
所長が気遣うようにこちらを見た。徹は目を閉じ、心を落ち着かせようとした。急いで砂時計を取り出し、落ちていく砂を無言で見つめた。
これがある種の精神安定剤になっていることは所長もよく知っている。彼は黙って見守ってくれていた。少しずつ心が凪いで行く。
『この時に淳が生まれたのか』
『もっと前かな。虐待を受けてた頃から』
『後で詳しく聞くから、』
『わかった』
他に目新しい情報はでてこなかった。心配そうな彼と駅の改札で別れ、階段を上りフォームに立った。全身に力が入らない。
電車の中ではずっと淳と会話をしていた。これ以上過去に対峙するのは危険かと思ったが、先ほどのような衝撃は二度と襲ってこなかった。
思ったことは、淳にすべてを押し付けていたということ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。とたんに彼が感じたであろう恐怖、悲しみ、やるせなさが再び意識に入ってきて、徹は涙があふれてきた。
母を探してあてどもなく歩き、あろうことか変質者に拉致され、そこで性的虐待を受けた。ネット検索で症状を調べるうちに、その可能性について考えないではなかったが、あえて避けていた。記憶になければなかったことにできる。
『徹、大丈夫か』
『淳、すまない。そして、ありがとう』
『いいってことよ。俺は徹の親友だぜ。気にするな』
『俺も淳のために何かしたい』
淳はしばらく考え、『はるか』といった。
『遥香?』
淳が照れているようで徹は笑ってしまった。
『あ、笑うなよ』
『好きなんだね』
『ああ、ずっとそばにいたい』
『俺が少しずつ強くなったように、遥香が強くなって、その、変わってしまっても愛し続けられるか』同じことを美央にも訊いてみたい。
『バカなことを聞くな。俺はそんな安っぽい男じゃねえ。おまえこそどうなんだ。美央を好きなんだろう』
徹はハハと声にだして笑ってしまった。道行く人がぎょっとしたように立ち止まった。イヤホンを装着していて助かった。
『俺たちおもしろいな』
『ああ』
『淳が遥香で、俺が美央。一人の女を奪い合うカタチじゃなくて良かったよ』
『確かにな』
淳も笑った。
『子供ができたら、父親がどっちか気になるところだ』
淳は大声で笑いながら、ちがいない、といった。
見上げると、空にはぽっかり満月が浮かんでいた。太陽は元気を、月は安らぎを与えてくれる。月の表面の陰影を見ているだけで心が鎮まってくる。闇夜を照らすほの明るさに包まれ、徹は言い知れぬ安堵を覚えた。
家に帰ると遥香が玄関まで迎えにきてくれた。ハグをしながらキスをした。遥香を抱きしめつつ、美央にもただいまと心の中でいう。
人のぬくもりは暖かく、今日感じた哀しい気分がほどけていくのがわかった。
「徹さん、所長に聞いてきたんでしょ」
部屋でくつろぐと遥香が隣りに座ってきた。思いつめたような眼差しに気圧される。
遥香も一歩踏み出そうとしているのか。
「淳さんのこと」
手を握り、ミネラルウオーターを口に含んだ。先をうながすと、
「わたしは、みんなに、守られている。とても大切に、わたしも守ってあげたいの」
言葉を押し出すように、ひとつひとつをゆっくり吐き出す。
「無理しなくてもいいんだよ」
「ううん、徹さんは過去の出来事に向き合ってきたんでしょ。顔が違って見える」
「ちがって見える?」
「なんていうのか、突き抜けるまでいかないんだけど、何か抜けたような感じ。迷いがないというのか」
「ああ、そうかもね。たぶん、もう頭痛は起きなくなるかな」
「そう。わたしにもできるかしら」
「ホントに無理しなくていいんだよ」
「そうなんだけど。記憶はないけど、このあいだの件で、わたし何があったのか、考えてみたの。この症状のこととか。美央が突然現れてきたのは、たぶん。いえ、絶対そうなんだわ」
徹は遥香を抱きしめ、背中を優しくさすった。
「思い出したい?」
「思い出せないかもしれないけど、何が起こったか知りたい。ううん、知らなきゃいけない気がする。わたしは美央と友達になりたいの」
遥香が毅然といった。
「つらくなったらいつでも止めるから、その時はいってね。俺が知ってることを話すよ」
大橋との件、前の彼との包丁事件を語って聞かせた。また淳から聞いた自分のことも話した。途中から涙を流しながら聞いていた遥香が顔をゆがめて慟哭しはじめた。
「遥香、大丈夫か」
「うん、大丈夫。ただ、美央に申し訳なくて、ごめんなさいとしか言えない。美央はわたしを守ってくれたの。美央に都合の悪いことを押し付けて、許してくれるかしら」
「大丈夫だよ。美央に聞いてごらん。美央は遥香の声が聞こえるんだから、話しかけてごらん。美央の言葉は俺が伝えてあげるし」
「徹さん、ありがとう。やってみるわ」
目を固くつむって真剣な顔をしている遥香を見つめていた。そのうち美央が現れるかもしれない。
「わたしも遥香が大好き!気にしてないっていっといて」
「美央か」
「美央だよ」
照れたように笑う美央が可愛くて、徹は抱きしめた。抱擁をとくと、遥香がいた。
「遥香のこと大好きだって。気にしてないって」
嬉しそうに微笑む遥香を抱きしめ、徹は幸せを嚙みしめていた。ややこしいが自分たちはこれでいい。親友も愛する人もいる。
片手を伸ばして砂時計をひっくり返す。サラサラと時が降り積もる。哀しみも怒りも長くは続かない。同時に喜びも楽しみもつかのかもしれない。でもまた反転する。いろんな思いを乗せて、流れる時を生きていくだけだ。
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