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 遥香は会社に休職届を提出し、引っ越しの準備をした。徹の持ち物とかぶる家具は処分したが、お気に入りのベッドだけは持っていくことにした。荷物は少なく、チャーターした軽トラックにすべて積み込んでもまだ余裕があるくらいだった。引っ越し当日は梅雨にもかかわらず晴天に恵まれた。

「俺たちの前途を祝しているようだね」

 空っぽな部屋を見回していると、徹がはにかみながら言った。Tシャツの首元にタオルを巻き、汗をかきながらこちらを見ている。嬉しいようなこそばゆいような、胸がドクンと鳴る。

「はい、そう思います。引っ越しを手伝ってくれてありがとうございます」

 遥香のためなら、何でもやるさ、といって唇を求めてきた。お互いの舌の感触をたっぷり味わい、
「さて、出発するか」

 その夜、徹は遥香を抱いた。手を握れば、肌のぬくもりが欲しくなる。指で触れればすべてに触りたくなる。唇が重なれば舌を吸いたくなる。唾液が交じり合えば、性器の粘膜が呼応するかのように反応してくる。身体はもっともっととせっついてくる。『欲しい』とはこういうことなのだろうか。

 ペニスを握らせ徹は味わうように乳首に吸い付いた。遥香の喘ぎ声は小さく、目を閉じた顔の眉間にはシワが寄っている。感じてるか不安になり、ヴァギナに手を伸ばした。
 濡れている膣口は待ってたかのように指をくわえ、動かせば濡れた愛液でくちゅくちゅと音がした。

 淳と美央がセックスしていれば意思にかかわらず身体は反応するだろう。お互い熟知した肉体は条件反射のように響きあう。最初に遥香を見つけたのは自分だ。それがどうしてこうなったのか。
 
 セックスへの渇きが淳を呼び出したのだろうか。だとしたら遥香の渇きが美央を呼び出したのだろうか。考え出すとキリがない。考えたところで情動のみに支配され、焦燥感は増すばかりだ。不安になると繋がりたくなる。早く、早く、ピッタリと身体を重ねて安心したい。

「声を我慢しなくていいよ」
「えっ、いや。恥ずかしいから」
「遥香の声を聞きたい」

 膣内のヒダを指でとらえながら、舌で花びらを舐めまわすと、中がひくついてきた。脱力したような脚を抱え挿入すると、興奮した喘ぎ声が耳をついた。
 最初はゆったりと、次第にテンポを速め、遥香の全身がわななくのを堪能した。
 
 淳は美央をどう抱くのだろう。美央も包括している遥香は自分とのセックスを愉しめているのか。不安がまた押し寄せ、徹はさらにピッチを速めた。性器のみが司令塔になり意識はすべて射精にもってかれていく。やがて、震えるような感覚の後に脳天を突き抜けるような快感が訪れた。

 終わると抱き寄せた。分離不安じゃないかと思うくらいひと時も離れたくなかった。ライナスの毛布のように手放せない。柔らかく弾力のあるゴムボールのような乳房をもみしだき、遥香の額にキスをした。
 うっすらと目を開けた遥香は幼子のように頼りなげで守ってやりたくなる。守って守られて‥‥。共依存でもかまわない。日常と精神を安定させるためには互いが必要なのだ。

 生活は少しずつ落ち着いてきた。遥香はかいがいしく世話を焼き、新婚のような甘い時間を過ごしている。お互い記憶がなくなる夜は淳と美央が顔をだしているのだろう。

 ある日徹は遥香に提案した。
「俺たちは淳と美央とのコミュニケーション手段がない。一度話をしてみたいと思わないか。俺らの声は聞こえてるんだろうけど、何か聞いても答えが返ってこないからどうにも手ごたえがない」
「話してどうするの?」
「ルールを決めたいんだ。急に顔をだされても困るだろう。今のところ昼間は現れないことがわかったけど、何かの拍子に入れ替わったら、仕事どころじゃなくなるし、向こうの考え方も知りたい。記憶がない間の引継ぎとかもしておきたいし」

 遥香は納得したように大きく頷いた。
「どうやるの?」
「とりあえず交換日記かな?スマホとかパソコンはあまりいじられたくないんだよね」
「そうね。それにどんな文字を書くのか興味もある」
 二人でノートに要望をいくつか書いた。最後に、返事もここに書くようにと。


「ねえ、淳。遥香たちこんなこと書いてるよ」
「ああ、几帳面な奴らだ。何でもかんでも決めればいいと思ってる」
「わたし、ひとつ心配があるんだけど」
「なに?」
「人格統合だよ。遥香たちがそういう方向に向かったら、ねえ、わたし達消えちゃうの?いやだな、それ」
「どうだろう。共存のままがいいが、統合しようとするなら、こっちが乗っ取るかだな」
「乗っ取るのはメンドクサイな。生きてくのって、雑用が多くない?」
「キレイ好きの遥香の反動か?美央らしいな」
「淳だってそうでしょ。わたし淳と離れたくないわ。そのためにもルールづくりはいいかもね。そうすれば共存の道を選んでくれるんじゃない」
「今いいこと思いついた。うん、俺天才かも!」

 淳はノートに文字を書きなぐっていく。
 ―俺たちの返事はスマホに録画しておくから、それを見てね♡―

「よし、これでいい。さあ、始めるぞ」
 淳はテーブルに置いたスマホの位置を決めると、録画ボタンを押した。

「交換日記なんてダセーことやってらんないから、録画しとくよ。ルールは了解。もし急に顔を出すことがあったとしても、迷惑はかけないようにする。引継ぎもOK。基本的に俺たちはセックスしてれば満たされるから、あんまり心配しなくてもいい。ああ、だがそうだな。たまに外で美央とデートをしたくなるかも。その時は事前に言っておくから。よろしく頼む」

 両手を淳の首に回していた美央がカメラを向いた。
「遥香に注文。もっとさぁ、オシャレしてよ。こんな地味じゃ、恥ずかしくて外も歩けないわ。って、歩いてたけど」
「今日はそんなものかな。じゃあ、これからセックスするから見ててね。徹も遥香を楽しませてやれよ。言っとくが、これはお前たちの欲望でもあるんだぜ」

 二人は服を脱ぎ、ベッドでからみはじめた。
 翌朝目覚めた徹は舌打ちした。勝手にスマホをいじってやがる。

「向こうの返事は、夜にでも一緒に見よう」

 玄関で徹は遥香にキスをしながらいった。電車に乗ってる時に録画を再生したい誘惑にかられたが、我慢した。どんな動画を撮ったのか想像もつかない。昼休みに近くの店で調達した弁当を抱え、児童公園に行った。平日の昼間は人が少ない。幼児を連れたママたちはお昼に戻っている頃合いだ。

 イヤホンをセットし再生ボタンを押す。協力的な返事にひとまず安堵する。
 続く『これからセックスするから見ててね』で喉がゴクリと鳴る。ペットボトルのお茶を飲み、一息ついた。やはり電車で再生しなかったのは賢明だった。

 淳の指や舌が美央の全身をくまなく探索し、なまめかしい喘ぎ声が徹を刺激する。AVなみに大胆なポーズやささやき声に赤面してしまう。そして勃起した。太ももの上で弁当を広げているから、気づく者はいないはずなのに、不自然に周囲を伺ってしまう。

 ベッドで乱れまくる美央に時々サディスティックにふるまう淳。時には美央が積極的にいたぶり、セクシーなうめき声をあげる淳。頭の中の遥香との落差にとまどいを隠せない。自分の放埓ぶりも恥ずかしくて直視できない。フィニッシュ時の叫び声と激しい息遣いに、徹のペニスははちきれんばかりになった。

 やばい。トイレでしごいていかないと仕事にならない。失念してたが、今日の交換日記にはきちんとコンドームを使うよう伝えなくては。前回注意喚起したにもかかわらず、淳は平気で膣外射精をしているようだ。

 これを遥香に見せていいものだろうか。ショックを受けないだろうか。しかし、隠すことでよけいな心配をかけるくらいだったら、見せるべきだ。淳と美央。徹と遥香。それぞれがセックスしているだけなのだ。行為中鏡を見ていたとか、自分たちの営みを録画したとか、そう思い込めばいいわけだ。
 平静を装って分析してみるが、衝撃を受けたのも事実だ。淳の言葉に胸を抉られた。

『これはお前たちの欲望でもあるんだぜ』
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