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13.陽、否定する
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「たくさんの人から支持を得るってことは、それだけの何かがあるってことだ。金をかけて化粧品をあつめて比較したり、誘惑を振り切って体質改善に取り組んだり、同じゲームを何百時間って連続でやったり……いい睡眠のために、独学でアプリ作ったり。誰にもやれって言われてないのに、自分でやろうって決めて、極めてんだよ。そこまで好きなこと、打ち込めることがあるって、俺はすごいと思う。みんなもそう思うから、だから、彼らの勧めたものが売れるんだ。医学を極めた医者は偉くて、手抜き料理を極めたインフルエンサーは偉くないのか? 俺はそうは思わない」
もちろん、だからって人を傷つけていいわけじゃない。けど、彼らの発信力を、そのおおもとにある努力を、頼っている自分たちだけは否定しちゃいけないと陽は思う。
須永は、はっと口端だけをゆがめて笑った。
「偉いから、理不尽な扱いされても許せって? どこの王様なんすか」
「須永」
「俺はやつらがそんな偉いなんて思わねえ。好きなことしてちやほやされて、そのうえ天狗になって、どんだけ承認欲求こじらせてんだって話ですよ。だってそうでしょ? そんだけ好きなら、ひとりで楽しんでりゃいい。わざわざSNSにあげなくたって、シャレオツな編集かまして『ていねいな暮らし』的な演出して、全世界に向けて大公開しなくたっていいわけじゃん。なのにするってことは、認めてほしいからだろ? すごいね、いいねって褒められたいだけだろ? 所詮、誰かの上に立ちたいだけの目立ちたがり――」
「須永!」
びくっ、と後輩が肩をゆらす。ああ、追いつめてしまった、と頭のどこかで反省する声が聞こえるけれど、後悔はなかった。
須永の口が止まって安心した。悪意に満ちた言葉を、これ以上、水岡の耳に入れたくなかった。
「おまえが誰を嫌いだろうが好きだろうが、それは勝手だよ。けどな、好き嫌いを仕事に持ち込むのはちがうだろ。いい人も、ムカつくやつも、何考えてるかわかんない相手も全部まきこんで進めるのが、俺たちの仕事じゃないのか?」
は、と須永はまたうつむく。
「正論すぎて嫌んなるな、ほんと」
「須永?」
「そうやって、これまでも追いつめてきたんですか?」
身体がこわばる。じゃり、と砂がこすれたのはどちらの足元からだったろう。
「ワタさんの先輩、辞めたんですってね。メンタル病んで。その後、入ってきた人たちもみんな。不思議でしたよ。こんなにやさしくて、同じこと何回きいても怒んないし、仕事もできる人と組んで、なんで辞めるのか。でもわかった」
自分が嫌いになるからだ、と須永は言った。
「手取り足取り教えてもらって、やさしく褒めて導いてもらって。最初はいいですよ。けど、だんだん怖くなる。俺、この人と同じレベルには到底できないなって気づく。それなのに、そうなってほしいって期待されてるのがわかる。そんで嫌になる。だって、どれだけがんばってもワタさんのほうがずっと早く、ずっとよくできちゃうから」
そんなことない、という言葉は頭の中に響いているのに、喉が機能を忘れてしまったかのように言葉にならない。
「俺はそこまでの熱意を持てない。じゃあ最初っから、能力もやる気もあるワタさんがやればいいじゃんって。俺、いらないじゃんって。ひとり相撲って、わかってますよ。けど、そんな人とどうやって一緒に仕事すれば」
「渡来さん」
分厚い鉄骨みたいな声がぶった切った。水岡が、眠そうな目で陽を見ている。
「早く行きましょう。夕飯、おごってくれるんですよね?」
「は? まあ……」
「じゃあ」
と、水岡は陽の手首を取って、そのまま歩きだす。
あれ、これついてっていいんだっけ?
想定外の展開にぼうぜんとしながら振り返ると、須永も同じような顔をしていた。
連れ込まれたのは中華料理屋だった。むき出しの割り箸がぎっしりつまった箸立ての後ろに、油でテカったメニューが刺さっているようなタイプの。
水岡はメニューも見ずに注文を告げると(陽の分も勝手に注文された)、グラスに入った水をぐびりと飲む。
「常連?」
「はあ、まあ。それなりに」
なんとなく、外食はしないか、してもホテルのレストランとか、そういうところだけにしか行かなそうに思っていたので、違和感がすごい。
「さっきは――というか、先日からか。申し訳ありませんでした」
落ち着いたところで、陽は膝に手を置いて頭を下げた。
「謝られる覚えはありませんけど」
「いや、うちの須永が失礼をしたみたいで……さっきも、お見苦しいところを」
「別に、あなたが何かしたわけじゃないでしょう」
「どうでしょう」
カンカンカン、と鍋が鳴る。厨房に向かって、店員が何かをさけぶ。おしゃれなBGMにはない勢いで気まずさを吹き飛ばしてくれるのはありがたい。
――そうやって、追いつめてきたんですか?
たん、とグラスがテーブルに打ち付けられて、我に返る。
「彼のことですが」
「はい」
「自動返信です」
「は?」
「時間外にきたメールには、一律ですぐに返信しない旨、連絡を返すよう設定してるんです。最初の打ち合わせで伝えればよかったかな」
机に置かれたスマホの画面をのぞき込む。
たしかにそっけないものの、打ち合わせのときのキャラで読んでみれば、こんなもんかという文面だった。キレられたと感じたのは、須永の思い込みだったのか。
いや、と陽はわからなくなる。
もしあの日、駅前で水岡と出会っていなかったら。
こんな風に出かけるようなこともなく、あの打ち合わせ一回きりの交流だったら。
この文字の羅列から、自分はどんなことを想像しただろう。
もちろん、だからって人を傷つけていいわけじゃない。けど、彼らの発信力を、そのおおもとにある努力を、頼っている自分たちだけは否定しちゃいけないと陽は思う。
須永は、はっと口端だけをゆがめて笑った。
「偉いから、理不尽な扱いされても許せって? どこの王様なんすか」
「須永」
「俺はやつらがそんな偉いなんて思わねえ。好きなことしてちやほやされて、そのうえ天狗になって、どんだけ承認欲求こじらせてんだって話ですよ。だってそうでしょ? そんだけ好きなら、ひとりで楽しんでりゃいい。わざわざSNSにあげなくたって、シャレオツな編集かまして『ていねいな暮らし』的な演出して、全世界に向けて大公開しなくたっていいわけじゃん。なのにするってことは、認めてほしいからだろ? すごいね、いいねって褒められたいだけだろ? 所詮、誰かの上に立ちたいだけの目立ちたがり――」
「須永!」
びくっ、と後輩が肩をゆらす。ああ、追いつめてしまった、と頭のどこかで反省する声が聞こえるけれど、後悔はなかった。
須永の口が止まって安心した。悪意に満ちた言葉を、これ以上、水岡の耳に入れたくなかった。
「おまえが誰を嫌いだろうが好きだろうが、それは勝手だよ。けどな、好き嫌いを仕事に持ち込むのはちがうだろ。いい人も、ムカつくやつも、何考えてるかわかんない相手も全部まきこんで進めるのが、俺たちの仕事じゃないのか?」
は、と須永はまたうつむく。
「正論すぎて嫌んなるな、ほんと」
「須永?」
「そうやって、これまでも追いつめてきたんですか?」
身体がこわばる。じゃり、と砂がこすれたのはどちらの足元からだったろう。
「ワタさんの先輩、辞めたんですってね。メンタル病んで。その後、入ってきた人たちもみんな。不思議でしたよ。こんなにやさしくて、同じこと何回きいても怒んないし、仕事もできる人と組んで、なんで辞めるのか。でもわかった」
自分が嫌いになるからだ、と須永は言った。
「手取り足取り教えてもらって、やさしく褒めて導いてもらって。最初はいいですよ。けど、だんだん怖くなる。俺、この人と同じレベルには到底できないなって気づく。それなのに、そうなってほしいって期待されてるのがわかる。そんで嫌になる。だって、どれだけがんばってもワタさんのほうがずっと早く、ずっとよくできちゃうから」
そんなことない、という言葉は頭の中に響いているのに、喉が機能を忘れてしまったかのように言葉にならない。
「俺はそこまでの熱意を持てない。じゃあ最初っから、能力もやる気もあるワタさんがやればいいじゃんって。俺、いらないじゃんって。ひとり相撲って、わかってますよ。けど、そんな人とどうやって一緒に仕事すれば」
「渡来さん」
分厚い鉄骨みたいな声がぶった切った。水岡が、眠そうな目で陽を見ている。
「早く行きましょう。夕飯、おごってくれるんですよね?」
「は? まあ……」
「じゃあ」
と、水岡は陽の手首を取って、そのまま歩きだす。
あれ、これついてっていいんだっけ?
想定外の展開にぼうぜんとしながら振り返ると、須永も同じような顔をしていた。
連れ込まれたのは中華料理屋だった。むき出しの割り箸がぎっしりつまった箸立ての後ろに、油でテカったメニューが刺さっているようなタイプの。
水岡はメニューも見ずに注文を告げると(陽の分も勝手に注文された)、グラスに入った水をぐびりと飲む。
「常連?」
「はあ、まあ。それなりに」
なんとなく、外食はしないか、してもホテルのレストランとか、そういうところだけにしか行かなそうに思っていたので、違和感がすごい。
「さっきは――というか、先日からか。申し訳ありませんでした」
落ち着いたところで、陽は膝に手を置いて頭を下げた。
「謝られる覚えはありませんけど」
「いや、うちの須永が失礼をしたみたいで……さっきも、お見苦しいところを」
「別に、あなたが何かしたわけじゃないでしょう」
「どうでしょう」
カンカンカン、と鍋が鳴る。厨房に向かって、店員が何かをさけぶ。おしゃれなBGMにはない勢いで気まずさを吹き飛ばしてくれるのはありがたい。
――そうやって、追いつめてきたんですか?
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「彼のことですが」
「はい」
「自動返信です」
「は?」
「時間外にきたメールには、一律ですぐに返信しない旨、連絡を返すよう設定してるんです。最初の打ち合わせで伝えればよかったかな」
机に置かれたスマホの画面をのぞき込む。
たしかにそっけないものの、打ち合わせのときのキャラで読んでみれば、こんなもんかという文面だった。キレられたと感じたのは、須永の思い込みだったのか。
いや、と陽はわからなくなる。
もしあの日、駅前で水岡と出会っていなかったら。
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