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5章 開拓編

124話 報告

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 今日は週一度の巡回の日だ。
 部下を伴って大都市であるぺルナインを歩いて回り、都市の治安を維持する大事な任務。
 巡回経路は大通りを中心と範囲は決まっているけど、週一度の巡回、なるべく遠くまで見渡すように心掛けている。

「そう言えば、先週オープンしたケーキ屋さんに行ったんですよ!」

 大通りを巡回している最中、部下の一人である背中まで伸ばしたピンク色の髪を揺らすロゼが、先週オープンしたケーキ屋の話をしだした。

「へぇそれで?」

「それが、めちゃくちゃ美味しかったです!! 有名なパティシエの下で修業したそうで、それはそれは美味しいの一言に尽きますね。アルマも一度行ってみるといいですよ! オススメは……」

 もう一人の部下である青髪を肩でバッサリ切り揃えたアルマに、ケーキ屋の場所とオススメの品をロゼが紹介し始めた。

 巡回中なので興味をそそられる話ではあるけど、将軍という立場上どうしても世間の目を気にしてしまう。
 町中ということもあり、私達はかなり目立つ。
 自分で言うのも恥ずかしいが、将軍の私は民衆からしたら人気者なのだ。
 今も私達に手を振っている子供や大人がちらほら見受けられる辺り、その証拠と言える。 

「私は圧倒的にモンブラン派だね」

「はぁ、アルマはなーんにも分かってないわね。ケーキと言えば王道のショートケーキでしょ! これだからにわかは困る」

「ロゼこそ何も分かってない。ケーキはモンブランと決まってる! にわかはそっち!」

「ほぉ、言うようになったじゃない? スイーツ巡りの女王であるこの私にたて付くつもり?」

 ケーキの良しあしで揉め始めた部下二人。
 将軍として部下の見苦しい争いを止めねばならないのだろうが、私の頭の中はモンブランやショートケーキに支配されていた。
 信頼できる部下が小競り合いをするほど美味しいのかと。

「今度、オフの時にでも行ってみようかな。あぁケーキ食べたくなってきた」

 私の後ろでは尚も醜い争いをするロゼとアルマ。
 次第に瞳に宿る炎が燃え上がり始め、ついには掴み合いになった。
 そのお陰で「なんだなんだ?」と民衆が私達を取り囲み始めた。

「いけーロゼちゃん!! そこをもっとこうして、右右!」

「右から来るよアルマちゃん!! 気をつけて!」

「何の騒ぎだ?」

「それがさぁ、騎士団のロゼとアルマが取っ組み合いを始めたんだよ! 理由は分からんが目の保養にお前も見ておけよ!」

「ロゼちゃーん、最高に可愛いよー」

「アルマちゃん、俺の嫁になってくれぇー」

 部下の取っ組み合いを見物する為、民衆は更に増えていく。
 賭けを始める者、この機会を逃すまいと飲食物を売り始める者など現れ始めた。

 以前、ロゼとアルマと巡回をした時にも似たような事が起こったので、今回もかと私は自然と苦笑い気味に民衆の中に紛れるようにして止めるタイミングを計る。
 二人はケーキの話で争っていたのに、いつの間にか胸が小さいとか大きいとかよく分からない事で揉めている。
 終いには、胸にコンプレックスを抱くアルマがロゼの軽鎧を脱がし始めた。

「ちょっ!! 」

 慌てた様子で退けようとするが、思いの外、アルマが本気であることを悟ったロゼは抵抗を止めアルマの鎧に手を掛けた。
 それからはつんぐほぐれつ、お互いが絡み合うようにして相手の鎧を必死に剥ぐという痴態を晒してしまう。
 流石に止めに入ろうとした時、どこかで聞き覚えがある声が聞こえた。

「あれ!? ミリアちゃん?」

 私は呼ばれた方向へ自然と視線を向けた。
 そこには、いる筈のない存在が驚いた表情でこちらを覗き込んでいた。

―――――――――――――

 偶然というには不適切で、奇妙なという方がしっくりくる出会いから数時間後。
 私は巡回中に以前、新たなダンジョンの調査をした時に人と会話をすることが出来るダンジョンマスターと町中で遭遇した。
 にわかには信じがたい存在ではあるのだけど、この目で見たダンジョンマスターに相違ないと思った私は一先ずレイから事情を聴く。
 都市の支配が目的で訪れたのではないかと一瞬疑ったが、話を聞くにつれこれと言って目的はないとのことで一安心した。

 この前、ルネス侯爵がまたあのダンジョンマスターに会えないか思案していたが、まさかダンジョンマスター本人から会いに来るとは思っていないであろう侯爵の驚きの顔を思い浮かべた。
 レイの外に見慣れない二人がいたが、恐らく護衛か何かだろうと思い詮索するのは止めた。
 万が一、争いになったら大変なことになると、都市が燃え悲惨な状況を想像して不覚にも身震いしてしまった。
 取り合えず、レイ達三人を応接室に案内して、私はこの事をルネス侯爵に報告することにする。

 応接室から長い廊下を歩いて階段を上った先にある執務室にルネス侯爵はいる。
 日頃から領内で起こる事案の解決や案件の決裁などやることが山の様にあるので、他人事ではあるが大変そうだなと思う。
 応接室の扉をノックして主の返事を待つ。

「入って構わないぞ」

「失礼します」

 執務室内は厳かな雰囲気でルネス侯爵の性格が表れている。
 シックな家具や調度品など高級そうな物が並べられていて、特に目を引くのはダンジョン産の魔道具たちだ。
 透明なガラスケースに保管されている魔道具たちは、どれも非常に稀少で中には小さい城程度なら立つほどの価値があるものも存在するとか。
 私にはどれも似たような魔道具にしか見えないけど、稀少であることは間違いないのでなるべく関わらないようにしている。

「してどういった要件だ? 見ての通り私は忙しのでな、手短に頼む」

 紙束が積み上がる執務机、その中にルネス侯爵はいた。
 見るからに忙しそうな様子に相変わらず大変だなぁ、と思った。
 私と会話中も手元の資料から視線を外さない辺り、相当忙しいと思ったので言われた通り手短に報告することにした。

「実は、至急報告することがありまして……」

 私の至急という言葉を聞いてやっと資料から視線を移してこちらを見据える。
 その表情はどこか疲れていて、心配になるほど目の下にくまを作っていた。

「先ほど都市の巡回中に、例のダンジョンマスターと遭遇しまして」

「なに!? それは本当か!?」

 ガタっと椅子を鳴らして立ち上がったルンネス侯爵。
 その際、机に置かれている紙束が一部崩れ落ちたことには目を瞑ることにした。

「はい。以前からお会いしたいと言われておりましたので、応接室に通しておきました」

「なっ! 城の中にいるのか!? くっくっくっ、でかしたぞミリアよ!」

 忙しい日々、徹夜することも珍しくないと聞くが、今のルネス侯爵は正常な判断が出来ないまでに心身ともに疲弊しているようだ。
 その証拠に、異様にテンションが高く少年の様に瞳を輝かせている。

「よし! ミリヤよついてまいれ!!」

「いったいどちらまで?」

「そのような事決まっておろう、ダンジョンマスターのところまでだ!」

 そう言ってルネス侯爵は脱兎の如く執務室を出ていった。

「ルネス侯爵、大丈夫かなぁ。大事にならないといいけど」

 一抹の不安を覚えた私は、ルネス侯爵を追って執務室を後にした。
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