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第4話
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花が咲き誇る屋敷の庭に、太陽の光が差し込んでいる。先程水やりをされて水滴をつけたその花達はきらきらと輝いていた。トーマスはこの時間が好きだった。普段ほぼ執筆しかしていない彼だが、快晴の昼下がりはこうして外に出て、ベンチに腰掛けただ物思いにふける。
今でこそこうして昼間に外に出れるが、昔は違った。陽の光を少しでも浴びると、肌が焦げてしまうのだった。それ故血族達は日傘を使ったり肌を守る薬を塗ったりしていたが、時代とともに躰が変化していき、晴れている時に外に出ても問題は無くなった。血族も人間と同じように徐々に進化しているのだ。トーマスがそうしてベンチに座りぼんやりしていると、遠くに花に水をやるラリの姿が見えた。
同時に、何故かあの死体を思い出した。どのような人生を送っていたのだろうか。服装からして貴族だったのだろうが、あのような殺され方をしたということは相当な恨みを買っていたか、犯人の快楽のための猟奇殺人か。そうだとしても人の骨を切るのには時間がかかるから、あの場所で行われたとしたら目撃者がいるはずだ。
だが、あの場所で行ったとすればリスクが高いし、結局警察も目撃者などは見つけられなかった。そうなると、他の場所で殺害し、頭部だけを何処かに保管して、胴体だけをあの路地裏に放置した可能性が高い。この国では裏で臓器売買が蔓延しているが、胴体が残っているからそれは無いだろう。頭部だけを売るより、胴体の臓器を売った方がもちろん価値がある。考えられるのは、身元を有耶無耶にする、または頭部、その一部のパーツを何かに使うためか。
思考に意識を傾けていると、いつの間にか目の前にラリが立っていた。いつからそこにいたのか、全く気づきもしなかった。トーマスにはこのような事が昔からよくある。考えていると周りが見えなくなってしまうのだ。一度考え始めると、雪崩のように止まらなくなってしまう。そのせいで今までに何度も馬車に轢かれかけたり、警察の世話になることは、トーマスにとって稀によくある事だった。そうなってからようやく思考を停止できるのだ。今回はそれがラリだった。思考のドアを一旦閉じた。
「今日はとても良い天気ですね」
風に吹かれた髪を耳に掛けながらラリは微笑んだ。その笑顔には子供のような純粋さと無邪気さがあった。時折、トーマスはラリのことを自分の娘のように錯覚することさえあった。これまでトーマスに本当の娘がいたことなどは一度もないが、ラリの人柄がそうさせるのだろうか。その理由は不明だが、汚れのない彼女にそのままでいて欲しいと思っていた。
「ああ。風があるから暑すぎず心地いいな」
トーマスはラリに隣に座るよう促した。如雨露を置いて、ラリはベンチに腰を下ろした。
「そういえば先程水やりをしていたら、とても美しい蝶を見つけたんです。私は昆虫類にあまり詳しく無いのですが、あれはモルフォだったと思います。羽が青から紫のグラデーションになっていて、陽の光を浴びて輝いていて綺麗でした。
トーマス様の小説にモルフォが出てくる作品がありましたよね。バタフライエフェクトの話で......」
「あれはもう一世紀ほど前に書いたものだったろうが、よく覚えているな」
感心したようにトーマスは答える。
「とても印象に残っているんです。主人公の母親も病気で......突然亡くなってしまったでしょう。母親の病気を軽んじていた主人公は、やれる事は沢山あったのに結局母親の最期まで何もせず......。その後主人公は自責の念で酒に溺れ、荒れ狂っていたせいで目をつけられ暴行を受けるようになり......苦しんだ上、最終的に自らの手で命を落としましたね。
読み終わった時、喪失感のようなものに襲われました。恐らく読み進めるうちに、状況が似ている主人公に感情移入していたからだと思います」
俯きながらラリは話を続ける。彼女の心情を表すかのように、晴天だった空には雲が覆い少し暗くなってきた。トーマスは無言のまま、静かに彼女の話に耳を傾けていた。
「実は私も、最初は母の病気をそこまで重く受け止めていなかったんです。風邪のような症状で、母も私もあまり気にせず働いていました。しかしそれは長く続きませんでした。数週間後に母が倒れてしまって......その時トーマス様の話を思い出しました。そして心に決めました。絶対に将来後悔しないように、母のために最善を尽くそうと。だから、トーマス様にはとても感謝しています。私を屋敷に雇ってくださった上に、いろいろ助けていただいて......」
目に涙を溜めながらラリは言葉に詰まる。肩を震わせる彼女に、トーマスはハンカチを渡した。そのハンカチをラリは受け取りはしたが、使おうとはしなかった。
「すみません......ハンカチが汚れてしまうので、大丈夫です」
徐にラリは如雨露を顔の下に持って、そこに涙を落とし始めた。その突飛な行動にトーマスは目を丸くしたが、号泣する彼女に何をしてあげれば良いのかわからず、ただ隣に座ることしかできなかった。
まだラリは100年も生きておらず、人外としてはまだ幼い。そんな彼女の家族は母親しかおらず頼れる人物も少ない。トーマスはもっとラリの負担を減らせることはできないか、涙を流し始める彼女の隣で考えていた。
様々な物で溢れているその静かな部屋には、唯一軽快な鼻歌だけが響いていた。機嫌が良いらしいその人物は椅子に座り、裁縫をしているようだ。白い布のような何かを手にしている。順調に縫い進めていたが、突然針がその人物の指に刺さってしまった。だが、慌てる様子もなく、その人物はただその様子を眺めるだけだ。じわじわとそこから血が流れる。そして手元の白いものに滴り、何個かの赤い点を作った。
「あーあ、完璧でなければならないのに......」
そう呟くと手に持っていた白いものを投げ捨て、席を立った。
今でこそこうして昼間に外に出れるが、昔は違った。陽の光を少しでも浴びると、肌が焦げてしまうのだった。それ故血族達は日傘を使ったり肌を守る薬を塗ったりしていたが、時代とともに躰が変化していき、晴れている時に外に出ても問題は無くなった。血族も人間と同じように徐々に進化しているのだ。トーマスがそうしてベンチに座りぼんやりしていると、遠くに花に水をやるラリの姿が見えた。
同時に、何故かあの死体を思い出した。どのような人生を送っていたのだろうか。服装からして貴族だったのだろうが、あのような殺され方をしたということは相当な恨みを買っていたか、犯人の快楽のための猟奇殺人か。そうだとしても人の骨を切るのには時間がかかるから、あの場所で行われたとしたら目撃者がいるはずだ。
だが、あの場所で行ったとすればリスクが高いし、結局警察も目撃者などは見つけられなかった。そうなると、他の場所で殺害し、頭部だけを何処かに保管して、胴体だけをあの路地裏に放置した可能性が高い。この国では裏で臓器売買が蔓延しているが、胴体が残っているからそれは無いだろう。頭部だけを売るより、胴体の臓器を売った方がもちろん価値がある。考えられるのは、身元を有耶無耶にする、または頭部、その一部のパーツを何かに使うためか。
思考に意識を傾けていると、いつの間にか目の前にラリが立っていた。いつからそこにいたのか、全く気づきもしなかった。トーマスにはこのような事が昔からよくある。考えていると周りが見えなくなってしまうのだ。一度考え始めると、雪崩のように止まらなくなってしまう。そのせいで今までに何度も馬車に轢かれかけたり、警察の世話になることは、トーマスにとって稀によくある事だった。そうなってからようやく思考を停止できるのだ。今回はそれがラリだった。思考のドアを一旦閉じた。
「今日はとても良い天気ですね」
風に吹かれた髪を耳に掛けながらラリは微笑んだ。その笑顔には子供のような純粋さと無邪気さがあった。時折、トーマスはラリのことを自分の娘のように錯覚することさえあった。これまでトーマスに本当の娘がいたことなどは一度もないが、ラリの人柄がそうさせるのだろうか。その理由は不明だが、汚れのない彼女にそのままでいて欲しいと思っていた。
「ああ。風があるから暑すぎず心地いいな」
トーマスはラリに隣に座るよう促した。如雨露を置いて、ラリはベンチに腰を下ろした。
「そういえば先程水やりをしていたら、とても美しい蝶を見つけたんです。私は昆虫類にあまり詳しく無いのですが、あれはモルフォだったと思います。羽が青から紫のグラデーションになっていて、陽の光を浴びて輝いていて綺麗でした。
トーマス様の小説にモルフォが出てくる作品がありましたよね。バタフライエフェクトの話で......」
「あれはもう一世紀ほど前に書いたものだったろうが、よく覚えているな」
感心したようにトーマスは答える。
「とても印象に残っているんです。主人公の母親も病気で......突然亡くなってしまったでしょう。母親の病気を軽んじていた主人公は、やれる事は沢山あったのに結局母親の最期まで何もせず......。その後主人公は自責の念で酒に溺れ、荒れ狂っていたせいで目をつけられ暴行を受けるようになり......苦しんだ上、最終的に自らの手で命を落としましたね。
読み終わった時、喪失感のようなものに襲われました。恐らく読み進めるうちに、状況が似ている主人公に感情移入していたからだと思います」
俯きながらラリは話を続ける。彼女の心情を表すかのように、晴天だった空には雲が覆い少し暗くなってきた。トーマスは無言のまま、静かに彼女の話に耳を傾けていた。
「実は私も、最初は母の病気をそこまで重く受け止めていなかったんです。風邪のような症状で、母も私もあまり気にせず働いていました。しかしそれは長く続きませんでした。数週間後に母が倒れてしまって......その時トーマス様の話を思い出しました。そして心に決めました。絶対に将来後悔しないように、母のために最善を尽くそうと。だから、トーマス様にはとても感謝しています。私を屋敷に雇ってくださった上に、いろいろ助けていただいて......」
目に涙を溜めながらラリは言葉に詰まる。肩を震わせる彼女に、トーマスはハンカチを渡した。そのハンカチをラリは受け取りはしたが、使おうとはしなかった。
「すみません......ハンカチが汚れてしまうので、大丈夫です」
徐にラリは如雨露を顔の下に持って、そこに涙を落とし始めた。その突飛な行動にトーマスは目を丸くしたが、号泣する彼女に何をしてあげれば良いのかわからず、ただ隣に座ることしかできなかった。
まだラリは100年も生きておらず、人外としてはまだ幼い。そんな彼女の家族は母親しかおらず頼れる人物も少ない。トーマスはもっとラリの負担を減らせることはできないか、涙を流し始める彼女の隣で考えていた。
様々な物で溢れているその静かな部屋には、唯一軽快な鼻歌だけが響いていた。機嫌が良いらしいその人物は椅子に座り、裁縫をしているようだ。白い布のような何かを手にしている。順調に縫い進めていたが、突然針がその人物の指に刺さってしまった。だが、慌てる様子もなく、その人物はただその様子を眺めるだけだ。じわじわとそこから血が流れる。そして手元の白いものに滴り、何個かの赤い点を作った。
「あーあ、完璧でなければならないのに......」
そう呟くと手に持っていた白いものを投げ捨て、席を立った。
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