眠たい眠たい、眠たい夜は

nwn

文字の大きさ
上 下
32 / 38

32.水岡、出演する

しおりを挟む
 含み笑いをして、彼女は魔法みたいに皿を取り出すと、鍋から煮物を取り分ける。シーツをひろげるときみたいに、ぶわっと湯気がふくらんだ。
 手羽元と大根の煮物、カボチャのそぼろあんかけ、玄米を半分混ぜ込んだご飯にワカメと油揚げの味噌汁。

「冬至が近いですからね」

 芳がいるときだけ使われるランチョンマットを向かい合わせに並べる。

「たくさん作ってありますから、気が向いたら食べてください」

 水岡の顔色に気づいていないわけがないのに、親でも姉でもない彼女は訊いてこない。その隔たれた気遣いに救われる。
 テレビのない食卓を囲んで、芳は水回り関連のストック状況を報告し、水岡はぽつぽつと近況を語った。
 すべての皿を空にして、洗い物を引き受ける水岡のとなりで、芳は粗熱が取れた作り置きのタッパーを冷蔵庫に入れ、代わりに白い箱を取り出した。

「芳さん、今度は何買ってきたんです?」

 手を拭きながら振り返ると、この半年でずいぶん馴染みになってしまった和菓子屋の包装が目に入る。

「冬季限定の新作が出ていたので、つい」
「好きですね」
「だって美味しいんですもの」

 デザートにしましょう、芳はうれしそうにやかんに水を入れる。

「先月のきんつばも、その前のおはぎもおいしかったけれど、やっぱり最初の水ようかんの衝撃が忘れられませんねえ」
「そうですか?」
「志月さんもおいしそうに食べていたじゃないですか」
「別に普通です」
「そうかしらねえ」

 急須に茶葉をいれながら、「そうそう、甘いものといえば」と芳は顔をあげた。

「頼まれていたもの、買ってきましたよ」

 戸棚をあけると、個包装された飴の袋がきれいに納められている。

「気に入ったんですか? その飴」
「いえ、別に。のどによく効くってだけで」
「そうですか」

 ぴい、と高く鳴いたやかんを火から下ろし、まったく信じていない顔で芳は笑う。

「でもよかった、甘い物も召し上がるようになって。小さいころからお好きでしたもんね」



 座談会の収録は、最寄り駅から電車で一本のスタジオで行われた。

「では次の質問です。『熟眠マクラを使い始めてから毎日遅刻ギリギリまで寝てしまっている高二です。よく眠れるせいか、寝ぐせがひどいんですがどうしたらいいでしょうか?』」

 ゆるく湾曲したテーブルのはしっこで、MCが読み上げる。

「ということで寝ぐせのお悩みですが――これ読んでよかったんですかね?」
「あれ、きょうの本題なんでしたっけ?」
「眠りのお悩みに対して、親身になるフリして、熟眠寝具を買わせるってことでしょ?」
「オブラート、オブラート」

 軽快なトークを繰り広げる二人組の芸人を見ながら、水岡はただ圧倒されていた。よくしゃべるな。いや、それが仕事か。
 全体的に白っぽいスタジオには、水岡と、同じく演者の若手芸人が二人、それに西洋寝具の社員が一人とMCの計五人が、白いひかりに照らされていた。

 向けられているカメラは二台。カメラマンと音声と配信担当、全部含めても十人ちょっとの少人数で、web配信とはいえ生放送、らしい。
 水岡以外のメンバーはこの手の企画になれているのかとてもリラックスしてみえて、だから正直この場が全世界に公開されている、と聞いても、いまひとつピンと来ない。

「寝ぐせ僕も悩みますねー」
「そうなんですか」
「一刻も早くゲームしたくて、髪乾かさないでいたりするとね」
「いや自業自得ですやん」

 ここでもゲームか。これまでの人生でゲームをたしなむ人間と親しかったことがない水岡には驚くべきことだが、昨今は大人でものめり込む人が少なくないらしい。
 そういえば彼は、コントローラーを買ったのだろうか。

「ヨウさん、ちょっとジャンルがちがいますけど、何か工夫されてることとかあります?」
「シュッとした人のご意見うかがいたいわー」

 ひとしきり盛り上がったところで水を向けられ、水岡はしばし悩んだ。

「というか、ヨウさん寝ぐせつきます?」
「もともとくせ毛なので、逆に気にしたことないかもしれません」
「あーなるほど。きょうもぴしっと決まってますもんね」
「いや、これはさっきやられて」

 声はともかく顔出しはなし。ということで、サングラスにマスクという不審な姿になった水岡を哀れんでか、予定になかったスタイリングを急きょしてもらった。普段使っていないスタイリング剤の匂いが落ち着かない。

「やられちゃったんですねえ」
「ちょっとスタイリストさん、僕らのときと気合いの入り方違いません?」
「いやお前、どこにスタイリングする余地があんだよ」

 つややかな頭頂でぺちっと皮膚が打ち合わさって、笑いもはじける。

「えー脱線しましたが……ヨウさん、いかがですか?」
「残念ながら、寝ぐせのつき方って視点でマクラとか検証したことがないもので」
「ですよねー」
「というか、寝ぐせ気になるなら、剃ってしまえばいいんじゃないですか? そちらの方みたいに」

 水岡としてはわりといい手だと思ったのだが、なぜだか爆笑されてしまった。

「採用ですね」
「採用です。というわけで、質問を送ってくれた眠れないヒツジさん、ちょっと寒いかもしれないですけど、いっそさっぱり剃ってみては?」

 和やかに笑いも交えつつ、きちんと収めるべきところに収める手腕を間近で見て、プロはすごいな、と感心した。口数の少ない自分が座談会なんて、と思っていたけれど、彼らに任せれば何でもおもしろくしてくれるだろう。

「では次のお悩みに。『好きな人ができました。その人のことばかりを考えてしまい、夜眠れません。何かいい方法はありませんか』ということなんですが――」
「甘酸っぱい!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

処理中です...