べゼルシス・オンライン

雨霧つゆは

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18.マーケット

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 バーンズ工房は姉弟で鍛冶屋経営しているらしく店員兼仕入、販売、発注などを担当しているバーンズ弟ことボリス・バーンズ。そして引き篭もり体質であるとボリスが打ち明けるほどの引き篭もり鍛冶職人、リリア・バーンズ。腕は確かで知る人ぞ知る鍛冶職人で有名だとボリスが自慢していた。

 そんなバーンズ工房で各自、白大蛇の鱗を二十五万で買い取ってもらった。私はそれに加えホムラ石も三百万メタで売却した今後、ホムラ石も採掘しに行く予定だったので売ることにした。現在の取引価格は二百八十万程だったが色を付けて三百万で取引した。
 その代わりにもしまたホムラ石が手に入ったら優先してバーンズ工房で売って欲しいと頼まれ、やっぱりそう言った意図があったかと思いつつも、色を付けて買い取ってもらったし、まぁこれから暫くお世話になるかもしれないので快く了承した。

 売却が終わったあと最高のオーダーメイド品の作成をお願いするため、白大蛇の双牙、白大蛇の鱗四枚、加工費十万メタをボリスに渡した。加工費については今後も御贔屓にという意味も込めて二万六千メタほどまけてもらった。

 最終的に手持ち三百二十万メタ強。驚異の換算レート1=1換算なので現金三百二十万円相当を稼いだことにある。なるべく早く現金を稼ぐ手段を考えないとと思っていたがいい稼ぎ方法を見つけた。ホムラちゃんとは今後も長い付き合いになりそうだとニヤニヤしていると、目的地である中央タワーについた。

「へぇ、大きな所だねぇ」
「何でもここで換金や課金、イベント申請、その他諸々の手続きが行われているそうよ」
「はへぇーすご」

 中央タワー。文字通り何十階層もある巨大タワーだ。現代チックな見た目ではなくレンガ目の塔をイメージして作られたそれはファンタジー世界の景観を崩すことなくひっそりとたたずんでいた。
 壁面に植物の蔦が巻き付き、小さなつぼみたちが淡く発光して何とも幻想的だ。例えるなら田舎でよく見る蛍の群れを見ているようだ。

 一階部分は木製の扉式になっていて現在はオープン状態だ。常にプレーヤーたちが行き来をしている。そんな群れともとれるプレーヤーを掻き分けていった私達は中央タワーへ入って目的地である三階へ向かった。ボリスさんの話では三階に取引所があるらしい。

「あっあれじゃない? 取引所」
「そうみたいだね。取り敢えず一万メタ払ってマーケットを解放しよう」
「了解」

 取引所がある三階は一階と違いそこまですれ違う程のプレーヤーはいなかった。数人が受付と話をしているくらいで閑散とした様子だ。

「次の方どうぞー」
「はい」
「ご用件は何でしょうか?」
「マーケットを使えるようになりたいんですが」
「マーケットのご利用ですね。お名前を覗ってもよろしいですか?」
「ユーリです」
「畏まりました。少々お待ちください」

 受付の子が何やらパネルの操作を始めた。

――チリーン。
《取引所:マーケット機能の解放。登録費用0/10000 Yes/No》

――チリーン。
《マーケット機能が解放されました。》

「ご登録ありがとうございます。これでマーケットがご使用になれます。分からないことがありましたらまた受付にお越しください」
「ありがとうございます」

 一万メタを払いマーケット機能を解放した。私が受付を離れるのと同じくらいにエリカとチカも登録が済んだようだ。私達は一先ず目的を達成したので中央タワーから移動することにした。
 大通りを移動していつもの喫茶店へと入店。紅茶とクッキー、カステラを注文して個室に籠った。

「ほほぉーん、こういう風になってるのねマーケットって」
「ざっと見てももの凄い数ね」
「うわぁーいっぱい武器が売ってる!!」
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございまーす」

 注文した物を飲み食いしながら解放されたマーケット機能の調査を開始した。

 マーケットと一口で言ってもいろいろあるがこの手のトレードは大規模で人気のコンテンツのひとつだ。取引して儲けたい人、日々観察して安い品物を手に入れたい人、ただただいろんな商品を眺めていた人など用途は様々だ。
 大概の人の使い方といったら売買、トレードが主流だろう。物々交換だったり、ゲーム内通貨で取引したり。しかし、今までいろんなVRMMO系を渡り歩いたからこそ分かる、このマーケットは他と比べ物にならないほど膨大で底が知れない。

 家具や装飾品から武器、防具はもちろんのこと素材やテイムモンスター、パーティーの一時契約、労働力、店舗考えられるありとあらゆるものが取引されている。

「これりゃーマーケットだけで一日過ごせそうだ」
「暇つぶしに眺めるには最高ね」
「一、十、百、千、万……見て二千万の武器が出てる!!」
「普通に億単位で取引であるから二千万じゃ驚かないわよ」
「それにしてもこれ見ると鳥肌立っちゃったなぁ。あまりに大規模で何が何やらわけがわからないや。じゅ、十億……ゴクリ」

 ふと見た素材の価格のゼロの多さに驚いて反射的に数えてしまった。どういった素材か分からないが鉱物っぽい物が十億、ヤバ過ぎる。

「ふー、マーケット見てても現実は変わらないわね。大人の世界なんてこんなものよ」
「なに一人で悟りを開いてるんでしょうかこの子は」
「だねぇ……現実なんてっぁぁああああああ!?」
「うわぁぁああ、ななに? 急に大声出すなチカ~びっくりするじゃん」
「ご、ごめん」
「……それで何に気づいたの?」
「今日って初日から潜って何日目だっけ?」
「三日目だけど、それがどうかした? マーケットとあんまり関係なさそうだけど」
「私、明日から仕事だ」
「「あっ……」」

 現実とはこういうものを言うのかもしれない。


***


 私達は一旦、べゼルシス・オンラインからログアウトした。というのもチカが明日から仕事とか言い出すからだ。

「早く退職届出してきなよぉ」
「そ、そうなんだけど中々いいずらくて」
「退職代行頼んだら? そしたらきれいさっぱり忘れられるよ?」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんだよ。お金がないなら貸してあげるよ?」
「いや、お金は別にあるから貸してもらわなくても大丈夫だから」
「それで、退職届をチカが出すとしてこれからどうする? 一週間くらいは引き継ぎに掛かるんじゃない? 代行を使うなら別だけど」
「退職は決定なんだ……」

 私も会社を辞める時は退職代行を使ったものだ。チカにはそこの退職代行をお願いすれば何とかなるか。問題はあれだな。

「チカ、大急ぎで退職届を取ってくるんだ! これはリーダー命令だ」
「えぇ今からぁ?」
「さあ退職届を持って来い!」
「もーわかったよぉ退職届持ってくればいいんでしょ!」
「さあ早く! 大至急、死ぬ気で持ってくるんだ!」

 チカをせっつきながら渋々退職届を取りに行かした。その間私は右手に嵌めてある電子端末を起動して連絡帳を開く。大急ぎでスライドさせて連絡先を調べる。

――ツーツー、プルルルル、プルルルル
『こちら退職代行サービスのダイコウでございます』
「あっすみません退職代行をお願いしたいのですが……はい、はい…………はい、以前利用させてもらったことがあります、はい」

 急ぎ退職代行サービスに連絡を入れ手続きを開始する。

「はい、○○○株式会社○○課の遠藤千佳で……はい」
「なんで貴方がチカの職場を知ってるのよ……」
『それでは今から一時間後にお伺いしますので』
「はい、宜しくお願いします」

――ツーツーツーッピ。

「そうだ。印鑑もいい忘れた…………ああチカ? 退職届も何だけど印鑑と保険証とその他関係書類も一緒に持って来て……うん、そう、じゃ!」
「すごい手際のよさね」
「まあね。それだけべゼルシス・オンラインには期待してるってことだよ」
「それならいいけどさ」

 五十分過ぎ頃、チカが息を切らして戻ってきた。さあ、リアル戦闘の開始だ。
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