5 / 5
第5話
しおりを挟む
比較的新しいドアをカリカは開けた。その瞬間、ふわりと花の甘い香りが体を包んだ。そこは裏通りにひっそりと佇む葬儀屋で、この街に住む多くの人間は基本的にこの葬儀屋を利用する。葬儀屋という職業はこの国では敬遠される事が多いため、ここ以外に葬儀屋がこの街にはない。今日は休業日で、店内にはスタッフも誰も居なかった。
だが、ドアは店主の意向で通常休業日でも開いている。以前は古さを感じさせる店内だったが、最近リニューアルしたため現代的な装飾に変わった。全体が白のインテリアで纏められていて、各所に色鮮やかな花が置かれている。葬儀屋というと暗いイメージがあるが、ここのコンセプトは違った。
「フィア、ルコを呼んで来てくれ」
カリカはソファに座って早速煙草に火をつけている。フィアは溜息をついた後、壁の向こうに消えていった。数分すると壁の方から叫び声が聞こえ、焦ったような足音と共にドアが大きな音を立てて開いた。
「カリカ!いらっしゃい。また驚かせたわね」
ルコは胸を押さえながらカリカの元へ歩いてきた。彼女は座っているカリカと同じ身長だった。大きい花が特徴的なワンピースを着ている。
「私が呼んでもいつも植物の世話をしていて気づかないじゃないか。これが一番早いんだよ」
持参した小さな酒のボトルを開けてカリカは飲んでいる。だが、ルコは全く気にしていない様子だった。フィアはもう諦めている様子でカリカを見ていた。
「フィアさんもここにいらっしゃるんでしょう?」
ルコは周りを見渡している。
「そっちは反対側だ。彼女は私の隣にいる」
カリカがフィアがいる右側を指差した。
「え、そうなの!?私にもフィアさんが見えたらいいのに。久しぶりね。色々おしゃべりしたいわ。この店にくるのも、リニューアルしてから初めてでしょう?あんな事があったから、思い切ってみたの。そうだ、カリカとフィアさんに渡したいものがあるから、少し待っていてもらえる?」
早足でルコは先程のドアに戻っていき、少しすると二つの大きな花束を持ってやってきた。
「はい。こちらがカリカで、もう片方がフィアさんの分。一週間ほどかけて徐々に宝石に変化していくの。よかったら貰ってね」
カリカの方は紫を基調にした花束で、フィアの方は青がメインだった。
「ありがとう。また珍しい花を作ったな。フィアも礼を言っているよ。一週間後が楽しみだ」
二人共花束を受け取った。ルコの目からはフィアの分の花束が宙に浮いていた。
「今日も何か用事があるから来たんでしょう?」
ルコは近くのテーブルからハーブティーとカップを持ってきた。
「ああ。今までに頭部欠損の、女性の遺体の依頼がきた事があるか聞きたくて来た」
突然新鮮な顔をしてカリカは言った。正面に座ったルコは3人分のカップにハーブティーを注ぎながら思案している。
「そうね......。今までに3件あったけど、探している女性はどのくらいの年齢?」
カップをそれぞれに渡しながらルコは尋ねた。
「不明だ。出来れば全ての情報をもらえると助かる」
「分かったわ。すぐ持ってくるわね」
ルコはまた奥の部屋に戻って行った。
「座らないのか」
カリカは重い鎧をものともせず、背筋を伸ばし立っているフィアに声をかけた。
「私はこうしていないと落ち着かないんだ。知ってるだろう」
フィアは無愛想にそう答える。彼女は遥か昔、ある国の騎士だった。忠誠心が高く、国が無くなった今でもこうして鎧を纏い、その国の騎士であったことを誇りに思っている。そのせいかその騎士の仕事が無くなってからも、自分の中の規律を守る姿勢を崩す事はない。仕事以外でも隙を見せる事がないのだ。
「たまには休息も必要だ。それに今は私の護衛騎士兼助手だろう。命令だ」
悪戯っぽい顔をしながらカリカはフィアを椅子に促す。このようにカリカが面白がって彼女を酒に誘ったりすることはいつものことだった。だが、フィアは微動だにしない。そうしているとルコが書類を持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
カリカの目の前にルコは書類を置いた。礼を言ってカリカは真剣な表情で書類に目を通し始める。ルコは邪魔をしないようにか、座って紅茶を静かに啜っている。
書類には二人の20代、そして一人の40代の女性の情報について書かれていた。しかしどれも解決済みの事件の被害者で、事件現場も判明しており、どれもトーマスが探している女性には当てはまらなかった。犯人もそれぞれ異なるが、全員が犯行を否定している。カリカはしばらく腕を組みながら思案していたが、書類を置いた。
「ありがとう。事務所に帰ってもう少し調べてみるよ」
紅茶を啜ってカリカは立ち上がった。二つの花束を手にしたフィアも彼女の後ろに立つ。
「気にしないで、私も助けてもらってるからお互い様。また落ち着いたらお喋りしましょう。フィアさんも、またきてね」
ルコは微笑みながら二人を見送った。
事務所に戻ってきたカリカは資料を読み漁った。しかし腑に落ちない様子で、煙草を吸いながら頭を整理していた。カリカはルコが提供してくれた3件の事件について調べていたが、いずれも違和感があったのだ。犯人はどれも初犯で被害者の知人であり、犯人に関する完璧すぎる証拠が事件現場に残っていた事だ。頭部を切断するほどの殺人計画をしていたのに、靴や指紋がついた凶器を残していくような不注意なことをするだろうか。もしかしたら、これらの事件は関連しているのかもしれない。全ての事件を洗い流す必要があるだろう。
数時間後、カリカは眠ってしまったようだった。もう深夜で外は暗くなっている。書類と酒瓶などで荒れた部屋を片付け終わったフィアは、カウチで眠るカリカの前に立った。顔を覆っていた白い長髪を避けてやったが、カリカが起きる様子はない。フィアは慎重にカリカを抱えると、事務所の隣にある彼女の自室に連れて行った。その部屋の真ん中にはベッドが置いてあり、一方の壁には大量の酒が、もう一方には本が並んでいる。フィアは眠るカリカをベッドに降ろし、立ったまま彼女の寝顔を見つめていた。
だが、ドアは店主の意向で通常休業日でも開いている。以前は古さを感じさせる店内だったが、最近リニューアルしたため現代的な装飾に変わった。全体が白のインテリアで纏められていて、各所に色鮮やかな花が置かれている。葬儀屋というと暗いイメージがあるが、ここのコンセプトは違った。
「フィア、ルコを呼んで来てくれ」
カリカはソファに座って早速煙草に火をつけている。フィアは溜息をついた後、壁の向こうに消えていった。数分すると壁の方から叫び声が聞こえ、焦ったような足音と共にドアが大きな音を立てて開いた。
「カリカ!いらっしゃい。また驚かせたわね」
ルコは胸を押さえながらカリカの元へ歩いてきた。彼女は座っているカリカと同じ身長だった。大きい花が特徴的なワンピースを着ている。
「私が呼んでもいつも植物の世話をしていて気づかないじゃないか。これが一番早いんだよ」
持参した小さな酒のボトルを開けてカリカは飲んでいる。だが、ルコは全く気にしていない様子だった。フィアはもう諦めている様子でカリカを見ていた。
「フィアさんもここにいらっしゃるんでしょう?」
ルコは周りを見渡している。
「そっちは反対側だ。彼女は私の隣にいる」
カリカがフィアがいる右側を指差した。
「え、そうなの!?私にもフィアさんが見えたらいいのに。久しぶりね。色々おしゃべりしたいわ。この店にくるのも、リニューアルしてから初めてでしょう?あんな事があったから、思い切ってみたの。そうだ、カリカとフィアさんに渡したいものがあるから、少し待っていてもらえる?」
早足でルコは先程のドアに戻っていき、少しすると二つの大きな花束を持ってやってきた。
「はい。こちらがカリカで、もう片方がフィアさんの分。一週間ほどかけて徐々に宝石に変化していくの。よかったら貰ってね」
カリカの方は紫を基調にした花束で、フィアの方は青がメインだった。
「ありがとう。また珍しい花を作ったな。フィアも礼を言っているよ。一週間後が楽しみだ」
二人共花束を受け取った。ルコの目からはフィアの分の花束が宙に浮いていた。
「今日も何か用事があるから来たんでしょう?」
ルコは近くのテーブルからハーブティーとカップを持ってきた。
「ああ。今までに頭部欠損の、女性の遺体の依頼がきた事があるか聞きたくて来た」
突然新鮮な顔をしてカリカは言った。正面に座ったルコは3人分のカップにハーブティーを注ぎながら思案している。
「そうね......。今までに3件あったけど、探している女性はどのくらいの年齢?」
カップをそれぞれに渡しながらルコは尋ねた。
「不明だ。出来れば全ての情報をもらえると助かる」
「分かったわ。すぐ持ってくるわね」
ルコはまた奥の部屋に戻って行った。
「座らないのか」
カリカは重い鎧をものともせず、背筋を伸ばし立っているフィアに声をかけた。
「私はこうしていないと落ち着かないんだ。知ってるだろう」
フィアは無愛想にそう答える。彼女は遥か昔、ある国の騎士だった。忠誠心が高く、国が無くなった今でもこうして鎧を纏い、その国の騎士であったことを誇りに思っている。そのせいかその騎士の仕事が無くなってからも、自分の中の規律を守る姿勢を崩す事はない。仕事以外でも隙を見せる事がないのだ。
「たまには休息も必要だ。それに今は私の護衛騎士兼助手だろう。命令だ」
悪戯っぽい顔をしながらカリカはフィアを椅子に促す。このようにカリカが面白がって彼女を酒に誘ったりすることはいつものことだった。だが、フィアは微動だにしない。そうしているとルコが書類を持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
カリカの目の前にルコは書類を置いた。礼を言ってカリカは真剣な表情で書類に目を通し始める。ルコは邪魔をしないようにか、座って紅茶を静かに啜っている。
書類には二人の20代、そして一人の40代の女性の情報について書かれていた。しかしどれも解決済みの事件の被害者で、事件現場も判明しており、どれもトーマスが探している女性には当てはまらなかった。犯人もそれぞれ異なるが、全員が犯行を否定している。カリカはしばらく腕を組みながら思案していたが、書類を置いた。
「ありがとう。事務所に帰ってもう少し調べてみるよ」
紅茶を啜ってカリカは立ち上がった。二つの花束を手にしたフィアも彼女の後ろに立つ。
「気にしないで、私も助けてもらってるからお互い様。また落ち着いたらお喋りしましょう。フィアさんも、またきてね」
ルコは微笑みながら二人を見送った。
事務所に戻ってきたカリカは資料を読み漁った。しかし腑に落ちない様子で、煙草を吸いながら頭を整理していた。カリカはルコが提供してくれた3件の事件について調べていたが、いずれも違和感があったのだ。犯人はどれも初犯で被害者の知人であり、犯人に関する完璧すぎる証拠が事件現場に残っていた事だ。頭部を切断するほどの殺人計画をしていたのに、靴や指紋がついた凶器を残していくような不注意なことをするだろうか。もしかしたら、これらの事件は関連しているのかもしれない。全ての事件を洗い流す必要があるだろう。
数時間後、カリカは眠ってしまったようだった。もう深夜で外は暗くなっている。書類と酒瓶などで荒れた部屋を片付け終わったフィアは、カウチで眠るカリカの前に立った。顔を覆っていた白い長髪を避けてやったが、カリカが起きる様子はない。フィアは慎重にカリカを抱えると、事務所の隣にある彼女の自室に連れて行った。その部屋の真ん中にはベッドが置いてあり、一方の壁には大量の酒が、もう一方には本が並んでいる。フィアは眠るカリカをベッドに降ろし、立ったまま彼女の寝顔を見つめていた。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です
堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」
申し訳なさそうに眉を下げながら。
でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、
「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」
別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。
獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。
『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』
『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』
――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。
だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。
夫であるジョイを愛しているから。
必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。
アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。
顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。
夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる