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34. 水岡、嵌る
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最寄り駅の改札を抜けたころには、もう夜の八時を回っていた。
生放送が終わり、反省会の後、打ち上げにも顔を出した。見学に来ていたはずの担当者に陽のことを聞き出そうと思っていたけれど、下心がよくなかったのか、詳しい話を聞く前にどこかに呼び出され消えてしまった。
代わりに演者の芸人とMCに捕まって、最初は面倒くさいなと思ったけれど、さすが会話を仕事としているだけあって、ウーロン茶がなくなるころには私生活の習慣なんかを暴露し合っていた。
――そんなら毎日十時に寝てるんすか。
――十時ったらバラエティのエンジンがようやく温まってきたころじゃないですか。
――いやそれはエンジンが遅すぎ。
思い出し、ふっと笑った口元から白い息が流れて消える。
クリスマスを間近に控えた駅前は普段よりもきらびやかで、週末ということもあって賑わっていた。あんまり強い明暗のコントラストは苦手だけれど、砂金をまぶしたような繊細なイルミネーションは、ライトアップに興味のない水岡の目にも好ましく映った。
打ち上げで腹も満たされたので、スーパーもドラッグストアも寄らずに帰路につく。改札から続くペデストリアンデッキに出たとたん、つめたい風が頬を打って思わず目を閉じ、そして開くと真っ暗になっていた。
束の間、一気に目が悪くなったのかと背筋が寒くなった。けどすぐに冷静になる。だってこんなの、前にもあったし。
雷もない日の停電。立ち尽くす自分を追い越していく何人もの人影。
声を掛けてくれた人はもういない。
でも今は片手が空いている。トートバックからペンライトを取り出したとき、後ろから声を掛けられた。
「大丈夫ですか?」
幻聴かと思った。
振り返ったはずみでペンライトが転がり落ちる。
ころころ転がった先で、誰かが捕まえてくれた。拾い上げる指先も、腕の角度も、顔も見えない。なのになぜ自分は、こんなにも緊張しているのだろう。
落とし物を拾った男は、けれどなかなか返してくれない。
「……新しく買ったって、言ってたじゃないですか」
その言葉を待っていたかのように、ふわっとあたりが明るくなった。
足元から立ち昇るオレンジの光。
夕焼けを塗っていくみたいに、それはするすると地面をすべっては、一帯を金色の草原に変えていく。わあ、と歓声が上がった。通りすがる人たちが歩みを止める。
急な明るさに目がついていかない。ぎゅ、と何度かまばたきをして、ようやく慣れてきた瞳に映ったのは、無数の光の粒だった。浮島みたいに点在する花壇、その中央に旗のように差し置かれた電光掲示板へと、橙の光が浮かんでは消えていく。視界の端にその光景を捉えながら、けれど水岡は、目の前の人影から目を逸らせなかった。
「新しく買いましたよ」
「でもこれ、すっごく見覚えあるんすけど」
「前のはすぐに壊れたから」
「えっ」
「だから新しく買ったんです。それは、別物」
スイッチが入れられる。乾電池一本から生み出される、新しい制服みたいな真っ白な光が、イルミネーションの上に重なる。
「まったく同じの、買いに行ったの?」
「百均って便利ですね」
カチ、とスイッチが切れた。けれど、辺りをやさしく照らす証明が、水岡の目に光景を届けてくれる。
「……水岡さんって、案外、っていうか結構、萌えキャラだよね」
陽は困ったような顔で、わずかに首を傾けた。まったく意味がわからない。
「あなたこそ、なにしてるんですか?」
「復讐」
「は?」
「いや、ちがうな。待ち伏せ?」
いずれにせよ物騒すぎる。率直な感想が表情に出ていたのか、陽はすぐに「冗談だよ」と笑った。
「香泉堂さんのイベントの運営のお手伝い。人件費削減で、社員も総出なの」
言われてみれば、企画書に書いてあったかもしれない。冬至の日、駅前でのプロジェクションマッピング。
「こんなイベントでしたっけ?」
話を長引かせる気はないのに、つい訊ねてしまった。たしか、企画段階では「夢海原」の名前にかけて、天幕に青い海の映像を投影すると書いてあったような。ほかにもヒーリングミュージックの生演奏とか、ハーブティーのケータリングとかを目玉にするとあった気がする。
「色々あって、没になったんです。リアルイベントはひかえめにして、代わりにアプリで」
「アプリ?」
「あれ」
指さされた先の電光掲示板に、控えめな案内が浮かび上がる。『落ち星のキャンドルナイト』
「今日限定の専用アプリ。ダウンロードして開くと、ちいさな星がひとつもらえるんです。そのまま画面を触らずにいると、少しずつ、錯覚かなってくらいの速度で増えていく。これならリラックス効果もありそうだし、寝る前までだらだらスマホいじらなくなるだろうって」
ポケットから取り出したスマホの画面を見せてくれる。暗闇の中央に、ふわふわと小さな綿毛みたいな光が浮かんでいる。
「三時間後にはランダムで星座が完成して、それが自動で記録されます。その画像をSNSにハッシュタグ付きで投稿すると、抽選で『夢海原』が当たる」
「よくできてますね」
「これ、須永が作ったんですよ」
「は?」
部外者の水岡にもわかるほどこじれていた後輩の名前を、急に出されて混乱する。あんなに悩んでいたのに、もう仲直りしたってことだろうか。やっぱり不思議な人だ。
「水岡さんのおかげです」
「なにが?」
「分業の話。得意なことを任せてみたら、すごくうまくいった。俺も、楽しかった」
屈託なく微笑む陽に、はっきりと戸惑う。
だって実際に行動したのは陽なのだから、自分のおかげと言われたって胸を張れない。
だいたい、自分は確か、この人を手ひどく突き放したような気がするのだけれど。
「もうなんなんですか、あなたは」
「なにが」
「きついこと言っても平然と寄ってくるし」
「だって水岡さんおもしろいんだもん」
メンタルが鉄鉱石とかでできてるんだろうか。
「こまる」
「なんで?」
「眠れなくなる」
生放送が終わり、反省会の後、打ち上げにも顔を出した。見学に来ていたはずの担当者に陽のことを聞き出そうと思っていたけれど、下心がよくなかったのか、詳しい話を聞く前にどこかに呼び出され消えてしまった。
代わりに演者の芸人とMCに捕まって、最初は面倒くさいなと思ったけれど、さすが会話を仕事としているだけあって、ウーロン茶がなくなるころには私生活の習慣なんかを暴露し合っていた。
――そんなら毎日十時に寝てるんすか。
――十時ったらバラエティのエンジンがようやく温まってきたころじゃないですか。
――いやそれはエンジンが遅すぎ。
思い出し、ふっと笑った口元から白い息が流れて消える。
クリスマスを間近に控えた駅前は普段よりもきらびやかで、週末ということもあって賑わっていた。あんまり強い明暗のコントラストは苦手だけれど、砂金をまぶしたような繊細なイルミネーションは、ライトアップに興味のない水岡の目にも好ましく映った。
打ち上げで腹も満たされたので、スーパーもドラッグストアも寄らずに帰路につく。改札から続くペデストリアンデッキに出たとたん、つめたい風が頬を打って思わず目を閉じ、そして開くと真っ暗になっていた。
束の間、一気に目が悪くなったのかと背筋が寒くなった。けどすぐに冷静になる。だってこんなの、前にもあったし。
雷もない日の停電。立ち尽くす自分を追い越していく何人もの人影。
声を掛けてくれた人はもういない。
でも今は片手が空いている。トートバックからペンライトを取り出したとき、後ろから声を掛けられた。
「大丈夫ですか?」
幻聴かと思った。
振り返ったはずみでペンライトが転がり落ちる。
ころころ転がった先で、誰かが捕まえてくれた。拾い上げる指先も、腕の角度も、顔も見えない。なのになぜ自分は、こんなにも緊張しているのだろう。
落とし物を拾った男は、けれどなかなか返してくれない。
「……新しく買ったって、言ってたじゃないですか」
その言葉を待っていたかのように、ふわっとあたりが明るくなった。
足元から立ち昇るオレンジの光。
夕焼けを塗っていくみたいに、それはするすると地面をすべっては、一帯を金色の草原に変えていく。わあ、と歓声が上がった。通りすがる人たちが歩みを止める。
急な明るさに目がついていかない。ぎゅ、と何度かまばたきをして、ようやく慣れてきた瞳に映ったのは、無数の光の粒だった。浮島みたいに点在する花壇、その中央に旗のように差し置かれた電光掲示板へと、橙の光が浮かんでは消えていく。視界の端にその光景を捉えながら、けれど水岡は、目の前の人影から目を逸らせなかった。
「新しく買いましたよ」
「でもこれ、すっごく見覚えあるんすけど」
「前のはすぐに壊れたから」
「えっ」
「だから新しく買ったんです。それは、別物」
スイッチが入れられる。乾電池一本から生み出される、新しい制服みたいな真っ白な光が、イルミネーションの上に重なる。
「まったく同じの、買いに行ったの?」
「百均って便利ですね」
カチ、とスイッチが切れた。けれど、辺りをやさしく照らす証明が、水岡の目に光景を届けてくれる。
「……水岡さんって、案外、っていうか結構、萌えキャラだよね」
陽は困ったような顔で、わずかに首を傾けた。まったく意味がわからない。
「あなたこそ、なにしてるんですか?」
「復讐」
「は?」
「いや、ちがうな。待ち伏せ?」
いずれにせよ物騒すぎる。率直な感想が表情に出ていたのか、陽はすぐに「冗談だよ」と笑った。
「香泉堂さんのイベントの運営のお手伝い。人件費削減で、社員も総出なの」
言われてみれば、企画書に書いてあったかもしれない。冬至の日、駅前でのプロジェクションマッピング。
「こんなイベントでしたっけ?」
話を長引かせる気はないのに、つい訊ねてしまった。たしか、企画段階では「夢海原」の名前にかけて、天幕に青い海の映像を投影すると書いてあったような。ほかにもヒーリングミュージックの生演奏とか、ハーブティーのケータリングとかを目玉にするとあった気がする。
「色々あって、没になったんです。リアルイベントはひかえめにして、代わりにアプリで」
「アプリ?」
「あれ」
指さされた先の電光掲示板に、控えめな案内が浮かび上がる。『落ち星のキャンドルナイト』
「今日限定の専用アプリ。ダウンロードして開くと、ちいさな星がひとつもらえるんです。そのまま画面を触らずにいると、少しずつ、錯覚かなってくらいの速度で増えていく。これならリラックス効果もありそうだし、寝る前までだらだらスマホいじらなくなるだろうって」
ポケットから取り出したスマホの画面を見せてくれる。暗闇の中央に、ふわふわと小さな綿毛みたいな光が浮かんでいる。
「三時間後にはランダムで星座が完成して、それが自動で記録されます。その画像をSNSにハッシュタグ付きで投稿すると、抽選で『夢海原』が当たる」
「よくできてますね」
「これ、須永が作ったんですよ」
「は?」
部外者の水岡にもわかるほどこじれていた後輩の名前を、急に出されて混乱する。あんなに悩んでいたのに、もう仲直りしたってことだろうか。やっぱり不思議な人だ。
「水岡さんのおかげです」
「なにが?」
「分業の話。得意なことを任せてみたら、すごくうまくいった。俺も、楽しかった」
屈託なく微笑む陽に、はっきりと戸惑う。
だって実際に行動したのは陽なのだから、自分のおかげと言われたって胸を張れない。
だいたい、自分は確か、この人を手ひどく突き放したような気がするのだけれど。
「もうなんなんですか、あなたは」
「なにが」
「きついこと言っても平然と寄ってくるし」
「だって水岡さんおもしろいんだもん」
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