6 / 8
晡時
しおりを挟む
時刻は丁度日鉄を過ぎる頃。私達は二人して空腹に襲われていた。食材などはその日のうちに食べ切ってしまうもので、米の備蓄なんてものも考えたことはなかった。ぐう、気の抜けたような腹の音を聞けば、私は漸くだれていた身体を起こす。
「何か腹に溜まるようなものが食べたい」
その一心で棚という棚を漁るが成果は薄力粉やら牛乳のみ。卵なんてあろうと米が無いのでは意味が無い。
「買い物にでも行くかい」
未だ床へ突っ伏したまゝの彼がそう問い掛けた。
「嫌だね、何だってあんな炎天下に態々身を投じなければならないんだ」
「ははは、確かに」
仰向けになって笑う。
「でも」
「うん?」
「出なければどちらにせよ、餓死なんかして終わりじゃないか。ねえ」
裾をぱた/\と揺らしながら彼は、それでも君は構わないかと云いたげな目をして見てくる。
「こんな昼間に出る必要はないだろうというだけだ。日が落れば少しは涼しいさ」
チラと窓の外に向けられた視線が、又た私に当るのが判った。
「それは良いけど、今はどうするんだい」
卓に並べた材を見て、私はじっと考える。さて、これで何が出来るだろう。早く決めねば何も考えず出した牛乳があっという間に温くなってしまう。私はあまり料理などした口ではないが、不図その昔に母が厨に立っていたことを思い出した。
「そうだ」
「何か思い付いたのかね」
少しは協力して考えてほしいものだが、仕方ない。彼には夜の買出しを頼むことにしよう。
「揚物を作ろう」
「……揚物?」
そんなこと出来るものかと彼もようやっと身体を起こして卓に寄る。
「揚物になりそうなものは何一つとしてないけど。まさか君、生卵を揚げようと?」
それもまた、できないことはないが、私はそんなことをしようとは思わない。無駄になるからだ。
「いゝかい? 揚物はね、何も包むものが無ければいけないなんてことはたゞの一つもないのさ」
「全体どういうことだね」
片眉上げて彼は聞き直すが私はろくに返事もせず、銀の鍋と大きい器を取り出した。彼も大した料理ができるわけではないもので、首を傾げてその様子を眺める。
「まあ、見ていればいゝ」
私は器に薄力粉と牛乳、それに卵を割入れて混ぜる。彼に砂糖を持ってこさせればそれも少し。他数点を混ぜ込めばもう十分だ。油を入れた鍋を火にかけて沸騰するのを待つ。
────
「やあ、綺麗な色に揚がったじゃないか」
皿に積まれたドーナツを見て彼は云う。尤も、作ったのは私なものであげたくはないが。椅子を引きながらそんなことを考えていると、てっぺんの一つを摘んで齧る彼の姿が視界に入った。ちょっと、と私が手を出す前に、味は悪くないねと彼が云うもので。溜息一つ吐いて椅子に座った。
「そういえば、僕も幼子の時に願ったか。大量の菓子に包まれたいと」
「ははは、何とも幼子らしい願いじゃないか」
埋まるには程遠い量の、しかし皿一枚には多い程のドーナツを齧りながら昔を話す。
「夢なら、夢で叶えればいゝ。これを食べたら昼寝をしよう」
私はそう提案して、空腹のせいか瞬く間に減っていった中、残り二つを丁度彼と分けた。心做しか惜しむようにそれを口に入れゝば、皿を片付け、こんな時間に歯を磨き、又た二人床へ転がった。真昼間より陽も斜に、眠りにつくのは遅くなかった。未だ揚物の匂いが残り鼻に通るもので、私にとってその夢は心地の良いものとなった。
「何か腹に溜まるようなものが食べたい」
その一心で棚という棚を漁るが成果は薄力粉やら牛乳のみ。卵なんてあろうと米が無いのでは意味が無い。
「買い物にでも行くかい」
未だ床へ突っ伏したまゝの彼がそう問い掛けた。
「嫌だね、何だってあんな炎天下に態々身を投じなければならないんだ」
「ははは、確かに」
仰向けになって笑う。
「でも」
「うん?」
「出なければどちらにせよ、餓死なんかして終わりじゃないか。ねえ」
裾をぱた/\と揺らしながら彼は、それでも君は構わないかと云いたげな目をして見てくる。
「こんな昼間に出る必要はないだろうというだけだ。日が落れば少しは涼しいさ」
チラと窓の外に向けられた視線が、又た私に当るのが判った。
「それは良いけど、今はどうするんだい」
卓に並べた材を見て、私はじっと考える。さて、これで何が出来るだろう。早く決めねば何も考えず出した牛乳があっという間に温くなってしまう。私はあまり料理などした口ではないが、不図その昔に母が厨に立っていたことを思い出した。
「そうだ」
「何か思い付いたのかね」
少しは協力して考えてほしいものだが、仕方ない。彼には夜の買出しを頼むことにしよう。
「揚物を作ろう」
「……揚物?」
そんなこと出来るものかと彼もようやっと身体を起こして卓に寄る。
「揚物になりそうなものは何一つとしてないけど。まさか君、生卵を揚げようと?」
それもまた、できないことはないが、私はそんなことをしようとは思わない。無駄になるからだ。
「いゝかい? 揚物はね、何も包むものが無ければいけないなんてことはたゞの一つもないのさ」
「全体どういうことだね」
片眉上げて彼は聞き直すが私はろくに返事もせず、銀の鍋と大きい器を取り出した。彼も大した料理ができるわけではないもので、首を傾げてその様子を眺める。
「まあ、見ていればいゝ」
私は器に薄力粉と牛乳、それに卵を割入れて混ぜる。彼に砂糖を持ってこさせればそれも少し。他数点を混ぜ込めばもう十分だ。油を入れた鍋を火にかけて沸騰するのを待つ。
────
「やあ、綺麗な色に揚がったじゃないか」
皿に積まれたドーナツを見て彼は云う。尤も、作ったのは私なものであげたくはないが。椅子を引きながらそんなことを考えていると、てっぺんの一つを摘んで齧る彼の姿が視界に入った。ちょっと、と私が手を出す前に、味は悪くないねと彼が云うもので。溜息一つ吐いて椅子に座った。
「そういえば、僕も幼子の時に願ったか。大量の菓子に包まれたいと」
「ははは、何とも幼子らしい願いじゃないか」
埋まるには程遠い量の、しかし皿一枚には多い程のドーナツを齧りながら昔を話す。
「夢なら、夢で叶えればいゝ。これを食べたら昼寝をしよう」
私はそう提案して、空腹のせいか瞬く間に減っていった中、残り二つを丁度彼と分けた。心做しか惜しむようにそれを口に入れゝば、皿を片付け、こんな時間に歯を磨き、又た二人床へ転がった。真昼間より陽も斜に、眠りにつくのは遅くなかった。未だ揚物の匂いが残り鼻に通るもので、私にとってその夢は心地の良いものとなった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

悪女の死んだ国
神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。
悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか.........
2話完結 1/14に2話の内容を増やしました
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる