べゼルシス・オンライン

雨霧つゆは

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04.new world

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 次に私が目覚めた時は新緑と樹々の隙間から穏やかな木漏れ日が差し込む場所だった。

「ここが妖精陣営のホームタウンか……いいねいいね!」

 不規則に生える巨木、その間を縦横無尽につり橋がかかり、木製で作られた家々から光が漏れる。そして巨木の後方に精霊樹ユグドラシルが天高く伸びていた。

 淡く緑色を放つ精霊樹。その神聖さと堂々たる姿に自然と息をのむ。幹から枝葉に至るまで柔らかく優しい光がエネラル全域を包み込み、黄緑色の光の粒がふわふわと雪のように降り注ぐ。ホームの紹介文にあった濃いマナで満ちているというのは、この光の粒のことのようだ。

「うわーすごい!!」
「ここが私達の拠点、なかなかいい場所ね」

 遠くの方で光の渦が集束したと思ったら聞き慣れた声が耳に入ってきた。その二人は視界いっぱいに広がる景色に見とれて感嘆の声を上げている。二人以外にもちらほら光の渦が巻き起こり新規プレイヤーたちが現れ始め、同様にその雄大な景色に立ちつくしていた。そんな中、私は親友と思われる二人組の下へ歩み寄った。

「種族はヒューマンにウンディーネかー、見事に分かれたね」
「あっもしかして友里?」
「違うよ、ユーリだよ」
「ああ、そうなの? って殆ど変わらないじゃん!」
「何をおっしゃいますか! この僅かな差が私の個性を引き出すんですよ?」
「なんで疑問形なのよ」

 腕を組みながら呆れた表情でツッコミを入れてくる青髪のウンディーネ。スラリとしたモデル体型の恵梨香をベースにしている所為か出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。腰のラインは同性でも羨ましくなるほどくびれていて、現実世界では服を着込んでいたのでそこまで気にならなかったけど今じゃ目立つ服装だ。

「なにじろじろ見てるのよ」
「いやー改めてみるとスタイルいいなぁーって思ってさ」
「あっそれ私も思った。羨ましいよねー」

 私の意見に同意するように恵梨香を羨まし気に見つめている千佳は、現実より若干大人っぽく補正され髪色は黒から茶色に着色されていた。あと私にはわかる、もともとなかった部分が水増しさていることを。それと千佳はこげ茶色のローブを羽織り、腰に巻かれたベルトに短めの杖を差している。

「そう言えばさ、二人は何のジョブに就いたの?」
「私は狙撃士。これがメイン武器ね」

 恵梨香は狙撃士と呼ばれる遠距離系のジョブにしたようだ。右手を振り上げる動作と共にポリゴン化したブロックが形作っていき、一般的に見るライフル銃が姿を現した。ライフル銃を握って構える姿は不思議と様に見えた。

「へぇー恵梨香ちゃんも遠距離系かぁ」
「も? ってことは千佳も? まぁその姿をみれば何に就いたのか想像つくけど、一応聞いておこう」
「一応は余計だって。私が選んだジョブは魔術士だよ」
「わかってはいたけど改めて聞くと、また平凡なジョブを選んだよねぇ」
「いっいいじゃん別に! 魔法だよ? なんか憧れるじゃん! そ、そう言う友里は何のジョブに就いたの?」
「ちっちっち、チカ間違ってるよ。友里じゃなくてユーリね」
「はいはい分かったから、で何のジョブに就いたの?」

 面倒くさいといった感じで掌をヒラヒラさせる魔術士。チカの癖に生意気!! と思いつつも私が選んだジョブの説明をするため腰に下げている二振りの剣を引き抜く。金属同士が擦れ心地よい鞘走りの音を鳴らせながらポーズを取って見せた。

「私の選んだジョブは双剣士!」
「えぇ何か微妙ー」
「び、微妙って何さ! 魔術士なんかに比べたらまだマシだし」
「意味わかんない。魔術士の方が夢があるもんねー」
「夢ってなによ……魔術って言ってもどうせショボい魔法しか打てないんでしょ」
「ゆっユーリー!!」
「はいはい、二人ともその辺にしてこの後どうするか考える」

 私の発言にムカついたのか表情を強張らせて噛みついてきそうな勢いだ。しかし間を割って入ってきたエリカに窘められた。ついチカの言いぐさに反論してしまったけど子供のチカにむきになるなんて私もまだまだ精進が足りないみたいだ。今だ闘志をたぎらせた瞳で窺ってくるチカといったら。

「やれやれ、お子様を相手にするのは困ったものね」
「なにおー!」
「はい静かにする」
「あう」
「ユーリも煽ってないで真面目にして。浮かれる気持ちもわからないでもないけど、こういうのは初動が大事って言ってなかった?」
「おうおうそうだよ初動が一番大事!! その通り! という訳でまずはこのホームの探索と各人のジョブについて把握をしますか。とその前に……」

 攻略サイトで集めた情報は具体性のない曖昧な内容のみだった。それを思えばこれから私達がしないといけないのは兎にも角にも情報収集だ。情報無くして効率プレイは成り立たないという自身の経験則に基づき行動するとしよう。

「実践はまだ先の話なのよね?」
「ん? ある程度まではね。でも情報が揃ったら実践をするよ、実践に勝る経験なしって言うからね。んじゃ精霊樹、見に行こっか?」
「おー」

 先ほどまでギラギラした瞳をしていたのに、何て切り替えの早い! と思いながら精霊樹を目指してチカと並んで進んで行く。そんな私達の後ろでライフル銃を仕舞ったエリカがぴったり付いて歩く。

 精霊樹とその周辺の樹々、それに付随して掛かるつり橋などはシステム上のオブジェとして配置されているようだ。というのも近づいて気づいたけど精霊樹へ向かうための道がそもそも存在しない。辿り着けたのは樹々の手前までで、そこから先は太い根が絡み合った壁が立ちふさがった。

 絡み合った根に触れ……ようとしたが見えない壁に阻まれ空間に波紋を残すだけだった。仮想世界特有の障壁でこう言った進入禁止の区域はVRゲームなら必ずと言っていいほど存在する。いくらバーチャルな世界といってもプレイ可能な範囲には限度があるため、べゼルシス・オンラインも例にもれず仮想世界の常識が適応されているようで少々がっかりした。

 もしかしたら……という期待が少なからずあったので仮想世界なのに現実を想起させるシステムを前に、ここも仮想空間なんだと見えない現実を感じてしまった。

「どうしたの? 次は街を見に行くんでしょ?」
「あ、うん今いく」
「もうどうしたのよ、まさか怖気ずいたとか?」
「くっくっく、まさか私に限ってそれはないって」
「ならいいんだけど」
「二人とも遅いよー早く早く」
「あんまり深く考えすぎると疲れるわよ」

 そう言って遠くの方で私達を急かすチカの下へエリカは歩いて行ってしまった。

 エリカに言われた通り余計な思考は無駄な体力を使い攻略を鈍らせる。そのことを誰よりも知っているつもりだったけど、どうやら私はまだ緊張しているみたいだ。二人の生活が懸かっていると思うと肩にも力が入る。本人たちの意思があったにせよ、こちらの世界に引っ張ったのは私なのだからその辺しっかりしなくては。

 そう言った思いの塊をいったん胸の奥底へ仕舞って、今この時に全力を尽くす覚悟で親友ふたりの下へ私は駆けた。
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