上 下
17 / 18

17.彼女たち

しおりを挟む

「何をしているの? 私の執事をやめて、どうしてここに居るの?」
「元気そうで、また……会えて良かったです……」

 ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなる。

 息が苦しい……。
 さっきまでちゃんと出来てたのに……。

 急に胃に痛みが走る。 

「帰るわよ、アルト」

 自信満々に言うウェンティは俺の腕を掴んだ。
 振り払って、拒絶すれば良かった。

(あれ? 言葉がでない……喋れない……)
 
 しかし、ここで振り払えば癇癪を起されるかもしれない。

 そう思って思考が停止する。

「待て。誰の許可を得て、ここからアルトを連れて行こうとしているんだ?」

 ウルクが低く唸ったような声で言う。
 腕を組んで、静かにウェンティを見つめる。

「あんた、誰よ。私の執事なんだから、私が好きにしても良いでしょ」
「この銀髪で大体分かるんじゃないかと思ったが……そうでもないのか?」
「……銀髪? 銀髪と言えば、イスフィール家の氷の令嬢……」

 血の気が引いていくように、ウェンティの顔が青ざめていく。
 男爵家のウェンティにとって、目の前に居るのは王女殿下と侯爵家のご令嬢。

 本物のお姫様だ。

「こ、これは……失礼、しました。くっなんでアルトが侯爵家と知り合いなのよ……っ!!」
「小声でも聞こえているぞ。まったく……早く下がれ。今回は静粛な場だ、見逃してやる。アルトの腕を早く離せ」
「……それは、アルトが決めることでは?」
「アルトが貴様の元に戻るはずなどないだろう?」

 視線がぶつかる。
 
 それに対し、アルトは混乱していた。

「えっ? あ、いや……その……」
「アルト……? どうしたんだ?」
「私の命令はだものね。アルト?」
「は、はい……」

 ルーベド家で働いていた記憶が呼び起こされていた。ここで俺が嫌だと言えば、きっと怒鳴られる。

 癇癪を起されてしまう。
 ウェンティの我儘で、ウルクに迷惑を掛けるんじゃないか。

 そう考えると、怖くて言い出せなかった。

 レアが扇を開いた。

「……ウルクお嬢様。あなた、ヒヨコのお話はご存じで?」
「え……今はそれどころじゃないでしょう?」

 レアは淡々とした口調でウルクに言う。

「ヒヨコは初めて見たものを親だと刷り込まれるそうです。それが覆ることはなく、一生記憶として残る。それと同義で、アルト様は生まれた頃よりルーベド家に仕えておられました。命令は絶対、それが骨の髄にまで染みこんでいるのですよ」

 そこでようやく、俺がどういう状態か認識する。
 忘れられないのだ。

 どれだけ理不尽に仕事をさせられても、それが当たり前だと思って生きてきた。
 言われて初めて不当だと理解した。でも、心は追いつかない。

「今のアルト様は、恐怖に支配されているあの頃を思い出している」

 至って平然と言うレアに、ウルクは拳を握りしめる。

(そんなの、奴隷よりも酷いじゃないか!)

「ウェンティお嬢さん。一つ、お伺いしてもよろしくて?」
「……なんでしょう、レア王女殿下」
「わたくしがお送りした、金塊の山はどう致しましたの?」
「あ、あれは父上が管理しております。私やアルトが管理するにはあまりにも金額が……それに、アルトの物は私のものでございます」
「……私のもの、ですか。では、なぜアルト様が存じ上げていなかったのですか?」
「そ、それは……!! えっと……知っていたはずですよ? ねぇ、?」

 怒気を孕んだ声音に、背を丸くする。
 レアは自然と俺に視線を移し、否定を促してくれた。

 どう答えるべきか、俺には分からない。
 
「悩む必要なんかないわよ? あなたは考えず、私の命令に従っていればいいの」

 ……従っていれば、怒られない。
 
「えっと……その……実は、知って────」

「アルト、もう良い」

 ウルクが椅子を倒して立ち上がる。
 俺の目を真剣に見つめて、

「アルト。屋敷で初めて【洗濯】をした日、私が言ったことを覚えているか?」

 言われた通り、その日のことを思い出す。
 確か、冒険者ギルドへ行って、【洗濯(ウォッシュ)】を使って血濡れた服を洗った。その能力が認められて、イスフィール家にお世話になっている。

「あの時、私は命令ではなくお願いしたんだ。イスフィール家に残って欲しいと」

 そうだ……俺はあの時、ウルクにお願いされた。
 行き場のない俺に手を差し伸べて、助けてくれた。

「お願いだアルト。私の前で嘘をつかないでくれ────」

 俺は……。
 俺は、何をやっているんだ。

 静かに、ウェンティの手を離した。
 そうだ、イスフィール家の人たちは誰も俺に命令しない。

 彼らから聞いた言葉を思い出せ。

『アルトよ、お陰で寝れるようになった。ありがとう』
『アルト様、レーモン様を助けて頂き、ありがとうございます』
『アルトさん、庭の手入れありがとうね』
 
 みんな、感謝してくれた。
 俺が勝手にやっていることもあるのに、きちんと伝えてくれた。

 そんな人たちの前で嘘をつけるのか?

 嫌だ。
 彼らの前でだけは……。

「ウェンティお嬢様、俺はルーベド家から追放された身。もうお嬢様の屋敷へ戻るつもりはございません。それと、金塊のことは知りませんでした」
「あ、アルト……? ……ねぇ、何言ってるの?」
「あら、意外とあっさり。わたくし的に、もう少し時間が掛かるものだと思っていたのですが」

 ウルクが俺の腕を引っ張り、ウェンティの前に立ちはだかった。

「ルーベド・ウェンティ。そういうことだ、この場は大人しく引け」
「……ふざけんじゃないわよ……ふざけんじゃないわよ!! なんで私だけこんな扱いなのよ!! アルト、あなたは私の執事なの! 死ぬまでずっと! 諦めないわよ!」
「あらあら、まだ金塊の山についてお話するのですか? アルト様へのプレゼントを横取りしたこと、どう説明してくださるのかしらねぇ?」

 ウェンティがくぅっ……と声を鳴らし、涙目になって踵を返す。
 答えられるはずもない。
 
 ウェンティが転んで、さらにスカートが破ける。さらに擦り傷を作って、走って行った。

「……やれやれ、ですね」

 俺は自然と呼吸ができていた。
 レアは紅茶を飲みながら、落ち付いた様子を崩さない。

 どんな状況であれ、冷静に対応して相手の痛い所を突く。
 それがレアなんだな、と思った。

「ウルクのお陰で目が覚めたよ。ありがとう」
「いや、アルトの辛さを分かっていなかった。すまない」
「いやいや! 話したって言っても、やっぱりどこか避けてたんだ」

 俺とウルクの二人だけの会話に対し、レアが半眼でつぶやく。

「ちょっと? 私よりもアルト様と楽し気に会話しないでいただけますか? 追い返したのはわたくし、なのですよ?」

 強調していくレアに対しても感謝の言葉を述べる。
 本当にこの二人には頭が上がらない。

 きっと、俺一人だったらノコノコ帰っていただろう。
 大丈夫だと思っていたのは、俺だけだったみたいだ。

 すると、一通の手紙を使用人が届けにくる。

「イスフィール・ウルク様。アルト様。速達でお手紙が届いております」
「……手紙? なんだ?」

 ウルクが受け取り、封を開けた。
 内容を読んだ後、表情が強張る。

「……アルト、今すぐ屋敷へ帰るぞ」
「どうした?」
「あの街……私たちの屋敷へ、暗黒バッタの大群が向かっているらしい」

 一週間後、大量の暗黒バッタがフィレンツェ街へ襲来することが書かれていた。
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

この世界にダンジョンが現れたようです ~チートな武器とスキルと魔法と従魔と仲間達と共に世界最強となる~

仮実谷 望
ファンタジー
主人公の増宮拓朗(ましみやたくろう)は20歳のニートである。 祖父母の家に居候している中、毎日の日課の自宅の蔵の確認を行う過程で謎の黒い穴を見つける。 試にその黒い穴に入ると謎の空間に到達する。 拓朗はその空間がダンジョンだと確信して興奮した。 さっそく蔵にある武器と防具で装備を整えてダンジョンに入ることになるのだが…… 暫くするとこの世界には異変が起きていた。 謎の怪物が現れて人を襲っているなどの目撃例が出ているようだ。 謎の黒い穴に入った若者が行方不明になったなどの事例も出ている。 そのころ拓朗は知ってか知らずか着実にレベルを上げて世界最強の探索者になっていた。 その後モンスターが街に現れるようになったら、狐の仮面を被りモンスターを退治しないといけないと奮起する。 その過程で他にもダンジョンで女子高生と出会いダンジョンの攻略を進め成長していく。 様々な登場人物が織りなす群像劇です。 主人公以外の視点も書くのでそこをご了承ください。 その後、七星家の七星ナナナと虹咲家の虹咲ナナカとの出会いが拓朗を成長させるきっかけになる。 ユキトとの出会いの中、拓朗は成長する。 タクロウは立派なヒーローとして覚醒する。 その後どんな敵が来ようとも敵を押しのける。倒す。そんな無敵のヒーロー稲荷仮面が活躍するヒーロー路線物も描いていきたいです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...