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11.貴族パーティー

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 イスフィール家は侯爵家だというのに、食事は庭で採れた野菜や作物のため比較的質素であった。
 経済難とかではなく、庶民と差のない食生活で近い距離で接したいから、という家訓があると言っていた。

 食堂に入ると、ウルクに両手を掴まれた。

「アルト! ちょうど探しに行こうと思っていたんだ! ぜひ一緒にご飯が食べたいと思ってな!」

 俺の後ろからフレイがやってくる。

「おーい、ウルク? お兄ちゃんもいるんだけど……?」
「あぁ、フレイ兄上。居たのか」

 至極興味なさそうに言う。
 そんなウルクにめげることなく、フレイは天を仰いだ。

「おぉ……久々の我が妹の声だ。お兄ちゃん、発狂するほど嬉しいよ」
「そうか。それは良かった。ではアルト、隣に座ってくれ」
「う、うん……」

 少し変わった兄妹だなぁと思いながら、席に着く。
 
「そういえば、依頼は終わったの?」
「今日は薬草採取だ。この町では採取した薬草が孤児院に送られて、そこでポーションが作られる。それを売って孤児院は経営されているんだ。誰もやりたがらない仕事だからな。たまに私がやっているんだ」
「ウルクは凄いな……誰かの役にちゃんと立ってる」

 それに比べて俺は……。

「アルトだって私たちのために洗濯やベッドを作ってくれているじゃないか。それにどれだけ救われていると思っているんだ」

 はっきりと言葉にされると、少しだけ照れる。
 自分を一瞬、卑下してしまった。

 自信がないというよりも。自己肯定感が低いのだろう。
 否定されて育ってきたからかな……いや、育ちで言い訳するのはやめよう。

「ありがとう、ちょっと卑屈的だったかも」
「あぁ、ゆっくりでいい……徐々に前向きになって行こう」

 ウルクに励まされていると、どこからか熱い視線を感じた。
 半眼でフレイが俺を見ていたのだ。

「……アルトくん、やっぱりもう一回勝負しないか? なんか、兄として譲れない物を見た気がする」
「またするのか……?」

 そう言うと、ウルクが咄嗟に俺の頭を強く抱きしめた。
 豊満な胸に包まれ、呼吸が止まる。

「むぐっ⁉」

 柔らかい! 
 暗い! 
 苦しい!

 でも……心地が良い。

「フレイ兄上!! もしやアルトをイジメたのか⁉」

 キッと鋭い視線で威嚇されたフレイは、浮気のバレた夫のように必死に否定していた。
 
「いやいや! 違う違う! ちょっと実力が気になって戦ってみただけだから! 結果は引き分けだったけどね……な?」

 ちょっとわざとらしい言い方のせいで、疑惑をさらに深める。
 
「やっぱりイジメたんだなフレイ兄上! アルトは可哀想な環境に居た素直な子なんだぞ⁉ ……許せない。しばらくアルトに近寄らないでくれ」
「は────はい……」

 超絶美青年のフレイが、しわしわになった顔つきでしょぼくれた。
 「ウルクに嫌われた……お兄ちゃん、もう生きていけない……」などと呟いていると、屋敷の主であるレーモンがやってきた。

「……何を騒いでいるのかと思ったら、フレイか。来るなら連絡くらい寄こさぬか」
「レーモンおじいちゃん……うう、アルトとウルクに嫌われた~!」
  
 フレイは泣きついて、事の経緯を説明するとレーモンは溜め息を漏らした。
 
「それはフレイが悪い。うむ、間違いなくの」
「えぇ~⁉」

 双方、意見が一致したことでフレイは俺に勝負を挑んだことを謝ってくれた。
 言うほど気にしていなかったのだが……本当に申し訳ないと思っているらしい。

(真面目な人だなぁ……)

 事が落ち着いて、食事を始めるとレーモンが口を開く。

「で、フレイ。息抜きだけではないだろうに、何しに来たんじゃ?」
「まぁ……団長からの使いだよ。暗黒バッタの件を聞きに来たんだ」

 「あー……」と続けて、レーモンはテットに書類を持ってくるように指示した。
 暗黒バッタ、そういえばさっき庭にも居たっけ。

 黒く堅い外殻を持っているため、潰したり焼いても死ぬことはない。しかも、何でも食べるから繁殖の勢いも凄く、田畑や農作物を喰い荒らしている。
 中には空を覆うほどの暗黒バッタの大群生もあるのだとか……想像しただけで恐ろしい話だ。

「今年も暗黒バッタのせいで飢餓が起こって、ゆっくりする暇すらないよ……はぁ」

 フレイが弱音を漏らす。

「仕方あるまい、対策を取ろうにも、とにかく量が多すぎて手の尽くしようがないのじゃから」

 そういえば、俺の編み出した害虫駆除の水も暗黒バッタに効果があったような気がするけど……あとで検証してみよう。
 もしかすれば、この問題を解決できるかもしれない。

「一つ向こうの街、パール街が被害に遭ったらしくての。農作物は全滅、住民の食料を提供してくれと願い出があったのじゃ。だから、食料を送った。ほれ、その金額と量じゃ」

 テットから受け取った紙を渡した。

「なるほどね……住民三千人分か。でも、足りなくない? これだとひと月かそこらへんで底が付きそうだけど」
「それも予測済みじゃ。きちんと準備してある。パール街の領主とは親友だからの、助けてやらねば」
「流石。元宰相は手腕が違うね」
「ほっほっほ、今は隠居の身じゃよ」

 さり気ない発言に、俺は驚いたが周囲は知っていたようだ。
 
(さ、宰相ってドラッド王国で二番目に偉い人じゃないか⁉ れ、レーモンさんってとんでもない人だったんだ……)

 話が終わったのか、今度はレーモンが話を切り出した。

「ところで、貴族の夜会の方はどうするのじゃ? ウルクの付き添いでフレイが行く予定じゃったが……」
「その話もしに来たんだよね~。暗黒バッタの対策本部に配属されちゃってさ~、行けないからどうしようって」

 夜会って確か、貴族たちが一度集まって飲み食いとかするんだっけ。
 中にはそこで婚約相手と初めての挨拶をしたりするのだとか。
 言うなれば、貴族たちの関わりを強くするために設けられたパーティーだ。

「テットには別の案件を入れておる。付き添いは……アルトでええじゃろう」
「えっ……俺、ですか?」
 
 フレイやウルクたちがそれに賛同する。

「アルトくんなら、まぁ安心できるかな」
「私も、アルトにぜひ頼みたい」
「アルト様なら、礼儀作法も完璧でございます。適役でしょう」
「報酬はきちんと払う。頼めぬか?」

 ええっと……と言い淀んでいるとテットが教えてくれる。
 
「実はウルク様の警護としてフレイ様が同伴してくださる予定だったのです。信用できない者よりも、実力があるアルト様にお願いできないでしょうか」

 ……そうか、ウルクは侯爵家の令嬢なんだ。それに、ウルクが苦手な貴族たちが多くいる。そんな中、信用できない人間を傍には置けないだろう。ウルクだって心細いはずだ。

 ウルクを守るため、俺が選ばれた。
 その役目を果たせると、みんなが信じているんだ。

「……分かりました。その役目、引き受けましょう」

 守られてばっかりじゃ、居られない。
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