眠たい眠たい、眠たい夜は

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17.陽、戸惑う

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 あまりに自然に差し出されたから、とろりとした蜜に覆われた甘味を、つい口に含んだ。辛みで発熱する舌に、銀のつめたさが伝わってぞくりとする。

「甘いですね」
「デザートなんで」

 それ以上はもう譲る気もないのか、水岡は何事もなかったかのように、残りを口へと運び続ける。
 じっくり味わうように、手のひらに収まってしまう小鉢へちまちまスプーンを動かす水岡につられて、陽も食事を再開した。
 ひととき休んだ口内に、辛味が新鮮にはじける。もっとうんと辛くていいのに。ぬれた指をさし込まれたようなスプーンの感触が消えなくて、舌先で無意味に口蓋をなでる。

「意外でした」
「なにが?」
「水岡さんがそんなこと言うの」
「この仕事してると、身に沁みますよ。全部自分でやるって、大変だって」

 水差しを持った女性の店員が、空のグラスを持ち上げる。
 水岡はほんの少し表情を和らげ、小声ながらも確かに礼を言った。前に、カフェで見た光景と重なる。

「誰かと組むって考えはないんですか?」
「ないですね。大変ですけど、他人とすり合わせしなくていいのはやっぱり楽なので」
「他人じゃなければ? 友人とか、恋人とか」
「人に好かれない質なのは、ここまで生きてきてわかってるので」
「そんなことないでしょ」

 人好きのする、という評価は夏に雪が降っても得られそうにないけど、まったくもてない、というわけでもないだろうに。陽は意地悪く思う。実際、現場を見ていることだし。

「女性にはやさしいじゃないですか」

 陽の言葉に、水岡は訝しむように眉を上げた。

「別に、男女で態度を分けてるつもりはないですけど」
「えーでも、最初の打ち合わせ、結構怖かったけどな」

 それこそ画面は真っ暗だったし、と言ってやろうかなんて意地の悪い考えがよぎって、さすがにそれはダメだろと理性がとどめた。
 変なの。仕事相手に嫌味なんて、言おうと思ったことないのに。
 水岡は考えるように、シロップをスプーンでかき回す。

「でも、まあそうですね。無意識ですけど、働き盛りの男性にはつめたくなってるかも」
「え、なんで?」
「話が合わないから」

 からんとスプーンを手放して、水岡は両手を組み合わせる。

「偏見ですみませんが、あなたくらいの歳の男性って、自己管理したら死ぬと思ってる人がいるじゃないですか」
「は?」
「自己管理。栄養バランスに気を配ったり、健康のために運動したり、肌荒れを気にしたり、睡眠不足解消のために飲み会を断ったり。そういうこと、しようと思ったことあります?」

 ない、としか言いようがない。

「アスリートなら男女問わずやってることも、普通の人間だと、特に男性は、なぜかあまり自分事として考えない。やらなきゃな、と思っていればまだマシで、中には、そんなことは男の考えることじゃないと信じ込んでいる人もいる。母親に、もしくは結婚してから妻に『してもらう』ことだと。そういう人たちにしてみれば、自分に労力をかけているおれみたいなヤツは、女々しくて自分のことしか考えていない、『仕事をがんばっていない』男だそうです」

 なみなみ注がれた水を少しずつ飲みながら水岡は言った。

「その点、女性は自己管理の必要に迫られていますから。美しいことを強いている、という問題はありますけど、体型意地、肌荒れ予防、そんなものはだいたい食事と運動と睡眠でなんとかなります。だから、前提が合うというか」
「なるほど」

 たしかにヨウのチャンネルの視聴者だって、女性の方が多いだろう。価値観が合う人間に優しくなるのは当然だ。

「笑わないんですね」
「笑うって、なにを?」
「今の話」
「笑う要素あった?」
「わかりませんが、前の職場で話したときは爆笑でした」
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