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第1話
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倦怠感と頭痛と共にジュリアは目を覚ました。全体が白でまとめられた見慣れない部屋が視界に広がっている。壁には多くの絵画が飾られているのだが、どれも不気味で鬱屈とした雰囲気だ。彫刻も怪物がモチーフになっているものが多いし、ここが王宮では無いことは明らかだった。
しかし自分が何故ここにいるのか、靄がかかったように思い出せない。私は無意識のうちに、これまでの経緯を思い出していた。
元々様々な女性との噂があった婚約者のハイド殿下が、普段とは異なる行動に出たのは、2年前の私が13歳になった日の生誕を祝うパーティーでの事だった。
それまでは少なくとも、世間体を気にして行動しているようだった。殿下は愛人を連れて出かけることもあったようだが、いずれもお忍びであり、公共の場に変装などもせず出かけるなどの目立った行動はしなかった。
誕生日パーティーは我がアルバート公爵邸で行われた。もうひと段落を終え、皆談笑していた。心地よい演奏が会場に流れている。
しかし殿下はいつものようにお忙しいようで、少し遅れて来るようだ。陛下と妃殿下からは今回の参加は難しい、しかしハイド殿下は参加するとの事前の連絡と私へのお祝いがあった。
「ハイド・ウィンザー皇太子殿下」
執事がその名を呼んだ時、会場にいる全員が開いたドアの方を向いた。
しかしどうだろうか。殿下だけのはずだったのだが、ようやく到着した彼の隣には見知らぬ女性がいた。顔を赤らめて俯き、殿下の後ろに隠れている。私と同じくらいの歳で、金髪に薄い青の瞳は殿下とそっくりだった。そして今回は私と殿下は紫のドレスコードだったはずだが、2人は同じ青色の礼服に身を包んでいる。
今まで殿下が私以外の女性と共に過ごしているのを見かけた事があったし、そもそも政略結婚であり恋愛感情などは勿論ない為、世論に影響するかが問題だった。
招待をしていない者を連れて来るのももってのほかだが、それ以前に婚約者の生誕のパーティーに他の異性と参加することなどあってはならない。これまでは公の場では無かったため、我が公爵家は目を瞑っていた。今回ばかりは理由によっては無視できない事態になるかもしれない。
2人の事を皆が呆然と眺めた後、会場はざわざわとし始めた。隣を見ると、陸軍の元帥であるお父様が早速2人の元へ歩いて行く。無表情で何を考えているのか分からないその顔と大きな体は、娘である私でさえ威圧感を覚える。
「殿下。この度は娘の生誕祝いにお忙しい中お越し頂き感謝申し上げます。僭越ながら、隣の御令嬢のお名前を伺ってもよろしいですか」
お父様は淡々とそう殿下に尋ねた。会場は途端に静かになった。
「アルバート公。このような美しい晴天の日にジュリア嬢の生誕を祝えること、とても嬉しく思う。神も祝福なさっているのであろう。
この娘は、私の遠い親戚でな。名はアンナという。最近長い病から解放されたのだ。彼女も私の婚約者の生誕をお祝いしたいということで、事前の連絡もなく連れてきてしまった。
彼女はジュリア嬢に一言お祝いの言葉を贈りたいだけで、長居するつもりはない。突然のこのような無礼を許してほしい」
殿下は丁寧に謝罪をした。
愛人を連れてきた可能性も考えていたが、その選択肢はどうやら違ったようだ。このような形で招いていない客を連れて来るのは正直無礼ではあるが、皇太子の親戚という立場の人物を断るというのも難しいことだ。
家名を名乗らないということは平民か、はたまた王の隠し子かもしれない。とはいえ何か事情があるに違いはないだろう。
「そのようでしたか。この度は娘の生誕祝いにお越しくださったこと、改めて嬉しく存じます。こちらで馬車の手配は済ませておきましょう」
そうして話は終わった。張り詰めていた空気が少しずつ元の雰囲気に戻っていった。
お父様が私の隣に歩いてきた後、少し間を置いて殿下とアンナという女性がやってきた。
「ジュリア嬢。13歳の誕生日おめでとう。幸多き1年になることを心から祈っている。今日の装いもアメジストのように高貴でとても麗しい」
「お心遣いに大変感謝申し上げます。素敵な贈り物もありがとうございました」
贈り物とは、今身につけているアメジストのネックレスとピアスのセットだった。私と同じ瞳の色だ。毎年、殿下は紫色の物を送ってくださるのだ。
「此方は先程申した通り私の親戚であるアンナだ。これから見かける事になるだろうから、仲良くしてやってほしい」
これから見かけることになる、とはどういう意図があるのだろうか。またこのような公共の場に彼女を連れてくるということだろう。皇太子の親戚とはいえ、もし平民や隠し子などであれば問題になる。
「ジュリアお嬢様、この度は13歳のお誕生日、心からお祝い申し上げます」
アンナという女性が戸惑うような様子でハイドの隣に出てきて、ぎこちなく礼をしたかと思うと、ドレスの裾を踏んでしまったのか体制を崩して私の方に転倒しそうになった。 殿下が即座に反応したのだが、どうやら私の方が少し早かったらしく、アンナを無事支えることができた。
日頃の鍛錬が役に立ったのだろう。アルバート公爵家は昔から剣術で有名だ。この家に生まれたからには、性別に関わらず剣術を学ばなければならない。
「流石アルバート家のご令嬢ね。殿下が助けてくださるから、貴方は余計なことをしてくださらなくて結構でしたのに」
アンナが私の耳元でそう囁いた。
しかし自分が何故ここにいるのか、靄がかかったように思い出せない。私は無意識のうちに、これまでの経緯を思い出していた。
元々様々な女性との噂があった婚約者のハイド殿下が、普段とは異なる行動に出たのは、2年前の私が13歳になった日の生誕を祝うパーティーでの事だった。
それまでは少なくとも、世間体を気にして行動しているようだった。殿下は愛人を連れて出かけることもあったようだが、いずれもお忍びであり、公共の場に変装などもせず出かけるなどの目立った行動はしなかった。
誕生日パーティーは我がアルバート公爵邸で行われた。もうひと段落を終え、皆談笑していた。心地よい演奏が会場に流れている。
しかし殿下はいつものようにお忙しいようで、少し遅れて来るようだ。陛下と妃殿下からは今回の参加は難しい、しかしハイド殿下は参加するとの事前の連絡と私へのお祝いがあった。
「ハイド・ウィンザー皇太子殿下」
執事がその名を呼んだ時、会場にいる全員が開いたドアの方を向いた。
しかしどうだろうか。殿下だけのはずだったのだが、ようやく到着した彼の隣には見知らぬ女性がいた。顔を赤らめて俯き、殿下の後ろに隠れている。私と同じくらいの歳で、金髪に薄い青の瞳は殿下とそっくりだった。そして今回は私と殿下は紫のドレスコードだったはずだが、2人は同じ青色の礼服に身を包んでいる。
今まで殿下が私以外の女性と共に過ごしているのを見かけた事があったし、そもそも政略結婚であり恋愛感情などは勿論ない為、世論に影響するかが問題だった。
招待をしていない者を連れて来るのももってのほかだが、それ以前に婚約者の生誕のパーティーに他の異性と参加することなどあってはならない。これまでは公の場では無かったため、我が公爵家は目を瞑っていた。今回ばかりは理由によっては無視できない事態になるかもしれない。
2人の事を皆が呆然と眺めた後、会場はざわざわとし始めた。隣を見ると、陸軍の元帥であるお父様が早速2人の元へ歩いて行く。無表情で何を考えているのか分からないその顔と大きな体は、娘である私でさえ威圧感を覚える。
「殿下。この度は娘の生誕祝いにお忙しい中お越し頂き感謝申し上げます。僭越ながら、隣の御令嬢のお名前を伺ってもよろしいですか」
お父様は淡々とそう殿下に尋ねた。会場は途端に静かになった。
「アルバート公。このような美しい晴天の日にジュリア嬢の生誕を祝えること、とても嬉しく思う。神も祝福なさっているのであろう。
この娘は、私の遠い親戚でな。名はアンナという。最近長い病から解放されたのだ。彼女も私の婚約者の生誕をお祝いしたいということで、事前の連絡もなく連れてきてしまった。
彼女はジュリア嬢に一言お祝いの言葉を贈りたいだけで、長居するつもりはない。突然のこのような無礼を許してほしい」
殿下は丁寧に謝罪をした。
愛人を連れてきた可能性も考えていたが、その選択肢はどうやら違ったようだ。このような形で招いていない客を連れて来るのは正直無礼ではあるが、皇太子の親戚という立場の人物を断るというのも難しいことだ。
家名を名乗らないということは平民か、はたまた王の隠し子かもしれない。とはいえ何か事情があるに違いはないだろう。
「そのようでしたか。この度は娘の生誕祝いにお越しくださったこと、改めて嬉しく存じます。こちらで馬車の手配は済ませておきましょう」
そうして話は終わった。張り詰めていた空気が少しずつ元の雰囲気に戻っていった。
お父様が私の隣に歩いてきた後、少し間を置いて殿下とアンナという女性がやってきた。
「ジュリア嬢。13歳の誕生日おめでとう。幸多き1年になることを心から祈っている。今日の装いもアメジストのように高貴でとても麗しい」
「お心遣いに大変感謝申し上げます。素敵な贈り物もありがとうございました」
贈り物とは、今身につけているアメジストのネックレスとピアスのセットだった。私と同じ瞳の色だ。毎年、殿下は紫色の物を送ってくださるのだ。
「此方は先程申した通り私の親戚であるアンナだ。これから見かける事になるだろうから、仲良くしてやってほしい」
これから見かけることになる、とはどういう意図があるのだろうか。またこのような公共の場に彼女を連れてくるということだろう。皇太子の親戚とはいえ、もし平民や隠し子などであれば問題になる。
「ジュリアお嬢様、この度は13歳のお誕生日、心からお祝い申し上げます」
アンナという女性が戸惑うような様子でハイドの隣に出てきて、ぎこちなく礼をしたかと思うと、ドレスの裾を踏んでしまったのか体制を崩して私の方に転倒しそうになった。 殿下が即座に反応したのだが、どうやら私の方が少し早かったらしく、アンナを無事支えることができた。
日頃の鍛錬が役に立ったのだろう。アルバート公爵家は昔から剣術で有名だ。この家に生まれたからには、性別に関わらず剣術を学ばなければならない。
「流石アルバート家のご令嬢ね。殿下が助けてくださるから、貴方は余計なことをしてくださらなくて結構でしたのに」
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