食事はひとりで、もしくは君と

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18. おでかけパン巡り

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 デリバリー企画の進捗ミーティングは淡々と進んだ。正式なリリースは来年の三月、しかしその前にお試し版を十月オープンにすると決まった。

「スケジュール、システム的に問題ないですか?」
「問題ありません。あ、でもテーマカラーとかは早めに決めてほしいです。UIのデザイン始めるのに必要なので」
「宣伝課、いかがでしょう」
「いま検討しているwebのデザインがこちらなので――」

 活発に議論が進んでいく。

「では次に、現在の掲載契約数、どうでしょうか」

 リーダーが水を向けて、全員の視線が根本に注がれる。パソコンの画面を見つめたまま、根本は「契約数は先週と変わっていません」と数値を共有した。

「全営業に共有して、更なる契約獲得に向けた施策を検討中です」
「なるほど……たしかにちょっと伸び悩んでますね」

 宣伝課の呟きに、根本はじろりを目を動かした。

「昨今、世の中的にデリバリーの需要は頭打ちとなってます。必然的に店舗数も伸び悩んでいる。企画の段階で再三、指摘してきたことですが?」
「いや、別に責めてるわけじゃ……」
「まあまあ」
 慌てたリーダーが割って入る。
「いまのスケジュールだと、お試し開始の十月までに、ある程度の掲載数が揃っている必要があります。難しいならリスケしたほうがいいでしょうね。幸い、まだ本企画の情報は公開されてません。必要なら、プレスリリース時期をずらして……」
「必要ありません」
 根本はすげなく断った。誰もが心配の目を向けていたけど、それ以上口を開かずむっつり黙り込んでしまった彼に、「無理だろう」と言える人間はいなかった。

 その日の定時間際、帰宅に向けて身辺を整理していると、向かい側の武藤さんから呼ばれた。立ち上がると、彼女に話しかけていたらしい根本が、痛んだサンマの肝を飲み込んでしまったような顔を向けてくる。

「丸さん、新規事業の件でちょっと相談なんですけど」

 話をまとめるとこうだ。根本の見つけてきたとあるデリバリーチェーンの店が、システムの一部の仕様を変更すれば、掲載料を支払ってもいいと言っている。まとめて契約を取れれば結構な数で、営業としては多少コストを掛けても改修をして、契約につなげたい。

「一応、既存のこれを応用すれば、割とすぐできるんじゃないかなって思ってるんですけど、私じゃちょっとわからなくって」
「まあ、原理的にはできそうですね。いつまでですか?」

 武藤さんは根本を見た。根本は「来週」と言った。

「無理ですね」
「ほら、こいつに頼んだって無駄だったでしょう」

 親指でこちらを指して、根本は呆れたような、勝ち誇ったような顔をした。腹が立たないといえばウソになるが、それよりももっと重要なことがあったので、いったん脇に置く。

「でも、もう一週間、時間もらえれば、なんとか」
「……え?」
「どうする?」

 まんまるに見開かれた目をのぞき込む。「ほら、言ったでしょ」と武藤さんは嬉しそうだ。

「システムメンバーで一番このシステム分かってるのは丸さんなんです。これがうちの最速ですよ。あとは、営業の腕の見せ所じゃないですか」

 二の句が継げない根本から離れ、佑は荷物をまとめてカバンを背負った。

「方針が決まったら、連絡ください」

 軽く頭を下げ背中を向ける。さて、どう出るか。エレベータを待っていると、根本が追いかけてきた。肩で息をしながら、何か言いたそうにこちらを睨みつける。

「何?」
「……なんで助けた」

 驚いた。どうやら根本は、さっきの出来事を「助けられた」と解釈しているらしい。

「別に助けてない。事実を言ったまでだけど。納期が問題なければ引き受けるってだけ。仕事なんだし」

 ポン、とエレベータが到着し、これ幸いと乗り込む。扉が閉まる直前に見た根本は、それこそ鳩が豆鉄砲を食らったような、ひどくマヌケな顔をしていた。



 その週の休日、普段乗らない環状線に乗った。途中で私鉄に乗り換えて四十分。駅前に降り立つと、ロータリーに停めたコンパクトカーの前でサキが待っていた。白いTシャツから伸びるすんなりとした腕に、なぜか見てはいけないものを見たような気がして、目を逸らす。

「車、どうしたの?」
「借りた。バスでも行けるみたいだけど、車のほうが小回り利くから。久しぶりに運転もしたかったし」

 助手席に座る。ぎゅっとシートベルトを締めると、硬い、借り物の車の匂いがした。

「運転できたんだ」
「地元じゃ、みんな子どものころから乗り回してるからね」

 まじまじと運転席を見る。右手をハンドルの上部に置いて、サキは遠くに投げやった視線をちらっと寄越した。

「冗談だよ?」
「冗談に聴こえないんだけど」
「さあて、どっちでしょう」
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