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 霞がかかった薄曇りに月がでていた。月齢は13夜。もうすぐ満月だ。美央は上機嫌で桜を眺める。
 いつも一人ぼっち。遥香は自分の存在を知らない。遥香だけでない。美央として会っていても周りは遥香だと思ってる。誰も美央を知らない。誰にも認知されなければ『ない』と同じ。
 クスッと笑う。遥香の方がよほど世界が広いのに、同じことを思っているよな。贅沢だよなぁ。

 遥香に迷惑をかけたくなくて、人間関係は作ってない。閉ざされた闇のような空間で、こうして時々息抜きのために夜の街に出かける。三日月の夜は淋しすぎて勝手に涙がでてきた。だから満月の夜が多い。太陽よりも月の方が自分に合っている。

 またクスリと笑う。遥香も太陽が似合わないな。影に身をひそめ、小動物のようにじっとうずくまっている。部屋の掃除をしている時が一番イキイキしている。
 自分も遥香も誰かに見つけてもらいたくて、声を殺して泣いている。

 ある日男に声をかけられ、ついていった。20代後半くらいのシワのよったスーツを着た男だ。全体的にくたびれて覇気を感じさせない。
 素性の知れない男に不安もあったが、淋しさが上回った。居酒屋に行ってたわいのない話をして、自然な流れでホテルに入った。

 シャワーを先に浴びてベッドで待っていると、タオルを腰に巻いた男がすぐやってきた。そのまま押し倒されセックスが始まった。
 肌を吸われ、全身の愛撫を受けると、淋しさがまぎれていった。

 今、この瞬間は求められている。必要とされている。

 性欲でギラついた目が自分を見ている。偽名を使ったが、その名前で呼ばれると、承認されたようで嬉しかった。性器が挿入され、息遣いが荒くなった男は別の女の名前を口走った。

 ちがう。それは自分じゃない!

 哀しかった。だが、この男も好きな女と繋がれないから自分を抱いているのだ。そう思ったら、哀れになった。

「ごめんね」
 男は後で謝ってきた。先週婚約破棄されたんだ。男が泣きながら、いかに愛していたか語り始めた。

 ああ、セックスが終わったら、自分はなくなってしまった。この男は自分を見ていない。そばにいるのに一人ぼっちになってしまった。

 人とのつながりとは何だろう。遥香は群衆の中で孤独を感じているようだ。自分はたった一人の世界で一人きりだが、どっちもどっちなのではないか?
 だが、男に抱かれている間は何もかも忘れることができた。それは中毒のように美央をセックスへと駆り立てていった。


 美央が顔をあげた。まるでそこに桜があるかのように。
「桜かぁ。いいね。今度見に行こう。遥香に言っておこう。声かけてくる男いた?心配だな。美央みたいなステキな女の子、男がほっておくわけがない」
「いっぱいいたよ。うん、でも、気に入った男としか、しなかった」

 やはり、野放しにはできない。それに今自分は美央に夢中だ。あけすけに話す美央はこちらが気取らなくても何でも話せる。相手が構えなければこちらもリラックスできる。失いたくない。彼女が喜ぶ顔を見ていたい。

「桜は来年の春までお預けだけど、どっか、二人ででかけようか」
「うん、それいいね。今、季節はどうなってんの?」
「今は9月の中頃。残暑が厳しいけど、朝夕はだいぶ涼しくなってきた」

 二人でそれから行く場所をネットで調べた。地方で行われる祭りが、いくつか候補にあがった。
「遥香にはなんて言おうか」
「それは、淳に任せよう。美央がどうしても行きたいって言えばいいよ。一泊して、翌日は淳と遥香にすればいいし。わたしは徹と旅行に行けるなら、短くてもいい」
 心の底から嬉しそうな美央の顔に、徹も破顔した。


「今度、徹と旅行に行くことになったよ」
「ああ、翌日は俺と遥香だろ。徹は美央に夢中だな」
「そういう淳だって。遥香をあんなにエロくしちゃって」
 お互いに顔を見合わせクスクス笑う。
「褒めてくれていいぜ。徹も喜んでただろう。あの録画には驚いたな。俺たちかと思ったぜ」
「最近の徹はすごいよ。いろんなことしてくるの。盛りがついたみたい」
 淳は、あははと笑い、「遥香もだ」

 淳の唇が肩から脇腹へと下りてくる。指は秘芯をとらえ中をかき混ぜていく。トロトロになった性器は狂おしいほどに淳を求め始めた。

「ああ、淳。あんたってすごい。早く挿れてよぅ。奧まで早く突いて」
「こうか?」
 ペニスで深々と刺し貫いた淳がいう。
「ああん、淳、愛してる」
「美央、俺もだ。これで俺たちずっと消されないな」
「うん、ずっと一緒にいられるね」
 クライマックスを控え、美央がしがみついてきた。その腰をがっちりつかみ淳は渾身の力を振り絞っていた。

 美央のことも好きだが、遥香が性的に淫らになっていく過程を見ていると何ともいえない気分になる。娼婦のようにあえぎ、聖女のように微笑む。その二重性に淳の男としての本能がしびれ、興奮を抑えられない。淫らなばかりでは単調になる。自分が調教したと思うと嬉しさはこみあがるばかりだ。征服欲とはこういうことなのだろうか。


 徹がレンタカーを借り、助手席に美央を座らせた。遥香の持っている服の中で一番華やかなのを選んだようだ。白いシャツにグリーンのロングフレアスカート。

「ホントはもっと派手なのがいいんだけど。地味好きなんだよねぇ。いったいどこで買ってるんだろう」
「買ってあげようか?途中でどこか寄ろう」
「わお、遥香が驚くね」

 美央に似合う服を着せてやりたい。戸惑うだろうが、最近の遥香なら、自分では買えないだけで、案外気に入るかもしれない。

「俺はファッションのことがよくわからないから、美央の行きたい店に連れてってくれ」
「ギャルっぽいのがいいんだけど、さすがにねぇ。でもミニスカくらいははきたいな」
「原宿にでも行くか。宿には夕方までに着けばいいし」

 土曜日の原宿は若者で賑わい、徹は場違いな感じがして気後れしたが、美央は満面の笑みであれこれ夢中になって店をのぞいている。

 お目当ての物が見つかったのはラフォーレの中のショップだった。ギャルとOLファッションを足して割ったような、上品な素材にキレのあるデザイン。ノースリーブで胸元はざっくり開き、ウエストから腰にかけてのラインがセクシーなワンピースだった。丈もひざ上で美央はご満悦。薄手のサマーウールのカーディガンもセットになっていたのでそれも買う。ついでにサンダルも買った。色はウオーターブルー。

「下着も買っちゃう?」
 徹は美央の耳に口を寄せ、「俺のためにか?遥香のためか?」
「絶対遥香が買わないようなやつにしよう。色は?」
「任せる」

 徹もうきうきした気分で美央を下着売り場まで送った。終わるまでメンズ服を見る。
 せっかく原宿まできたし、自分も一式買うか。今日は生成りのチノパンと何年も前に買ったポロシャツだ。裾や袖口がじゃっかん緩くなっている。淳とちがって、老けて見えるかもしれない。ズンと心が重くなる。彼は今寝ているのだろうか。

 ご機嫌の顔でやってきた美央に、服を選んでもらうことにした。短めの細身のチノパンツにグレンチェックのシャツ。美央がスッと手を伸ばし、髪をくちゃくちゃにした。

「うん、これでよし」
 鏡には淳が映っていた。格好よくなったが、やはり美央は淳がタイプなのだろうか。徹は一気にテンションが下がったが、試着ルームで美央にサッと股間をなでられ、我ながら単純だと思うくらいテンションがあがってしまった。
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