眠たい眠たい、眠たい夜は

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22.陽、イライラする

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 ドアをあけて目が合った瞬間、水岡はぎゅっと眉根をよせて「帰ります」と言った。

「え、なんで」
「何徹したんですか?」
「してないよ」

 うそじゃない。ちゃんと毎日寝ていた。その時間が、たぶん合計三時間にも満たないだけで。

「明らかに体調の悪い人からベッド奪うほど愚かじゃないんで」

 水岡はきっぱりと告げ、本当にくるりと背を向けた。から驚いて、つい声がでかくなった。

「大丈夫だってば」

 狭い廊下にびりびり反響して、脳の表層に残った理性が、ああまずいな、と思った。ご近所からクレーム来なきゃいいけど。
 水岡は驚いたように目を見開いて固まった。そのまぶたのかすかな震えにさえいらだって、陽は反射的に笑みを浮かべる。

「シーツ洗濯しちゃったし、また予定合わせるの面倒だからさ」

 自分は何を必死にこの男をひきとめているんだろう、と思った。
 せっかくの貴重な休日、帰ってくれるならそれに越したことはないじゃないか。けど、水岡を迎え入れるための準備がムダになると思うと、合理性をなぎ倒す怒りが沸いてきて困った。

 会いたくなかった。ただでさえ平静でないときに、精神をかき乱される相手となんて、会いたくなかった。距離感を縮めようと思わないからなおさら。

 だって、仕事相手だ。異性と短い付き合いをしたことはあるけれど、同性の仕事相手にわざわざ近づきたいと思うほど、陽は元気でも人恋しいわけでもなかった。たとえいま仕事のトラブルがなかったとしても、何かを進めたり築いたりしようとは思わなかっただろう。せいぜいこれまでのことを楽しい思い出として、大事にしまっておくだけだ。
 そう思うのは本当なのに、身体はいつの間にか水岡の手首をつかんで引き入れている。

 陽の気迫が通じたのか、これ以上ごねるのは得策でないとあきらめたのか、水岡は案外素直に従った。玄関で靴を脱ぎ、長い脚で廊下を進む。
 柱の角にたまっていたほこりは、えぐいを通り越して芸術的ですらあったな、と半日かけた掃除を振り返っていたから、このあとの進行を考えていなかったことに気づくのが遅れた。

 ダイニングテーブルの傍に立つ水岡と目が合い、お互いにあれっという顔をする。
 そもそも、この部屋に住んで六年弱、人を呼んだことなんてなかったのだ。

 ええっと、人が来たときって、どうすればいいんだっけ?

 九月にしては温かいきょう、預かるべきコートはないし、水岡が左手にぶら下げている紙袋は、彼の性格を考えると、まず間違いなく手土産ではないだろう。
 うろうろと視線をさまよわせる陽にさっさと見切りをつけ、水岡は荷物を壁際に置くと、取り出したハンドタオルをもって「洗面所借ります」と開きっぱなしのドアの向こうに消えてしまう。

 いや、別にいいけど。

 時間も余裕もなかったので、夕飯も風呂も済ませてきてほしいと伝えてあるから、もてなす必要もないだろう。
 せめてお茶くらい用意するか、とようやくまともに働きだした頭で電気ケトルに水を注いでいると、さっぱりとした顔の水岡が戻ってきた。すでに服を着替えている。

「あ、もう寝ますか?」
「はい。あなたは?」

 ジーンズをはいたままの陽を見て、不思議そうに首をかしげる。

「ああ、ちょっと仕事が残っていて。大丈夫、寝室は離れているので、そんなに光は気にならないと思います。僕はソファで寝るんで」
「は?」

 その一言でもう、地雷を踏んだのだとわかった。

「そんな寝不足の状態で仕事なんて、倒れますよ本当に」
「いやあまあそうも言ってらんなくて」
「そもそも、おれは誰かが起きていると寝られないんです。困ります」

 いや、知らないけど。
 家じゅうの電気という電気をつけっぱなしにしてやろうかとかなり真剣に検討したけれど、僅差でめんどうくささが勝ってやめた。なんでこんな自分勝手なやつのために、朝からあちこち磨き上げたりしたんだ。

 言い争う気力もなくて、早めに寝て夜中に起きることにした。
 どうせ熟睡なんてできないし、自分は寝室から離れた居間で寝るつもりだったから、一度眠れば水岡も起きないだろう。
 捨て鉢な気分でざっとシャワーを浴び、せめてもの嫌がらせに、いつもより長めにドライヤーをかけてやる。すっかり寝る支度が整って、一応、寝る前に声を掛けようかと寝室のドアをノックした。
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