べゼルシス・オンライン

雨霧つゆは

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03.初期設定

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 その日、べゼルシス・オンラインのデータチップが到着したのは日が沈みかけた夕刻だった。夕日に照らされたマンションの一室へ宅配業者が郵便物を届けに来た。
――ピーンポーン。

「宅配の者ですが郵便物のお届けに伺いましたー」
「はーい、今でまーす」

 私の住む一室に宅配業者の訪問を告げるベルが鳴り響く。待ちに待った訪れにはやる気持ちを抑えながら覗き穴で一旦確認した後、扉を開けて対応する。

 宅配業者から小包を受け取って急ぎ自室へ向かった。スライド式の扉を開けた先には八畳ほどの広さがあるワンルーム、親友ふたりが期待に満ちた表情でこちらを振り返る。

 事前に用意していたカッターの刃を伸ばし、小包の開封作業に取り掛かる。幾重にも包装してあるテープへカッターの刃を差し込み切り放つ。開封して仕切り用の黒い板を外すと上部が透明な板でできた真四角の黒い箱が現れた。

 透明な板越しにデータチップが三つ横並びに保管されてあった。早速、箱を段ボールから取り出して上部の透明な板をスライドさせ、各自データチップを取り出した。

「これがべゼルシス・オンラインのデータチップ……何だか普通のチップと変わらないわね。てっきり何か特別な仕様になっていると思ってたけど」
「確かに普通のチップと見た目は同じだけど、一般的なチップは白色だからべゼルシス・オンラインの黒いチップはなんだか新鮮に感じるけどね」
「黒いチップなんて始めて見たよ私」

 千佳や恵梨香も一般的な白色のチップしか見たことがなかったからか物珍しそうに眺めている。斯くいう私も黒色のデータチップを見るのは初めてなので内心浮かれているけど、これから始まる新たな世界の前では些細なこと。とは言えそわそわした気持ちを抑えられる訳もなく、データチップを読み込む接続端末《リンカー》を持つ手が無意識に震えていた。

 世間では今日から三連休が始まる。どういった祝日の名前だったか忘れたけど三人一緒にプレイするには好都合だ。特に千佳はまだ退職届を出していないので三連休明けから仕事が待っているので、この三連休である程度システムに慣れておきたい。本人曰く、近々退職届を出すようだけど引き継ぎや書類整理といった雑用があるらしいので、一週間は掛かると見積もっておく必要がある。

 本人はそのことに悲し気な顔を見せていたが悲観することはない、千佳がいない間は恵梨香と一緒に進められるところまで進んでおくからとプレッシャーをかけておいた。

「それじゃ接続するよー」
「うん」
「はーい」

 今日から三日間は二人とも私のところでお泊りだ。それにあたって必要な物資は一通り揃えてあるので問題ない。問題があるとしたら休憩を幾らか挟むとしても丸三日接続しっぱなしになるので体の調子が悪くならないかそこだけが心配だ。

 接続端末であるリンカーのヘットギアにデータチップを差し込みサングラスを嵌める要領で頭に引っ掛けた。続いてふたつ腕輪を装着。ヘッドギアは脳内の電気信号やその他もろもろを読み取るLME低周波マイクロエンジン、通称リームというものが搭載されているらしい。具体的にどういった技術なのかわからないが、それでも何となく凄いというのは分かる。

 そして腕に嵌めるリング状の機器は、身体の脈や発汗などを読み取るためのものだとか。何らかの緊急事態が起こると強制的に停止するストッパー的な役割を担っているそうだ。

 VRマシンのヘッドギアを装着しながら最終確認をした。他の二人の様子を覗うと、千佳と恵梨香も装着は終わってマットに横たわりマシンの起動を行っていた。私も二人に倣ってマットへ横たわり体が冷えないよう布を被せる。ヘッドギアの電源ボタンを押して起動を待つ。

≪VRマシン―デュアルギア―の接続を確認しました。しばらくお待ちください≫

 一分ほどで接続関係と生体認証を終え、プラットホームに視界が切り替わると接続の完了を知らせるアナウンスがなった。

 真っ白な空間にポツンと立たされている感じのホームに孤独感を感じつつも、データチップを読み込むためメニュー画面を開いて新たに表示されているべゼルシス・オンラインのアイコンに触れて読み込みを開始した。

 読み込みに数分ほど掛かるのでメニューを弄って時間を潰す。読み込み中のアイコンの下にバーが表示されていて現在五十二%。三分ほどで読み込みが完了し、念願のべゼルシス・オンラインを私は起動した。

≪ようこそべゼルシス・オンラインへ。プレイヤーのサポート役を務めますシアと申します。皆様には快適なプレイを楽しんで頂くため初期設定のご協力をお願いします。それではまず、陣営の選択からお願いします。各陣営のアイコンに触れることで詳細を確認することができます≫

 起動そうそうバーチャルアイドル並みの可愛いサポートシステム、シアが登場しチュートリアルが開始された。真っ赤な髪に特徴的なアホ毛がなんと言うかシアのキャラを際立たせていた。

 始めに陣営の選択を迫られ、古龍、獅子、不死鳥そして今回のパッチで追加された妖精を含めた四つの選択肢が目の前に浮かぶ。それぞれ空中にふわふわとアイコンが浮かび光の粒子を零す。

 取り敢えず妖精のアイコンに触れ詳細を確認してみると『巨大な精霊樹“ユグドラシル”の下に妖精が集い形成された妖精都市エネラル。精霊樹から溢れるマナにより領内は常に高純度のマナで満たされている。固有種族:エルフ、自陣営内の影響効果:マナの増加』と簡単なテキストが現れた。

 妖精陣営が実装される情報が公開された時点で予め決めておいた陣営の変更を余儀なくされる形になってしまった。しかし、結果として運営の公開文から初心者救済措置が実装されるらしいので寧ろこっちの方がいいと思った。それに一乙女としてやはり妖精というフレーズは無視できない魔力を秘めていた。

 妖精陣営のテキストを一旦閉じて、妖精が実装される前に決めていた獅子陣営の詳細を確認する。アイコンに触れると先ほどと同じくテキストが浮かび上がった。

 『巨大な大地の切れ目“ダーン大峡谷”の狭間を跨ぐように形成された峡谷都市シャバル。神獣フェンリルが祀られているとされ都市内部に天高く空を見上げる神獣の像が存在する。神獣の像から絶え間なく溢れる魔力により領内は常に濃密なマナで満たされている。固有種族:ケットシー、自陣営内の影響効果:防御力の増加』が獅子陣営の紹介文だ。

 獅子陣営の固有種族はケットシー。耳や尻尾の生えた獣人族と似たようなものだと思われる。残り二つの陣営のテキストにも一応目を通す。古龍の固有種族がドラゴンニュート、不死鳥陣営がガルーダ、それぞれ自陣営内の影響効果は攻撃と速度にボーナス補正が付くようだ。

 四つの陣営のテキストを見終わったあと、妖精陣営を選択した。続いて種族の選択だが固有種のエルフに加え、人種のヒューマン、亜人種のデミヒューマン、精霊種のウンディーネ、サラマンダー、シルフの六つが選択できるようだ。だが私は迷うことなく固有種族であるエルフを選択した。

 体形やペイントの類、衣服の選択も細かく設定し終え、次にジョブの選択を行う。戦闘職のメインと生産職のサブ、二つの職業を数ある中から選ぶ。実に様々な職業が用意されていていろいろと迷ったりしたのが最終的にメインが双剣士、サブが採掘師を選んだ。
 何となくよさげな職業を選んだわけだがこれといって深い意味はない。チュートリアル終了後も変更できるようなので気になったものを選んだ。もちろん選定基準に使いやすさ重視で選んだが果たしてこのふたつが使いやすいかどうかについては実際に使って見るまでわからない。

 先日ネットカフェで出回っている情報を元に予め話し合いを行いどういった職業がいいか今後需要があるか検討したわけだが、はたしてあの二人はどのようなジョブを選んだのかとても楽しみだ。

 メインキャラとなる私の分身を現実に近い形で作成し終え、チュートリアルも終盤。最後に名前を“ユーリ”と入力して完了だ。

≪これから今回選択された陣営のホームタウンへ移動することになりますがこの先、さまざまな出来事が貴方を迎えることでしょう。貴方の取る行動一つひとつが”あなた”というプレイヤーを形作っていき、苦楽を共にすることを覚えておいて下さい。私ども一員はその中にほんの少しでも幸運があればと願っております。それでは改めてべゼルシス・オンラインへようこそ。プレイヤーの皆様に幸あらんことを願いまして良きプレーライフをお楽しみください≫

 キャラ作成と気持ち程度の説明を受けたあと、私の仮想アバターから光が漏れ始め次第に視界がホワイトアウトしていった。
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