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不調
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頭が痛い、酷いものだ。
こういう時は決まって、訳もなくテレビを付けて目を閉じていた。液晶から流れる音声が、私の気と耳鳴りとを紛らわす。リモコンが近くにない時は、仕方なくいつも枕元に置いてある端末を手に取り音楽を流していた。
今日は手の届く範囲の床に転がっていたので、布団から無理に手を伸ばしてリモコンを取り電源を入れる。ぷつ、と電気の流れる音が鳴り、少しすると前に見ていた局の番組が流れ出す。特別観たいものでも無かったから、私は十二局のボタンを押してその時間頃から始まる子供番組に変えた。──いやその番組も観たいものでは無かったが、世の善悪に触れるよりは、余程、私の心を落ち着けるものであった。
映像が流れたのを確認すると、私はテレビに背を向けて目を閉じる。子供の笑い声、飽きさせぬよう短い感覚で流れる幼稚な音楽。学生の頃には之の音楽の中から偶に見つかる奇妙な一曲を探していたもので。気に入ればまた探し出して聞いていた。たゞ今はそんな音楽を聞いている脳の余裕もなく、聞き流すだけになっている。はてこの頭痛は熱のものか、或いは。
私は昔から身体が弱いわけでも無かったが、流行病にはどうも罹り易かった。かと言って医者に係るのも面倒なので、その都度自力で治していたのだが。目を閉じて暫くすると、私は眠りについた。具合が悪い時の夢は何時も善いものとは言えず、ぐわ/\として又た私の気を悪くさせる。こういうものなのだろうと若干諦めてはいた。──
不図目を覚ますと、枕元の端末が振動していた。果たして之が一度目なのか二度目なのか、はたまた十度目なのかは判らなかったが、とにかく私は電話に出た。電話の相手は、友人であった。
「やあ、今何してる」
何時もの友人の声だ。何が用で電話を掛けたのかは判らないが、おそらく酒でも買って来て私の家に転がり込む心算だったのだろう。料理の一つ作って歓迎はしたいが、そんな体力も残ってはいない。
「寝ているよ、今朝から頭痛がしてね」
「やゝ、それはいけない。何か買って行こうじゃあないか。何が欲しい」
何かが欲しいわけでも無かったが、彼の厚意も無下には出来ない。取り敢えずと飲み物を頼んだのを、私は朧気に覚えている。
又た痛みで脳が廻らなくなってきた頃、戸の叩く音が聞こえた。重力に潰されそうな身体を起こし、引き摺って歩けば玄関の扉を開ける。二つ三つ袋を提げた彼の姿がそこにはあった。無理をして起きてきたので、引き返すにも痛みが邪魔をする。歩く気力も最早無かった私は彼に肩を貸してもらい、又た布団に戻った。
「君、これ子供用番組だよ」
戻る途中にあったテレビを見るなり、彼は一言。この歳になって之を見ることは、そんなにもおかしなことだろうか。誰にでも不図何も考えず眺める時は有ると思う。
「分かっているさ、私には何か音が必要だったんだ」
へえ、と関心無く吐息混じりに声を出しながら渡された飲料を一口、味もちゃんと判らないまゝに飲み込む。
「之も必要だろう、君の事だから何もしてないと思って。買っておいたよ」
冷却シートを箱から取り出せば、彼は丁寧に私の額に貼り付ける。彼はこういう時ばかりは、気が利くのだ。
ひんやりとした額の感覚に、私は又た瞼を下ろした。
こういう時は決まって、訳もなくテレビを付けて目を閉じていた。液晶から流れる音声が、私の気と耳鳴りとを紛らわす。リモコンが近くにない時は、仕方なくいつも枕元に置いてある端末を手に取り音楽を流していた。
今日は手の届く範囲の床に転がっていたので、布団から無理に手を伸ばしてリモコンを取り電源を入れる。ぷつ、と電気の流れる音が鳴り、少しすると前に見ていた局の番組が流れ出す。特別観たいものでも無かったから、私は十二局のボタンを押してその時間頃から始まる子供番組に変えた。──いやその番組も観たいものでは無かったが、世の善悪に触れるよりは、余程、私の心を落ち着けるものであった。
映像が流れたのを確認すると、私はテレビに背を向けて目を閉じる。子供の笑い声、飽きさせぬよう短い感覚で流れる幼稚な音楽。学生の頃には之の音楽の中から偶に見つかる奇妙な一曲を探していたもので。気に入ればまた探し出して聞いていた。たゞ今はそんな音楽を聞いている脳の余裕もなく、聞き流すだけになっている。はてこの頭痛は熱のものか、或いは。
私は昔から身体が弱いわけでも無かったが、流行病にはどうも罹り易かった。かと言って医者に係るのも面倒なので、その都度自力で治していたのだが。目を閉じて暫くすると、私は眠りについた。具合が悪い時の夢は何時も善いものとは言えず、ぐわ/\として又た私の気を悪くさせる。こういうものなのだろうと若干諦めてはいた。──
不図目を覚ますと、枕元の端末が振動していた。果たして之が一度目なのか二度目なのか、はたまた十度目なのかは判らなかったが、とにかく私は電話に出た。電話の相手は、友人であった。
「やあ、今何してる」
何時もの友人の声だ。何が用で電話を掛けたのかは判らないが、おそらく酒でも買って来て私の家に転がり込む心算だったのだろう。料理の一つ作って歓迎はしたいが、そんな体力も残ってはいない。
「寝ているよ、今朝から頭痛がしてね」
「やゝ、それはいけない。何か買って行こうじゃあないか。何が欲しい」
何かが欲しいわけでも無かったが、彼の厚意も無下には出来ない。取り敢えずと飲み物を頼んだのを、私は朧気に覚えている。
又た痛みで脳が廻らなくなってきた頃、戸の叩く音が聞こえた。重力に潰されそうな身体を起こし、引き摺って歩けば玄関の扉を開ける。二つ三つ袋を提げた彼の姿がそこにはあった。無理をして起きてきたので、引き返すにも痛みが邪魔をする。歩く気力も最早無かった私は彼に肩を貸してもらい、又た布団に戻った。
「君、これ子供用番組だよ」
戻る途中にあったテレビを見るなり、彼は一言。この歳になって之を見ることは、そんなにもおかしなことだろうか。誰にでも不図何も考えず眺める時は有ると思う。
「分かっているさ、私には何か音が必要だったんだ」
へえ、と関心無く吐息混じりに声を出しながら渡された飲料を一口、味もちゃんと判らないまゝに飲み込む。
「之も必要だろう、君の事だから何もしてないと思って。買っておいたよ」
冷却シートを箱から取り出せば、彼は丁寧に私の額に貼り付ける。彼はこういう時ばかりは、気が利くのだ。
ひんやりとした額の感覚に、私は又た瞼を下ろした。
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